第16話 こちらローテンブルク探偵事務所!〈完〉

 一二月一四日 九時五〇分

 帝都 ベイカー街221番地

 ローテンブルク探偵事務所


 帝都に戻った俺とエレノア、それにメアリー、もといギムレット侯爵令嬢は――移動中、彼女は海賊時代の思い出話をたくさんしてくれた――無事帝国宮内省の警護部長と合流。侯爵令嬢を引き渡し、報酬も手に入れた。その翌日の朝刊が、今俺が手にしているものだ。


「帝国一のほうとう娘、無事お里帰り、か……ま、デイリーエンパイアの一面記事を飾るとは、中々上出来じゃないか」

「もっと大々的にやってほしいものね」

「こっちは凄いぞ。【アスファレス・セキュリティまたお手柄! ブラッディ・メアリー、宇宙のくずと消ゆ】だってさ」


 こちらはチェリー・テレグラフの一面記事だった。軍事関係の記事の多い新聞だが、辺境星域の内容が多いので、マニアックな代物だ。しかし随分と脚色されている気がしないでもない。


「うちの事務所の名前じゃないもん」


 エレノアがいじけているのは、この二記事は共に、この事務所の名前を出していないからだ。これは、この仕事を受ける条件の一つでもあった。


「まあそう言うなって……思えば、皇室はメアリーの居場所もなにも、全部知ってたんじゃないのか?」

「え?」

「だって、ブラッディ・メアリーは皇室用のクルーザーが元だろ? 奪うよりも、皇室が渡したって考えたほうが自然だよ」


 あの後、ブラッディ・メアリーを拿捕してロージントンまで戻るまでの間、俺はワリューネクルの整備班と一緒に艦内の調査をしていたのだが、動力炉からミサイルの一発まで、帝国軍の正規品を使用していた。辺境のゴロツキどもなら、大抵民間品転用で済ませたり、辺境の自前の工場で作ったり、拿捕した帝国艦艇からかき集めたジャンク品を使っているのが普通なのに、あの海賊船は帝国艦隊の整備状況と遜色ない状態だった。事前の予測通り、帝国軍もこの件については承知済みだったということだろう。


「おまけに、あの荒くれ者どもがおとなしく投降してるんだ。連中に正規の軍籍があったとしても俺は驚かねえよ」


 そもそも、あの筋骨隆々の海賊どもは交通機動艦隊に引き渡されるでもなく、いつの間にかロージントンに来ていた憲兵艦隊が周りをはばかりながら連れて行ったのも、そのあたりが関係しているに違いない。


「つまり何? 官製海賊とでも?」

「放蕩娘の道楽に、付き合わされたって感じなんだろうな……」


 思い出話をしている間のブラッディ・メアリーことメアリー・ギムレットの武勇伝は、あと三〇年位したら自叙伝にして売り出してミリオンセラー間違い無しというものだったが、今は時期尚早だろう。封印して永遠に外に出ないようにした方がいい。とはいえ、版権だけは押さえておこうと思ったが、帝国軍情報部やら宮内省広報部の監視下に置かれるのだけはまっぴらゴメンだと、そのプランは脳の片隅に押し込んで表に出すことはなかった。


「じゃあ、私達に頼んだのは、帝国軍を動かさず、穏便に連れ戻すため……?」

「その線はありうるなぁ」


 デイリー・エンパイアの記事を斜め読みすると、どうやら公式にはお忍びで留学していたということで丸く収まったらしい。もちろん、海賊をしていたなんてことは書いていない。チェリー・テレグラフの方もその点については同様で、どこかで帝国政府が糸を引いて記事を検閲している気配も見えた。


「良いように使われたってことか」

「それにしてもだ、エレノア。お前結局今回の仕事、ギリギリ採算取れたけど、最初の運転資金二年分の利益ってどこ見て出した数字だ?」


 俺は頭を仕事モードに切り替え、質の悪い電子ペーパーをゴミ箱に放り投げる。帳簿の数字は相変わらず赤字と黒字の境界線をギリギリ黒字側と言った感じで、もしもう一個くらい無茶な作戦をエレノアがやっていたら、完璧にこちらで足が出る計算だった。


「あちゃー。やっぱ戦艦借りたのはマズったわねぇ。まあ、うちには優秀な助手も居ることだし、なんとかなるでしょ」

「助手は魔法使いでも手品師でもないんだぞぉ。ちょっとはボーナス、色つけてくれても良いんでないか」

「うちの事務所にそんな余裕はないの」

「大体お前、ただの探偵が調査や仕事のたびに重火器持ったようへいやら巡航戦艦なんて駆り出さないんだぞ。もっとコストを意識した仕事をしてくれよ」


 俺の声にエレノアは、タイミングよく電話が鳴り始めたのを良いことに、わざとらしく咳払いをして話を打ち切った。


「っと、電話電話。はいこちらローテンブルク探偵事務所です、はい、はい……申し訳ありません、ローテンブルクは今外出中で――」


 また何かの依頼らしい。こんなところに電話をしてくる客は、大抵何かの訳ありなのだろう。また厄介な仕事かもしれないと思いつつ、俺は神経接続したデータベースの深層に、意識を潜り込ませようとしたそのときだった。


「あーーーーーーーーーっ!」


 事務所の隅の、つけっぱなしのテレビの画面を見た俺は叫んだ。そりゃあもう今世紀最大のボリュームと言ってもよかった。ギネス記録かもしれない。無論、誰も測定していないのだが。


「っ……さいなあもう! 突然どうしたのよハンス!」

「テレッテレレッテッ! テレッ!」


 あまりの衝撃に口が回らない。


「なに? なんかのイントロ?」

「違う! テレビ! テレビを見ろちんちくりん!」

「ちんちくりんいうなアンポンタン! 何だってのよ、まっ――」


 ようやくテレビに首を向けたエレノアはそのまま黙っている。落ち着いている訳ではない。絶句というのはこういうことを言うのだという生きた見本だった。


『卿に皇統公爵の位を与えるとともに、近衛大将、近衛軍司令長官の職を命ず』


テレビの中継は帝都宮殿、正式にはライヒェンバッハ宮殿のもっとも格式高い部屋である野茨の間を映している。


 最近は病床に伏しがちな皇帝陛下が、ややよぼよぼとした足取りで玉座から立ち上がり、勅を読み上げた。


『勅命謹んでお受けいたします。私、メアリー・フォン・ギムレットは皇統公爵として、また近衛司令長官として皇帝陛下の剣となり盾となることを誓約いたします』


 答えた新近衛司令長官は、つい先日引き渡した海賊の親玉、ブラッディ・メアリーその人だった。



 一二月一七日 一〇時五〇分

 近衛軍総司令部


「……なあエリーちゃん、俺らこのまま外に出られない、つーことはないよな」


 俺とエレノアを驚愕させたニュースから数日後。俺たちは近衛軍総司令部に呼び出された、というか別件の仕事を調査して、事務所のソファで二人して寝こけていたら、近衛軍の筋肉モリモリな士官が送迎車付きで迎えに来た。俺たちは今、近衛軍総司令部の応接間に通されたのだが、なんとも落ち着かない。座り心地の良いソファで今から俺たちに下される刑罰を想像していた。


「あんまりそわそわしないでよ、かっこ悪い」

「お前はなんでそんなに落ち着いてられるんだよ……」


 しばらくして、突然応接間の扉が勢いよく開かれた。


「待たせたわね」


 その声に、俺とエレノアはギョッとして振り向いた。真っ赤な軍服にマントを翻した女性がそこにいた。様式こそ近衛軍のものだが、おそらく皇統公爵と近衛大将の特権でもって専用軍服を仕立てたのだろう。


「初めましてということにしといてちょうだい、皇統公爵近衛軍司令長官、メアリー・フォン・ギムレットよ」


 特に驚くことなんてないでしょ? とばかりに俺たちの正面のソファに座った公爵殿下に、俺たちは知っている限りの庶民の最敬礼。まあ、ほぼ直角に腰を曲げてお辞儀したわけだ。


「は、はじめまして、エレノア・ローテンブルクです。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。お目にかかれたことは我が人生最大の喜びとなるでしょう」


 エレノアらしからぬ儀礼的な言葉で、普段の俺なら冷やかしの言葉の一つや二つは放つところだが、それどころではなかった。


「先日は世話になったわね。帝都に戻って名誉職に押し込まれたら、あなた達の事務所に近衛一個師団くらいけしかけようと思っていたのだけれど」

「ははは、ご、ご冗談を」

「本気よ。まあいいわ、今はこの通り、近衛司令長官の大任を陛下より賜ったんだもの。私としては東部軍管区のジジイの代わりが希望だったけれど……さてと、まあコーヒーでも飲んで話しましょうか」


 いまや近衛軍司令長官になったブラッディ・メアリーが応接スペースのソファに腰掛け、こちらにも着席を勧める。殿下の近侍が恭しく応接机に置いたコーヒーを口にしてから、本題が切り出されるのだろう。


「ハッキリ言って、あなた達の立場は宮内省や内務省からすれば邪魔でしょうが無い。それは理解してもらえるかしら?」

「邪魔なんですか?」


 エレノアの無粋な質問に、俺は血の気が引いて地面に流れ出すんじゃないかという気分だったが、公爵殿下は何も感じていない様子でコーヒーを啜っていた。


「ええそりゃあ、私の素性を知っているんだもの。私がここに居るのを見ての通り。帝国中枢は私がブラッディ・メアリーだと知っていたし、別に海賊をやるだけが私の仕事じゃなかった――そう言ったら、あなたは信じてくれるかしら? フロイライン・ロッテンマイヤー」

「趣味なんじゃないかと疑ってました」

「おい!」


 これが公爵殿下の目の前でなかったら、おれはエレノアの頭をひっぱたいていた。


「趣味、ね。あながち外れてはないわね。私の幼年学校時代の夢は戦艦の艦長だったもの」

「本当ですか?」

「本当よ。まあ、そういう意味では一足飛びで司令長官職なんてなっちゃったけど。私を呼び戻すのは簡単よ? でも辺境の大海賊が、突然消えたなんて不自然でしょ。だからあんな小芝居を打ったわけ」


 本当にそうなのだろうか。本当はもっと早くに中央に戻るはずが、海賊稼業が楽しくて戻りたくないと駄々をこねたもんだから畏れ多くも皇帝陛下が強攻策を指示したのではと、俺は邪推していた。


「……それで、私達のような善良な小市民をお呼びになったのはどういったご用件で?」


 自分のことは棚に上げ、エレノアが次の不敬に及ぶ前に俺は本題を切り出した。


「あなた、ハンスって名前だったかしら? 察しが良くて助かるわ。善良な小市民という点は再考するとしても……あなた達に、東部軍司令部を調べて欲しいの。公式発表だけじゃなくて、もっと深いところのね」

「は……?」


 公爵殿下の口から出た言葉に全く理解が追い付かず、俺もエレノアも阿呆のように口を開けたまま、間の抜けた声を出した。


「フロイラインは近衛軍司令長官付二等書記官の大尉、あなたにはおまけの軍曹として軍籍を用意した。これを使って東部軍の視察名目で向かってもらうわ」


 つまりはスパイに行ってこいというわけだ。


「あくまで視察。公式のものよ……もちろん、あなたの探偵としての手腕には十分期待させてもらうし、報酬は期待しておきなさい」


 これまた近侍が差し出したペンと高級合成紙の契約書を見て、俺は金玉まで縮み上がって背筋から第二宇宙速度で射出されるような思いだった。冗談じゃない。バレたらどうするんだと忠告する前に、我らが所長、エレノア・ローテンブルクは契約書にサインしていた。


「お、おい! エリー!」

「やるっきゃないでしょ。断ったって収容所よ? あんた私と一緒に豚箱行きになりたい?」

「あら、最近の政治犯収容所はもう少し快適だそうよ。ゲフェングニス39あたりは温暖らしいし」

「滅相もない!」

「東部軍本部は惑星ロージントンにある。彼に送って貰いなさい。もういいわよ、出てらっしゃい」

「彼……?」


 殿下の指し示した先には、いつか見た平凡なスーツ姿の中年男性が立っていた。


「お久しぶりです。フロイライン・ローテンブルク」

「あー、確かアスファレス・セキュリティの柳井さん? なぜここに?」


 エレノアが問うと、柳井氏は曖昧な笑みを浮かべた。


「あなた方同様、私も帰る先が収容所かもしれないと脅されたもので」


 なるほど。公爵の秘密――公然の秘密かもしれないが――を知っている人間同士、手駒にされたのだと気づいた俺は頭を抱えたくなったが、五年分の自制心を使い果たすつもりで堪えた。


「ふふ、ではあなたたちの調査結果を楽しみにしているわ」


 そのときの公爵殿下の顔といったら、心底楽しそうで、まさかこれも含めて俺達に捕まってやったんじゃないかと勘ぐりたくなった。


 とにもかくにも、俺たちは再び胡散臭い仕事を受注して、もうりようちようりようばつする東部軍司令部へと向かうことになり、今後も公爵殿下の忠良な部下しもべとしての人生がスタートするのだった。

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