第39話ー② 叛乱軍参謀総長・柳井義久


 一四時〇〇分

 東部軍管区

 惑星ロージントン

 東部軍管区司令部


 戒厳令布告後に情報統制が行なわれた結果、帝国東部方面軍では中央情勢の把握が困難となり、騒然としていた。


「中央の状況は掴めないのか?」


 東部方面軍司令長官、ホーエンツォレルン元帥は焦りも見せず、参謀達に問いかけたが、いずれの参謀も脂汗を浮かべて困惑するばかりだった。


「大公殿下が摂政としての権限で戒厳令を敷いたことまでは明らかなのですが、それ以降は情報統制が行われており、中央軍や領邦軍は動きを悟らせないために通信封鎖をしておりまして」

「問題は国境宙域と分離独立勢力だ。動きはないか?」


 元帥の懸念事項はその一点だった。老齢ながらも、元帥の泰然自若とした雰囲気は、浮き足だった参謀達の精神安定剤ともなった。


「現状は、平素と変わらずです」


 細々としたことを一々報告する前に、簡潔に結論のみを述べる。普段なら出来ることが、中々出来なくなるのが混乱時だ、と元帥は自分の孫のような世代の若い参謀達を愛らしくさえ思っていた。とはいえ、それでは軍参謀は務まらない。


「不測の事態に備えるよう、各艦隊、駐留部隊に厳命しておけ。市民の動揺や、これに乗じた暴動などを警戒しておかなければならん。降下軌道兵団と軌道航空軍にも第一種警戒態勢を発令しろ。治安維持軍にも知らせてやれ」

「はっ。直ちに」

「それと、第一〇、一一の両艦隊の余剰兵力にいつでも動員を掛けられるように、参謀部は検討に入っておけ。最悪の場合第八、第九艦隊と共に中央に出向くこともあるかもしれん」

「それも直ちに」

「グライフ提督より、任務変更なき場合は現状の体制を継続してよいかと確認が」

「それでいい」


 東部軍管区長官、ホーエンツォレルン元帥の部屋には入れ替わり立ち替わりに東部軍の参謀や軍管区政庁の官吏が出入りしていた。御年七一歳の老元帥の役目は、本来東部軍管区のトップとして象徴的なものだったのだが、この期に及んでは東部方面軍のトップとして動いていた。


 その波が一旦落ち着いたとき、小柄な女性士官と大柄なパイロットスーツ姿の男性が部屋に入室した。


「あのー、お忙しいところすみません。司令長官にお話が」


 遠慮がちに出てきた声に、元帥は手元の資料から目を上げた。総員数一万人を超える東部軍司令部とはいえ、元帥と直に話す士官の数などたかが知れている。見慣れない姿に、ホーエンツォレルンは警戒心を強めた。


「君は何者だ」

「一応、叛乱軍です」


 何を言い出すのだと、元帥は僅かに混乱した。女性士官が腰に下げた儀礼用ライフルは実銃だが、明らかに軍人ではない。しかし傍らにいるパイロットスーツ姿の男は手練れだ。こちらが妙な動きをすれば、実力行使されるだろう、と元帥は見抜いていた。それにしては、闖入者のどちらも殺意が無いようにも元帥は感じていた。


 なお、この時点ではまだギムレット公爵は叛乱軍を名乗ってはいなかったので、非公式な、少なくとも個々人の記憶の中で最初に叛乱軍の呼称を用いたのはフロイライン・ローテンブルクとなった。


「私を殺すつもりか」


 東部軍管区司令長官、そして先代皇帝バルタザールⅢ世の親類ということもあり、彼は鷹揚な態度で応接用の椅子まで歩いて腰を掛け、あまつさえ闖入者の二人に着席を勧める皇統侯爵としての余裕も見せた。


「いえいえ。交渉に来ただけです。ギムレット公爵のお使い、というわけで」

「……あの女ならやりかねんか。人払いをする。少し待て……私だ、今から私が良いと言うまで、絶対に誰も入れるな。元老会議だ」


 長官専用区画の警備隊長に連絡を入れてから、改めて元帥は闖入者の二人を見た。ギムレット公爵の使者、と言っているが、どうせ碌なことではないと彼は感じている。


「元老だなんて、まだ三〇にもなってないのに……」


 ギムレット公爵の使いの女のほうが、不満げに口を尖らせていたのを見ながら、元帥は部屋の盗聴防止装置の作動状況を確認した。


「この部屋は盗聴防止対策をしている。内務省のゴミ漁り共も、辺境の賊徒にも君達の会話は聞こえない」

「東部軍情報部はどうですか?」

「身内も疑えと部外者に言われるのは珍しいことではない。当然対策済みだ」

「では……閣下にお読みいただきたい文書がございます。こちらを」


 女は、帝国軍士官が持ち歩く革製のブリーフケースから、羊皮紙で作られた書面を取り出し、元帥に手渡した。


「すぐに目を通そう……君、名前は」

「ローテンブルク。エレノア・ローテンブルク。帝都で探偵事務所をしております」

「……なるほど。司令部へのパスと制服は、ギムレット公爵が手配したものか」

「非常時ゆえ、ご無礼をお許しください閣下」

「構わん。探偵だろうがなんだろうが、その位の胆力が無ければこんなことはできまい」


 元帥はギムレット公爵のサインと紋章印入りの書面に素早く目を通した。内容は、端的に言えばそこを動くなという要請、あるいは脅迫だった。


「さて、いかがでしょうか。元帥閣下」

「中央で動乱が起きていることは私も承知している。首謀者がマルティフローラ大公であることもな。叛乱軍として決起するのがギムレット公爵であろうと私は考えていたが、その予想も当たった。それでどうなるものでもないが」

「東部方面軍としてはどう動かれるおつもりですか? 東部全軍とは言わないまでも、例えば、ラカン・ナエで暇してる第八艦隊や、ロージントンの第九艦隊を振り向けるだけで我々反乱軍、もしくは大公軍を叩き潰せるでしょう。それにしては、動きがなさ過ぎるのが、私には不思議で」


 この娘は何を知っているのだろうと、元帥はやや興味を持ち始めた。第八艦隊の役目が中央への掣肘のためであるというのは公然の秘密だったが、第九艦隊も言及されたのはいささか驚いていた。帝国方面軍は辺境賊徒への備えであると同時に、中央政府が暴走する場合はその鎮圧も任務の一つだ。


「東部軍管区の要衝、ロージントンの守備を疎かにするわけにはいくまい。君の言うことは机上の空論だな」

「第一〇、一一、一二艦隊から戦力を抽出しても同じ事です。すでにその準備をされていたのでは?」


 エレノアの言葉に、思わず元帥は目の前の小娘を睨み付けそうになった。


「ふふ、元帥は正直者でいらっしゃる」


 手玉に取られた、と元帥は恥じた。


「まあともかく、いかがでしょう? 元帥閣下、公爵殿下のご提案は?」

「帝国軍人は反逆しない。我々は帝国の領土と帝室と帝国臣民の生命財産を守るのが使命だ。それを反故にすることはできん」

「なるほど。中央から五月蠅いくらい出動命令が来ていても動いていないのは、静観、もしくは黙殺ということで?」


 この小娘がただの探偵ではない、と元帥は理解していたが、ここまで言い当てられると空恐ろしいものがあった。実際、元帥は中央からの極秘の出動命令を握りつぶしていた。これは東部軍でも片手の指であまるほどの人間しか知らない極秘事項だった。


「本国で起きたことは本国軍が対処すべきだ。東部軍は辺境鎮守の要だ。辺境惑星連合討伐の一番槍でもある。不安定な情勢下、いたずらに戦力を動かせない……ギムレット公の意図は、我々が動かなければそれでいい、ということか」

「お察しの通りです」

「私としては無計画な版図拡大のために兵力をすりつぶすのはよしとしないし、中央の権力争いに利用されるのも御免蒙るといったところだ」


 元帥も帝都で行なわれた机上演習の結果は聞いていた。当然そのような無茶な作戦計画を実行することは避けたいというのも本心だった。


「それは東部方面軍の総意ということですか?」

「そうだ。東部軍が動かない限り、他の方面軍も動かん。私から各方面軍司令長官に話しておく」

「承知しました。念のためですが、こちらの文書にサインいただけます?」


 合成紙の文書を一瞥して、元帥は胸に挿していた万年筆を抜いた。


「ギムレット公はよほど私に信頼がないようだ。まあ彼女の祖父達とはいささか私は因縁があるから無理もなかろうが」

「とんでもございません。当然、ギムレット公爵が帝位に就いた暁には、これが閣下の献身の証となります。敗北したときは、そこのダストボックスにでも放り込んで頂ければ結構です」

「わかっているさ」

「貴重なお時間をいただきありがとうございます、閣下」


 元帥がサインと紋章印を押した書面をエレノアは丁重に受け取り、再びブリーフケースへ収めた。


「最後に聞きたいことが二点ある。東部軍の軍事計画を見抜いたのは君か? それともギムレット公爵か?」

「その両方、と言いたいところですが、実は受け売りでして」

「ほう。誰かな」

「昔、ここで働いてた人だそうですよ」


 東部軍総兵力は数千万、司令部だけでも万単位。さすがの元帥も見当が付かなかったが、その人物を失ったことは、東部方面軍にとっては痛手だったのではないか、と元帥は少しだけ後悔しておいた。


「もう一点……ギムレット公爵に勝算はあるのか?」

「もちろんです」

「なるほど……中々面白い話が出来て面白かったよ、フロイライン・ローテンブルク。いずれ事が落ち着いたらまた話をしてみたいものだ」

「はい、いずれ、近いうちに」



 一五時三一分

 近衛軍総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令部艦橋


「フロイラインから連絡です。帝国軍人は叛逆しない、とのことです。他の方面軍へもホーエンツォレルン元帥より、動かないように説得工作に入ってもらえるようです。元帥は殿下の不拡大・領域維持方針に賛同されるとも」


 すでに作戦案の作成や各艦隊の出撃準備でてんやわんやの司令部艦橋で、柳井はギムレット公爵にフロイラインからの通信文を要約して報告した。


「そう。食えない男ね、あの老いぼれ」

「まあいずれにしろ方面軍はどちらかに恩を押し売りできますからね。とりあえず、これで後背の敵を警戒する必要はありません」

「これで一安心かしら」

「我々はまだ太陽系のヘリオポーズにすら踏み込んでいないのです。油断は禁物ですよ、殿下」



 同時刻

 帝都ウィーン

 ライヒェンバッハ宮殿

 にれの間


「東部方面軍はなにをしている。東部方面軍が動けば、叛乱軍の動きを掣肘できる!」


 フリザンテーマ公爵が癇癪を起こしているのを、コノフェール侯爵はオロオロと見守ることしか出来なかった。


「東部方面軍司令長官、ホーエンツォレルン元帥の名で、各方面軍に要請……いえ、LNNはじめ、各軍管区の民放が元帥の会見を中継しています!」

「なんだと!?」


 大公は目を閉じて椅子に腰掛けていたが、領邦軍参謀の呼びかけに目を見開く。


「これをご覧ください……」

『我々帝国軍人は叛逆せず。これはどんな階級の軍人でも最初に教え込まれることである。我々帝国軍人は国家と皇帝、そして帝国臣民の命を守るために存在しているのであって、政争に加わることは無いし、自らがその中心になるわけにはいかない』


 老元帥の言葉は、楡の間の全員を凍り付かせた。帝国最大の武力集団である東部方面軍の長の言葉は、大なり小なり帝国臣民への影響力がある。まして、ギムレット公爵の討伐につきもっとも頼れるのは東部方面軍だったのだ。


『帝国軍のすべての軍人に告げる。我々は中央の動乱に加わらず、今、そこにある任務に集中しようではないか。そして、各軍管区に住まう帝国臣民の生命財産は、我々帝国軍が必ず守り通すことを誓約する。動ずること無く、中央での動乱が穏便に終わることを、祈りましょう』


 これは明確に内乱の発生を牽制しており、さらには東部軍管区はじめ、各軍管区が独自に中央政局に介入することを牽制する言葉だった。


「バカな! ギムレット公爵こそ叛逆者ではないか! 叛逆者を討伐するのは帝国軍の義務ではないか!?」

「違う……東部方面軍は、いや、各方面軍は我々をこそ、叛逆者と見なしている……」


 フリザンテーマ公爵が激昂して机を叩いたが、コノフェール侯爵は顔を青ざめさせていた。


「バカな……そんなバカな話が……!」

「落ち着け、コノフェール侯。中央軍と我らの領邦軍を合わせれば、まだ想定される敵勢力より優勢だ。奴らは帝都、いや私の身柄を押えない限り自らの正当性を主張できないのだ」


 マルティフローラ大公はそう言うと、落ち着いた素振りでコーヒーを一啜りした。



 一八時〇一分

 叛乱軍総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令部艦橋


「帝都から泣きついてこないわね」


 一八時までに戒厳令解除、皇帝選挙実施を宣言せよ、という要求に対して、結局大公は無言を貫いていた。


「そうでしょうね……殿下、全艦準備完了。いつでも動けます」

「よろしい。全艦に通信回線を開け。オープンチャンネルでかまわない。それと、緊急放送用チャンネルにもつなぎなさい」


 災害時や戒厳令下における全帝国への布告などに用いられる緊急放送チャンネルは、報道各社のチャンネルに強制介入することが可能だ。これを用いて、ギムレット公爵は全帝国に自分の意思を知らしめることに決めていた。


「しかし、それでは全臣民が聞くことになりますが」

「かまわないわ。耳かっぽじって聞いといてもらいましょう」

「わかりました……達する、こちら参謀総長。これよりギムレット公爵メアリー殿下よりお言葉を賜る。総員、その場で手を休めずに聞け」


 柳井は横に立つ公爵をチラリと見た。その表情には自信が満ちあふれていた。


「中継開始五秒前、四、三、二……」


 指でカウントした通信参謀がゴーサインを出して、全帝国への中継が開始された。、


「ギムレット公爵メアリーである。


 まず、われわれの立場を明らかにする。我々は叛乱軍である。


 戒厳令を敷いて帝国を私物化し、さらには辺境への拡大政策で甚大な犠牲を払おうともかまわぬと公言し、辺境宙域への勢力拡大のため、国費を極秘裏に引き出し、浪費する摂政マルティフローラ大公に、帝権を渡してはならないものと確信したため、我々は決起した。


 国費を無用な戦乱に使い、賊徒を征伐するという大義のみを押し立てて、いたずらに民間人、軍人の別なく宇宙に散らそうとする行為は、今後の帝国一〇〇年の衰退を招く暴挙であると私は断言する。


 私は、断固としてその方針に反対し、皇帝バルタザールⅢ世陛下の正当なる後継者を決めるための皇帝選挙を実施することを、マルティフローラ大公に要求した。


 しかし、彼は我々の要求を無視し、一方的に戒厳令を布告し、摂政としての権限を悪用し、帝権を簒奪せんと企んだのだ!


 事ここに至り、私は一時の汚名を甘んじて受け入れることにした。叛乱者、賊軍と私は呼ばれても構わない! すべての責は私が負おう。この身が八つ裂きにされようとも、私の意思は変わらない!


 私はここに集った勇士諸君に明言する。


 我々の、帝国を憂える純粋な思いは、必ずや臣民の理解を得ることができる。

 

 この戦いこそ帝国の今後一〇〇年を占う決戦である! 帝国をあるべき形に戻し、為すべきを為そう!


 各員の奮励努力を期待する!」


 公爵による演説が終わるタイミングで、柳井は命じた。


「全軍発進せよ。集結座標、事前通知の通り。各艦指定序列に従い超空間潜行開始」


 ヴィオーラ伯国から太陽系までは、艦隊で動いてもほぼ一日の距離。いよいよ決戦が始まる。


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