第37話ー⑤ 葬儀委員・柳井義久


 国防省本庁舎

 地下五階

 第四作戦室


『これより、机上演習を開始します。想定作戦行動、東部軍管区外縁からFPU領域への侵攻。赤軍、帝国軍、青軍をFPU連合軍。各軍、各国家の構成は、帝国軍中央情報局による帝国暦五八九年時点での双方勢力の統計に基づく』


 今回、使用兵力は膨大、想定戦闘宙域が広大であることから赤軍、青軍はそれぞれ国防省地下にある作戦室――国防省から各方面軍を指揮しなければならない場合に用いる――を一室貸し与えられて、そこに司令部を設けて戦闘を行なう。国防省中央コンピュータシステム群のマルスの演算能力の五割がこの演習に用いられることからも、規模の大きさが窺える。


 なお、FPUとは辺境惑星連合のイニシャリズムであり、公式文書や軍事専門家の間で用いられるものである。


「演習開始までもう少し時間があるから、皆に紹介しておく。今回の演習について、FPUの情勢に詳しい柳井皇統男爵に、参謀総長として参加して貰う」


 ギムレット公爵が部下達に柳井を紹介したが、ほとんどの近衛士官は柳井のことを覚えている。


 柳井は近衛参謀達の反応を注意深く観察したが、少なくとも辟易したり嫌悪感は抱かれていないようだと安堵した。ここでも柳井が数年前にピヴォワーヌ伯国参謀総長を務めていたことが効いている。しかしもう一人の参加者には、好奇の目線が注がれていた。


「また、アスファレス・セキュリティ社員で、元辺境惑星連合軍の指揮官だったアルツール・マルテンシュタイン氏に戦術アドバイザーとして参加して貰うことになっている」

「お手柔らかに」

「各自、二人の指示を良く聞いて対応するように」


 柳井がギムレット公爵に提案した隠し球は、マルテンシュタインの参加だった。ゲフェングニス349疎開において捕虜達の統率を行ない、疎開作業を支援したことによる恩赦で帝国臣民籍が与えられたマルテンシュタインは、帝国軍大佐の待遇で退役年金を貰い、帝都にて慎ましく帝国臣民としての生活を謳歌していたのだが、柳井により今回抜擢されるにあたって、アスファレス・セキュリティに入社し、ロージントン支社に配属されたという体で今回の演習に参加している。


「時間です、殿下」

「参謀総長。あとはよろしく」

「はっ。各部隊は赤軍との交戦を避けつつ、第二次防衛線まで後退」


 今回、青軍が指揮するFPU連合軍の主体は反帝国独立戦線、辺境解放同盟、汎人類共和国で、これに革命的抵抗者連合体正統派、リハエ同盟を加えた構成となっている。戦力比は青軍FPU連合軍が一に対して赤軍帝国軍が五という想定とされているが、バランスを取るため、青軍からは赤軍の行動が詳細に見えるようになっている。


 これはFPU領内においてはあらゆる船舶、あらゆる惑星が敵対勢力であり、帝国軍の行動を秘匿することが難しいと考えられるためでもある。


 それでも、単なる戦力比なら青軍が赤軍に勝つのは難しい。


「第一次防衛線上の惑星に、正規の部隊は配置しないか最低限です。民兵を動員して対処しています」

「FPUが本土侵攻を受けた場合の基本戦術は、敵主力の後方攪乱、縦深を用いた遅滞戦闘。惑星が制圧された場合は、パルチザン組織による進駐軍への攻撃、焦土戦術、あらゆる手段を取ります」


 近衛の司令部員はゾッとした表情で柳井とマルテンシュタインが立案した迎撃作戦案を聞いていた。


「皆さんはご存じかと思いますが、これはハーキュリーズ作戦、帝国暦三七六年から三七八年にかけて行なわれた作戦で実際に行なわれたことです」


 柳井の指摘に、近衛の軍人達はうなずいた。辺境惑星連合の勢力圏に大きく進出して賊徒勢力圏を分断するために行なわれたハーキュリーズ作戦は、賊徒勢力圏が帝国軍の想定よりも広大で分断が不可能と判断されたのだが、この際もパルチザンに悩まされたという。


「FPU所属構成体住民は、あなた方が思っているよりも各セクトの思想に染まっている。あらゆる報道、娯楽、教育にプロパガンダが織り交ぜられているのだから当然だ。せいぜい赤軍には苦労して貰いましょう」


 マルテンシュタインの笑みに、作戦室内に戦慄にも似た空気が満たされた。これがFPU随一の将帥と言われた、帝国の戦術教書にも載せられるような人間なのか、と。


「赤軍、第一次防衛ラインに接触。惑星マランブール492への強襲降下を開始しました」


 実際の戦闘はマルスによるシミュレートであって、その分演習内の時間経過は加速している。現実の時間と比べれば一〇倍速で戦況を見ていることになる。


「参謀総長、本当に迎撃は民兵に任せるので? それだけで勝利条件を達成できますか?」


 青軍作戦参謀として参加しているアレクサンドラ・ベイカー近衛軍参謀長は、わざとらしく柳井に声を掛けた。赤軍の勝利条件は辺境惑星連合の各セクトの惑星の制圧、青軍の勝利条件は二年間それを阻止することとされていた。


「第一次防衛ラインはあくまで敵の行動を遅滞させることを徹底する。惑星住民による抵抗活動はすでに開始されている。まあ見ていろ」


 柳井が既に制圧されたマランブール492のステータスを表示させると、ものすごい勢いで帝国軍駐留部隊の物資集積所や個々の軍人に対する襲撃がリストアップされていく。


「しかし、惑星住民の被害も惨憺たるものです」


 近衛参謀の一人が、柳井と同じデータを見ながら顔を青くしていた。このシミュレーションは戦闘以外の、軍人の休息時の動き、市民生活などもある程度の階層までは再現されている。制圧した都市への巡視や、あるいは休息のための外出時に殺害される帝国軍兵士の数も少なくなかったし、帝国軍駐留地への攻撃も見られた。無論、迎撃戦闘の結果すさまじい犠牲を出している。


「それはそうだろう。今頃第二作戦室の方は大わらわだな」


 マルテンシュタインは、壁の向こうに一部屋隔てた第二作戦室の現状を想像して、再び笑みを浮かべた。



 第二作戦室


 第四作戦室と同じ造りの部屋の中では、東部軍と中央軍の幕僚達が騒然としていた。


「なんだこの被害は! 駐留拠点の防備体勢はどうなっている!?」

「将兵に夜間の市街地の外出を禁止させろ! 市街地で不意打ちを受けすぎだ!」

「駐留地の防御がお粗末すぎるぞ! 治安維持活動じゃ無くて敵地なんだ! 塹壕でも掘らせろ!」

「軌道航空軍は何をしている! 近接支援が必要だ!」

「自爆テロが多すぎるぞ……! 病院船の増派を!」

「憲兵艦隊だけでは治安維持が成り立たない! 星系自治省の治安維持艦隊に増援を要請しろ!」

「補給艦隊が襲われることなど想定の範囲内だ! 護衛艦の増派を兵站本部は見当してくれ」


 第一作戦室、第三作戦室には星系自治省や内務省、交通機動艦隊の関係者も詰めてまとめて赤軍の司令部となるが、いずれの部屋も騒然としていた。


 そもそも帝国軍は宇宙戦はともかく、敵地奥深くでの地上戦の経験が薄すぎた。降下揚陸兵団も、艦艇乗り組みの陸戦隊も帝国臣民が圧倒的多数の惑星における叛乱勢力の掃討や治安維持戦を行なってきたのであり、純粋な敵地での占領を行なうことはなかった。マルスに入力されていたのも二〇〇年前のハーキュリーズ作戦においての戦訓でしかないし、それすらも形骸化していた。


「青軍はこんな辛辣な手段を使うのか。青軍領域の民衆の被害も甚大だろうに……」


 赤軍の総指揮を務める第一二艦隊司令長官のハリソン・グライフ大将は、幾何級数的に増えていく両軍の被害、特に銃後にあるべき青軍民間人の被害に唖然として呟いた。


「柳井という男はこんな辛辣なのか。アヴェンチュラで出会ったときにはそんな印象は受けなかったが」


 グライフ大将は、数年前に辺境の自治共和国へ叛乱制圧に赴いた際、叛乱を中途で頓挫させ、帝国官公庁、特に星系自治省の縦割り事なかれ主義につけ込み事態を有耶無耶にして帝国軍による作戦行動を停止させた柳井のことを覚えていた。しかし、その際に受けた印象は、このような苛烈な作戦を取るようには見えなかったと記憶していた。


「提督! 辺境宙域の惑星にて抵抗運動が多発しており、星系自治省治安維持軍が対応しておりますが、その分占領地域への増援が遅れると」

「なんだと? そんなイベントまで用意されているのか……」


 帝国辺境部にはかなりの数の自治共和国が存在するが、それらでのテロ、それに伴う暴動などは帝国の兵站線へのダメージが大きい。辺境部を補給のための拠点としているが故に、これは赤軍には無視できないダメージとなる。


「賊徒討伐に反対するデモ活動も増加、現地警察力だけで対応出来ず、降下揚陸兵団などへ鎮圧の協力要請が出ています」


 これは青軍が仕掛けた後方攪乱の一つだった。革命的抵抗者連合体正統派、リハエ同盟が支援する帝国内の反帝国組織リベラートル、カラカム、ムクティダータ

、ヴィシャフラの工作員による煽動が影響している。


「第一一艦隊の前線派遣は見送らざるを得ないか……」


 エラーブル=ジャルダン皇帝直轄領に駐留する第一一艦隊は、予備戦力として侵攻作戦の後期に投入される予定だったが、帝国辺境部が不安定になった結果、これ以上領内の戦力を引き抜くわけにも行かなかった。


 混沌とする戦況を前に、必要な指示を出しながらも、グライフ大将はこんな無益な戦いを実際に行なうのは御免だとすでに厭戦気分に囚われていた。彼は辺境の平和を守ることには熱心でも、FPU領域の併合に価値を見いだせていなかった。


 それでも、彼は軍人であり、高速で推移するシミュレーションを見ながら、必要な指示を下していった。



 第四作戦室


「どれだけの犠牲が出ても構わないから民兵で攻撃を続行させる。連中はそういうことをやるんだから」


 マルテンシュタインが涼しい顔で参謀達に言ってのけた。


「艦隊の戦力は温存しておいてください。まだ投入するには早すぎる」


 柳井も眉一つ動かさずに指示を下した。今のところ青軍はまともに赤軍と戦闘を行なっていない。


 マルテンシュタインと柳井の指揮は、ともかく民間人の犠牲を厭わない帝国軍への妨害行動に終始していた。柳井自身、FPUがそういう性質を持つとは分かっていても、苦み走った表情で指揮をしているが、FPUの水を飲んで育ったマルテンシュタインは平然としていた。


「帝国辺境の自治共和国での煽動も上手くいっている。敵の増援も足止めが期待できるだろう」


 マルテンシュタインは満足げに作戦室の椅子に腰掛けながらコーヒーを啜っていた。


「司令部員も交代で休息を。もう昼か……」


 柳井は腕時計に目線を落として、近くにいた近衛参謀達に声を掛けた。帝国標準時八時から開始された演習は、既に四時間を超え、シミュレーション内部時間は赤軍が侵攻開始してから二ヶ月経過していた。


「しかし凄いものね。あれだけの戦力に二ヶ月経っても第一次防衛ラインの内側に進ませないなんて」


 指揮を柳井とマルテンシュタインに任せて状況の推移を見ていたギムレット公爵は、コーヒーを飲みながら戦況図を見ていた。苦々しい表情は決してコーヒーのせいではない。


「遠征軍というのは補給を断てば現地調達に頼らざるを得ませんが、そもそも辺境惑星連合の構成惑星はインフラが弱いですからね。すべてを自ら構築しなければならないし、物資はなおのこと。いっそ収奪に走ってくれればより市民軍の動きが活発になりますが」


 マルテンシュタイン自身は、自分の発言が酷く非人道的だと自覚していたが、これはシミュレーションであり、想定される自体を再現させることが自分が呼ばれた所以だとも分かっているので、容赦はしないつもりだった。


「帝国軍は真面目に自給自足の体勢を整えようとしているようだ。生真面目なものだな。民間軍事企業と輸送会社も動員し出した。これを撃滅できれば、帝国内の侵攻反対派のいい援護射撃になる」

「怖い人だ……しかし、ここまでで我が軍の犠牲者数、特に民間人の被害は凄いものです。すでに一〇〇〇万人を超えています……」


 さすがに柳井も被害を集計したデータを見て暗澹たる気分だった。これが実戦で無くてよかったと言えるような未来が来るように、一層努力しようと決意したのはまさにこの時だっただろう。


「それでも彼らなら、やる。だからFPUに迂闊に手を出すべきではないんだ。彼らはそう理解してくれるのか? 柳井男爵閣下」

「どうでしょう……それでもやるのが国是と言うなら、やるのでしょう」

「宗教じみた思考で戦う連中に録なのがいないことが良く分かるわ……帝国軍も立て直してきた?」


 ギムレット公爵が指さすのは、帝国が最初期に橋頭堡として確保しようとした宙域だった。


「これは第一二艦隊の主力ね。突破されると厄介だわ。そろそろ主力の投入時期じゃない?」

「殿下、それは帝国軍の思考です。我々なら……こうする」


 青軍司令部から新たな司令が発出され、それに応じてシミュレーション内部世界に反映されていく。


「突破させるのですか? そこから先のジャムリーフ148も有人惑星ですが」

「だからだ。着実に拠点を抑えて前進するなら、どこまで行っても同じ事をする。人民の移送は行ないません。代わりに食料他物資を引き揚げます。帝国軍は占領地住民のために食糧も供与しなくてはならない。供与しないならしないで、それが反帝国活動の原動力になる。これはFPU上層部が実際に想定している戦術です」

「占領地の政治経済を維持するのは、確かに占領軍の責務でしょうが……」


 柳井は私掠船団などが集めたデータを元に、辺境惑星連合領内の惑星における食糧事情なども調査していた。ほとんどの惑星は自給自足できるほど農業が発達しておらず、中核惑星とも言えるそれぞれのセクトの首都惑星やそれに類する大規模植民惑星からの供給に頼っていた。


「まさか、各植民惑星に過度な食糧自給をさせないのは、こういう作戦をとりやすくするためですか……?」

「その通り。流石、柳井さんはよく見ている」

「それに気付くあなたも大概ね……」


 柳井とマルテンシュタインの会話を聞きながら、ギムレット公爵は呆れたようにつぶやいた。そんな時だった。彼女が見ている民間人犠牲者統計のグラフが急激に角度を増して増加を示した。


「帝国領内でも民間人の犠牲が増えだしたわ。なにこれ……」

「ムクティダータはじめ、帝国内のFPU協力組織のテロやら煽動で大きな動きがありましたね。帝国は前線でも後方でも、完全に安全な補給地を失っている」


 マルテンシュタインは、シミュレーション内部の戦況に狼狽える赤軍指導部の動きも目に浮かぶようだと上機嫌だった。


 柳井が注目したのは帝国軍の被害の内訳だった。艦艇の被害はまだ少ないものの、地上制圧に出た降下揚陸兵団の兵士を中心に甚大な犠牲を被っている。それも戦傷だけでなく、心理的な理由での後送が多い。


「揚陸兵団兵士、現地住民に襲撃され重傷。襲撃者には子供も……か」


 無駄に凝ったシミュレーションの機能として、帝国有力紙の記事を生成するものがある。帝国の指導部は民衆の民意を無視した政策は取りづらい。それを反映するための機能だと柳井は聞かされていた。左派系論調のペイ・アテンションを模した記事では、帝国によるFPU討伐を激しく非難している社説も掲載されていた。


 一人の兵士を一〇〇人の民間人が袋叩きにして、一〇〇〇人の帝国軍が一万人の民間人を検挙、もしくは殺害するような戦闘がどの占領地においても繰り広げられ、これまで散々賊徒賊徒と煽ってきた右派系のメディアも、あまりの光景に論調を変化させ始めていた。


「我々の教義では、子供も含めた全市民が戦闘に参加することになっています。占領地域においては子供もパルチザンに動員することもいとわない。今、赤軍が制圧しようとしているのは、そういう場所なのです」

「しかしよくできたシミュレーションねえ。現実と区別が付かない」

「悪夢を見ているようですね」


 柳井の一言に、第四作戦室の全員が小さく頷いた。それを見た柳井は、これが悪夢で済むように、行動せねばならないと固く心に決めていた。

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