案件06~叛乱軍参謀総長・柳井義久

第39話ー① 叛乱軍参謀総長・柳井義久

 帝国暦五九〇年三月二五日一二時〇〇分

 巡洋艦エトロフⅡ

 柳井の自室


『常務、まもなく浮上します』

「わかった。大丈夫とは思うが、警戒を厳に」

『はっ』

「さて、用意した手札は多いが、果たして有効打になるかどうか……」


 柳井は超光速通信である人物と通信をしていた。


「ジョーカーの一枚はあなたですよ、フロイライン」


 ローテンブルク探偵事務所の所長、エレノア・ローテンブルクだ。柳井の計画通りなら、彼女は現在東部軍管区にいるはずだった。


『やだなぁ柳井さん。私、そんな大それたものじゃないですよ』

「ホーエンツォレルン元帥への面会時間は取りました。あなたの武運をお祈りします」


 柳井はこの探偵にまたしても依頼をしていた。それも今までで尤も厄介かつ危険度の高い依頼だ。


『結局、こんなことになっちゃいましたか。救いようがないですねえ』

「フロイライン、それは考え方次第です。辺境征伐をやめさせて数億人の犠牲者を出さずに済むとしたら、余程マシです」

『それもそうかもしれませんね』


 帝国の内乱をマシと評する豪胆さが、恐らくギムレット公爵が柳井を気に入った理由なのかも知れない、とエレノアは一人納得していた。


『では、次に会うときにはなんてお呼びすることになっているか楽しみにしていますよ、柳井男爵閣下』

「その呼ばれ方も、最期になるかもしれませんがね」

『行くわよハンス』

『へいへい……柳井閣下、ご無事の姿を再び拝見することを切にお祈りいたします。ご武運を』


 エレノアの助手であるハンス・リーデルビッヒも最敬礼で柳井に出立の挨拶をした。それに答え、柳井も深く頷く。


「ありがとう、ハンス君。君達も無事でな」


 通信を切断した後、柳井は深刻な面持ちでコーヒーを啜って考え込んでいた。果たしてこのあとの戦い、勝てるのだろうか、と。



 一二時三〇分

 ヴィオーラ伯国 領宙内

 エトロフⅡ

 艦橋


 エトロフⅡがヴィオーラ伯国に到着したのは、二五日の昼過ぎ。すでに戒厳令布告から半日ほどが過ぎようとしていたが、ヴィオーラ伯国領域内は至って平穏に見えた。


「あれですか、集結しているという公爵殿下の軍は」


 エトロフⅡ艦長のホルバインは、その光景に驚きを隠せなかった。それらの合計は、ほぼヴィオーラ、パイ=スリーヴァ=バムブーク、ピヴォワーヌ、近衛の全軍を併せたものだったからだ。エトロフⅡの艦橋モニターでも、無数の艦艇が集合しているのが見えた。


「エトロフⅡはインペラトリーツァ・エカテリーナに接舷。私を降ろしたらそのままアルテナ部長のところに合流してくれ」

「了解……常務、生きて会えたら、常務持ちでたらふく飲ませて貰うということで」

「わかっている。好きな銘柄を樽ごと用意してやる」


 冗談を言い合えるのも今のうちか、と柳井は苦笑しつつも、これからの戦いを考えて憂鬱でもあった。



 一二時五〇分

 近衛艦隊総旗艦 インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令部艦橋


「殿下、柳井義久男爵、参上いたしました」


 基本的に超空間潜航は機関出力が大きいほど長距離を素早く移動出来る。インペラトリーツァ・エカテリーナは柳井の到着より二時間ほど早く到着していた。


 巨大な司令部艦橋には、見慣れた軍服姿の美女が仁王立ちしていた。


「殴るわよ」

「しかし、近衛にヴィオーラ伯国軍にピヴォワーヌ伯国軍、パイ=スリーヴァ=バムブーク侯国軍……よくもまあかき集めたものです。これにアスファレス・セキュリティ艦隊に特徴局……」

「会社艦隊はあなた達だけよ」

「帝国から営業許可の出てる会社はこんな博打に参戦しません」


 そもそも基本的には民間軍事企業は国防省の下請け企業であり、皇帝の代替わりや政権交代でもあまり影響を受けない業種でもあった。ただ今回については、マルティフローラ大公が戴冠すれば民間軍事企業史上類を見ない書き入れ時となることは確実だった。同時に、多大の犠牲を出す博打でもあったが。


「相手は帝都防衛の中央軍と拡大派の領邦各国軍。数的劣勢は否めません」


 柳井はその点を考え続けていた。これだけの戦力をかき集めたとしても、中央軍とようやく互角。領邦軍を併せると戦力差は如何ともしがたいところだった。特にマルティフローラ領邦軍の規模は、帝国艦隊通常編制一・五個分ともされている。領邦防衛に一部を残置しても、十分な数が太陽系に展開しているはずだった。


 これにフリザンテーマ、コノフェール、本国守備の中央軍が加わると、戦力差は歴然だった。


「その辺りは、ピヴォワーヌ伯国防衛の英雄の手腕に期待しようかしら」


 柳井はその点について溜息を禁じ得なかった。あれは防衛戦で、しかも時間稼ぎをすればいいだけのものだった。


「公爵殿下の御意に従いますが……今回は戦闘のプロもいらっしゃることですし、ベイカーと私だけで立案するよりマシでしょう」


 柳井が敬礼して艦橋を出て行こうとしたとき、公爵は柳井を呼び止めた。


「その格好じゃ締まらないわ。これに着替えて」


 柳井は葬儀で着ていた礼服から、いつもの安物スーツに着替えていた。それでは今後よろしくないとギムレット公爵の従兵が、柳井に近衛の軍服を手渡す。見慣れない肩章と参謀を示す飾織しょくしょにプラチナ製の石筆ペンシルが付けられている。帝国においてプラチナ製の石筆を付けるのは、侍従武官長と相場が決まっていたが、柳井はまだその職にない。


「これは、近衛の副司令官でも務めろと?」

「もっとすごい役職を、あなたのために用意したわ」

「はっ?」

「叛乱軍上級大将、参謀総長」


 その瞬間の柳井の表情を、インペラトリーツァ・エカテリーナ艦長のモーリッツ・フォン・コルヴィッツ近衛准将は後に回顧録に記していた。曰く『公爵殿下は柳井義久氏に反乱軍上級大将という階級と参謀総長という役職を与えた。彼の表情は山盛りのザワークラウトを差し出されたかのような、うんざりとしたものだった』という。



 一三時〇〇分

 作戦室


「公爵殿下と参謀総長閣下に、敬礼!」


 ベイカー近衛軍参謀長が一堂に命じると、一糸乱れない敬礼が、柳井に向けられた。すでに柳井が参謀総長を務めることは、全軍に通達されていた。


「叛乱軍参謀総長を務めることになった柳井だ。よろしく頼む」


 柳井は長々と語らなかった。ピヴォワーヌ伯国防衛の英雄、それのみならず、アルバータの叛乱鎮圧、第二三九宙域総督など様々な仕事をこなした結果、柳井の名声は皇統男爵としては異例なほど高まっていたので、その必要はなかった。


 もっとも柳井自身は、自分などが語る価値はないし、語ってもしかたがないというやや自分に対しての厳しい評価故の行動だった。


「私からはあとで長々と話すから、今はやめとくわ。早速始めてちょうだい」


 ギムレット公爵も簡潔だった。いかに儀式張ったことを嫌う彼女とは言え、キチンと全軍に向けて話す用意はあるらしいと柳井は感心していた。


「それでは作戦会議を始めよう。ベイカー少将、頼む」

「まず各自、中央の三次元宙図をご覧ください」


 ベイカーの操作で、作戦室中央の立体モニターが投影された。


「最終的に、帝都を掌握、マルティフローラ大公以下拡大派皇統の拘束、戒厳令解除、皇帝選挙の実施などを認めさせるのが目標です。作戦参加艦艇は以下の通り」


 立体モニターに各艦隊の艦艇アイコンとその総数が表示されていく。


「近衛艦隊、旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ、これが事実上、動く総司令部となる。以下重戦艦六隻、戦闘母艦二隻、巡洋艦四隻、駆逐艦一二隻、強襲揚陸艦一二。さらに、ピヴォワーヌ伯国防衛軍から戦艦五隻、巡洋艦四隻」


 ピヴォワーヌ伯国領邦軍は、五年前のラ・ブルジェオン沖会戦から再建を果たした主力艦艇で構成される艦隊だった。数は少ないものの、柳井は自らが指揮した経験を持つピヴォワーヌ伯国領邦軍を高く評価している。近衛軍は言うに及ばず。実戦経験も積み、力量として申し分ない。


「パイ・スリーヴァ・バムブーク候国防衛軍から戦艦四、巡洋艦一二、駆逐艦二四。ヴィオーラ伯国防衛軍から戦艦二、巡洋艦二〇、駆逐艦一六」


 これらも領邦からほぼ全軍を引き出してきただけあって、数の上での主力と言えた。ただ、戦乱とは長らく無縁で練度としては一段劣る。その辺りは、帝国軍でも従軍経験がある司令長官がカバーしてくれるだろう。


「アスファレス・セキュリティ艦隊、戦艦六、巡洋艦一八、駆逐艦二六隻、戦闘母艦二」


 アスファレス・セキュリティも数は多いが、戦艦の重荷電粒子砲はモンキーモデルとして威力は抑えられている。それでも通常砲戦においては練度も問題ない。


「そして特別徴税局、装甲徴税艦……戦艦一〇に巡洋艦一一、駆逐艦八、強襲揚陸艦四、戦闘母艦二隻」


 ある意味これが叛乱軍主力とも言えた。柳井は国税省の外局がこれだけの戦力を揃えていることに、改めて唖然としていた。


「以上。戦艦二八隻、巡洋艦六五隻、駆逐艦八六隻、戦闘母艦六隻、強襲揚陸艦一六隻。陸戦要員二個師団。これが我々の現状の全戦力となります」


 かなりの戦力だったが、柳井の懸念は相手の数にあった。


「対する大公派の中央軍他の戦力……これらを便宜的に大公軍と呼びますが、推定でも戦艦二六隻、巡洋艦九〇、駆逐艦一六〇隻、戦闘母艦八隻が主力艦隊を構成し、その他地球本国の空中艦隊、軌道上の重火力プラットフォーム等など。帝都には少なくとも陸戦要員二個師団、地球全土だと五〇個師団ほどが駐留しています」


 特に陸戦兵力の不足が叛乱軍にとっては致命的だった。


「どう攻めるかな」


 パイ=スリーヴァ=バムブーク候国艦隊を率いるのはレギーナ・ハルツェンブッシュ元帥。ギムレット公爵にならぶ元帥で、自身も皇統伯爵の地位を持ち、七〇歳を超えてその采配に一切の遅延と狂いはないと評判である。


「なお、帝国中央軍は最大で第一、第二、第三艦隊が動員されると想定されます」

「第四艦隊は?」


 帝国本国軍の内、第四艦隊のみマルティフローラ大公国に配備されている。これは帝国随一の領邦の防衛のため帝国中央が配慮していると共に、三二一年の叛乱のトラウマから大公国の監視に当たる艦隊でもある。


「歴史的経緯から見ても、現在までの観測においても、第四艦隊は大公国領内からは出ていません。しかし、その分大公国領邦軍は太陽系に集中しています。大公派領邦軍と中央軍を合わせた全戦力は、我が軍の三倍に達します」

「多勢に無勢かな……とはいえやるしかない」


 セレスタン・エマール大将が深刻な面持ちで呟いた。かつてピヴォワーヌ伯国に迫る辺境惑星連合の大艦隊の迎撃任務に当たり、これを撃退した経歴を持つ。彼をしても、今回の叛乱行動が無謀なものであるというのは承知の上だった。実は三国の領邦軍司令官の中では、彼が最も実戦経験豊富だった。


「勝算があるから蜂起した。そうでありましょう、公爵殿下」


 ヴィオーラ伯国艦隊司令官のバージル・シェフィールド大将は三四歳。領邦軍大将としても異例の若さだが、物怖じすることなくギムレット公爵に言葉を投げた。


「当然じゃない。参謀総長」


 公爵に促された柳井だが、この時点で彼の戦術構想は固まっていた。これを実現出来るものとして細かな設定や調整を行なうのが、彼の下についたベイカー以下近衛参謀部、および各艦隊参謀部の仕事だった。


「はっ。まずはこれをご覧ください。現在の大公軍の配置状況です」


 帝国中央部の宙域図に、赤い光点がプロットされた。いずれも太陽系に集中しており、柳井が操作してより詳細な配置が明らかになる。


「大公派連合軍は、どうしても我々の侵攻ルートを最終段階まで絞り込めません。我々がどの方面から攻めても大丈夫なように、ある程度警戒のために戦力を割いています」


 さらに、フリザンテーマ公国やコノフェール侯国にも注意を割かねばならない。下手に太陽系に全戦力を集中させたために、ヴィオーラ伯国やパイ=スリーヴァ=バムブーク候国を攻撃して叛乱軍の意識を逸らせることもできない。


「敵艦隊は木星軌道を決戦の場として設定している模様ですね、参謀総長」


 ベイカーの言葉に、柳井は頷いた。


「木星を抜けば一気に地球のヒル圏に飛び込める。我が艦隊は最短ルートで地球を目指すと、現在の太陽系の惑星配置の都合上と超空間潜行の制約から、木星付近で一旦浮上せざるを得ません。しかし別航路で地球へ直行すれば、背後から敵艦隊の攻撃を受け、地球本国を守備する部隊との挟み撃ちにあいます」


 これは現代宇宙戦における基本的なことであり、一同も特に異論はないようだった。柳井が操作して多数の進攻ルートが示されたが、いずれも木星に展開した大公派主力艦隊に背後を抑えられる結果になっている。


「ここで重要なのは、我が艦隊の総数を敵はまだ正確に把握できていない点にあります」

「うちが戦闘に参加するなんて、多分国税省も寝耳に水でしょうしね」


 特別徴税局局長、永田閃十郞はにやにやと緊張感のない笑みを浮かべていた。


「つまり、特別徴税局は最大のジョーカーよ。恐らく木星戦線に到着するまで、特別徴税局の参戦は気付かれないはず」


 公爵はこのためにこそ特別徴税局と接触した経緯があった。特別徴税局にしても、彼らには彼らの目的があるが、この場ではそれらは大雑把に伝わっている。特別徴税局は皇帝戴冠を支援するという理由ともう一つ、大公の不正を暴き、検挙するという目的があったのだ。


「現在我々は西部軍管区での強制執行に赴くことになっていますから……まあ、六角のお歴々はそこまで勘付くような方々ではないはずですが。秋山君、その辺りは大丈夫?」

「今のところ、本省に動きはありません。特課による国税省制圧が上手くいっている証拠です」


 特別徴税局参謀、彼らが言うところの徴税一課長秋山誠一がやや不安げな表情ではあったが、確信を持って言い切った。


「特別徴税局は現在、国税本省ビルを制圧。我々が太陽系に侵入するまで持ちこたえている場合は、国税省メインフレームのプルートより、帝国各官公庁および帝国軍通信ネットワーク、ET&T公共通信ネットワークへの妨害を行ないます」

「電子戦において特別徴税局の実力はすごいんで、どうぞご期待ください」


 永田の言葉に、各指揮官はやや不安げな顔をしたが、公爵が満足げに笑みを浮かべたのを見て、腹をくくった。


「それと万が一の場合だけどもし私や参謀総長が戦死した場合、指揮権は自動的にハルツェンブッシュ元帥の艦隊司令部に移行。軍の名目上の総司令官はピヴォワーヌ伯オデットに継承させるわ」


 公爵の言葉に、作戦室内がざわついた。とうのピヴォワーヌ伯爵にしても、やや驚いた様子だった。とはいえ、万が一公爵が戦死しても叛乱軍自体が勝利できれば、自然とその頭目が次代皇帝に推戴されるというのは不思議なことではない。


「オデットなら私の七割くらいはうまく帝国を回せるでしょ」

「……七割を発揮したら、早死にしそうだ。メアリーが戴冠できるように祈るさ」


 その後もしばらく作戦案についての討議が続いていたが、一番の問題は東部方面軍の存在だった。


「東部方面軍が、もし大公殿下の指示通りに我々を討伐に動いたらどうなります?」

「どうもこうも、前後を挟まれはいそれまでよ」


 あまりにあっけらかんとした公爵の返答に、質問したエマール大将も唖然としていた。しかし事実ではある。東部方面軍の半分も振り向けられたら、叛乱軍としては為す術がない。


 その点については柳井がフロイライン・ローテンブルクに託した策が功を奏するかに掛かっていた。すでに戦いは始まっている。


「一八時までに大公から返答がなければ、決起する。それまで各自身体を休めておいてちょうだい」


 公爵の言葉に、作戦室の一同は敬礼して休息に入った。

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