第37話ー④ 葬儀委員・柳井義久

 近衛重戦艦インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


 宇宙港に待機していた近衛戦艦が帝都に戻るということで、柳井は便乗することができた。これは皇統貴族に許された数少ない特権の一つで、近衛艦艇を作戦行動に支障を来さない範囲で、移動に限定して使うことができる。近衛軍の本隊は帝都にいるものの、リンデンバウムには領邦軍に加えて近衛から一個戦隊が駐留していて、定期的に帝都駐留部隊と交代している。


 その駐留部隊の一隻であるインペラトール・メリディアンⅡは、帝国暦五八五年に就役した次期主力艦、インペラトリーツァ・エカテリーナ級重戦艦の二番艦であり、量産先行試験艦として実地運用試験が行なわれていた。


 なお、初代皇帝メリディアンⅠ世の名を持つ艦としては史上二隻目であり、一隻目は帝国暦一二五年、近衛艦隊の新造艦に名付けられた。それだけ初代皇帝、国父の名は重く、インペラトリーツァ・エカテリーナ級に掛けられた期待が大きいことも察せられる。


「艦長、柳井男爵閣下をお連れしました」


 近衛の少尉に案内され、柳井は艦橋に入っていた。


「皇統男爵柳井義久、乗艦を希望いたします」

「男爵閣下、乗艦を歓迎いたします。帝都までの道中はどうぞお任せください。艦長のパウラ・ブロックマイアー近衛大佐です」


 柳井より一〇は若いのに近衛で大佐とは、よほど目を掛けられていたのだろう、と柳井は感心しきりだった。他の士官も、階級の割りに若く、近衛軍司令長官の実力主義が行き届いているようだった。


 ただ、これには数年前に発生した近衛軍司令長官と高級士官の大規模汚職事案による免職で上部がごっそりと減っていることとも無関係ではない。これを立て直したのがギムレット公爵ということになる。


「しかしさすがは最新鋭艦。これだけの規模の艦艇なのに、巡洋艦並の艦橋とは」


 柳井も民間軍事企業の社員として戦闘艦に乗り込む立場上、その艦艇の良し悪しを判定するクセがついていたが、さすがに最新鋭艦となると文句の付けようがなかった。


「エカテリーナと違い、メリディアンⅡは標準型戦艦のモデルケースですからね。コンパクトに仕上げて貰っています」

「良いふねですね。中古艦ばかり見ている身からすると眩しいくらいです」


 柳井は近衛軍総旗艦、インペラトリーツァ・エカテリーナには何度か乗艦していたが、メリディアンⅡの艤装は細かなところがエカテリーナとは異なっていることに気付いていた。特にいざとなれば帝国全軍の総旗艦となるエカテリーナは、東部軍に配備されているロイヤル・ソヴリン級戦略指揮艦に匹敵する司令部機能を持つ。一方、量産型戦艦としてのモデルケースがメリディアンⅡということになる。


「エカテリーナ級はまだ先行量産試験段階ですから。競合艦が無いわけではないですが、帝国軍の主力艦となればまた半世紀ほど建造が続けられるでしょうから、細部の設計を改め続けています」

「それら度重なる改装やアップデートに耐えられると言うことも、主力艦の条件ですか」

「その通りです。司令長官殿下の懐刀ともなれば、艦艇の目利きもお手の物ですか。いっそアスファレス・セキュリティにも導入してみては? 閣下のお仕事は色々イレギュラーが多いそうで、実地運用のデータ取りにはよさそうですが」


 近衛の士官でもそう言う認識なのか、と柳井は苦笑いをしながら首を振った。


「こんな重火力艦、うちで運用したら予算があっという間に吹き飛びますね」


 重戦艦の名前は伊達ではない。現行主力艦のアドミラル級に比べれば倍近い火力増強を図られているインペラトリーツァ・エカテリーナ級は、艦隊主力として大規模会戦をこなす為の艦艇で、アスファレス・セキュリティの事業規模には見合わない。


 過ぎたるは及ばざるがごとし、と思いつつも、柳井はこのような新型艦があれば、ホルバイン達の仕事は楽になるのだろうかとしばらく考え、より面倒な仕事が降ってくるだけだとそれ以上考えるのをやめた。



 翌日

 近衛軍司令部

 司令長官執務室


「陛下のご様子はどうだった?」

「大変衰弱しておられます。あれでは……」


 民間宇宙港ならばジャーナリストなどの突撃取材に遭うことも想定されたが、近衛艦に乗ることが出来たのが幸いし、柳井は直接近衛軍司令部にたどり着いた。


「そう……」


 さすがの公爵も、それ以上の言葉を継げなかった。メアリー・フォン・ギムレットは冗談や皮肉を嗜み、いささか不謹慎と思えることでも言ってのける無神経さがクローズアップされるが、同時に常識的な思考の持ち主でもあった。


「しかし、なぜ私が報告に行かされたのでしょう。殿下の差し金ですか?」

「差し金ってまた随分な言いようね。私がヴァルナフスカヤ大臣になにか言って、彼女が従うと思う?」

「……皆様何をお考えなのやら」

「男爵閣下を動かして、なんとか皇統選挙の結果に変化をもたらしたい……と考える人は、私だけでは無いということよ」

「どういうことです」

「特別徴税局が使途不明金問題について調べていることは、あなたも知ってるわよね?」


 特別徴税局の調べている使途不明金は、帝国中央政府から正体不明の大規模な予算をマルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国が引き出している問題だった。もしこれらが事実であれば、三ヶ国が中央政府へ出している決算も虚偽であり、納税額も大きく変わるし、その流出している予算が不適当な用途で使用されていることも、特別徴税局の調査で明らかになりつつあった。


「ええ……何か進展が?」

「尻尾を掴んだらしいのよ。先日の惑星アーカディア強制執行で」


 惑星アーカディアとは、帝国東部軍管区辺境部にある惑星に、不法居住者が勝手につけた名前で、帝国内における違法武器、ドラッグ、そして違法通貨や不正送金などの温床となっていた。確証がなくて放置されていたわけだが、とある探偵による調査でそれらの拠点がアーカディアにあることが判明。帝国関係各省庁が総力を挙げて討伐に当たったのが、つい一週間ほど前の話である。


「今、データの精査をしてるらしいけれど、関係各省庁にも噂は広がっているわ」


 柳井はその意味を考えた。もし新皇帝が国庫から好き放題に金を引き出して、あちこちにバラ撒いてたとなれば、皇統や皇帝、ひいては帝国そのものの信頼性を失うことになり、帝国は大混乱に陥る。


 皇帝選挙で大公が戴冠する前なら、まだ混乱は最小限に抑えられる、ということを考える人間がいても不思議ではなかった。


「あるいは、殿下の戴冠を成し遂げられれば、殿下にその責任と面倒ごとを押しつけられる、と」

「そういうこと。新市街の連中はタヌキもいいとこね」

「あちらは殿下を大蛇かなにかと思っていそうですが」


 ギムレット公爵が宗家であるパイ=スリーヴァ=バムブーク侯爵ギムレット家から分家した際に設定された公爵家の紋章は、二匹の蛇が互いに絡み合い、牙を剥いている姿をかたどり、帝国の国花でもある野茨がそれらを囲うというものだった。それゆえに、ギムレット公爵のことを蛇にたとえることは多い。


「まあそれはともかく、あなた、仕事のスケジュールはどうなっているの?」

「葬儀委員の会合が多いもので、当分帝都滞在になりそうです」


 普通の会社員ならクビにされそうなところではあるが、柳井はすでに支社長として実務面をホルバインやハイドリヒといった幹部に委譲している。決裁程度なら会社にいる必要も無く、さらに言えば、ギムレット公爵に関する仕事は最優先で処理することが会社上層部から柳井には命じられており、彼の行動はかなり自由だった。


「じゃあ、はい、これ」


 公爵が差し出した合成紙のプリントに目を通し、柳井は目を見開いた。


「国防省の机上演習に、私が?」

「正確には、国防省主催で関係各所が合同で行なう机上演習ね」


 国防省主催の机上演習は、各方面軍の演習と異なり、帝国全体で動くような大規模な作戦行動に関するものが多かった。これまでは帝国防衛のための、つまり賊徒の全面侵攻に対する防衛についての机上演習だったが、今回は些か様相が異なるものだった。


 前線での艦隊戦だけでなく、占領政策に伴う治安維持や民政システムの展開、商工業についての投資や貿易など、現実に考えられるあらゆる事態を想定したものであり、国防省や帝国軍に加え、内閣府、星系自治省、内務省ほか関係各省も参加する、帝国史上でも最大規模の机上演習になる。


「当初の計画では、東部軍が赤軍、中央軍が青軍の指揮を執ることになっていたんだけれども、中央幕僚じゃ辺境賊徒との実戦経験が無いからリアリティがないってことでね」

「辺境惑星連合領域への全面侵攻ですか……」


 つまり、これは拡大派の画策する賊徒討伐のための演習というわけで、ギムレット公爵から見れば挑戦状を叩きつけられた形になる。この演習が順調に運べば、皇帝選挙における拡大派、つまりマルティフローラ大公の戴冠に大きく弾みがつくことになる。


「私が指揮を執るのですか?」

「それは流石にマズいから、近衛軍が青軍を指揮することにした。私が青軍指揮官として、あなたにその参謀総長を務めて貰う」


 その官職名を聞いた瞬間の柳井は、うんざりといった様子で項垂れていた。


「また参謀総長ですか……アリーではダメなのですか?」


 アリーことアレクサンドラ・ベイカー近衛少将は、近衛軍参謀長を務める柳井の帝国軍同期である。


「アリー自身があなたを推したのよ。彼女には作戦参謀役として参加して貰う」

「部外者を入れて大丈夫なのでしょうか?」

「理由はいくらでもでっち上げるわ」

「それでは、あと一つ提案が」

「なに?」


 柳井の提案を聞いた公爵は、面白いことになりそうだと笑みを浮かべた。



 ライヒェンバッハ宮殿

 にれの間


「帝国の国策に関わる演習に、部外者を参加させるなど、あってはならぬことです。殿下におかれましては、どうお考えでしょうか」

「東部軍は言わずもがな、中央軍でも辺境賊徒の調査分析は完璧でありますれば、部外者の力を借りるなど……」


 ただでさえギムレット公爵が中央軍による赤軍指揮をリアリティがないと一蹴して面目丸つぶれの国防省としては、さらにこの上公爵の提案を受け入れるのは官僚・軍人それぞれの持ち前のプライドが許さないことだった。

 

 国防大臣マリオ・ルキーノ・バリオーニと中央軍司令官兼、第二艦隊司令長官ルイージ・アントニオ・ピエラントーニ元帥の抗議に近い申し入れに、マルティフローラ大公はやや不機嫌そうに眉をひそめた。


「柳井総督は、軍人時代には兵站本部所属から第一二艦隊所属に移り、辺境惑星連合との戦闘に参加、民間軍事企業に籍を移してからも同様。さらに、ピヴォワーヌ伯国ラ・ブルジェオン沖会戦を指揮し、第239宙域総督でもある。辺境賊徒の動きはよく把握しているはずだ」


 机上演習の真の主催者であるマルティフローラ大公は、柳井の参加に苦言を呈するどころか乗り気だった。


 ギムレット公爵子飼いの皇統だからといって評価を下げるほど、マルティフローラ大公は無能ではない。彼は帝国皇帝を目指す人間であるからこそ、その人間の能力を見極めるセンスは高かった。その大公をして、柳井の参加は好ましいと考えたわけで、国防省と中央軍は、大公に告げ口して部外者を排除しようとして、その出鼻を挫かれたことになる。


「ギムレット公爵の言うように、中央幕僚では辺境賊徒の戦い方を再現するのは不可能だ。人工知能任せでもいいが、すべては人の手を介すること。連中が実態のない電子生命体ではなく、個々に意思を持った人間の集合体である以上、連中の行動原理を理解した人間が参加することは望ましいと思う」


 もっとも、これは大公にも利のある話だった。今回の机上演習が、皇帝選挙に際し領域拡大政策をとるか、領域維持政策を取るかの争点に一定の方向性を持たせることは明らかだった。ギムレット公爵とその子飼いの皇統を打ち破れれば、大公の進める領域拡大政策に拍車を掛けることになるからだ。


 中央軍も、大公が言うならそれ以上言うことは無いので、渋々ギムレット公爵の提案を受け入れるしか無かった。

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