第49話-① 宰相兼臨時総司令官
帝国暦五九一年一月一五日一三時一二分
東部軍管区
ブルッフハーフェン自治共和国
首都星ブルッフフェルデ 衛星軌道上
近衛戦艦インペラトール・メリディアンⅡ
第一艦橋
柳井は皇帝の名代として東部軍管区辺境、ブルッフハーフェン自治共和国の建国式典に出席するため訪れていた。
「自治共和国の新設、よく認可が下りたものです」
ジェラフスカヤの言葉に、艦橋後方のオブザーバー席に着いていた一同が頷いた。今回柳井は随員としてジュラフスカヤ、ハーゼンバイン、バヤール、つまりいつもの宰相付侍従の他、普段はイステール自治共和国に駐在しているカミーユ・ロベール宰相府開拓主任監理官、皇統子爵ラザール・ルブルトン参事官の五人を連れてきていた。
最初柳井は一人、もしくは宰相付を一人伴う程度で赴こうとしていたが、それでは格好がつかないとシェルメルホルン事務総長に諭され、インペラトール・メリディアンⅡを旗艦とする戦艦二隻、巡洋艦四隻、駆逐艦八隻からなる近衛一個戦隊、儀仗兵として近衛歩兵第一連隊も引き連れての訪問となった。
「ようやく第四三次開拓の成果が出始めたということさ。惜しむらくは、開拓領主だったモルトブルッフ皇統子爵が、先年病死されてしまったことだな」
ルブルトン子爵が心底残念だと顔を曇らせた。柳井自身は交流が無かったが、モルトブルッフ皇統子爵は長年この地に滞在して開拓に専念していたのだという。
「子爵閣下は楽しみにされておいででしたからね……」
ロベール監理官も、しばし子爵を悼むように目を閉じていた。
「しかし、ブルッフハーフェンは賊徒……FPUとの領域に近すぎます」
ジェラフスカヤが態々賊徒からFPUと言い直したのは、皇帝と柳井の方針に理由がある。賊徒賊徒と呼ぶ内は、一セクトとはいえ辺境惑星連合との和平など精神的に受け入れられないだろう。意図的に賊徒と呼ぶことをやめ、相手を対等な交渉相手として認識するには、せめて彼らが名乗る辺境惑星連合、FPUと呼ぶことが必要だろう……という、細かいが帝国人の認識を改めることを企図してのことだ。
まずは宰相府が率先して行うことが重要、ということで、柳井をはじめ、宰相府スタッフは口頭でも文書上でも賊徒と呼ぶのをやめるよう習慣づけを始めていた。
「正面にいるのは反帝国独立戦線。連中が張り切らなければいいのだが」
柳井が溜め息混じりに言う。反帝国独立戦線は比較的早期から対帝国武装闘争路線を選択し、現在でも戦闘の主力を担う強行派だ。
「宰相閣下、まもなく首都星ブルッフフェルデへの降下軌道に入ります」
「ありがとう、ベイカー中将」
近衛軍司令長官の職は相変わらず皇帝メアリーⅠ世が兼務していたが、今回の派遣部隊を指揮しているのは侍従武官長であるアレクサンドラ・ベイカー近衛中将だ。
「……君に宰相閣下と呼ばれるのは慣れないな、アリー」
「公の場だから気を遣ってあげてるんじゃない」
「それはわかるが……」
一月一五日一四時三五分
自治政府合同庁舎 五九階
大会議室
「宰相閣下、よくお越しくださいました。ブルッフハーフェン自治共和国首相のアーディル・ナッジャールです。閣下のお出ましにより、ブルッフハーフェンの建国式典は歴史に残るものとなりましょう」
センターポリス宇宙港から自治政府合同庁舎に入った柳井を出迎えたのは、政府閣僚の一団だった。
「お出迎えありがとうございます。帝国宰相、柳井義久です」
柳井の気取らない挨拶のあと、閣僚団と宰相府、それに近衛の護衛達を乗せた車列がセンターポリスに置かれた自治共和国政府合同庁舎ビルへと向かう。
「しかし自治共和国の開国記念式典に皇統が赴くことは珍しくないとはいえ、宰相とは珍しいことですね」
柳井の乗るハルフォード・モナルカ――帝都から持ち込んだ防弾・防爆対策の施されたもの――の車内で、ジェラフスカヤが柳井に聞いた。
「まあ、宰相自体が置かれている期間が限られているからな……陛下の辺境重視姿勢を示すのに丁度いいというわけだ」
「自治共和国側からすれば、宰相閣下や陛下が一枚噛んでいると思わせられれば投資なども呼び込みやすい、と」
「広告塔だな。まあその程度考えられない政府では自治共和国の運営など行き詰まるだろう」
「では、もう少し派手な演出で来るべきでしたか。近衛の全軍でも引き連れて」
「大仰すぎるな、それは」
一月一五日一四時四八分
自治共和国政府合同庁舎ビル
帝国の植民惑星ならどこにでもあるセンターポリスにそびえるメガストラクチャーに、柳井達は入った。首相府他政府主要官庁のオフィスはまずはここに集約されている。年月が経つと組織が大規模になり合同庁舎を抜けて独自の庁舎を持つことになるが、これは自治共和国政府各省庁の目標の一つとなっている、と柳井は聞いたことがあった。
四八階 大会議室
「改めまして、宰相閣下をはじめ宰相府、近衛軍の皆様の来訪を心より歓迎いたします」
首相の挨拶のあと、柳井達はブルッフハーフェン自治共和国についての簡単なレクチャーを受けることになった。
ブルッフハーフェン自治共和国は二〇三一年に開始されたせいめい望遠鏡遠方系外惑星探査プロジェクト(STEEP)により発見された一五番目の系外惑星で、長らくSTEEP-2038-KUDN-458Kcと呼ばれており、帝国建国と同時に国土省符号ES15939-K1-4924-cが割り振られた。
その後も長らく放置されていたのだが、帝国暦四〇〇年代に開始された第四三次開拓計画に基づき
人口三五〇万、自治共和国としては小規模とはいえ、過度に少ないわけでもない。全てはこれからの話である。
主要産業は資源採掘。特に首都星ブルッフフェルデの第一、第二衛星は有力な鉱床が存在しており開拓時の原動力になっていたほか、第五惑星、第六惑星の衛星や、トロヤ群小惑星にも期待が持てるとのことだった。これも、辺境自治共和国ならばよくあることだ。
「しかし、国家財政の支出がやや過大ですね」
財務資料をめくっていた柳井がぽつりと言った。
「自治共和国交付金でなんとかなってはおりますが、いささか過大ではありますな」
ルブルトン子爵も同意見だったようで、柳井と顔を見合わせた。自治共和国の財政は、歳入として所謂地方税と呼ばれている自治共和国税、東部軍管区の支出金、地方税分配金、国庫支出金、自治共和国債でまかなわれるのだが、この中でも地方税分配金と国庫支出金と軍管区支出金がそれぞれ三割ずつを占めている。人口が多い自治共和国ならまだしも、辺境部の自治共和国ではこれが常態化していた。
自治共和国は営利団体ではなく人類生存圏拡大のための先駆者であり、その国家予算は帝国全体で賄うべきである、とは自治共和国の前身である自治領制度を作った第二代皇帝マティアスⅠ世だが、この際に作られた地方税分配金制度もまた、マティアスⅠ世の提言から産まれたものだ。
ただ、自治共和国が事実上国庫支出金からの輸血にのみ頼って生きながらえるのが健全とは言えず、財政を帝国中央政府に握られている――事実国税省分離前の財務省は、領邦や自治共和国政府を交付金も用いてコントロールしていた――と感じる傾向が強く、独自財源を確保したがる傾向にある。
「防衛軍の増強に予算をつけなければならないので……いい惑星ですが、ここは賊徒の領域にも近いですから」
会議室の大スクリーンが収納され、カーテンが自動で開いて合同庁舎ビルからセンターポリスが一望できる。
「農地開発については、モルトブルッフ子爵が推し進めていたこともあり順調。人口増加もこれからのことですが、それは企業誘致が加速すれば、自ずと伸びていくでしょう……問題は治安です」
首相が自治共和国の内務大臣に発言を促した。
「この宙域は元々反帝国独立戦線のテリトリーに近いことから、度々武装船舶による襲撃を受けています。大規模攻勢はありませんが、帝国軍第一二艦隊の分遣艦隊や、星系自治省治安維持軍の駐留経費負担も馬鹿になりません」
国防大臣の言葉にも、柳井は心当たりがあった。辺境各地の情報を整理している際、駐留経費を中央政府、軍管区により肩代わりしてほしいという嘆願があったからだ。
「しかし、防衛軍の維持にもそれなりの費用がかかります。民間へのアウトソーシングも考慮してみては」
「閣下は元々民間軍事企業の方でしたな。それもすでに交渉はしているのですが、大幅な軍事費削減には至らず……」
柳井の提案に、財務大臣が首を振った。無理もない。民間軍事企業といえど、見えている地雷を踏み抜く訳にはいかない。ブルッフハーフェン自治共和国の立地では、経費節減は期待出来ないだろうと、柳井は溜め息をついた。
「辺境自治共和国への、国防アウトソーシング補助金制度でもあればいいのですが」
「前政権では中々辺境の声を聞いて頂けなかった。今ならば、と……失礼、閣下ご自身による中央政府への干渉については否定的と聞いたことがあります。埒もないことを申し上げました」
『帝国宰相はあくまで皇帝の諸政策推進のための手足に過ぎません。手足が勝手に喋ったら不気味でしょう』とは、柳井がペイ・アテンション紙のインタビューの際に言ったことだった。首相はこれを柳井自身による帝国政府への干渉を否定した、と捉えていた。
「いえ、陛下は辺境の発展こそ帝国一〇〇年の発展に繋がると仰せです。陛下は中々自由に動けないのですが、私は陛下の手足であり耳目でもあります。そういったご要望を耳に入れて頂くのは助かります」
柳井は合成紙を綴じ込んだファイルを机に置くと、出されていたボトルコーヒーに手をつけた。
「まあ、全てはこれからのことです。先ほども申しましたとおり、辺境の発展こそ帝国一〇〇年の発展に繋がるとは陛下のお言葉です。あまりここで話すと式典の原稿が減ってしまうので、このあたりにしておきましょう」
柳井のジョークに一同が和やかに笑い――柳井のジョークにしては珍しいことである――が会議室に満ちた。
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