第14話 こちらローテンブルク探偵事務所!〈3〉


 一二月一一日 八時四三分

 帝都 ベイカー街221番地

 ローテンブルク探偵事務所


 命からがらに帝都に戻った翌日の中間報告で、彼女がメアリーであるというのはほぼ確定的だった。あの紳士は、相変わらずこちらには正体が隠し通せていると思ってそのまま依頼を続行してきた。


「うひょー。こりゃあもうすごいぜ。直近一年でブラッディ・メアリーに襲われた連中のその後を辿たどったが、国土省航路保安庁からすげえ額の見舞金が出てる」

「それがどういう事なのよ?」


 帝国会計監査院の資料は一般公開されているが、金勘定に疎いエレノアにもわかりやすい言葉を選ぶだけの間、俺は考え込んだ。


「かみ砕いて言うなら、子供のイタズラを親が弁償してるってところかな」

「でも、航路保安庁からの見舞金なんて、どこの船でも出てるでしょう? 額の大小はあると思うけど」

「金の流れをたどるとおのずから明らかになるもんでな。この予算、宮廷費から出されてるんだよ」

「ふうん。それってそんなにおかしなことなの?」

「宮廷費の用途はいろいろあるが、補正予算として航路保安庁の見舞金に回すなんて、明らかにおかしい」

「てことは、ひょっとして……」


 帝国、少なくとも皇室はブラッディ・メアリーがメアリー・ギムレットだということを認識していて、おまけに未だに支援している事実がある。海賊船に乗り込んだ時の違和感の正体が裏付けされた。この調子だと、財務省や国税省や帝国軍のへいたん本部、近衛艦隊の出納帳を見ればもっと面白い情報が手に入るかもしれない。


「力ずくで連れ戻すしか無いかなぁ……」


 しばらく俺の出した資料を見ているエレノアが、ぽつりとつぶやいたのが事務所にイヤに響いた。


「おいエリーちゃん、流石にこれ以上は、俺たちだけじゃ無理だ、手を引け」


 これ以上は俺たちの命がヤバイ。しかもいばらネタ――つまりが皇室ネタ――となると内務省や近衛軍から目を付けられかねない。


「取り組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまではって言うじゃない」


 どこかの古文書に書いてあった兵法なのか、エレノアの座右の銘はどうもきな臭い。


「ほんとに死んじまったら意味ねえぞー」

「……ま、流石に同感ね。じゃあ、援軍を頼むとしますか」

「へ?」


 またも素っ頓狂な声を上げた俺には目もくれず、分厚い手帳をめくり始めたエレノアは、これだ、と言って俺にそのページを見せてきた。


「次は惑星ロージントンへ飛ぶわよ」


 一二月一〇日 一四時三二分

 ラインブリッジ星系 惑星ロージントン

 軌道都市アウグスタⅠ

 

 惑星ロージントンは、帝国東部軍管区の首都星で、地上や衛星表面はもちろん、周辺の軌道都市群もかなりの規模を誇っている惑星だ。アスファレス・セキュリティという帝国民間軍事企業の支社は、軌道都市の中でも最大の、アウグスタⅠのベイブロックにあって、辺境星域の船団護衛の司令部を兼ねているそうだ。まだここに来て日が経っていないのか、荷物が詰められているのであろうコンテナが積み上げられているオフィスの一角の、応接間――ついたてで仕切ってあるだけだが――に座っていた。


「お茶です、どうぞ。申し遅れました、私がこの支社を預かっています、支社長代理で護衛艦隊司令部部長代理、の柳井義久と申します」

「あ、こりゃどうも」


 みにれたお茶を運んできたアスファレス・セキュリティの部長さん……柳井と言ったが、二枚目だがどうにもパッとしない。地味な色合いのスーツは似合ってはいるが、どうも民間軍事企業の指揮官というよりも、国務省のオフィスあたりに居そうな雰囲気だ。差し出された名刺の【ロージントン支社長兼護衛艦隊司令部部長代理】という役職がどうにもしっくりこない。第一、何故部長が茶を出すのだ。ただ、ふとした身のこなしに軍人っぽさが見えたのは、俺の見間違いだろうか。


「すみません、こちらも人手不足でして。二ヶ月ほど前にここに来て、まだ荷解きもできていなくて。いやはや、お恥ずかしい」

「は、はあ」

「では柳井さん、早速ですが本題に入らせていただきます。適当な戦艦を一隻、お借りしたいのですけれど」


 何でこんなところにエレノアが来たのだろうと思っていると、とんでもないことを口にしたものだから、俺は口に含んだ煎茶を吹き出してしまった。みつつハンカチで机を拭きながら正面の柳井部長の顔を見てみた。彼も驚いた様子で目を丸くしている。そりゃそうだろう。そもそもエレノアのことをよく知っている部下の俺がこのザマだ。うちの所長はやることは男勝りだが、見た目は二〇そこそこの小娘でしかないのだから、驚くのも無理はない。


「戦艦まで借りるつもりか、このアマ……」


 頭を抱えたくなるのを押さえながら、言われた当の本人の柳井部長を見てみるが、驚いてはいるが慌てた様子はない。


「戦闘艦のレンタルとは珍しいことでは無いですが、あなたの様な可愛かわいらしいお嬢さんフロイラインが何のために?」


 お嬢さんフロイラインとはまた古風だ。公用語でも北部方言の一つに、そんな語彙があった。小娘とでも言ってくれたほうが、エレノアにはぴったりなんだが。


「海賊討伐です。航路の安全を守るのは、帝国軍事企業としては当然のことでしょう」

「確かに、海賊が我々のクライアントを襲撃してくるのは、もう数えるのをやめたいくらいですからね……」

「相手はあの、プリンセス・メアリーです」

まみれメアリーですか。それは大事だ……ああ、血塗れメアリーとは、彼女の船の名前がブラッディ・メアリーなので、それにちなんだあだ名ですよ。辺境勤務の船乗りは、大抵彼女をそう呼びます」


 まさか俺達がそこに殴り込んでいたとは知らない柳井部長の説明に、俺は引きつった愛想笑いを浮かべるので精一杯だった。


「相手にとって不足はないでしょう?」

「我々は襲ってくれば戦うが、海賊討伐については星系自治省の治安維持艦隊か、航路庁の交通機動艦隊にご連絡されるべきです。電話番号、教えましょうか?」


 柳井部長の言葉に、とっておきの必殺秘密ネタとエレノアが取り出したのは、とある新聞だった。


「アルバータ星系では随分なお働きだったそうじゃないですか。柔軟な対応は、あなたの十八番でしょう? 柳井部長」

「何のことでしょう? 我々は、あの星系で船団護衛をしていただけですよ」


 五流ゴシップ紙ニュース・オブ・ジ・エンパイア、略してNOTEの一面記事を飾ったアルバータ星系の反乱。その鎮圧に至るまでの事件は、帝都でも一時期話題になっていたが、何せ大本営発表が無いのだから、いつの間にかその話題は酒のさかなにも上らなくなった。俺は新聞でそれを見て、それを画策した人間がどんなものかと思っていたが、目の前で茶を啜ったこの優男がそれを成し遂げたようには見えなかった。


「ブラッディ・メアリーは沈めず、船長は無傷で捕らえたいんです」

「なるほど、生け捕り……ホルバイン、どう思う」


 部長さんに呼ばれたホルバインと言う男も、やはり二枚目だが、こちらは多少実戦畑といった様子の男だった。しかし、それはアスファレス・セキュリティの制服を着ているからそう見えるだけで、やはりこちらも中央官庁のオフィスに居たほうが似合いそうな見た目だった。まだ独身なのだろうか? だとしたら、社内の女子からのお誘いもあるのではないかなどと、下衆な勘ぐりをしてみる。この雑然とした事務所に、それらしい女性はいないが。


「メアリー相手なら機動力重視です。ワリューネクルの出番でしょう。ハイドリヒ艦長を呼びます」


 数分して、今度はどちらかと言うと本職の軍人っぽさがある人間が出てきた。


「アルブレヒト・ハイドリヒ課長補佐、参りました」


 短い頭髪に、前の二人に比べるといかつい顔。制服をラフながら着こなしているように見えたハイドリヒという男は、このオフィスに居るのが場違いに見えて、艦長という役職がしっくりくる見た目だった。


「ハイドリヒ、仕事だ。ワリューネクルの改装後試運転も兼ねてな。詳しくはこのフロイライン・ローテンブルクに聞いてくれ」

「では部長さん、報酬は……こんなもので」

「そうですね、あと艦の運用費用と、修繕費用、諸々合わせて……こんなものでいかがでしょう?」


 エレノアの出した金額の倍くらいの金額を提示してきた柳井部長という男は、案外頭の切れる男なのかもしれないと思いつつ、頭の中で慣れない算数でもしているらしいエレノアが、頷いた。


 エレノアは指輪を柳井部長の差し出した端末にかざす。生体認証モジュールの組み込まれた指輪は契約書へのサイン代わりに、ディスプレイに表示された契約書にエレノアのサインを転送する。あとは仕事が完了したら、事務所の銀行口座から報酬を支払う仕組みだ。


「良いでしょう、お願いします」


 一二月一〇日 一八時〇一分

 超空間内

 巡航戦艦ワリューネクル

 大会議室


 発進準備を終えていたワリューネクルという戦艦に乗り込み、俺たちは既に超空間潜行に入っていた。


「まとめると、海賊のメアリーを倒して、地球に連れ帰りたいってことで、お間違いないですかね?」

「そうです!」


 エレノアの説明を受けたハイドリヒ艦長の表情と言ったら、困惑以外の何物でもなかった。そりゃあそうだろうと同情したって、バチは当たらないはずだ。


「……何がどうなるとそうなるんだか」

「そういうのがうちの仕事ですから」

「あらゆる仕事に災いあり、か。誰か言ってたな、厄介ごとは足を付けて歩いてくるんだねって」

「心中お察しします」


 客の前でなければ頭を抱えていそうなハイドリヒ艦長に、俺は思わず声をかけていた。お互い、上司には苦労しているようだ。アスファレス・セキュリティは、辺境星域での船団護衛任務を受けて展開していたが、その中の一隻をチャーターすることに成功してしまったのだから、我が上司ながらエレノアの行動力には寒気がしてくる。


「何よ、戦う前からえらく辛気臭いわね」

「あなたのようなお嬢さんが持ってきた仕事だ。こっちも意地でやり遂げるつもりはあります、が」

「会社の備品を壊すのは避けたい?」


 エレノアの不躾な物言いに、ハイドリヒ艦長は笑みを浮かべた。


「壊すのは構わんのですがね、沈めちゃならないし、人員の被害も可能な限り最小限にする。これが会社の艦を預かる艦長の役目ってことですよ。ローテンブルクさん」

「そりゃあそうでしょうね」

「あなたも苦労しますね、リーデルビッヒさん。こんな上司だと」


 ハイドリヒ艦長の言葉に、俺は思わず涙が出そうになった。苦労人同士、何か通じるものがあると俺は感じた。


「言ったって聞きゃしませんからね」

「あー! こんなとは何です! こんなとは!」

「おっと失言失言、それでは後のことはこのハンフリーズがご案内します」


 この艦の副長らしいハンフリーズという女性が立ち上がると、俺はエレノアを羽交い締めにしてその後に続いた。


「こちらがローテンブルク様の、こちらがリーデルビッヒ様のお部屋になります。艦内は客室、食堂、シャワールームは出入り自由ですが、それ以外の場所には無許可で立ち入らないでください」


 ハンフリーズという女性は、エレノアと違って物静かで、必要最低限のことしかしやべらない人だった。理知的で、ともすれば冷たくも感じるが、普段見ている女性がエレノアだと、大変新鮮な感覚を覚えた。それによく見れば、かなりの美人だ……などと考えている間に、艦内での諸注意をしていたらしい。まあ、軍艦に準ずる会社艦内でのマナーくらいは心得ている。


「あら怖い。無許可で入ったら? 銃殺?」

「この艦はご覧の通りかなりコンパクトゆえに、艦内施設の配置が複雑で、重力の向きが部屋ごとに違う場合があります。最悪転落死、ということもありえます」


 現代の艦艇では、大出力の機関から取り出されたエネルギーで重力制御やら慣性制御を行うことが出来るから、そういう芸当が出来なくもないだろうが、意図せずしてそうなってしまっているのであれば、ここのクルーの新兵訓練というのも、中々面倒くさそうだ。


「あ、そう……」

「では、戦闘が始まる前にはお呼びします。長丁場になるかもしれませんので、ゆっくりお休みください」


 部屋に入ったは良いが、まあ慣れない場所だし寝るには早い。エレノアはといえば、汗を流したいと言ってシャワーに行っているらしいので、俺は艦内を一回りしてみることにした。こちらは客という扱いで、首からはビジターのカードキーを下げている。軽い会釈とか砕けた挨拶をしてくる乗組員とすれ違っていると、随分昔に見に行った町工場の雰囲気に似ているような気がしてきた。


「まあ、こんな旧式艦、めったにお目に掛かれんしな」


 機関室と書かれたドアの前に立っていると、横合いからスパナが飛び出してきた。


「お客さん、ここは民間人立ち入り禁止だよ」

「ここの管理の人かい?」

「整備班長の横井です。機関室に興味が?」


 ツナギ姿にタオルを鉢巻のように巻いた男は、俺やハイドリヒ艦長と同級生くらいに見えた。いかにも整備屋って感じの見た目は、俺にとっては見慣れたもので好印象だ。


「こんな旧式艦、中央じゃめったに見ないんでね」

「そうか、それなら案内しましょう」


 ヘルメットを手渡されて、俺は横井班長に案内され機関室へと足を踏み入れた。パイプやら配線やらが群がるようにして、大木の幹のような構造物に絡みついている。


「この艦は、対消滅反応を元にしてエネルギー転換を行っている艦本式第三世代型の対消滅炉を三基搭載してる。まあ、その程度のことは中等学校を出た人間でも知ってることですがね。推進機関は対消滅炉からのエネルギー供給を受けて作動している四基の核融合プラズマスラスタ、それにイオンスラスタが六基。巡航用はイオンスラスタで、プラズマ核融合スラスタは戦闘速度発揮用だ」


 よどみのない説明は、彼がただの整備工ではなく、ある程度の技術屋であることの証明だろう。これでもメカニックの端くれなので、少々対抗意識も湧いてきた。


「元になった艦は、見た感じ五〇年前に採用されたクルセイダー級の巡航戦艦に見えるが」

「ご明察。あんた詳しいねぇ」

「メカには目がなくてねぇ。もう二〇年以上前に正規艦隊からは居なくなった艦だろう?」


 こちらもある程度の知識はあるんだぞというアピールをしたところで、機関室の制御室に入る。操作に慣れていない乗組員への対策なのか、制御コンソールには注意書きの書き込まれたシールが貼り付けられていた。


「ああ。改造に改造を重ねたんで、中身はほとんど別物だがね」

「しかも動力炉も一基増設。足回りだけじゃなくて、さては火力も増強してるな」

「正解! 主兵装は荷電粒子砲アクラⅡ、それに副兵装に艦本式電磁砲、各種対空砲とミサイル。火力はそこらの戦艦にも匹敵してるよ」

「増設した機関でなら、それだけの装備も動かせるだろうなぁ」

「それだけじゃないぞ、センサーにはアイギス多用途システムと、ヴァローナ長距離レーダー、長距離通信システムはレゲンダⅣ、更にカールスルーエ社製の光学観測システムも搭載。これだけの光学系を積んでるのも、最近の艦じゃ珍しいな」

「なんつーか、【おれのかんがえたさいきょうのせんかん】みたいになってるな」

「まあ、その煽りを食って、防御シールド関係が若干弱いが、改装で新古品のジェネレータ積んだから大丈夫だよ……多分」

「多分?」


 言いよどんだ横井整備班長の言葉を繰り返すと、彼は愛想笑いを浮かべていた。


「い、いやこっちの話。あと艦長お気に入りの装備が、二基装備された超合金製のハープーン。機関出力、それに艦体質量の小ささをかした変幻自在な戦法が、このワリューネクルの武器ってことだ」

「ふーん。頼りがいがありそうじゃないか」

「うちの艦長、ハイドリヒは俺の同期でね。ま、ボヤキも多いが、やるこたぁやるから、安心しておくと良い」

「それを聞けてよかったよ。ありがとう」

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