第39話ー⑥ 叛乱軍参謀総長・柳井義久

 一六時一二分

 月軌道

 総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令部艦橋


 一部部隊を木星圏の大公軍の追撃や投降後の処置のために残置して、ギムレット公爵率いる叛乱軍本隊は遂に地球圏まで到達した。


「全艦浮上完了……あちこちで戦闘が行なわれているようですが」

「おそらく特別徴税局の実務一課、実務二課が戦闘しているものと思われます。四時間近く泥仕合を展開とのこと」


 柳井とベイカーの報告に、ギムレット公爵は呆れたような溜息を吐いた。 


「酷い戦い方ね。敗残兵と中央軍の寄せ集めっていっても、もっとやりようがあるでしょうに、一方的に嬲り殺しにされてるじゃない」


 特別徴税局のうち、戦闘行為を行なうのは実務課と呼ばれており、そのうち実務一課、二課は戦艦や巡洋艦を主力とした特別徴税局の打撃力の根幹だ。艦数は帝国軍一個戦隊規模に近いが、ゴロツキ共と戦い鍛えられた特別徴税局と、緩い想定の演習しかしていない本国軍や領邦軍の、それも後方待機組では実力に差がありすぎた。


 特別徴税局側は本格的な戦闘を避け、地球圏にいた大公軍を引きずり回しながら少しずつ戦力を削り、自らの被害を極小化しているように柳井には見えた。あくまで軌道上にいる特別徴税局部隊は、本隊が帝都に入り、大公を捕縛するための囮でしかないわけだ。


「特別徴税局側は電磁パルス兵器で無力化しているようですね。武士の情けというやつですか?」

「ま、味方殺しなんて気持ちのいいことではないからね。義久、全軍に降伏勧告を。木星圏の主力艦隊が投降したことは知ってるだろうけど、改めてね」

「はっ」


 柳井の降伏勧告が入れられたのかどうかは不明ながらも、複数隻の艦艇が戦闘行為を中断し、降伏信号を発した。


「帝都の状況は?」

「カール・マルクスによる電子妨害が解除されていますので、粗方は。とりあえず、現在帝都宮殿に特別徴税局徴税艦隊が突入、特徴局陸戦隊と領邦軍陸戦隊がやりあっているようです」


 無人偵察機による衛星軌道からの映像では、帝都宮殿の敷地内とその周辺に、特別徴税局の徴税艦が展開している様子が見て取れた。


「カール・マルクスと通信は?」

「帝都宮殿に突入するという連絡があってからは途絶していますが、大公軍は永田局長の捕縛を目指しているようなので、今のところ存命しているものと考えます」

「敵軍の交戦状況で判明するなんて、私達の通信網も脆いものね」

「仕方ありますまい。電子妨害は諸刃の剣です」

「ま、やることは変らないわ。所定の作戦に従い各目標を占拠せよ……ところで、国防省辺りと連絡付かないのかしら? 低軌道要塞ぶち壊すのは気が引けるのだけれど」

「直接要塞を呼び出してみましょう」


 程なくして、帝都直通の軌道エレベーターであるヴィルヘルムに置かれた低軌道要塞司令部が応答した。


『要塞司令官、タマリ・ヌンガル中将でございます、殿下……カリスト基地のピエラントーニ元帥から停戦命令を受けております。殿下らの行動を阻害することはございません』

「了解。では、平常業務に移行して次の指示を待っていること。いいわね?」

『はっ』

「月方面は?」


 月面には月鎮守府としてティコクレーターに帝国軍基地が置かれている。月に駐留する艦艇はほぼ出払っているとはいえ、陸戦兵だけでも一〇万人が駐屯する一大軍事拠点だ。


「すでに強襲揚陸艦三隻に一個戦隊護衛を付けて向かわせました。カリスト基地の接収の様子からして、大きな混乱はないと思われますが」

「では、本艦隊はこれよりウィーン帝都へ進攻。摂政マルティフローラ大公他、帝権を脅かした不届き者共を捕らえにいきましょう」



 一六時四五分

 帝都 ウィーン

 国防省

 大臣執務室


 柳井はギムレット公爵の指示で、陸戦隊一個連隊を率いてドナウシュタットの官庁街開放に乗り出していた。すでに主戦場は帝都宮殿に移っており、それも宮殿へのダメージを恐れて派手なものではない。宮殿内の銃撃戦もかなり小規模になっているという情報を、柳井は移動中に受け取っていた。


「国防大臣閣下、ご無事でしたか」


 国防大臣マリオ・ルキーノ・バリオーニは、大臣室で軟禁されていた。監視の兵は逃げ出したあとだったが、何せ国防省内のすべてのオフィスのロックキーが変えられており、外から強制的にマスターキー――物理的に鍵やドアを破壊した――を使って開けるしかなかった。


「おお、柳井男爵! 助けに来てくれたのか!? 外の状況がまるで分からん」

「……大臣はいつからここに?」

「戒厳令発令の臨時議会に出た後、休憩がてら国防省に入ったらそのまま拘束されてしまって……」


 柳井は得心がいった。軍令を司るのは帝国軍統合参謀本部だが、軍政は国防省が握っている。国軍を動かすには軍政のトップである通称首相と呼び習わす内閣総理大臣、国防大臣が統合参謀本部の提案を承認しなければ始まらない。しかし、戒厳令で首相の権限を摂政に移行した結果、帝国軍は摂政マルティフローラ大公が独断で動かすことになったが、国防省と統合参謀本部を飛び越えて指示を出したものだから、中央軍司令部がすべての事務処理から作戦立案を行なわなければならず、木星圏での戦いに見られる行動の遅滞や混乱が見られたわけだ。


 統合参謀本部が大公に対して公然と異を唱えたおかげで、自分達は現在までのところ勝っているのだと、柳井は痛感した。


「統合参謀本部長、富士宮殿下はどちらへ?」

「統合参謀本部は戒厳令布告後に封鎖されたらしいと聞くが、詳しいことは……」

「なるほど。順次開放しておりますので、状況が分かりましたら共有いたします。とりあえず、国防省はこれより平常業務に移っていただきたいと、公爵殿下は仰せです」

「了解した。ともかく直ちに帝国軍諸部隊へ停戦命令を出すように統合参謀本部に指示を出す」



 一七時〇四分

 統合参謀本部

 参謀本部長執務室


「よもやそんなことになっていたとは……こちらも為すところなく、大公殿下の好き勝手にさせてしまい、面目次第もない」


 執務室のソファで仮眠を取っていたらしい統合参謀本部長の富士宮皇統公爵は、率直に頭を下げた。


「いえ、統合参謀本部長が私に謝られるようなことではございますまい……すでにリンデンバウム、ヴィシーニャの領邦軍も動き出して、事態収拾のフェーズに入っております。閣下からは、国防省からも通達が出ているはずですが、軍令として停戦命令を出して頂きたく」

「至急通達させる。内戦など冗談ではない。早く止めなければ……」



 同時刻

 総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令部艦橋


「マルティフローラ大公の行方はまだ掴めない?」


 ギムレット公爵として一番懸念していたのは、帝都からマルティフローラ大公が脱出し、自身の領国に戻り領邦軍を再編することだった。戦闘の結果、まだマルティフローラ大公国本国には半個艦隊ほどの予備戦力がある見られているため、これと散り散りになった大公軍の残党が合わさると、まだ叛乱軍の六割程度を確保出来る。無傷での制圧は難しい規模となり、戦乱が長期化してしまうことをこそ、公爵は危惧していた。

 

「帝都宮殿からはまだ出ていないと、各所から報告があります。すでに戦場が地下司令室付近まで移っているので、そう時間は掛からないかと思いますが」


 柳井がいないので、近衛参謀長のベイカー少将が通常通り補佐に当たっている。柳井の次に信頼を置いている彼女の報告に、公爵は安堵した。


「地下道は?」


 帝都宮殿から各官公庁、近衛軍司令部とヴィルヘルミーナ軍港へは地下道が張り巡らされており、万が一のときの脱出ルートとなっていた。総延長もかなりのもので、帝都が出来上がってから五〇〇年以上、そのネットワークは増減を繰り返しており、全容が掴めていない部分もある。一部は遺跡化しているというのがもっぱらの噂だ。


「少なくとも、ライヒェンバッハ宮殿からは出ていないと、内務省および特別徴税局からの情報では判断出来ます」

「それなら私も宮殿に向かうわ」

「危険です! まだ大公軍も掃討し終えたわけではありません」

「特別徴税局に美味しいところ全部持っていかせるつもり? それに、仮にも帝国最大の領邦の領主殿下を捕らえるのよ。礼儀としてこちらも最高位の指揮官が立ち会うべきでしょう?」

「まあ、それはそうですが……」


 柳井以上にギムレット公爵との付き合いが長いベイカー少将は、説得を諦め、公爵の護衛に一個連隊ほど付けることを各所に指示することにした。



 一七時一四分

 首相官邸

 閣議室


「叛乱軍参謀総長、柳井義久皇統男爵です」

「……あなたがこのような形でここを訪れるとはな。残念ではあるが驚きはないよ」


 柳井は各所の開放を部下達に任せて、自分は首相のエウゼビオ・ラウリートとの極秘の会談に臨んでいた。首相は拘束されていたわけではないが、首相公邸にいたところを柳井らに確保されていた。


「すでに永田文書は目を通されたかと思います。内務省が必死でカバーをするでしょうが、政権が倒れることは確実でしょうね」


 柳井の言い様はあまりに明け透けだったが、ラウリート首相は返す言葉がなかった。自分達が一〇年以上隠蔽してきた、国家を揺るがす不正が明るみに出た現在、彼は完全にレームダック、あるいはサンドバッグと化すことが確実視されている。


「すでに中央軍は我々と交戦しておりません。マルティフローラ大公国領邦軍の陸戦兵が、最後の抵抗をライヒェンバッハ宮殿で続けていますが、時間の問題です」

「……そう、でしょうな」

「議会を直ちに招集し、摂政マルティフローラ大公からのすべての権限剥奪、身柄拘束を命じていただきたい」


 柳井の要求が予想外だったラウリート首相は、怪訝そうに柳井を見つめていた。


「……議会を開く? 今か? その必要性はないのではないか?」

「我々は蛮族ではありません。法に則って国家に尽くすものですから……皇統典範で定めるところによれば、摂政の権限剥奪に関する条項があります。内閣総理大臣、つまり首相閣下を含む国務大臣の過半数が了承した後、両院の過半数の議員が賛成することで、効力を発揮します」

「内閣法制局に調べさせるが……」

「それと同時に、ギムレット公爵メアリー殿下を摂政につけることも決定して頂きたい」

「……事後処理のため、ということか?」

「はい。事後処理が済み次第、直ちにギムレット公爵は摂政を辞され、皇帝選挙を行なうと申しております。全権委任についても、その時点で自動的に解除されますし、その頃には解散総選挙の日程を考える頃合いでは?」


 マルティフローラ大公が行なってきた国庫からの不正資金引き出し、流用、隠匿、さらに賊徒への資金提供。戒厳令が解除されれば、各局各紙が雪崩を打って永田文書の報道に入ってこれらが明るみに出れば、ラウリート政権の支持率は急激に下がることが予想されている。


 ラウリート政権は遠からず総辞職に追い込まれるが、その前に、国会での追求が行なわれることは避け難い。それらを終えてからなのか、それとも議会が開いた瞬間にかは柳井には分からないが、任期満了を控えた下院の総選挙は行なわざるを得ない。


 それまでにはすべての処置が終わるだろうと、ギムレット公爵は予想し、柳井にこのような指示を与えて首相に引導を渡していた。


「一つ問うが、マルティフローラ大公がやっていることをそのままギムレット公爵が行なうだけ、という結末だけは断じて容認できない。本当に公爵は、摂政を辞すると確約してくれるか?」


 それは選挙で選ばれた民主的なリーダーとして最後の矜持で放った言葉だったはずだが、彼らが行なってきたことに目を向ければ、空虚なものだった。


「我々はあなた方と異なり、隠すべきことはなにもございません。本来事後処理も直ちに政府に行なって頂きたいが、それでは帝国臣民が納得しますまい。一〇年分の不正の責は、閣下達ご自身でまずは、と公爵殿下は仰せです」


 柳井の言葉に、ラウリート首相は力なく項垂れた。

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