第39話ー④ 叛乱軍参謀総長・柳井義久

 〇六時二〇分

 帝国中央軍第一艦隊

 総旗艦アドミラル・トーゴー

 司令部艦橋


 アドミラル級戦艦に帝国中央軍の司令部機能を載せた中央軍総旗艦アドミラル・トーゴーは、帝国中央軍と大公派領邦軍を纏めて指揮していたが、その艦橋は叛乱軍のそれと比べると騒然となっていた。


「帝都との通信は!?」

「まだ回復しない。レーザーは?」

「この距離では届かん。連絡艇を飛ばすか?」

「ともかくやるんだよ!」

 

 特に情報部門の混乱は予想以上だった。前線指揮は中央軍のピエラントーニ元帥に一任されており問題ないとはいえ、高度に政治的な決定も必要になる戦いであるにもかかわらず帝都と通信が途切れており、至近距離の艦隊内通信のほかは目と耳を塞がれた状態で真正面の敵と殴り合い続けるしかなかった。


「天王星とカイパーベルト帯の遊撃戦隊をこちらに呼び戻せ! 敵の背後を突けば総崩れになるはずだ!」


 ピエラントーニ元帥の作戦構想は定石だったが、残念ながら部隊間の連携が十全に取れない状況ではそれもままならない。


「長官、大公国領邦軍がすさまじい集中砲火を受け続けております。どうも戦艦クラスが多数いるようで、いかに対処すべきかと指示を請うておりますが」

「前に出すぎるなと言ってやれ。大公国軍は貴重な戦力だ」


 第一艦隊司令部はピエラントーニ元帥を頂点とした、全軍の総司令部であり、各艦隊への大枠の戦術指揮は行なうが、細かな部隊配置は各艦隊司令部が判断すべき事だった。しかし帝都と通信が出来ないことから、ピエラントーニ元帥はマルティフローラ大公国領邦軍も実質的に指揮下においていた。大公自身も領邦軍参謀長も帝都にいるために、大公国領邦軍司令部が態々中央軍第一艦隊に指示を請う状態となっている。


「ええい、身の安全はわかるがなぜ殿下は前線まで出てこないのか……」


 ピエラントーニ元帥としては、帝都を守れと言われれば断ることも出来ず、こうして叛乱軍迎撃の任務に就いているが、戒厳令にしてもその発令自体が政治的な意図に基づくものだし、元より本国軍の戦意は低い。


 一方叛乱軍は全宇宙に対して自らを叛乱軍と称し、将兵と共に最前線に立ち、自らが責を負うと公言したギムレット公爵がいる。マルティフローラ大公とギムレット公爵の人心掌握のセンスが、ここに来て天下分け目の大戦の帰趨さえ左右してしまったのだった。


「ともかく、警戒に出している部隊をこちらに呼び戻すんだ」

「しかし、今から連絡艇を送っても到着は一二時間後になるかと」

「いいからそうしろ。このまま消耗戦に付き合うのでは下の下だ。戦線を支えるだけなら現有戦力でも十分対処できる」


 そこまで指示を出して、ようやくピエラントーニ元帥は妙な違和感に気付いた。戦闘開始からすでに一時間半ほど経ち、徐々に敵の右翼を押し込み始めた頃だった。


「フネの数が合わない……参謀長、叛乱軍と称する連中の構成は?」


 強力な電子妨害やチャフやフレア、さらにバラ撒かれる荷電粒子の束やらなにやらで敵艦隊の総数把握は難しかっただけに、現在ピエラントーニ元帥は事前に帝国中央軍情報部が推定した情報を元に作戦を指揮している。


「中央軍情報部では近衛、ヴィオーラ領邦軍、パイ=スリーヴァ=バムブーク領邦軍、ピヴォワーヌ領邦軍、参謀総長を自称する柳井皇統男爵の所属民間軍事企業、アスファレス・セキュリティ社有艦隊と推定していますが」


 それは元帥にも分かっていた。しかし元帥には戦場にいるのがそれだけの勢力とは思えなかった。


「敵艦隊の構成をもう一度確認しろ!」


 帝都との通信途絶や太陽系周辺の索敵網の寸断による混乱から、未だに立ち直っていなかった本国軍がようやく自分達の戦っている敵の正体に気付いたのは、今まさにこの時だった。


「光学映像、最大望遠です」


 情報参謀が自分のタブレットに表示させたぼやけた映像を、補償処理を入れて艦影をシャープに整形する。


「これは……このカラーリングは、まさか」


 赤と白のド派手な視認性の高い塗装は軍艦以外の公用艦船のパターン。そしてそのパターンはある組織の艦艇であることを示していた。


「特別徴税局、徴税艦です!」

「そんな馬鹿な!? なぜ連中がここに!? すぐ帝都に……謀ったなギムレット公爵……本国にすぐに連絡を!」


 高速艦艇を用いても、帝都までは五時間から六時間。超空間潜航は長距離潜行になればなるほど目的地までの到着時間を短縮できるが、木星から地球程度の距離では、巨大な木星や太陽の重力場の影響から外宇宙での数千光年を一気に踏破するような速度は出ない。喩えるならば、一般道と車両用高速道路の違いのようなものだった。電磁波帯域の通信も一時間弱掛かる現状では、まるでサッカーの試合を郵送した書面で指揮するようなものだった。


 ようやく戦況を変えうる重要情報を得た本国軍だったが、この情報を伝えるのはもう少し先のことになる。目前に対処しなければならない問題が現れたからだ。


「敵艦隊後方に大規模重力震。戦艦クラスの艦船が浮上してきます」


 超空間から浮上してくる艦船が現れる際、時空間を歪ませるため重力震が検知される。その規模で大凡の浮上してくる艦船の数や大きさが分かるが、アドミラル・トーゴーで検知されたものはかなり大規模なものだった。


「敵艦隊後方に、未確認艦多数出現! こちらに向けて最大加速で突っ込んできます!」


 作戦参謀の悲鳴に近い声に、ピエラントーニ元帥は司令長官席を立ち上がっていた。


「なんだ、あれは」



 〇六時三七分

 総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令部艦橋


「……あれは何?」


 ギムレット公爵は彼女らしからぬ不安げな表情で戦況図を見ていた。いや、柳井から見える範囲の参謀は皆一様に同じような表情をしていた。


「あんなものを隠し持っていたとは、特別徴税局も中々……ただ、これで前面の敵は片付けられるでしょう」

「特別徴税局旗艦カール・マルクスより入電。とっておきの隠し球です、とのことですが……?」


 柳井が戦況図を指さす。特に動きが鈍く、特別徴税局からの艦砲射撃で撃ち減らされていたマルティフローラ大公国領邦軍がいる敵右翼が、無人装甲徴税艦の突撃により瓦解していく。


 カバーに入ろうとした中央軍第二艦隊は近衛やアスファレス・セキュリティ艦隊の砲撃を浴びて散開するが、この動きが第一、第三艦隊の艦隊行動を阻害し、防衛線を維持するか攻勢に出るかもはっきりしないまま、次々と撃破、ないしは航行不能に陥っていく。


 柳井は、このような誰が見ても勝利、という戦場に参戦するのは帝国軍所属時を除けば久々のことだった。アルバータ自治共和国、ピヴォワーヌ伯国、第二三九宙域といい、柳井は毎度毎度辛勝という戦場に身を置きすぎていた。


「今のうちに特別徴税局には帝都に先行して貰いましょう。本隊は前面の敵を行動不能に追い込んでから帝都へ」

「そうしてちょうだい」


 公爵が頷いて柳井が通信参謀が徴税艦隊に打電させると、装甲徴税艦カール・マルクス以下徴税艦隊は超空間へと潜っていった。


「まだ妨害は続いているか?」

「はっ。特別徴税局が地球に着くまで持ってくれるかは不明ですが」


 帝都の国税省を保持している特別徴税局の別働隊からは、カール・マルクス経由で総旗艦に状況が伝えられていた。すでに警察の機動隊や首都防衛軍団が動き出しているらしく、国税省保持については確約できないという。


「最悪妨害無しでも、特別徴税局ならなんとかするだろう。前面の敵は総崩れだ! 大公軍は無人艦隊に任せて、敵中央と左翼の間に割り込め。敵を分断して混乱を増大させろ、戦力を再編させるな」


 柳井の号令にインペラトリーツァ・エカテリーナの司令部艦橋がにわかに活気づく。すべてを砲撃で処分するのは簡単な事だが、それでは犠牲が多すぎる。友軍同士が相打つ戦いなど最小限に済ませたいのが柳井やギムレット公爵の本心だった。そこで、ギムレット公爵は特殊な指示を下した。


「今のうちに距離を詰めて航空隊、駆逐戦隊の近接攻撃に移行! 陸戦隊は移乗攻撃アボルダージュの用意! 目標、中央軍第一艦隊旗艦アドミラル・トーゴー!」


 本来ならば友軍同士の戦闘でもあり、艦の細かなディテールや反応炉や推進機の熱紋などを元に、個々の艦艇の識別も可能だった。すでに特別徴税局の隠し球により本国軍も統制を失っていたため、本来は護衛艦艇に囲まれていたはずの総旗艦アドミラル・トーゴーも丸裸だった。


「あちらも同士討ちを恐れて迂闊に撃てまい。各艦、揚陸艇部隊を援護させなさい!」


 後方待機していた強襲揚陸艦隊からさらに小型の揚陸艇が発進し、それを護衛するように近衛艦隊は展開した。混乱の最中にたたき落とされた敵軍にそれを阻むだけの力と統制力は残されていなかった。 

 

「総旗艦確保次第、残存艦艇の戦闘中止命令をピエラントーニ元帥から出させる。その後の処置はアスファレス・セキュリティ艦隊とヴィオーラ伯国軍で行なう。シェフィールド提督、お願いできますか?」

『了解しました、参謀総長』


 ヴィオーラ伯国領邦軍艦隊を指揮していたシェフィールド大将は、柳井の指示に対して短く答えて敬礼した。


「ハルツェンブッシュ元帥、エマール大将は近衛と共に帝都へ向かいます。よろしいですね?」

『了解した、参謀総長』

『了解いたしました』


 ハルツェンブッシュ元帥とエマール大将も同様に短く答えて通信を終えた。


「第一ステージクリア、ってとこ?」

「中ボスまでまとめてクリアと言っても過言では無いでしょう。あとは大ボス、帝都のマルティフローラ大公……」



 同時刻

 小惑星ベスタ近傍

 ピヴォワーヌ伯国領邦軍

 駆逐艦ジスラン・カプール

 艦橋


「殿下、リンデンバウム伯国領邦軍の巡洋艦ブラムバッハです」

「来てくれたか……接舷要請を出せ。こちらから出向く」


 叛乱軍副司令官、ということになっているピヴォワーヌ伯爵は、ギムレット公爵の密命を帯びて局外中立を決め込んでいるリンデンバウム伯国と接触していた。


「先方より返信。接舷を許可するとのこと」

「さて……では、行くとしようか」



 〇六時四一分

 リンデンバウム伯国領邦軍

 巡洋艦ブラムバッハ

 士官室


「オデット、よくお越しくださいました」


 漆黒の喪服に身を包んだリンデンバウム伯爵、つまり先日崩御し、葬儀を済ませた先帝バルタザールⅢ世の長女、グレータ・フォン・カイザーリングがピヴォワーヌ伯爵を出迎えた。


「それはこちらが申すべきだな、グレータ、いえ、リンデンバウム伯爵」

「堅苦しくならないで、私とあなたは同い年、幼馴染じゃない……それはともかく、増援の話ならすでにお伝えしたとおり、我々は局外中立です。大公軍、叛乱軍双方いずれにも加担しません」

「いや、私が今日ここに来たのは、味方をして欲しいわけではないのだ」

「どういうこと?」

「木星での戦闘はモニターしているか?」

「あなた達が通信網を遮断してしまったので苦労しているけれど、一応は」


 太陽系内の超空間通信網は、叛乱軍側の妨害工作により現在ほとんど不通状態である。火星宙域にいたリンデンバウム伯爵は木星圏に偵察艦を出していたが、リアルタイムでの戦場ではなく、光速でしか伝播しない電磁波帯域での通信で大凡の戦況の把握に務めていた。つまり、リンデンバウム伯爵とピヴォワーヌ伯爵では戦況の認識にズレがあった。


「我々はインペラトリーツァ・エカテリーナから直接情報が来ている。すでに木星圏での戦いは決着が付いた。マルティフローラ大公国領邦軍は半壊、第一、第二、第三艦隊は近衛に殴りつけられ、総旗艦アドミラル・トーゴーが拿捕された。コノフェールとフリザンテーマ公国軍については、追撃を受けつつも撤退したが、大きく戦力を落としているな」

「そんなことが……やはり、ギムレット公爵の才覚は大したものだわ」

「しかし、まだ本丸は落としていない。帝都に籠もるマルティフローラ大公が諦めない限り、我々は帝都降下作戦も辞さない」

「帝都を火の海にするつもり?」


 グレータの言葉に、オデットは肩をすくめて見せた。


「私としては、新市街はともかく旧市街まで戦火に巻き込むのは避けたいな。それにこれ以上おなじ帝国軍将兵同士殺しあいする訳にもいかない」

「私に、どうしろと?」

「仲裁を頼みたい。我々が帝都を制圧しにかかる段階で、それ以上の戦闘行為の停止を双方に対して呼びかけて貰いたい」

「なぜ? あなた達が優勢なら、そのまま進めても問題ないでしょう?」

「帝国最大の領邦国家の領主が一方的に敗北を認めると思うか? 中立の人間から止めてもらえば、大公達にも逃げ道ができるだろう」

「逃げ道と言っても、大公達の罪状を鑑みれば、死刑は妥当なところよ」

「ここで重要なのは、大公自身よりその回りの領邦軍軍人だな。ただし条件はある。特別徴税局がマルティフローラ大公を検挙するまでは待って貰いたい」

「それだけ? いえ、それも大事だけれど」

「彼の国庫に関する不正はたださねばならない。君も見ただろう?」


 すでに皇統にはギムレット公爵の名において、特別徴税局が調べ上げた大公達の不正に関する資料が公開されていた。国庫からの使途不明金引き出し以外にも、脱税や辺境惑星連合との繋がりについても記されており、戒厳令下でなければとっくにメディアが取り上げ、帝国が四分五裂しても不思議ではない内容だった。


「わかった。うちの軍は今から月軌道までは移動させる。ヴィシーニャ侯爵もその条件なら飲むでしょう。私からも話しておく」

「よろしく頼む」



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