第15話 こちらローテンブルク探偵事務所!〈4〉



 艦内見学を終えた俺が部屋に戻ると、食堂に行こうというエレノアに付いていくことになった。品数も中々多いし、味もいい。狭い艦内での仕事なら、飯くらいは美味くなけりゃ暴動が起きるというのは本当のことなのだと体感した。


「ねえ、この艦で行けると思う?」

「まあなぁ……海賊船といっても、ブラッディ・メアリーの原型は多分皇室の大型クルーザー。武装してるっていっても、ワリューネクルなら良い戦いが出来ると思うんだが」


 ハンバーグ定食をほおりながら聞いてくるエレノアに、こちらもラーメンを啜りながら答える。しかしこのラーメンが、ただの食堂のものにしてはよく出来ている。麺にはコシがあるし、スープはしようベースだが、ダシの風味が生きている。食堂人気メニューということらしいが、これなら頷ける。


「良い戦いじゃ困るのよ」


 口いっぱいにハンバーグを頬張っているエレノアが、ムスッとした顔をするが、俺は構わずにスープを飲む。


「まあ、それはプロにおまかせだろ。素人が口挟んだらロクなことにならんよ」

「それもそうね」


 一応はくぎを刺してみたが、さすがのエレノアも戦闘方針に口出しをするような無鉄砲さは無いようだ。その後は、既に帝国標準時で零時をまわっていたので、俺とエレノアは早々と眠りについた。


 一二月一一日 〇七時二一分

 

 翌朝、既に戦闘態勢らしく艦内の照明が赤い非常灯に切り替えられていた。薄暗い通路をブリッジへと向かうと、緊張感のある雰囲気だった。


「全員資料には目を通していると思うが、今回の相手は辺境のゴロツキ共じゃあないぞ!」


 作戦前の訓示というやつなのだろう、ハイドリヒ艦長はビシっとした様子だった。


「あの悪名高いブラッディ・メアリーだ。相手は海賊船とは言え、原型がわからないくらい改造された化け物みたいな艦を使っている。おまけにメアリーは辺境随一の船乗りだ! が、しかし、我々ワリューネクルも負けては居ない。今回のクライアントは人使いが荒いぞ、各員、心して掛かれ」

「クライアントの目の前でそれを言うんかい」

「ま、そう思われても仕方ないでしょうねえ、エリーちゃん」

「だからエリーちゃんって呼ぶな!」

「ああ、来てましたか。作戦を説明しますが、よろしいですか?」

「あ、はい、お願いします」


 ワリューネクルのブリッジは、このクラスの艦にしては広めで、ブリッジの後部には作戦会議ができそうなスペースが設けられていた。


「本艦は、現在無人のザイデルバッハ星系第六惑星、ランボクの近傍宙域に布陣しています」


 机かと思っていた場所がモニターになっているのも、ブリッジの装備品らしいものだった。上に散らかっていた紙束やコーヒーカップを退けると、そこには今回の戦場の立体映像が映し出された。皇統貴族のフリザンテーマ公爵が投資用に購入したが、予想以上に恒星の活動が不安定ということで、開発を放棄されて久しい無人星系が今回の舞台となるらしい。


「あなたの用意したブラッディ・メアリーへの挑戦状は既に送信済み。相手から返答はありませんが」

「彼女は来ますよ」


 自信満々に答えたエレノアに、ハイドリヒ艦長はニヤリと笑ってみせた。


「で、この惑星を選んだのは、大きいリングがあるので、そこを使って地の利を生かして有利に立てるからです。既に機雷原を敷設していますので、これで先制を掛けます」

「ふーん」

「まあ、あとは海賊船相手なので、出たとこ勝負ってことで」


 えらくあっさりとした説明で終わるものだから、エレノアも思わず不安げな表情だった。


「どんな作戦なんです?」

「相手は一隻、しかもブラッディ・メアリーです。それを沈めずにとおっしゃるなら、下手な作戦は通用しませんぜ。機雷原とリングが突破されたら、正々堂々、殴り合いで片を付けます。間もなく本艦は戦闘態勢に入る。相手は海賊だ、真正面から仕掛けてくると思うな!」

「海賊相手に正々堂々ねぇ……」


 俺のボヤキはハイドリヒ艦長の号令にかき消されて誰も聞かなかったようだ。


「ローテンブルクさん、リーデルビッヒさんはそこのシートをお使いください。怖ければ、居住区でも構いませんよ」

「自分で頼んだ仕事だもの、その結末はこの目で見ます」


 シートについてシートベルトを締めたエレノアの表情は、緊張も恐怖もない、いつもどおりのものだった。


「付き合わされるこっちは、たまったもんじゃありませんよ」

「それもまたしかり」


 今度は俺のボヤキを拾ったハイドリヒ艦長が、同感とばかりに頷いた。


「一二時方向! ブラッディ・メアリーです!」


 超空間からの浮上と同時に最大加速。機雷原を対空レーザーと主砲でなぎ払いながら、深紅の海賊船が突っ込んでくる。

 

「機雷群、反応してないものも誘導爆破!! 目くらましだ!」

「敵艦増速! 機雷群を突っ切ります」

「思い切りが良いな。後退、ランボクのリングの中に入れ!」

「敵艦より砲撃、来ます」

「構わん、シールドで受け止めろ」

『着弾。前部第二シールドジェネレーター、パワーダウン』

「何ぃっ!?」


 鳴り響く警報と冷たい合成音声に、思わずハイドリヒ艦長が腰を浮かすのが見えたのと同時に、俺は昨日の夜の事を思い出していた。


『やっぱ駄目かぁ』


 艦長席の上にぶら下がったモニターに、昨日話した整備長が映し出されている。


「新品に変えたばかりだろう!? 整備班は何をしてた!」

『悪ぃ! そこは新古品なんだ。いやぁ、ハズレ品引いちゃったね、コレは』

「横井! お前は!」

『本社が新品をそうポンポンすと思うな! 復旧させたから感謝しろ!』

「全く……直撃は避けろよ、航海長。作戦変更なし! あの艦はデカイ、こっちよりリングの密集地帯では動きが鈍くなるはずだ。反転一八〇度、最大戦速!」


 いざ戦闘が始まってしまえば、俺達に出来ることは何もない。エレノアと二人、次々に繰り出される指示と、それに対する復唱と報告が木霊するブリッジを見るだけだった。


「あれだけの機雷が目くらまし代わりねぇ。そりゃああんだけの請求金額になるはずだわ」


 エレノアがあきれたような顔をしてほおづえをついているが、俺としては胃が痛くなる光景だった。これだけやって、本当に予算内に収まるのだろうか。


「敵艦、潜行しました!」

「この距離で!? どこに出てくる」

「近い……本艦右舷!」

「左舷艦首、右舷艦尾スラスタ全開! 艦を波に立てろ!」

「なるほど、浮上時の重力波でリングを吹き飛ばしにかかりましたか」

「のんきに構えている場合か!」


 データ解析をしているらしいハンフリーズさんが冷静に言うと同時に、ブリッジの床が鈍く揺れる。天井付近に取り付けられている大型のモニターには、星空がゆがんだかと思うと真っ赤な船体が飛び出してくるのが映し出されていた。

 ハイドリヒ艦長もクルーも、絶えることのない指示と復唱を繰り返しながら敵艦と戦っている。そのやり取りに一瞬の間隙も無いというのは、彼らが歴戦の強者であるという証明なのかもしれない。


「戦闘中となると、俺達がやることはないなぁ」

「あんたものんね」


 ブリッジの窓から見える閃光が、数秒後には自分を蒸発させるのかもしれないというのは、考えても仕方がないことなので無視をしておいた方が精神衛生上良い。これはエレノアの仕事に付き合う中で見つけた、自己防衛本能とも言うべきものだった。


「そりゃあ、任せるだけだからな。しかし、これだともう手詰まりじゃないのか?」

「そうね……どうするのかしら?」


 ワリューネクルは敵艦に後方にピッタリ付かれているから、使える火器も限られている。このままでは追いつめられるのが目に見えていた。


「ハープーンをぶち込め! 各員、シートベルト確認! 対ショック姿勢!」


 耳慣れない指示を聞いた気がして、いや大抵の指示は俺達にとって初めて聞くものだが、とにかく、指示の意味を理解できない俺とエレノアは、首をかしげるばかりだった。


「へ?」

「何?」

「方向転換します!」


 ハイドリヒ艦長からそう言われた時には、既にブリッジから見える星空があらぬ方向に回り始めていた。本来慣性制御装置で打ち消されるはずの艦内の床面方向以外の重力が、シートベルトに固定されているとは言え、俺達の体を乱暴に振り回す。


「なるほど、氷を支点にして方向転換するってのか」

「そこらのジェットコースターよりも楽しいじゃない」

「……お前は、ほんとに、お前は」


 楽しげな笑みを浮かべたエレノアの横顔を見て、俺はもう何万回目になるかもわからないいきを吐いた。この女は基本的に、スリルを追い求めるタイプなのだ。


「見えた! 敵艦の後ろに付けた!」


 氷塊を一周して元の位置に戻った時にはブリッジの窓から、真っ赤な敵艦の艦尾が見えた。こちらに気付いて増速を掛け迎撃をしてくるが、既に遅いのかもしれない。


「よし、敵艦にハープーン発射!」

「食らいつきました!」


 ここに来て、ハイドリヒ艦長が下した指示は、俺の予想と異なるものだった。てっきり敵の航行能力を奪うものだと思っていたからだが、その後の指示を聞いて、俺は戦闘開始時から感じていた嫌な予感が的中することになった。


「よし、ワイヤー巻き上げつつ急速接近。艦体質量ではこちらが上だ、逃がすものか」

「何をするつもりなんです!?」


 見る見るうちにブラッディ・メアリーの赤い船体が目の前に迫ってくるのを見ながら、こらえきれずに俺は叫んでいた。


「沈めずに相手を降伏させるなら、移乗攻撃が一番です! 総員、白兵戦用意!」


 アボルダージュ、移乗攻撃、白兵戦というキーワードが俺の脳に流れ込むが、いまいち反芻できずに居た。こんな、宇宙を股にかけて戦う時代に、移乗攻撃だというのか。


「ザイチェフ、海賊どもに本職の陸戦隊員との違いを教育してやれ」

『はっ!』


 まるでクマのような見た目のザイチェフという陸戦隊隊長は、自信たっぷりの笑みを浮かべた。やがてブラッディ・メアリーとワリューネクルの舷側が擦れ合うほどまでに近接すると、次々に陸戦隊の隊員が飛び出していくのが見えた。


「ハンス、私達も行くわよ」

「え!?」


 まさかとは思ったが、そのまさかを口にしたエレノアに絶句した俺に、ハイドリヒ艦長が差し出してきたのは、防弾チョッキとヘルメットだった。ハイドリヒ艦長ではなく、恐らくコレが嫌な予感の元凶だったのだろう。


「陸戦隊員の後ろからついていってください。何、うちの陸戦隊は優秀だから、安心してください」

「ありがとう、ハイドリヒ艦長」

「マジか……」

「ほら、行くわよ」


 さっさとヘルメットとチョッキを付けだしたエレノアを見ながら、俺も陸戦装備に身を固めて、敵艦への移乗攻撃に随伴した。


 一二月一一日 九時四一分

 海賊船 ブラッディ・メアリー

 ブリッジ


 艦内へ入ると、既に何人もの海賊達が拘束されていた。海賊にしてはヤケに往生際が良いところを見ると、艦内制圧に取り掛かられた時点で降伏するつもりだったようだ。

 ブリッジまでたどり着くと、ザイチェフ陸戦隊長が、プリンセス・メアリー、いや、メアリー・ギムレットを拘束したところだった。


「プリンセス・メアリー、あなたの負けよ! まだ戦うというのなら、こちらも受けて立つけれど?」


 エレノアは、どこから持ってきたのか古風なサーベルを腰に下げ、それを引き抜きメアリーに突きつける。


「お前は何様だよ、エリー」

「……私の負けね。それにしてもあなた、何者なの?」


 少し寂しそうなメアリーの笑顔が、俺にはちょっと気になった。海賊稼業から足を洗うというのが嫌なのだろうか? もしかすると、というよりも、かなり楽しんでいたのかもしれない。


「ロットマイヤーは仮の姿。私の名前はエレノア・ローテンブルク。ただの探偵よ!」


「……お前、その一言が言いたかっただけなんじゃないだろうな」


 周りの陸戦隊員や海賊達、メアリーがポカンとした顔を浮かべている中で、これでもかと言うほどの格好つけた表情のエレノアを見て、俺は一気に疲れがのしかかって来るような気がした。





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