第13話 こちらローテンブルク探偵事務所!〈2〉

「エレノア、お前いまなんつった? なんかアイドルのライブにでも行くようなこと言わなかったか?」


 俺は思わず、冗談かと思ってエレノアの顔を見たが、彼女が真顔のときはそんな冗談を言うときではない。大抵、本気マジだ。本気と書いてマジと読む、マジで。


「だから、プリンセス・メアリーに会って直に話を聞くのよ」

「あのなエリーちゃん」


 俺は所長机まで歩いて行って、エレノアの顔をまっすぐ見て説教モードに入る。ただし、これが功を奏したことはない。


「良く考えてごらんなさいよ。よしんばプリンセスメアリーがギムレット侯の孫娘であらせられたとしてだ、全帝国領に絶賛指名手配中の海賊が、自分は死んだはずのメアリー・ギムレットですー、なんて話してくれると思うか?」

「それは、会ってみないと何とも」

「大体、何処にいるかもわからんのだぞ。今から交通機動艦隊に入隊でもするつもりか」


 帝国の主要航路に展開する交通機動艦隊への入隊は、国土省の航路保安庁に入る必要がある。無論、公務員試験だ。今のエレノアので通るとは思えないし、そもそもそんなことをしていられるほどヒマではない。


「いっそ、誘拐してもらうってのはどうかしら?」

「はい?」


 素っ頓狂な声を上げた俺を尻目に、エレノアは独自路線を突っ走りだした。


「だから、海賊が襲いそうな船に客として乗り込んで拉致られればいいのよ!」

「でも、メアリーが襲った対象船、大抵豪華客船とかでっせ。しかも伯爵とか男爵クラスがゴロゴロ乗るようなやつだろ?」

「あら、これでも帝国騎士の爵位は持ってるのよ?」

「騎士にもピンキリあるからなぁ。ローテンブルク家って別に帝国統一時の元勲とかじゃないんだろ。税ばっかり取られてまあ……」

「見栄も張れない貴族なんて願い下げよ」

「帝国騎士程度で偉ぶることかねぇ」


 別に帝国貴族だからと何をしてもいいというわけでなく、皇統以外の爵位持ちは、社会的に多少ははくがつき、年金が上乗せされる程度のもので、それの騎士ともなると、余程名家でなければ大したものではない。


 おまけに爵位には毎年爵位税が課せられる。帝国騎士程度なら数千クレジットだが、伯爵にでもなれば数千万クレジットは下らない。うちの事務所なら数年分の運転資金になる。


「じゃあ、仕方がない。買いましょう」

「買う? 爵位をか?」

「知らない? 意外と多いのよ、そんな貴族」

「まあ、話には聞いてるけどねぇ……いくら海賊だとゆーてもだな、さらうからにはそれなりの社会的地位とか色々あるわけだ。いくらすんの?」

「そうねぇ、伯爵クラスならこのくらいかしら」


 事前に調べてあったらしい爵位の裏販売リストをエレノアが俺に見せてくる。数字を見て、それが何に当てはまるかを頭のなかで照らし合わせた俺は、軍官民問わず、帝国内で広く使われるインペリアル・ロジスティクスシステムズ製の大型輸送艦の調達価格を思い出しながら叫んだ。


「却下! ジャンカイⅡ級輸送艦を新品でフル装備革張りシートマッサージ機能付きのオプション山盛りで買えるわ!」

「ケチ」

「ケチも何も事務所の運転資金を半世紀先くらいまで食い潰す気かっつってんの! 事務所潰す気か!」

「……じゃあ、いつもの手で強行突破ね」


 不敵な笑みを浮かべたエレノアに、俺は胃の中の内容物が急に冷たくなったかのような感覚を覚えた。


「また、アレかぁ。俺死にたくないぞ?」

「ふふふ、ジャーナリストの血が騒ぐわぁ」

「探偵としての血が騒いでくれんかね」


 ウキウキとした様子で旅支度を始めたエレノアを見ながら、俺はうなだれるしか無かった。



 一二月八日 九時一二分

 東部軍管区

 第459宙域 ウォルダム4923星系 

 第三惑星ロード・フォスター


「流石にこの辺りまで来ると寂れてるわねぇ」

「そりゃあ文字通りの帝国最果ての地だからな」


 唯一通じている民間旅客会社のカウンターが一つしか無い宇宙港は、一〇歩歩けば荒野に突き当たるような場所にあった。惑星ロード・フォスター、別名最果ての惑星。


 辺境惑星連合も秘密裏に出入りしていると言われる惑星は、ならず者の巣くう無法地帯に近く、好き好んでこの惑星を訪れるのは、鉱石を掘りに来る山師くらいなものだ。つまり何が言いたいかというと、エレノアと俺はこの空港周辺で浮きまくっている。悪目立ちしている。


「おいお嬢ちゃん、市街地までのタクシーどうだい。安くしとくぜ」

「兄ちゃん兄ちゃん、そんな女放っといて、アタシと遊ぼうよ」


 明らかにまっとうな商売はしていなさそうな連中からの声掛けは無視し続け、俺はエレノアをかすように後ろから小突いた。


「ほらエレノア行くぞ」

「タクシー乗らないの?」

「あんなもん乗ったらどこ連れて行かれるか分かんねえだろうが。レンタカー借りるぞ」

 

 宇宙港の横にあるレンタカー屋は、スクラップのオフロード車らしき車体が積み上げられていて、スクラップヤードと言われたら納得する見た目だったが、一応稼働状態にあった一台を借りることが出来た。


「なんもない惑星ね」

「ここは鉱山惑星といっても、資源地帯はもう少し北だからな。も、ほら、あんなもんだ」


 ほこりっぽい大気の向こう側、煤けた色のビル群が見えてきた。適当な駐車場にレンタカーを押し込んだところで、大して感想が変わるわけではない。怪しげな武器屋やら薄暗い立ちが並ぶ通りを抜けると、古びた帝国様式のビルが見えてきた。


「あそこが航路管制局ね。ちょっと用事済ませてくるから、飲んでていいわよ」

「そう言われてもなぁ……あ、行っちまいやがった……」


 エレノアに置いてけぼりになった俺は、この有象無象のうろつく町で時間を潰さなければいけないらしい。通りをぶらついていると、また変な手合いに絡まれそうなので、とりあえず一番マトモな酒と人間が居るように見えたバーに入ってみることにした。


「あんたどっから来た? 見ない顔だな」

「さっきの定期便で来たんだろ。何やらかした? 俺は密輸商をやってたんだが、ロージントンで憲兵に見つかって命からがら逃げてきた」


 おいおい止めてくれ。旧世紀の伝統芸能の映像に出てくるウェスタン・カウボーイな雰囲気なんて俺は求めてないんだ、水をいただければ良いんですと叫びたくなってくる。ていうか一番マシな見た目の店を選んでこれとは、その辺のパブなんかに入ろうものなら、即座に撃ち殺されるんじゃないかと内心ビビった。


「おい若えの。ここはお前みたいなガキが来るところじゃねえぞ」

「そういうこと言うなって。おいマスター、あの若いのにオレンジジュースでも出してやってくれ」


 昼間から飲んだくれているオヤジどもが、俺に向かって大変失礼な言葉を吐いてくる、クソジジイ共、早くおっんでくれればという言葉を押し込んで、ビールを注文する。その後もあのオヤジどもはどこそこのタチンボはサービスが良いだの、胸がでかいだの締まりが良いだの話している。こう見えても性風俗についてはしっかりとした公認のお風呂屋さんにしか出入りしない俺としては、聞いていて頭が痛くなる話題だ。


「アタシの店で変な口叩くんじゃないよ!」


 突如としてバーに響いた声に、飲んだくれのオヤジどもがすくみ上がる。女の声だ。ただ、ドスがかなり利いていて、一瞬後には男の金の玉を握りつぶすような、そんな恐怖感を覚えるものだった。


「うちの店はこの星唯一の優良店舗なんだから、あんまり品位を落とすならその貧相なまたぐらをミンチにするわよ。あと、他の客にちょっかい出さないでちょうだい」

「め、滅相もねえです」

「は、はは、ほんのジョークでさぁ」

「そ、そうそう」


 そう言うと、先程までの馬鹿騒ぎはどこへやら。オッサンどもは縮こまっていた。


「ああ、メアリーおじょうさん。珍しいですね、まで来るなんて」

「船の補修部品を取りに来たのよ。店の方は変わりない?」

「はい、おかげさんで」


 メアリー、メアリー、どっかで聞いた名前だとアホのようにはんすうして、顔、スタイル、服装がようやく頭の中の情報と一致した。この女は、間違いなく辺境一の大海賊、ブラッディ・メアリーその人だ。シミュレートよりも顔立ちは険しいものになり、それでいて恵まれたスタイル……真っ赤な海賊服は、どう見ても皇宮警察のそれを改造したものに見えた。どのルートから入手したのだろうか


 そして、その彼女が今回連れ帰らなければ行けない張本人だ。顔を見られたらこの後の仕事に支障が出ると思い、俺はビールのグラスをあおりながら店の奥の席へと移動しようとした。


あねさん、遅くなりやした」

「遅いわね、グラウラー。どうだった?」

「予定通り主砲と副砲の換装が終わりやした。今度のは上物でさぁ」


 店の奥から目線だけを入口に向ける。グラウラーと呼ばれた大男は、見た目はいかついが帝国軍の制服を改造したらしい制服をきっちり身につけていた。ただ、袖の部分はすべて切り取られ、帝都のセバスチャン聖堂の前の聖木みたいな節くれだった筋肉の連なりが丸見えだった。


 頭にかぶっている、というか乗っかっている帽子は、帝国軍降下軌道兵団、それも佐官クラスのものだった。ボロボロに擦り切れているところと、あの体格から推測すると、除隊からの海賊への転向者と見るべきか。


「悪いわね、お客さん。邪魔しちゃって」

「い、いえ、とんでもないです、はい」


 ブラッディ・メアリーが俺に話しかけてくる。無視するわけにも行かず、俺はビールジョッキを煽るふりをして、顔を隠すことにした。


「うちの店は変な混ぜものとか合成酒は置いてないから安心して飲んでいってちょうだい。マスター、彼にカナリッジの一五年でも出してあげて。私のおごりよ」


 ブラッディ・メアリーは、俺に向かって先程の声と打って変わってヒバリの鳴き声のようなきれいな声で言うと、ヒールの音を響かせながら店を出ていった。


「あれが、ブラッディ・メアリー……」

「ああ、辺境一の大海賊。うちの店が平穏に営業できるのも、メアリー姐さんのお陰でねぇ」


 マスターが上機嫌に言うのを聞きながら、少しは何か聞き出せないかと、会話をする決心をつけた。


「何年くらい前から海賊してるんだい、彼女」


 出されたカナリッジの一五年は、帝都でも一部の高級バーでしか置いていないレア物のウイスキー。せっかくだからと口をつけてみるが、鼻に抜ける香りはこれまで飲んだどんなウイスキーも及ばない高貴なものだった。


「確か、一五年位前かな。出てきた途端、このあたりの海賊の勢力図を塗り替えてしまったんだよ」

「へぇ……えらくキレイなお嬢さんだけど、このあたりの人なの?」

「そのあたりは私も聞いたことがありませんでね。ただ、中央から来たってうわさもあるけど」

「ふぅん」

「……お客さん、あのメアリー姐さんはね、あまり深入りしないほうが良いよ。取り巻き連中、皆して彼女のことを女神様みたいに扱ってるから」

「ご忠告どうも」


 残っていたウイスキーを飲み干して金を払うと――ビール一杯六四〇クレジット、良心的な値段だった――ちょうどズカズカと歩いているエレノアとかち合った。


「用事は済んだかね、姐さんや」

「誰が姐さんだ。メアリーに会いに行くわよ」

「え?」


 一二月九日 二〇時〇〇分

 東部軍管区

 恒星IS391 近傍宙域

 海賊船 ブラッディ・メアリー


 恒星IS391は惑星の出来損ないのような小惑星帯を持つだけの赤色矮星で、周囲に有人星系もないから管理番号だけが割り振られたよくある辺境の空き地だ。その小惑星帯の中に、深紅の海賊船ブラッディ・メアリー号が停泊していた。


「エリーザベト・ロットマイヤー。ジャーナリスト?」

「はい」

「うちをメアリーお嬢さんの船だと知って取材を申し込んだのだろう」

「ええ」

「ま、中央でもうちのお嬢さんが有名ってことか。で、そっちが」

「ハインツ・リンデマン、うちの助手です」

「どーもー」


 エレノアがどういう手段を使ったのか、考えたくもないが……とにかく、既に俺とエレノアは、海賊船ブラッディ・メアリー号の船内へと足を踏み入れた。なるほど、辺境一の大海賊と言われるだけあって、かなりの重武装の船に仕上がっている。火力は戦艦クラスかもしれない。


「想像よりもきれいなものね」

「外観も、あれじゃまるで宮殿じゃないか」


 そもそも、この海賊船の原型になったのものが、皇室用の大型クルーザーのように見える。原型は武装が無いだけで戦艦にも匹敵する性能を持つ船だが、されたなんて話は聞いていない。


「うちのお嬢さんの趣味だ」


 筋骨隆々な海賊の戦闘員も、装備している銃器を始めとして、服装がラフな以外はほとんど帝国艦隊陸戦隊と同じ装備だ。この海賊は、タダの海賊ではない。そんなもんはド素人が見ても分かることだった。


「ほら、ここだ。お前ら、失礼のないようにな……お嬢さん、ジャーナリスト二名、お連れしました」

『入りなさい』


 部屋に通されると、艦内もそうだったが、船長室もこれまた広報資料で見たことがある帝都宮殿にそっくりな内装だった。調度品はどれを見ても目玉が飛び出るような高級品でそろえられているが、これをどうやって手に入れたのだろう。そんな事を考えながら、うちの所長と辺境の大海賊の握手のシーンを写真に収める。


「帝国中央のメディアが私のところに来たのは初めてね。私がメアリーよ」

「賊徒、いえ、辺境惑星連合からは、取材を受けたことがおありで?」

「ええ、帝国の暴政に抵抗する英雄とか何とかで。私はそんなつもりちっとも無いって言ってやったわ」

「なぜ、メアリーさんは海賊に?」

「そうね、狭苦しい場所にいるよりも、大宇宙を舞台にするほうが、人生楽しいかもしれないと思ったの」


 それにしてもうちの所長は、ジャーナリストのふりをして素知らぬ顔でインタビューを続けている。もしこのお姫様が外れだったとしても、辺境一の大海賊のインタビュー記事でもこしらえて、出版社に持っていく腹づもりなのだろう。


 俺は、そんな二人を写真に収めるふりをしつつ、あるものを探していた。れいに掃除されていて、中々見つからないそれを見つけてかがみ込んだとき、ちょうどインタビューも終わったらしく、慌ててそれをポケットの中に突っ込む。


「……さて、私からも聞きたいことがあるのだけれど、ロットマイヤーさん」

「はい、何でしょう」

「あなた、ここに誰かに言われてきたでしょ?」

「え?」


 言うが早いか、メアリーは腰に下げたロングレーザーライフルを抜いていた。帝国軍降下機動兵団の制式採用品。銃口はピタリとエレノアの額に合わせているが、目線は俺の方にも向けられている。明らかに戦闘慣れした人間の目線だと感じて、俺は嫌な汗が止まらない。


「最初からお見通しよ、私を連れ帰りに来たんでしょ?」

「なんの事だか」


 エレノアがすっとぼけたところで、向こうの洞察力にかなうはずがない。俺は最悪の事態を考えて、次の行動を考えてみたものの、この狭い部屋ではどうしようもない。きやしやに見えるが、この様子だと接近戦も避けたいところだ。


「私を倒せるのならそれもいいけど、言われて帰るようなおひとしではないの。悪いけど、ここで死んでもらうわ」

「ちょっと待って、私が勝ったら、おとなしく家に帰ってもらえるということで?」

「ええ、勝てれば、だけれど」

「エレノア、伏せろ!」


 このままでは殺される。そう思った瞬間、俺はカメラのフラッシュをいた。もちろんこれはただのカメラじゃない。モード切り替えでせんこう弾並みの光を放つものだ。


「逃げるぞ!」

「あっ! ちょっ、待って!」

 海賊船の通路には、騒ぎを聞きつけた連中がぞろぞろ出て来るが、状況が分からないのか俺たちをあっけに取られた様子で何もしない。


『船長より達する。ジャーナリスト二名は私の命を狙いに来た暗殺者だ、捕らえる必要はない、殺せ』


 その指示が流れた瞬間、海賊船中に殺気が満ち満ちていくのが分かった。あのプリンセス・メアリーという女は、どうやら相当部下達から慕われているらしい。


「ちょっとハンス!」

「黙って走れ!」

「前!」

「くそっ! どけっ!」


 飛び出してくるなりライフルを構えたデカブツ相手にタックルをして、その銃を奪い取る。適当に後方に乱射して、再び格納庫へ走る。


「あそこで私がメアリーを倒していれば、仕事は完了じゃない!」

「出来るわけねえだろ! 第一あそこであの女に手を出したら、逃げる間もなく殺される!」

「やってみなきゃ分かんないでしょ!!」

「大体目的は連れ帰ることだろう! なんでタマ取ろうとしてるんだ」

「あ、そうか」


 初めて気がついたような顔をしているエレノアを担ぎ上げ、更に通路を格納庫へ向けて走る。


「俺はお前のじっちゃんからお前が死なないようにって頼まれてんだよ!」

「何よ! 保護者ヅラして! 降ろしてよ!」

「うるせえ! もともとお前がちやするからだ、お前の身に何かあったら、俺は」

「俺は?」


 俺は、の後に何が続くのか、自分でも良く分からなかった。


「何でもねえ! よし、うちの社用機はまだ大丈夫だな!」


 格納庫に入ると、こちらも当然海賊達が詰めているが、他のブロックからも続々と殺気にはやる男共が狭い格納庫に駆け込んでくるものだから、撃てば同士討ちになると何も出来ずにいた。


「よぉし火が入った! ハッチ開けろぉ! 開けないならぶっ壊してでも出ていくぞぉ!」


 全周波に開いた通信に返事がないのは、まあ当然だろう。返事代わりにライフルの弾が機体に当たる音が聞こえるが、そこらの個人用シャトルと装甲が違うから心配はない。見た目こそ民間機に仕立てたが、中身は降下揚陸兵団が使う揚陸機だ。とはいえ、気持ちのいいものでもない。


「警告はしたぞぉ!」


 俺はそうじゆうかんのトリガーを引く。こんな事もあろうかと改造時に付けておいたミサイルポッドから、小型のミサイルが飛び出していくのを見ながら機体を急前進させた。


 粉々に吹き飛んだハッチの隙間を埋める高分子ゲルを突き破り、シャトルを最大加速ですっ飛ばす。後ろから飛んでくる対空砲のレーザーやら主砲の荷電粒子の束に思わず金玉が縮み上がるような思いをしながら、何とか機体を超空間潜行――本来こんな小型機にはない特別装備――させると、ようやく人心地がついた。


「……エリー、お前ってやつは」

「ねえ、私の身に何かあったら、何なの?」

「あー、あれは、あれはほら、その場の勢いだ。気にするな」


 先程の俺の言いかけた台詞せりふの後に続く言葉を聞いてきたエレノアに、俺は適当に答えた。面と向かって言えるようなことではない気がしたからだ。


「何よそれ……で、回収できた?」

「部屋に落ちてたあの長さの金髪はこれだけだった。もう帝都中央病院に遺伝子データの照会を頼んでるよ」


 髪の毛一本あれば、遺伝子解析でその人物を割り出せるというのが、そもそもこの作戦をエレノアが決行した理由だ。多機能スキャナーに放り込んだ髪の毛のデータは、すでに帝都中央病院に送信済みだ。


「ふーん。データ出るの?」

「さあ、どうかなぁ。でも、いずれにしてもそれがメアリー・ギムレットのものであれば、きちんとした回答がなくても大丈夫だろ?」

「どういう言う意味?」

「今に分かるさ」


 タイミングを見計らったかのような超空間通信で電話が掛かってきたので、俺はコンソールのモニターに目を落とす。番号を見れば、それは帝都中央病院のものだった。


「はい、ハインツ・リンデマンです……え? はい、え? いや、うちの家に見慣れない髪の毛がありましてね、ええ」

『あなたのおうちに、ですか!? この髪の毛の持ち主は!?』


 相当慌てた様子の声がスピーカー越しに聞こえる、ちらりとエレノアを見れば、意味が分からないと言った様子で首をひねっている。


「さあ、空き巣にでも入られたのかなぁ。じゃあ該当者は居なかったんですかね?」

『あー、いえ、その、はい、そうです、該当者無いです』

「そーでしたかー、どーもー」


 電話を切ると、不満そうな顔をしたエレノアが俺を見ている。


「どういうこと。やっぱ駄目なんじゃない?」

「該当者無しなら、なんで素直にそう言わない? メールだけでも良いはずだ。わざわざ髪の毛の落ちていた場所を聞いてきた。しかも大慌てでな」

「つまり、それこそこの髪の毛が、やんごとなきお方の物ではないか、ということね? 中央病院のアーカイブには、多分皇族関係のデータもあるし」


 俺はそんなエレノアにニカッと笑い返す。後のことは、途中経過報告をあの宮内省の紳士にでも依頼すればいいだろう。


「悪いがエリーちゃん、今ので俺の偽名使えなくなったんで、代わりの手配よろぴく」

「はいはい。あとエリーちゃん言うの止めなさい」


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