第35話-⑦ 総督代理・柳井義久


 行政庁

 総督代理 オフィス


『それでは、防衛軍艦隊の禁足も解かれるのですね?』

「今日で艦隊幹部の取調べも完了、新しい艦隊司令官が着任する。そうすれば、星系防衛の任務は治安維持軍と防衛軍に移管できる。ホルバイン達はその段階で一度こちらに戻って貰う」


 エトロフⅡを旗艦とするアスファレス・セキュリティ護衛艦隊は、柳井の着任後、一ヶ月に渡って星系防衛の任務に就いていた。つまり、柳井の総督代理としての仕事も既に一ヶ月に渡っていることになる。


『総督代理閣下はいかがお過ごしで?』

「行政庁もようやく通常業務に戻った。あとは葬儀も山積みだったが、一段落だな」


 ルガツィン元伯爵の叛乱では、現職議員による叛乱勢力への加担も大きな問題となった。また、叛乱軍に抵抗した議員や行政庁職員の殺害も発生しており、それらの行政庁葬、議会葬も行なわれ、柳井はそれらの儀式にも出なければならなかった。


 柳井は生真面目なもので、最初のうちは私費で見舞金を遺族に渡していたが、そのことを聞いたギムレット公爵はあきれかえり、皇帝の勅許を得て、宮廷交際費からルガツィン元伯爵の叛乱により殉職した行政庁職員などへの見舞金が、柳井名義で出された。


「第二次の叛乱に関する報告書が出た時点で、本国にお伺いを立てるが、まあそれでロージントンに戻れるだろう。以降は定期的に報告書を貰って監査することになる」

『では、ガーディナでご無事の御身に拝謁できますことを楽しみにしております』


 嫌みったらしい笑みと共に、画面の向こうでホルバインが最敬礼をしたものだから、柳井は露骨に顔をしかめた。


「まったく。もっと平易に言えんのか。行政庁主催で慰労会が予定されている。アスファレス・セキュリティ護衛艦隊司令官代理として恥ずかしくない格好で出て貰うから、覚悟しておけ。スピーチも予定しておいてやる」

『おやまあ。精々散文的なものを用意しておきましょう。それでは』


 通信を終えると、ロベール主任がコーヒーを入れて持ってきた。タイミングは、すでに柳井のリズムを完璧に把握していた。


「すまないな、ロベール主任。せっかく仕事に慣れてきたところで、私がこの惑星を離れてしまうが」

「一ヶ月の間でしたが、閣下とのお仕事は普段の業務と異なるもので、得がたい経験でした。こちらこそ、感謝申し上げたいところです。それに、今後も閣下への報告は私が行なうことになるでしょうし、今後ともよろしくお願いいたします」

「そう言ってもらえて何よりだ」



 行政庁

 イベントホール


『本日、防衛軍も通常の体制に戻り、イステール自治共和国にも往事の平穏が取り戻されつつあります。星系自治省治安維持軍、アスファレス・セキュリティロージントン支社、そして総督代理閣下にご協力には、全イステール市民を代表し、お礼申し上げます』


 アイディット首相の挨拶で始まった慰労会は、地元の名士や行政庁職員、自治共和国議会の議長や議員も参加しているもので、柳井は挨拶回りに奔走することになった。それも一段落した頃、ようやく柳井は自分の部下達の姿を会場で見つけた。


「なんだ? 慰労会の主役がこんな隅で」


 ホルバイン、ニスカネン、ハイドリヒの三人は、会場の隅のテーブルでちびちびとビールを空けていた。


「主役は閣下でしょう?」

「冗談を言うな……いやまあ、冗談でも無いのが辛いところだな」


 ニスカネンがニヤニヤしながら柳井を見つめた。柳井としては言い返すことも出来ず、苦笑いを浮かべるしか無かった。


「まあ、お互い一ヶ月の激務をこなしたのですから、一つ乾杯といきましょうや」


 タキシードをめかし込んだホルバインが、柳井にビール缶を手渡す。


「そうだな。君らの無事を祝って」

「「「総督代理閣下のご叡慮に!」」」


 ひときわわざとらしく唱和して見せたハイドリヒ達の言葉に、会場中が沸き返る。帝国の権威、皇統という存在の重みがハリボテではない良い証左だろう。


 もっとも、祭り上げられるほうは溜まったものではない。柳井は肩をすくめてビールを一息に飲み干した。


「総督閣下、ご無沙汰しております」


 二本目のビール缶に手を付けた柳井に声を掛けてくる者がいた。


「ルブルトン子爵。最初にマルセールⅤを訪問したきりですね。こちらこそご無礼を」

「閣下が元の任地に戻られると言うことで、私としても寂しいものです」

「まあ、総督代理の職が外れるわけではありません。恐らく定期的に来ることになるでしょうが」

「その際は是非、お声がけください。色々と膝をつき合わせて話すこともありましょうし、ね」


 意味ありげに微笑んだ子爵に、柳井は苦笑いを返事代わりに返した。


『会場内の皆様、喜ばしいご報告を申し上げます。只今、ピヴォワーヌ伯爵オデット様が、ご訪問くださいました。拍手でお出迎えください』

「何!?」


 予定外のゲストに、柳井は驚いて演壇の方に顔を向けた。スーツ姿のピヴォワーヌ伯爵がそこにはいた。


『ピヴォワーヌ伯国を代表し、過日の騒擾事件による犠牲者の方々への哀悼の誠を捧げ、また我が伯国と自治共和国との友誼を確かめることが出来て嬉しく思う。ささやかではあるが、我が国からも土産のワインをお持ちした。慰労会とのことだが、少しでも華を添えられれば幸いだ』


 突然の訪問とは思えない滑らかな語り口で挨拶を済ませたピヴォワーヌ伯が、柳井とルブルトン子爵のいるテーブルへ向かう。柳井は仕事モードに頭を切り替え、最敬礼で伯爵を出迎えた。


「伯爵殿下、ご機嫌麗しゅう。我が監督宙域へご訪問いただき恐悦至極に存じます」

「我が参謀総長、君の仕事は辺境でも好評だそうで私も嬉しく思うよ」


 柳井とピヴォワーヌ伯爵オデットの出会いは、ピヴォワーヌ伯国が賊徒の襲撃を受ける直前のこと。柳井が参謀総長としてピヴォワーヌ伯国防衛軍を指導して迎撃の任に当たり、見事増援が来るまで戦線を維持し続け、建国間もない伯国を守り抜いたことに始まる。それ以来、ピヴォワーヌ伯爵は親愛と感謝と悪戯心を込めて『我が参謀総長』の呼び名を柳井に充てている。


「ルガツィン元伯爵の墓参りだ。国賊とは言え、死ねば仏と旧宗教では言っていたのでな……それにしても、君の名を陛下に推挙した甲斐があったというものだ。上手くやっているようで何よりだ」


 その言葉に、柳井はギムレット公爵以外にも皇帝に関与できそうな人間がいたことを失念していたことを思い出した。柳井が総督代理に任じられた時、あの場に居ない皇統が居たのだがピヴォワーヌ伯爵もその一人だった。


「殿下でしたか……」

「ちょうどリンデンバウムのアミーキティアにいたのでな。直接ご下問あったので名前をあげたまでだ。ルブルトン子爵も随分と久々に顔を見た気がする。私の父の葬儀以来か」

「ええ。オデット殿下もご立派になられました。お父上も草葉の陰からお喜びのことと存じます」

「そうだろうか? 父がそんなに素直とは思えないが……まあいい。そうだ義久、君に帝都から伝言を預かっている。部屋を借りられるか?」



 第一二会議室


「伝言、とは……公爵殿下からでしょうか?」

「その通りだ。察しが良いな、我が参謀総長。そろそろイステールの件も片付いただろうから、任地に戻って次の仕事に備えよ、とのことだ」

「次の仕事?」

「何やら大規模な作戦らしい。近衛軍を動員する予定だから、恐らくその補給線の防衛ではないかな」

「そうですか……」

「まあ、メアリーのことだ。休暇くらいは取らせてくれるだろう。詳しくは彼女に直接聞いてくれ……そういえば、会って直接聞いてみたいと思っていたのだが」

「なんでしょう?」

「ルガツィンは本当に叛乱を、自分から起こしたと思うか?」


 ピヴォワーヌ伯の真剣な表情に、柳井は居住いを正した。


「……少なくとも、ルガツィン元伯爵が辺境地域の窮乏、経済の不公平に不満を抱いていることを知らしめるという使命を抱いていたことは間違いないでしょう。そのために叛乱という行為に打って出たのが、私にはどうも信じられないのです」

「何者かが煽った、と?」

「その何者かが、ルガツィン元伯爵を使って辺境情勢を不安定化させようとしていると考えます。しかし、その何者かに確証が持てずにいます。しかし、ルガツィン元伯爵を知る者の認識を見ている限り、こんな荒っぽい手段を取る人間とは思えない、と私は考えます」

「そうか……彼とは反りは合わないが、とことん辺境開発について語り合った。彼には彼の理想があって、それはこのような形での終わりを迎えるようなものではなかったはずだった。君もそう見てくれていたのは嬉しいことだ。ルガツィンにとっては何よりの慰めとなるだろうな」


 話は変わるが、とピヴォワーヌ伯爵はグラスを手にして話し始める。会場から持ってきたワインを手酌して飲みながらだ。


「第二三四宙域に加え、第三四二宙域の総督職を君に兼任させる案が出ている」

「二人の宙域を一人でですか? 前例がないのでは」

「うむ。第二三四宙域の総督代理としての職務を見たマルティフローラ大公が、それならもう一つと言いだしたのだ」

「大公殿下が? 私にですか?」

「まあ、メアリーが毛嫌いしているとはいえ、彼は帝国の功臣としての一面もあるわけだ。第三四二宙域の噂は聞いているだろう?」

「近々辺境惑星連合の侵攻があるとかいうあれですか……尚更私などを配置しておく理由がないのでは」

「君なら上手くやるだろう、という期待と、君が失敗すればメアリーの汚点になるという期待、アンビバレントな状態のようにも思える。それに第三四二宙域ならこの宙域の隣だ。いっそ合併して一つの宙域として管理させる手もあるしな」

「……まあ、ご命令なら断ることもできませんな」

「メアリーは乗り気のようだし、腹案があるようだ。これもそのうち指示があるだろう」


 柳井はげっそりとしながら、目の前のグラスを見つめていた。


「さて、内密の話はこのくらいにして会場に戻ろう。主賓がいつまでも席を外しているようではいかんぞ」


 ピヴォワーヌ伯に連れられ会場に戻った柳井は、主賓としての仕事をこなし、翌日には市民に見送られ、イステールを出立した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る