案件02~個人探偵事務所からの海賊船討伐業務

第12話 こちらローテンブルク探偵事務所!〈1〉

 帝国暦五八三年一二月五日 一〇時三〇分

 帝都 ベイカー街221番地

 ローテンブルク探偵事務所


「はいこちらローテンブルク探偵事務所です、はい、はい……申し訳ありません、ローテンブルクは今外出中で、携帯に掛けていただければ、すぐ出られるかと……はい、はい、では番号は――」


 の甲高い電話の声に、データベースの奥底に潜り込んでいた意識を少しだけ現実世界に引き上げる。いつもの対応の後、せきばらいをして、堆く《うずたか》積み上げられた書類を払い落とし、スケジュール帳を発掘する音が聞こえてくる。


「毎度の如く、セコい手を使うねぇ」

「こっちのほうが大きい事務所に見えるのよ。大体あんたが電話に出てくれれば、違和感ないのよ」

「おあいにくさま、両手足と両目で足りなくて神経接続までしてるんでね、ほら、電話鳴ってる」

「ったく、無駄口叩くための補助脳でも取り付けてあるんでしょ、その頭。無駄なことに金使うんじゃないわよ」

「お、そりゃあいい。今度付けてくるわ。それは良いから電話、電話。出なくていいのか?」

「ったく――はい、こちらローテンブルク探偵事務所、所長のローテンブルクです。ええっ? はい、はい……分かりました。一二時ですね、その頃には事務所に戻っていますので、はい、お待ちしています」


 先程より少し低い声の所長の声――まあつまりは同一人物なのだが――が、何事か電話口で話していた。


「お、何だいエリーちゃん、仕事かい」


 神経接続用のケーブルを首筋から外し、机の隅に追いやられたコーヒーカップに手を伸ばす。い、もういらない。こんなにも冷めたコーヒーとやらは不味い飲み物かと思いながら、とりあえず飲み干しておく。そうしてから凝り固まった肩を回しながら所長机への獣道を歩いて行く。エレノアの表情は、ここ数ヶ月でもあまり見ていない満面の笑みだった。


「エリーちゃん言うな! それはともかく仕事よ! それも解決できたら向こう二年分くらいの事務所の運営資金を調達できるわ!」

「俺のボーナスも確保してもらいたいもんだねぇ」

「それは今回の仕事の出来高次第って所。ほら、一二時にお客さん来るんだから、散らかってるラーメンの丼とか片付けて!」


 このローテンブルク探偵事務所は、先々代の皇帝の頃から営業している老舗探偵事務所だ。しかしまあ、そんなものは肩書きだけで、実態はかんばしいものではない。何せ今の所属人員と言うと、三代目所長兼事務所唯一の探偵であるエレノア・フォン・ローテンブルクと、助手兼メカニック兼万が一の護衛をしている俺ことハンス・リーデルビッヒだけなのだから。


「ちょっとハンス! あんたの机の周りなんか臭うんだけど!」

「んー? もしかして食いさしの牛丼でもあんのかな」

「汚ったないわね! もう全部捨てるわよ、この辺、どうせ要らないんでしょ」

「あー! そこはだめ! 男の子の机をむやみにあさるもんじゃありません!」

「うっわ引くわー、なにこれ、エローい」

「こら! こっちにだってなあ、そこまでされたら奥の手もあるっての」

「何、こら、止めなさい」


 俺は所長席にズカズカと近寄ると、積み上げられた書類の中に混じっていた写真集を取り出してみせた。


「あらあらこーんな細面のオニーサンがお好みですのねぇ、所長さんってばミーハー」

「こら! 所長席を勝手に漁るな! 銃殺するぞ!」

「やれるもんならやってみろ。明日からこの事務所の帳簿、誰がつけると思ってるのかね」


 顔を真っ赤にしたエレノアが、手に持っていた掃除機をライフルのように構えながら言うので、俺は手を広げて殊更ふざけた調子で言い返した。


「あー! 良いから早く片付け! 窓開けて、空気入れ替え!」


 エレノアがブラインドを上げ、窓を勢いよく開け放つと、帝都旧市街の古風な町並みが目に入る。空気は澄み渡り、よどんだ部屋の空気を急速に薄めてくれた。


「空気清浄システム、フィルターくらい買い直せばいいじゃねえか」

「どうせ三日で目詰まりするでしょ」


 んなこたーなかろうと言いたかったが、俺がタバコは吸うわ、エレノアは徹夜仕事の時に怪しげなパイプを吹かすわで、そりゃあもう、フィルターはひどい有様になっているのだろう。


「そりゃあこんだけ汚けりゃねぇ」

「ほら、そこ、早く! あと四〇分でお客さん来ちゃうんだから!」


何とか見られるくらいの部屋の状況にまでしたところで、エレノアの言う客が来た。


「それで、ご依頼というのは」


 上品な紳士といったたたずまいだったが、目線に落ち着きがない。こんな帝都の下町に来るのは珍しい人種なのだろう。


「これはあくまで、私が個人的に依頼しているという体でお願いしたいのですが」

「はあ」

「このかたの所在を、調べてほしいのです」

「この方……?」


 写真に写るのは、まだ高校生くらいの少女の写真だった。着ている服は、そこらのボンボン貴族とは違う品の良さが見えたが、果たしてどこの伯爵令嬢だろう。


「あれ、俺この顔どっかで見たことあるぞ」

「どうせまたその辺のエロサイトとかでしょ」

「いやー、うん、それはまあ、あるんだけど。違うんだって、ちゃんとした媒体で見たような」

「あんたのちゃんとしたって何よ、ビニ本?」

「おう姉ちゃん、えらく時代がかった言い方知ってんじゃねえか」

「あのー……」


 遠慮がちに掛けられた声に、俺とエレノアは咳払いをして居住まいを正す。大体、人のことを見ればエロサイト見てるだのエロ本読んでるだの、中学生の女子じゃあるまいし発想が貧弱なエレノアがしょうもないのだと思っておくことにした。


「それで、この御方とあなたはどういうご関係で」

「今それは言えません」

「……ふくしゆうとか、殺人、誘拐身代金目的じゃあ、無いですよね? うち、れっきとした帝国探偵業法の制約がありますんで、そういうのは」


 帝国探偵業法は、書籍にすれば本の高さよりも厚みのほうが長くなるであろう冗長な文章で書かれた古文書とも言える代物で、俺もエレノアも全文を把握しているわけではないし、恐らくこの宇宙でそれらを把握している法曹も居ないだろう。ただ、おおざつな禁止項目くらいはすがに覚えていた。人殺し代行誘拐監禁とその手伝いは、その代表例である。無論、建前ではあるのだが。


「い、いえ、あくまで単なる人探しなんです。まして見つかったからと言って殺すなんてそんな畏れ多い、いや、まあ、その」

「ま、まあ、そのあたりもプライベートの問題でしょうから、はい……失踪されたのはいつごろで?」

「もう、二〇年にもなりましょうか。辺境宙域で乗っていた船ごと」

「なるほど。辺境星域ということなら、星系自治省の治安維持艦隊や帝国軍の航路保安艦隊には」

「り、理由があって帝国軍などには言えんのです」

「では、今の今までは」

「私が自分で調べておりましたが……何せ帝国は広い、何処どこの惑星かだけでも骨が折れるのです」


 そりゃあ、これだけ広い帝国領域内から、たった一人の人間を探し出そうとするのは骨が折れる作業だろうと思いながら、これからそれを自分たちがやるのかと、何とも憂鬱な気分で俺はコーヒーを啜った。


「なるほど、では何故なぜうちに?」

「他所に頼めないからです」

「……まあ、良いでしょう。引き受けさせていただきます」

「ありがとうございます……! 見つかった暁には、報酬の方は……このくらいでいかがですか?」

「そうですねぇ……あとこれに、捜査員の人件費、それに超光速通信料と、もろもろの諸々を入れまして、こんなもんでいかがでしょう」


 紳士の差し出した紙に、エレノアが倍近い金額を書いて渡す。他所の業界から見れば法外な金額に見えるかもしれないが、あくまでコレは成功時の報酬で、失敗時は別の計算式があるのが帝国探偵業界の慣習だった。


「わ、わかりました。構いません」

「では、お引き受けいたします。また中間報告でお呼びすることもあると思いますが、それとも私が出向いたほうが」

「い、いえ! 私がこちらに」

「はい、分かりました。ご連絡先をこちらに、あと――」

 諸々の連絡と説明が終わった後、紳士はそのまま外に出ていった。


「良いんかい? あんなキナ臭い案件引き受けて」


 客人用に出していた残りの茶菓子を食べながら、俺はエレノアの方に振り向いた。彼女はといえば、真剣な顔をしてデスクのモニターとにらめっこをしている。


「こんだけの報酬もらえるなら安いもんでしょ、人探しだし……それに、あの男は宮内省の人間よ」

「宮内省? 帝国のか?」

「この宇宙のどこに他の宮内省があるってのよ、このスカポンタン」

「そりゃあ、人類のいまだ知らぬ未知の大帝国とかあるかもしれんだろ。あとスカポンタンは余計だよチンチクリン」

「んなホコリ被った政体してる宇宙人なんて願い下げよ……ほら、これ」


 エレノアが差し出した官報の隅の方に、たしかにあの紳士と同じ顔が写っている。肩書きは、帝国宮内省警護部部長。つまり、宮殿警備の責任者とも言える人物だ。


「そりゃあ、まあそうだろうが。手がかりはこの写真一枚でしょーよ。どうすんの?」

「それを探すのも、あんたの役目」


 そりゃあ楽しい仕事になりそうだ。他人の空似が何億人出てくるかと目が回りそうな気持ちで、データベースにアクセスする。帝国は基本的に全臣民の情報をデータベース化して登録しており、中央からの許可を持っていればそれらにアクセスすることは出来るが、一般利用者がアクセスできるのは、五年に一度更新される顔写真と、役所に届け出された居住惑星系のみだ。


 つまり、特定惑星の中にいる数億人の人間から、特定人物を探し出すという作業が必要になるわけで、帝国探偵業界で人探しがあまり人気のない仕事だというのもうなずける話だった。


「とりあえず、超有名芸能人はデータベースから外して検索できるでしょ」

「まあ、そりゃそうですけどね……もらった写真を元にして、二〇年分の時間経過をシミュレート、ついでに髪の色も一〇パターンくらいだして、と」


 資料として貰った写真を細工して現在の顔を割り出す。その辺に転がっている小型端末でもこの程度はお茶の子さいさい。

 

 中央官庁にあるような並列四次元処理の大型フレームなら、声だの行動パターンも再現できるということらしいが、どうにも眉唾な気がしてならない。第一、その人間が煙草たばこや酒に溺れていれば、多少なりともしゃがれ声になるだろう。


「こーんなもんかねぇ。よほど痩せたり肥えたりしてなけりゃ」

「どれどれ……へー、中々のべつぴんさんのないすばでー」


 鼻筋の通った顔や、骨格から推定される今後の成長率を標準的な食生活に反映した体型は中々のナイスバディ、美人そのものといった見た目は、どうやら女性のエレノアから見ても充実したものらしい。


「お前は言い方がおっさん臭いんだよ」


 これを帝国の身分証明データベースに掛ければ、きちんと帝国領内で生活している人間なら近似値を探し出せるという寸法だが、現実はそう甘くはない。一時間ほどしてデータベースに該当無しとなったとき、思い出したようにエレノアが俺の方に向いた。


「そういえば、どこかで見たことあるって言ってたわよね。ハンス様の脳内データベースには何か引っかかったんでしょ」

「んー……」


 とは言うものの、人間の記憶というのはかなり曖昧で、当てになるものでもない。しかし、仕事を早く終わらせるには何とかして手がかりを増やすしか無い……と、俺は机の上に読み散らかしていた雑誌の山の中から、一冊の雑誌を引っ張り出してみた。


「あ! 思い出した! これだよこれ」

「また怪しげな五流ゴシップの雑誌なんか見てるの?」

「いやいや、うちの稼業はこういうのに案外縁があるもんでしょ」

「こんなのの記者と一緒にするんじゃありません!」


 ニュース・オブ・ジ・エンパイアは帝国領内でも、特に辺境宙域の有る事無い事をまとめて書いたいわゆるゴシップ誌で、九九パーセントはうそばかりという感じの、むしろギャグ専門誌といっても差し支えのないものだが、残りの一パーセントでずば抜けた特ダネを拾ってくることもある。


「あんた、グラビアページなんか見せてどうするつもり? またこんなあかの付いたような水着なんか着せちゃって。このおっぱい星人め」

「あ、ごめん、それ違うページ」

「国税省特別徴税局に猫の部長就任? なにこれ」

「違う違う、エリーちゃんこれだよこれ! 宇宙海賊ブラッディ・メアリー!」

「エリーって呼ぶな! あっ、ホントそっくり」


 表情は不遜な笑みを浮かべているものの、髪色、顔の輪郭、目の位置など諸々は俺の作った再現画像通りだった。真っ赤な軍服風の衣装に身を包んだスタイルも、想定される体型に近いものだった。


 ニュース・オブ・ジ・エンパイアによれば、その美貌と神々しさから、辺境域では【ブラッディ・メアリー】なんてあだがついてる海賊だそうだ。


 国土省の交通軌道艦隊と星系自治省の治安維持艦隊が血眼になって掃討作戦をしているが、何せたいの名艦長としても有名で、二〇隻からなる航路保安艦隊を千切っては投げ千切っては投げ……という説明を俺が感情たっぷりに読み上げてやると、うんざりした様子のエレノアが首を振る。


「あー、分かった分かった……もう良いわおなかいっぱい。なにこれアニメの主人公かなにか?」

「アニメじゃないよ実在の人物だよ……でもなぁ、まさか現役の宇宙海賊が対象者ってことはないよなぁ」

「辺境惑星域で帝国、辺境惑星連合の別なく襲いまくって金品強奪なんて、節操のない海賊ねぇ」

「海賊に節操を求めるんかい。そもそも何で宮廷警備のドンがこんな海賊探してるんだ。皇帝陛下の側室?」

「あんた陛下を腹上死させるつもり? 今年でいくつだと思ってんのよ……ん? ブラッディ・メアリー……メアリー……ハンス、確かあなた、前の仕事で皇統譜を作ってたわよね」

「ああ、フリザンテーマ公の隠し子疑惑を調べてほしいって仕事の時に」

「チョット見せて」

「あーいよ……っと」


 建国から五〇〇年近い帝国の根幹にある、皇統というシステム。帝国建国以降、功臣やら業績を上げた個人を取り立てながら帝国皇統を作りあげたのだが、五〇〇年も経てば立派な系譜が出来上がる。


 とはいえ、今の帝国は血統で帝位を継承するわけではない。一定条件に当てはまる皇統貴族から選挙で皇帝を選出している。


 まあともかく、皇統とはそんなやんごとなき身分の人間達の総称で、違法行為以外の醜聞についてはメディアも自主規制をしている。皇統の分厚いカーテンに仕切られた内部のスキャンダルを暴こうとするやからは多く、エレノアもそんな中の一つを仕事として受けた。


「ほら見て、ここ! パイ=スリーヴァ=バムブーク侯爵の孫もメアリーなのよ」

「事故で行方不明って話だった気がするが……」


 オスカー・フォン・パイ・スリーヴァ・バムブーク・ギムレット皇統侯爵は、現在の辺境星域の開拓で名をせ、テクノクラートから皇統にまで上り詰めたギムレット侯爵家の現当主だ。


 息子のエドワード・フォン・ギムレット子爵は帝国惑星改造業界の若き重鎮として、その名前を知らないものは居ない。しかし、その娘はこの世を去ったことになっていた。それも、二〇年前に。


「だとしたらなんだ、宇宙海賊ブラッディ・メアリーはメアリー・ギムレットだっていうのか?」

「顔もそっくり」

「顔だけじゃ何ともねぇ……一度くらいしょっぴかれててくれれば、遺伝子データでも残ってるかもしれないが、比較しようにも皇統の遺伝子データなんか俺らじゃ閲覧出来ねえだろうしな」

「……会って確認する必要がありそうね」


 俺は聞こえないふりをしたかった。聞きたくない言葉が聞こえた気がした。

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