第39話ー⑤ 叛乱軍参謀総長・柳井義久
〇六時四五分
木星近傍宙域
総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ
司令部艦橋
「殿下、まもなく全軍が敵艦隊とのゼロ距離に達しますが……」
「突入信号、我に続け。なんなら満艦飾に祝砲撃ち鳴らしながらでもいいのよ?」
インペラトリーツァ・エカテリーナは全軍の総旗艦でありながらも、敵艦隊へ向けて一直線に突進していた。柳井がゼロ距離――現代宇宙戦においては荷電粒子砲のような亜光速兵器が発射即着弾となる距離まで達したことを一応喚起しておいたが、意味は無かった。
「それはやめておきましょう。私はともかく、旗艦乗組員まで道連れにすることはありますまい」
「そうね」
『殿下、総旗艦アドミラル・トーゴーの位置が判明しました。距離二五万メートルです。本艦も強行接舷してよろしいので?』
「当然じゃない。一番槍の栄誉はあなたにあげるわ、艦長」
『はっ!』
「皆も喜びなさい。あの中央軍を打ち破ったなんて、三二一年以来の快挙よ」
沸き立つ近衛参謀達とは別に、柳井はそんな物欲しくないのだがなどと考えつつ、既にスケールが一万メートル単位になった戦況図を見つめていた。アドミラル・トーゴーとインペラトリーツァ・エカテリーナの相対速度は秒速三千メートル。
つまり一分少々で敵艦の位置に到達する。柳井は司令部艦橋の上層甲板にある操艦指示が行なわれる第一艦橋の映像を手元の端末に出した。
『直撃! 艦首第三装甲板貫通! 右舷第一重荷電粒子砲使用不能!』
『前部誘導弾発射管損傷!』
『艦首シールド最大出力継続! フレア、チャフ、防護幕、ばらまけるものはバラ撒き続けろ!』
「殿下、艦の被害も相応に受けていますが」
「どうせ艦隊戦になれば総旗艦一隻の火力が落ちたくらい影響ないでしょう?」
「殿下は豪胆でいらっしゃる」
今やインペラトリーツァ・エカテリーナは矢尻の先端だった。その後方からは二〇隻の強襲揚陸艇――人員や機甲部隊を輸送する小型艦艇――を引き連れて、そのさらに後方から、やはり最大加速で総旗艦を守らんと突進する近衛本隊、各領邦軍艦隊などが後続している。
「特徴局の無人艦はほぼすべてが破壊されたようです」
「時間稼ぎと攪乱には丁度良いわね」
大火力とはいえ特別徴税局の無人艦隊は動きが単調だったため、投入された全艦が短時間で失われた。それでも突撃されたマルティフローラ大公国領邦軍艦隊は全戦力の半数を失い、残りの半数も何らかの損傷を負う壊滅的打撃を受け、もはや戦闘行動の継続は不可能だった。
中央軍第二艦隊、第三艦隊もその余波に巻き込まれ統一された艦隊行動が取れず、各個に撃破、捕縛されている状況だったが、こちらは流石に総旗艦を抱えるだけにまだ奮闘していた。それも残り少ない時間だろうが……と柳井は考えた。
何せエカテリーナ自身も相当な火力を持っているが、近衛艦隊、特に主力艦は既にインペラトリーツァ・エカテリーナ級で統一されていた。無人艦ほどではないにしてもその火力だけで第一艦隊は瓦解しつつあった。
『まもなく接舷します! 総員衝撃に備え!』
本来減速には進行方向側の、この場合は艦首側のスラスターを用いて少しずつ減速するのだが、そんな暇はない今回は反転して主推進機のパワーで無理矢理に減速を掛ける。旗艦艦長のモーリッツ・フォン・コルヴィッツ准将の操艦は丁寧なことで知られていたが、この時ばかりは慣性制御や重力制御で殺しきれない衝撃が艦全体を襲った。
間を置かずに、鈍い金属音が響く。アドミラル・トーゴーとインペラトリーツァ・エカテリーナがピタリと横並びになり、エカテリーナからは艦固定用の単分子ケーブルと重合金で出来たアンカーが射出され、アドミラル・トーゴーが逃げられないようにしてしまったのだった。
『接舷しました! タラップ強制接合完了!』
「全陸戦要員突入開始! 敵はこちらを撃てない。全艦、残存する敵艦への降伏勧告と追撃に移れ!」
艦長の報告に柳井の指示が下される。艦内に待機していた近衛陸戦兵が敵艦内への強行突入を開始した。
「……殿下? どこへ行かれるつもりです?」
司令長官席を立ち上がった公爵を柳井が呼び止めた。
「決まっているじゃない。ピエラントーニに会いに行く」
「制圧が終わるまでお待ち下さい。御身は替えが効かないのですから」
「あら? オデットがいるじゃない」
「殿下……!」
柳井の『殿下』に込められた苛立ちと怒りを察して、公爵は再び自分の席に座った。
「心配性ね。白兵戦で私に勝てるやつなんか世の中探したって片手の指に余るわ」
柳井自身は見たことがないが、それこそ公爵は極秘で海賊をやっていた頃も白兵戦では負け無し、近衛の練兵に参加する際は柔道、フェンシング、ナイフに銃と何をやらせても使わせても、百戦錬磨の降下揚陸兵団の兵より強いという。
次は戦車と戦闘機だと息巻いているが、果たしてこの先そんな機会はあるのだろうか……とぼんやりと柳井は考えていた。
「殿下は、今や皇帝の後継者としてのお立場がございます。叛乱軍将兵幾万の命を預かるお方です。何かあっては困ります」
「正論ね。不愉快だわ」
「事実を突かれると腹が立つものです」
「言ってくれるわね……中央軍総旗艦を制圧次第、乗り込むことにする」
「はっ」
三〇分後、総旗艦アドミラル・トーゴーは木星圏全域の中央軍に対して戦闘中止を下命。叛乱軍への降伏を申し入れた。
〇七時五〇分
総旗艦アドミラル・トーゴー
司令部艦橋
「中央軍司令長官、ピエラントーニ元帥でございます。殿下」
ピエラントーニはギムレット公爵の前に跪いた。敗軍の将として潔い態度だった。そもそもピエラントーニ自身はギムレット公爵に叛意はなく、ただ命令に従い出動しただけなのだが。
「私の処分はいかようにも。しかし部下達は私の命令に従い、殿下の軍に対抗したのみ。寛大な処置をお約束頂きたい」
「中央軍は実戦経験がないからどうかと思ったけど、あなたの指揮も、将兵達も有能で勇敢だったわ。軍人の使命に従い行動した元帥を責めるつもりはない……ま、それも皇帝選挙の結果次第だけれども」
「はっ……!」
ピエラントーニは恐縮して頭を下げた。彼女が手放しで人を褒めることは滅多に無い。確かに特徴局の無人艦隊投入以前も艦隊全体の動きが鈍いなど目に付く点はあったが、逆に言えば、無人艦隊がない状態であのまま防御戦を続けられては、ギムレット公爵には打つ手が無かったのも事実だった。
「現在木星圏にいる中央軍には、カリスト基地への帰還、それ以降は別命あるまで待機を命じる。ただし負傷者、脱出艇、自走不能の艦艇救助に当たる艦艇は除く。参謀長、あなたが司令長官代行としてその辺りの指示を」
「はっ」
中央軍参謀長アトキンソン中将が敬礼してその場を離れる。
「申し訳ないけど、元帥には事態が収まるまでは謹慎してもらうわ。当面はこの艦の司令長官室で沙汰を待つこと」
「ははっ……」
同時刻
カリスト鎮守府
カリストは木星の衛星で第二の大きさを誇り、イオやエウロパ、ガニメデに比べれば放射線被曝量が減るために簡素な放射線防護で済むため、木星開拓の初期から植民都市や基地機能の強化が行なわれてきた。
帝国本国を守る要衝としての基地は、すでにピエラントーニ元帥の降伏指示に従い抵抗を示さず、ギムレット公爵の代理として柳井はその事務手続きを行なうために、近衛巡洋艦の一隻に乗り込んで降り立っていた。
「鎮守府長官、ジャック・ストラット少将です」
ストラット少将以下、鎮守府参謀達も並んでいるが、敵意は無い。柳井は一応近衛陸戦兵を二個小隊護衛として連れてきたが、不要だったかも知れないなどとケチなことを考えていた。
「叛乱軍参謀総長……ということになっている柳井です。鎮守府の迅速な降伏受入を感謝いたします」
「我々は軍人であり、命令には従います。しかし……柳井皇統男爵とは随分前にお会いしているが、覚えているだろうか」
「え?」
唐突に言われて柳井は記憶をたどっていったが、思い出すに至らなかった。
「あなたが戦艦アドミラル・ラザレフ副長のときに命令違反で軍法会議に掛けられた際、あなたを弁護したのは私ですよ?」
「これは……あのときの私は頭に血が上っておりまして、失礼を」
柳井の軍歴の最終階級は少佐。これは東部方面軍第一二艦隊所属の戦艦アドミラル・ラザレフ副長としてのものだ。その際、辺境惑星連合に亡命しようとする商船の撃沈命令を艦長から下されたが、これに抗命。それが元となり軍法会議に掛けられた。
結果として不名誉除隊にはならず、柳井は通常の手続きで軍を退役し、アスファレス・セキュリティに再就職して現在に至る。
「いえ、あなたが民間船を撃沈しなかったというのは人として正しい選択だったが、軍人としては枠に嵌まらなかった。ただそれだけでしょう。そのあなたが叛乱軍の参謀総長とは。当時、こうなる運命は決まっていたのかも知れませんな」
「運命、ですか……だとしたら、随分と悪戯好きな女神に魅入られてしまったものです」
「ギムレット公爵ですか?」
「女神? ご冗談を。あの方は、そうですね……やめておきましょう」
その先の言葉を柳井は飲み込んだが『将来の皇帝候補を、悪魔などと評したと帝国史に書き残されるのは避けたいですから』というセリフが喉まで出かかっていた。
「ともかく、当鎮守府とその隷下部隊はこれより平常任務に戻ります。閣下らの行動を阻害することはいたしません」
「よろしくお願いいたします。ピエラントーニ元帥の身柄もストラット少将に預けます。くれぐれも、自裁などされないように監視をお願いします。殿下は大公の指示に従って戦闘参加した将兵を罰するようなことはありません」
「承知いたしました」
〇九時一〇分
インペラトリーツァ・エカテリーナ
司令部艦橋
「カリスト基地の接収を完了しました。補給艦および工作艦、病院船の手配もしてあります」
「ありがとう。おかげで思ったよりも早く地球に向かえるわね」
叛乱軍の弱点の一つである兵站支援の薄さは、こうして解決された。領邦軍は領邦警備が主任務であり、会社艦隊は兵站維持の大きな割合を外部委託しているし、近衛も特別徴税局も帝国軍などの施設を間借りすることが多い。特定拠点を持たない叛乱軍にとって悩みの種ではあった。
当然、柳井は作戦立案段階では帝国本国にある軍の補給拠点を襲撃して物資や支援艦艇を強奪することも考えたが、叛乱が長期化すると帝国臣民の生活にも悪影響を与えることから没案として、短期決戦を企図した経緯がある。
しかし帝国本国にある中央軍を降伏させ、大公派領邦軍を半壊させた現在、負傷者や損傷艦の手当をするためにもカリスト基地だけは接収しなければならなかった。
「基地の陸戦隊のうち、第五四九二連隊が叛乱軍に参加したいと志願しておりますが」
「すぐに出られるの?」
それに加えて、特別徴税局から公表されたマルティフローラ大公らの各種の不正を告発する資料――帝都ではすでに永田資料などと呼ばれている――を閲覧した将兵から、叛乱軍への参加を申し出るものもあった。
「連隊長のミシェル・カンバーバッチ大佐はジョージ・カンバーバッチ皇統男爵公子です。どうやらそのツテで大公の使途不明金問題等の資料を閲覧したらしく、大公の命令に従うのを良しとせず、連隊ごと謹慎させられていたようです」
「願ってもないわ。ただ揚陸艦がないわよ?」
「カリスト基地駐留の揚陸艦フォークランドが協力を申し出ており、すでに出撃準備を完了しているとのこと。また第二一、第四二駆逐戦隊、第四八戦隊、第四五九遊撃戦隊からそれぞれ叛乱軍へ参加したいとの申し出が来ております」
補給や指揮系統への組み込みの手間はあるが、地球に攻め込む以上、中央軍の参入は大いに助かる面もある。あの中央軍すら大公を見放したのだと政治的な宣伝に使えるからだ。
「わかった。三〇分後、帝都に向けて進発。もう特別徴税局は地球に着く頃よ。すぐに追いつける?」
「五時間ほど先行しておりますから、おそらく我々が月軌道に達する頃には、帝都で暴れている頃かと」
「なおのこと急がなきゃね……アリー、地球までの指揮はあなたに任せる。新しく参加した艦艇の指揮系統への組み込み、敵味方識別データの更新は頼むわよ。私と参謀総長は別件でしばらく離れる」
「はっ!」
今から柳井は忙しいはずなのだが、公爵に言われては仕方がないので、柳井も司令部艦橋を出る。
「殿下、どういうことで?」
「終戦工作ってやつよ」
〇九時一七分
司令長官執務室
『このような形で殿下と男爵にお会いするとは、残念です』
「ヴィシーニャ侯爵、抗議ならあとで幾らでも」
執務室の大型モニターには、火星宙域で情勢を見ていたヴィシーニャ侯爵ムバラクの顔が映し出されていた。
『しかし、まさかあの本国軍と大公達の領邦軍を打ち破るとは……帝都は今大騒ぎのようです。しかし、いつまで電子妨害を続けているのです?』
「まだ治っていないの?」
この通信は叛乱軍側の艦艇と、リンデンバウム伯国領邦軍の協力により中継された臨時の超空間通信であり、一般回線、帝国軍軍用回線、官公庁回線は未だに不通状態だった。そのため、太陽系内部では送受信機さえあれば可能だが、光速でしか伝播しない電磁波帯域での通信のみが使える状態だった。
『丁度、木星で戦端が開かれた頃からです。公爵殿下の差し金でしょう?』
「まあね……ピヴォワーヌ伯とリンデンバウム伯から聞いているとは思うけど」
『ええ、我々はリンデンバウム伯国と共に事態収拾のお手伝いを致します。帝都での本格的な陸戦だけは避けたいので』
帝都ウィーンは西暦末期には二〇〇万人ほどの都市だったが、帝国建国以来人口は急激な増加を見せ、周辺都市と合わせれば三〇〇〇万人を擁する地球でも有数の大都市だ。その上空や地上で陸戦など正気の沙汰ではない、とヴィシーニャ侯爵は、常に無い熱弁を振るった。
「柳井、帝都侵入後の作戦プランは?」
「もう出来ております。特別徴税局が帝都宮殿でマルティフローラ大公を捕縛すると共に、我々は帝都官公庁、通信施設を制圧いたします。帝都旧市街、新市街アスペルン地区での戦闘は可能な限り避けるものです」
地球帝国の政府機能は、ドナウ川東岸のドナウシュタット、フロリッツドルフに集中している。ドナウシュタットもアスペルン地区については経済の中心地であり、オフィス街が設けられていた。
柳井のプランでは旧市街と呼ばれるドナウ川西岸、それに東岸アスペルン地区には手を出さない、というものだった。
『民間人および官公庁の職員の安全は絶対です』
ヴィシーニャ侯爵は念押しした。柳井としても民間人や官僚、職員にいたずらに犠牲を出すのは不本意だった。そもそも木星では中央軍と領邦軍に敵味方双方多数の犠牲を出している。これ以上の犠牲を背負うには、柳井の両肩は小さすぎた。
「我々はあくまで帝国をあるべき姿に戻すための政治的プロセスを要求する者です。蛮族ではありません」
『参謀総長の言葉は理解しました。行動で示されることを願います……大公殿下、コノフェール侯爵、フリザンテーマ公爵およびその領邦軍幹部の捕縛が完了した時点で、我々は両軍へ停戦を勧告します。もしそれに従わない場合、いずれの勢力もリンデンバウム領邦軍と共に殲滅いたします』
いつもは眉一つ動かさないヴィシーニャ侯爵が、一段声を低くして、叛乱軍首脳の二人を睨み付けるようにしている。
「あら? 殲滅とはまた。それだけの力をお持ちで?」
「殿下」
『我が国の艦艇がすべて体当たりしてでも止めます。帝都での殺戮はあってはならぬことですから』
ギムレット公爵がいつもの調子で言うが、柳井は流石に制した。しかし、言われた側のヴィシーニャ侯爵は普段の能面のまま返した。
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