第20話 柳井義久_辺境情勢レポート.ipd

【要旨】


 東部軍管区においては大きく分けて四つの領域が存在する。


 安定宙域。辺境惑星連合の侵攻も、帝国軍の動きもない宙域。

 中枢宙域。東部軍管区の経済活動が活発な宙域。

 辺境宙域。帝国の活動が低調かつ、東部軍管区の支配力が弱まる宙域。

 係争宙域。辺境惑星連合の侵攻を規模の大小問わず常に受け続ける宙域。


 辺境動静を把握する際、この分類を頭に入れておけば、かなり理解をスムーズにすることが可能である。今後十数年、もしくはより長いスパンで注視が必要なのは係争宙域ではなく、辺境宙域である。


 辺境宙域が帝国から離反した場合、ここを突破口として帝国は中枢部への襲撃を受けることになる。これを防止するには、辺境宙域への開発投資を進めること、もしくは宙域ごと焦土化し、防衛線を下げることで勢力の空白地帯を造り、距離による防壁を築くことが軍政策上最善である。


 また、辺境惑星連合――以後FPU(Frontier Planetary Union)と表記する――の領域に対する軍事侵攻は複合的戦術により、被害を減ずるべきである。


【第一章~FPUの見えざる支配力】


 東部軍管区における辺境宙域は、現状帝国もFPUも主立った戦力を配置するには至らないが、現状帝国にとってのウィークポイントとなり得る宙域である。


 まず、FPUによる複合的戦術に目を向けたい。FPUが帝国に対して闘争を仕掛ける手段は艦隊戦力を投入しての制圧戦、帝国領内に潜伏する反帝国ゲリラ、分離主義者を利用したテロリズムが代表的だが、現状もっとも注意を要するのは複合的戦術による思想侵略である。


 FPUの旗印に記されている『辺境の民にあまねく平和を』とあるスローガンは、彼らの中で今だ実現のために血を流す覚悟を持つだけの力を保持し続けている。


 係争宙域における大規模会戦は、辺境宙域に点在する自治共和国の市民に対して不安と猜疑を抱かせるに十分なものであり、また、近年低調な辺境開発の姿勢は帝国への帰属心の低下という形であらわれている。事実、アルバータ自治共和国の乱に見られるように辺境の民は実力をもって帝国勢力圏からの離脱を企図する動きが見られる。


 もちろん全ての市民が分離独立主義者というわけではないにせよ、現地の星系自治省治安維持軍の高官までもが思想に変調を来している事実は、帝国にとって看過し得ない。


 また、カロイの乱、ゴルドシュタットの乱に見られるように、帝国軍は叛乱鎮圧の際、地上戦に移行する前に徹底的な軌道爆撃を加えることで戦局を有利に進めようとする傾向があるが、戦術教本通りの効率優先策とはいえ、自らの住まう惑星を攻撃されて虚心で居られる辺境市民はいない。ショウ・ザ・フラッグ紙が帝国暦五八二年四月二三日ハルバッハ自治共和国にて実施した世論調査[1]では、調査対象者の四五パーセント以上が帝国軍に対し不信感、ないしは嫌悪感を抱いているという結果となっている。保守系メディアが行なう調査としては異例の数値であり、筆者が辺境に赴任してからの感触ではあるが、これ以上の感情を抱いている市民は潜在的には星系市民の六割に近付くと考える。これをFPUが利用しない手は無いと推測される。


 近年多発する帝国軍駐留基地に対する退去要請のデモ活動、防衛税の削減、自治共和国が行なう過剰な防衛装備の拡充は、一見して自治共和国の自治権拡充の動きに見えるが、これすらFPU工作員による扇動とも取れる節がある。いわばこれは『非軍事的闘争』と呼べるものであり、突き詰めれば情報戦である。


 またアルバータ自治共和国の乱においては同国右派系政党が支援する市民団体が、武装蜂起して官庁街を占拠しており、星系自治省の調査によるとこの市民団体の構成員の約二割にあたる一二九人が、国籍擬装の上で三年以内に同国へ移住したことになっている。これはFPUが組織的に帝国領内、特に辺境宙域の自治共和国への浸透工作を試みている証左であろう。アルバータにおいては軍事的な面のみがクローズアップされがちだが、この事態を生じせしめるに至るまでの、思想的侵襲の検証を行わない限り、今後も同様の事件は続くものと筆者は考える。


 ちなみに筆者の私見ではあるが、現在星系自治省は各自治共和国の移住者の臣籍調査を進めているが、同省はそのような任務を行なうだけの人材も組織も揃えることが難しく、省庁の枠組みを超え、内務省による支援を検討すべきではある。

 

 しかしながら、情報戦の結果として思想侵略が完了した帝国臣民籍の人間によりある種の工作が行われている場合は、臣籍など調べたところで無意味である。思想の自由を謳う帝国憲法の意味するところは、国内に常に反帝国思想を根付かせる素地をも保つことであるが、これに対して有効な対策として、筆者は辺境部の経済成長か、辺境部の放棄に解決策を見出だすところである。


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 帝国暦五八三年一二月二〇日 一一時〇三分

 軌道都市〈アウグスタⅠ〉港湾区 

 アスファレス・セキュリティ ロージントン支社

 支社長室

 

「……少々過激だろうか」


 柳井は休日だというのに、支社長室でレポート作成に勤しんでいた。平時の佐官と民間軍事企業の管理職の仕事の八割は書類作成である。よって柳井はこのような作業を得意とするところだったが、提出先がメアリー・フォン・ギムレット公爵とあっては慎重にならざるを得なかった。


 データなどは本社に定期的に出すレポートでも用いるものだから、集める手間はさほどではない。しかし私見を混ぜ込みすぎたのではないかという不安はあった。だがしかし、あの殿下が通り一遍のレポートなど望むはずはないと、短い付き合いながらも柳井は感じていた。


 事務所とはいえ、精々初等学校の教室一つ分。事務所を訪れる客もなく、本社などからの緊急連絡も港の艦艇に当直がいるので、そちらで受けているから事務所は無人で構わない。さらにレポートを進めること二時間、第二章ではいくつか特異的な動きを見せる自治共和国の情勢分析へと筆を進めていた。


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【第二章~特異的な動きを見せる辺境の自治共和国】


 帝国暦五八四年四月の段階で、帝国領内には自治共和国が一〇三ヶ国存在する。これらのうち、西部軍管区には二五ヶ国、北天軍管区には二ヶ国、南天軍管区には四ヶ国、そして残りの七二カ国は東部軍管区に存在する(別表一)。


 東部軍管区に自治共和国が偏在する理由としては、超空間潜航技術の開発と同時に行なわれた系外惑星開拓計画の針路が、銀河系中心核方向、つまり今の東部軍管区に向けて行なわれたことが大きな理由である。


 これらは領内における自治権を持ち、帝国と対等な外交関係を持つという建前で設置されているが、実態としては帝国の地方自治体の扱いである。しかし、ここ一〇年で一部の自治共和国に特異な動きを見せているものが散見され、東部軍管区の治安維持、防衛政策におけるリスクとなっている。ここでは特に治安上、軍事上のウィークポイントとなり得る自治共和国を列記する。



〈1〉バーウィッチ自治共和国


 バーウィッチ自治共和国は恒星バーウィッチ48星系に所在している。ロージントンからは約四〇〇〇光年の距離にあり、人口は三四九一万人である。


 帝国領域とFPU領域の係争宙域である第四九一宙域に存在する有人星系としては最大だが、帝国暦五八三年八月、自治政府下院選が行なわれた結果、帝国との外交・通商協定の見直しを標榜するバーウィッチ自由連盟の議員により、議席の安定多数を確保している。


 これと同時期にFPUによる領域侵犯の多発、および不審船舶の検挙数が増加していると東部方面軍参謀本部は発表している[別表三]。


 また、同国の防衛軍は軍備増強方針を打ち出しており、これは係争宙域にある同国の情勢を鑑みれば当然のことではあるが、東部方面軍の査察についても非協力的な対応が散見される[別表四]。


 現在東部軍管区所属の第一二艦隊第三四九独立戦隊、星系自治省第四九二治安維持艦隊、第三管区第三四交通機動艦隊が根拠地として利用しているが、複数の市民団体が、外惑星軌道への基地移転などを求めデモや署名活動を実施していることはもちろんだが、これが続けばいずれアルバータ自治共和国のような、本格的な武力闘争に打って出ることも考えられる。


〈2〉ポグヌス自治共和国


 西部軍管区のポグヌス34星系、首都星は第二惑星ラエティティアに置かれている。この星系は毎年治安維持税および地方税の滞納が常習化しており、西部軍管区国税局により度々税務調査を受けている。その度に滞納分は払うものの、催促がなければまた滞納を繰り返す有様である。


 滞納自体は採算性の悪い自治共和国では珍しくないものの、税務資料を見る限り、それほど採算が取れない星系ではないので、これは意図的に自治共和国政府により滞納を行なっていると考えられる。


 もう一つ、この自治共和国は帝国に申請しているよりも多くの資産、特に軍用艦を揃えていると考えられる。これは反物質燃料の生産量と輸出量が実態にそぐわないことからも推測できる(別表五)が、同国の防衛軍関連予算は、一〇年以上変動していない。


 自治政府首相は星系自治省から送り込まれる官選首相であるが、同国については、一〇年前にラガレーヌ出身のゲオルギオス・オナシス氏が就任している。また、同氏のラガレーヌ自治大学の同期生が多数閣僚に就任していることは、上記の疑惑に何らかの方向性を与えることになるであろう。


〈3〉イフェスティオ自治共和国

北天軍管区のイフェスティオ6星系、首都星は第五惑星カルナッソス。カルナッソスは植民から八〇年と帝国の植民星系では比較的歴史の浅い惑星であるが、これは同惑星が植民を開始してから火山帯の活動期を迎え、センターポリスから南に四〇〇キロメートルほどの距離にあるマルキッソス山の噴火など、不安定な地質が関連している。


 ポグヌス自治共和国同様に治安維持税および地方税の滞納が常習化しているが、こちらは自然災害からの復旧など、ある程度の情状酌量が考えられるものの、それでも同国気象庁の発表する火山噴火の被害と、国税局への被害報告と納税猶予申請の間には大きな差が見られるが、同国気象庁の管轄は国土省、政府は星系自治省、そして国税は国税省の管轄であり、まったく調査について連携が取れていない。北天軍管区国税局は、一切気象庁の資料へアクセスしたとは思えない対応が続いている。


 滞納分の国税に当たる予算を、この自治共和国は帝国への申請にない造船所建設に流用していることが、チェリー・テレグラフ五八一年四月一二日号にて指摘されている[2]が、これについては自治政府は否定している。証拠が乏しい推測記事ではあるが、筆者の私見ながら、これは事実に近いものと考える。同国を出入りする多数の交易船が、本来存在しないはずの軌道に小惑星が周回しているという真偽不明の噂話はあとを立たない。小惑星が必ずしも軌道登録されていないことは航海士を経験したものなら理解するが、これほど噂話が出るということは、それなりの質量を持つものが、あまりに特異な軌道を周回していることが、疑惑を生んでいるものと推測する。


 また、この小惑星が、仮に秘密裏に建造された造船所だったとしても、それは自治共和国の手によるものとは限らない。つまり、同国に潜伏したFPUの協力者、例えばムクティダータなどの反帝国組織が、同国政府と内通して使用している可能性は大いにあるのだが、この点、実証に足るだけの証拠がなく、交通機動艦隊などの調査が待たれる。


〈4〉ロンバイ自治共和国、

 首都星は第四惑星ルジェリワ。すでに星系自治省により渡航中止勧告が出ている。


 同国においては、帝国暦五八二年頃から小惑星帯を拠点とする反帝国武装組織ムクティダータによるテロ活動が激化し、防衛隊、警察、帝国国教会施設、大規模なイベント、デモ行進などに潜伏したムクティダータ構成員による襲撃・テロ行為の発生が深刻化。治安の急速な悪化による人口流出はもちろんだが、流出人口の割に都市部の人口動態に変動がなく、同国にはすでに多数のFPUの協力者が侵入していることも考えられる。


 現在、星系自治省による掃討作戦、警察部隊の増強による治安維持が一定の効果を上げているものの、現在も警戒体制が継続中。ムクティダータによるテロは軌道上の太陽光発電衛星にもおよび、現地インフラは極めて不安定な状態である。


 これは第一章で述べた複合戦術ではなく、旧態依然としたテロリズムによる侵略行動であるが、星系自治省治安維持軍の対応能力を超えてなお、東部軍管区の増援などが見られない。


 星系自治省は自省の管轄内に帝国軍が踏み込むのを特に嫌う、というのは軍事関係者の共通認識だが、その縦割り行政のツケが、こうして辺境の一惑星を泥沼の戦闘の連鎖に及んでいるものと断言できる。筆者自身も、カロイの乱においては自ら陸戦隊を率いて地上戦に従事したが、蜂起直後に星系自治省が治安維持艦隊の出動でなく、東部軍第一二艦隊への派兵要請をしてくれていれば、無駄な損害を出さずに済んだと確信している。


 話はルジェリワの話に戻るが、以下のような言葉が鉱産資源庁の非公式な会合で発せられたという。


 『同国は採算ラインの鉱産資源を採掘し終えた、いわば絞りかすである』


 これが仮に事実であるとするならば、発言者の良識を問う前に、帝国はこの惑星からの速やかな撤退こそ、為すべきことではないだろうか。


 ロンバイ自治共和国に戦略的価値はほぼ無いと言っても過言ではないが、これを維持するのは偏に、帝国という国家の威信を保つためである。


 そのような無意味な行為に、いたずらに治安維持軍の戦力、そしてなにより自治共和国市民の命をすり減らすわけにはいかないと考えるのが、人としては当然のことではないだろうか。


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 一四時〇七分

 支社長室


「……きな臭いものだな」


 第二章にさらに一〇ヶ国ほどの不審な動きを見せる自治共和国の動向を記したところで、柳井は昼食を取り始めた。朝、事務所に入る前に港湾区の入り口にあるコンビニで買ってきたランチボックスである。五四〇帝国クレジットのそれは、マズくもなく、美味くもなく、見た目だけで味が脳内で再生される代物だったが、むしろこの味を数万食分安定して出すために、どれほど製造者の努力が払われているか、などと柳井は無意味な思想にふけりつつ、昼食を終えた。


「さて……」


 続けて、柳井は第三章の執筆に入ることにした。


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【第三章~FPU掃討作戦の実現性と新たな戦略についての提言】


 FPUの人口、居住惑星数、工業生産力、戦力規模については未知数の部分が多く、帝国民間企業で編成される私掠船団で実施する強行偵察での推定と、帝国軍情報部、内務省外事公安部、民間軍事企業数社の調査でもかなり幅のある数字[付属資料2]しか発表されていない。筆者の所感ではあるが、帝国私掠船団と民間軍事企業連合の調査が現実に即している傾向があるため、本章においてはこれを基礎として、FPUの掃討の実現性と、新戦略についての提言を行なうものである。


〈1〉敵戦力規模の推定


 まず、前提となる敵戦力規模の算定について、東部軍管区辺境宙域へ接するFPUの構成体は反帝国独立戦線、辺境解放同盟、革新連盟、汎人類共和国とされている。戦闘艦艇一五〇〇隻、戦闘員一三〇万人前後と推定される(表8)。これは東部方面軍の全軍に数だけは匹敵するものである。しかし、正面戦闘力については東部方面軍が圧倒しているのである。FPUの主力艦艇は巡洋艦クラスを採用しているが、艦隊の数の上での主力は帝国軍フラワー級駆逐艦と同クラス、もしくは拿捕した同級の改造艦であり、帝国軍の主力駆逐艦がH・U・ルーデル級に移り変わりつつある中で、完全に圧倒されつつある。


 しかしながら、東部方面軍は全ての戦力を一戦場に集中させることはできず、ある一極地において帝国軍とFPUの戦力バランスに不均衡が生じることは十分考えられる。


 ただし、帝国軍の次期主力戦艦のインペラトリーツァ・エカテリーナ級が火力を増強している点は評価できる。本稿は情勢レポートであり、また筆者は艦艇設計の門外漢であるので詳細に言及はしないが、重荷電粒子砲搭載の主力艦は、戦闘宙域の制圧力に優れ、ケージントン級高速戦艦よりも運用思想が明確であり、この点は帝国軍艦政本部の判断は正しいものと、一前線指揮官としての見識では捉えることができる。


〈2〉辺境宙域の取捨選択


 話を戻すと、それを補う民間軍事企業も、民間軍事企業法に則り帝国軍ナンバーズフリートより格下の装備を採用せざるを得ない中、薄く広く帝国勢力圏外縁に展開せざるを得ない。これを解決できる手段が、要旨にて述べた辺境宙域の中枢宙域化、もしくは放棄による焦土化である。


 中枢宙域化は、帝国にとっては経済成長の起爆剤になり得る事業ではあるが、現在辺境宙域が辺境宙域たる所以は、その経済性の低さによるところが大きい。砂漠、極寒の雪原、酷暑のジャングル、荒涼とした岩山、これらしかないような採算の取れない惑星を、開拓初期に作り、移民させすぎていた。これを採算ラインにまで乗せるには長い時間と中枢宙域、もしくは領邦などの多大な支援が必要となるが、その費用で安定宙域、中枢宙域の開発をさらに推し進める方が遙かに帝国にとっての利益となることは明白で、そのような採算性の低い惑星は放棄することも必要と考える次第である。しなしながら、一部、開発を行えば中央領邦国家とも並び立てるポテンシャルの惑星もあることから、選定は慎重に行うべきである。


 とはいえ、辺境宙域の放棄に伴い、一時的に帝国領へFPUの跳梁を許すばかりか、勢力圏にくさびを打ち込まれる形となるため国防関係者、および隣接宙域に不安を呼び起こすことにはなるだろう。しかしながら、FPUがこれら辺境宙域を策源地として、帝国領内への侵攻を行なうことは不可能と断言する。


 根拠としては、FPUの輸送力の欠如である。帝国に比して、FPUは自らの勢力圏から帝国領外縁部への侵攻さえ行えれば良いという思想の元、輸送艦艇をそれにあわせた規模でしか建造していないことが、私掠船団による襲撃で判明している。ジャンカイⅡ級のような大型輸送艦を持ち得ないのは、工業力の不足もさることながら、戦略思想として帝国辺境部に対する侵攻のみをFPUが企図していることは明白であろう。


 また、現状の辺境宙域は中枢宙域や安定宙域に隣接するが、これは帝国軍により包囲攻撃が可能である。辺境宙域はそのままでは防衛に適さないが、放棄してしまえば戦略的縦深として用いることも可能であり、また帝国が放棄した惑星をFPUが植民したとしても、それは当面の間、当該惑星への過度の民需品、軍需品の輸送を強いることになる。敵輸送線を寸断することも、現状の帝国側兵力を用いれば容易である。無論、FPUがその点に気づいていないはずもなく、輸送力の増強に動くかどうかは注視していく必要がある。


 ただし、これらは帝国が徹底した焦土戦術を取ることが前提である。放棄した惑星のインフラ、特に生産拠点や発送電、通信機構については完膚なきまでに破壊することが必要となる。


 さらに不埒な妄想を重ねるとするなら、FPUは惑星開拓技術について何ら帝国に後れを取っていない。現在居住するには過酷な環境の惑星にFPUが植民してくれれば、遠い将来、これらを奪取すれば労少なくして帝国の領域を拡大することが可能である。


 むしろ帝国は、FPUの戦略・戦術をこそ模倣し、さらに大規模に実行すべき段階と考える。

 

 すなわち、帝国領に接する敵勢力圏への思想軍事複合戦である。帝国領内に存在するゲフェングニス捕虜収容惑星における捕虜の帝国への帰化率は、全体の六割にも上る。これを文化教育省による思想教育の賜物だと捉える向きがあるが、筆者の私見ではあるが、あのような見え透いたプロパガンダなど意に介する者は、FPUはおろか帝国にすら存在するとは考えられない。この数字の示すところは、実際に帝国領内で生活することによる思想の変化の要因は生活の保障、つまり衣食住の充実に加え、帝国内の風俗・文化への傾倒にこそ求めるべきである。

 

〈3〉FPU勢力圏の分析:ミンガラム4938星系の場合


 帝国私掠船団の報告によれば、FPUの帝国領域との近傍宙域にある惑星系の一つ、帝国名ミンガラム4938星系の人口は四八九二万人で、このうち一五歳未満の人口は五九二万人。この幼年人口の六九%は、帝国保健省の定める栄養摂取基準の七割しか満たすことができないとされている。生産人口についてもほぼ同様の傾向が見られる。

 

 これは星系内での食糧生産が想定される必要量を大きく下回っていることを意味しており、なおかつ不足分を星系外から輸送することを断念、もしくは不可能であるというのが私掠船団による調査結果である。これは私掠船団による収奪品の要目(別表9を参照)を見ても明らかで、それでもFPUがこの星系を維持するのは、帝国に対する侵攻拠点、もしくは警戒拠点としてのものである。


 星系単独での食料供給を正常化するには、余剰人口を他の惑星へ移住させる方法もあるが、これを実施していないのは不可解極まる。筆者がFPUの輸送力不足に確信があるのは、この点にもある。


 帝国領内において、農業に不適な惑星では軌道上に水耕栽培プラントや水産資源養殖工場、酪農プラントを整備した軌道都市群を設置するが、例えば小麦の場合、平均して帝国では一年で成人一人当たり三〇キログラムほど消費する。これは嗜好品への使用や生産過程での歩留まりなどを考慮していないが、大雑把ではあるが五〇〇〇万人の人口では一五億トンほど必要とする。これを帝国領内で運用される粉体貨物船で運ぶ場合、平均的な一〇万トン積載の船でも一五〇〇〇隻。一日に四〇隻は必要と言うことになり、さらに言えば、これが連綿と続かなければならない。

 

 しかも、人はパンのみに生きるにあらず。帝国領内では出身地域により稲から採れる米、トウモロコシなども主食の一翼をにない、それぞれに専用貨物船が必要である。またタンパク質源やビタミン類、生鮮食品などまで船舶輸送することは、現実的に言って不可能と言わざるを得ない。帝国が多大な出費をしてでも水耕栽培軌道工場を設置し、現地の土地改良を行ない農業生産力を増強する所以である。また、栄養成分の合成工場を作れば、もっと船腹数は減らせるが、人間として必要最低限の生活を送るには、合成食品だけではあまりにも貧相な食卓とならざるを得ず、これは国民感情などを考えれば容認しがたい社会の衰退を招くことが考えられるものである。


 これは極めて雑な計算かつ極論であるが、惑星上で不足する食糧を外部から輸送することが、如何に困難かは理解していただけたものと考える。


〈4〉辺境宙域の取捨選択

 

 FPUの各構成体における娯楽についても調査されている(別表10)が、公共放送については娯楽・報道・教育教養・プロパガンダに大まかな分類が為されている。受信できたチャンネルは各構成体の星系で平均三チャンネル。一惑星日における報道時間の七割はプロパガンダに割かれ、報道についてもFPU中央委員会の強い統制が掛けられている上、教育教養の水準が帝国文化教育省の定めるものと比較して時代に即していないものも散見された。娯楽についてはプロパガンダとほぼ同義であり、分類する必要が無かったと、調査担当者のコメントが添えられていたことを付記しておきたい。


 なお、帝国領内で用いられるような会員制交流サイト、ソーシャルネットワーキングサービス、個人参加型エンターテインメントプラットフォームのような存在は確認されておらず、通信にも検閲が掛けられている点からもFPU市民は強い情報統制下に置かれているものと推測される。

 

 仮に、これに対して帝国軍情報部などによる潜入工作を試みるのであれば、帝国の現実を見せるのが単純で効果的な方法となるが、海賊放送や帝国側情報ネットワークの解放もその一つである。無論、軍事侵攻に比べれば緩やかな変化しか得られないが、一〇年で一〇〇万人の戦死者を出すのと、一〇〇年で四〇〇〇万人の帝国臣民を増やすのと、どちらが帝国にとって有益かは火を見るよりも明らかと言えよう。少なくとも、自走式の広帯域通信基地と中継通信衛星があれば今すぐにでも実行可能である。

 

 帝国の勢力圏拡大とは、一〇年、二〇年というで考えるのではなく、一〇〇年、二〇〇年という大局に立って考えるべき問題であり、本当に東部軍管区の経済強化だというのであれば、より効率的な植民、より効果的な惑星開拓を行なうべきだと書き記し、この章の締めくくりとする。


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 二〇時〇〇分

 支社長室


 第三章を一息に書き上げた柳井は、一通りの校正を済ませてレポートを一時保存した。


「殿下はこれを見てどう思われるだろうか……」


 柳井は自分の腕時計に目を落とす。帝国軍在籍時に購入したイッテルビウム光格子機械時計は、二〇時を指している。帝国では惑星上の首都であるセンターポリス、惑星周辺の軌道都市や衛星の恒久都市、艦船の船内時間などは、帝都標準時と連動させられているので帝都ウィーンも同じ時間である。このレポートの依頼主であるメアリー・フォン・ギムレット皇統公爵近衛司令長官も自分の帝都別邸に帰り着いたころだろう。


「誰が無人の事務所にいるかと思えば、課長でしたか」


 支部長室にノックも無しに入る人間は限られていて、この日は柳井の右腕、巡洋艦エトロフⅡ艦長のヴェルナー・ホルバイン課長補だった。


「なんだホルバイン、休日出勤とは健気なことだ。それとも休日手当目当てか?」

「課長補になった時点で支給されないのはご存じでしょう? そのために課長補に昇進させたのではないかと思っているんですが」

「それならとうに部長にでもしているさ。危険手当も支払い義務がなくなるからな」


 アスファレス・セキュリティ内規では、課長補より上の社員には残業手当、休日出勤手当の支給がなかった。その分基本給与の水準を上げてはいるが、不満がない管理職はいないだろうと、柳井は考えている。


「まあそれはともかく、公爵殿下からの仕事の進捗はいかがです」

「今日中には終わるだろう。夜勤の当直担当が来るまでにはお暇するとしよう」

「それがいいでしょう。夜勤者の微睡みを邪魔するものではありませんからね」


 ホルバインは「差し入れです」と軽合金製の缶飲料を机の上に置き、そのまま支社長室を後にした。柳井はややぬるくなった缶コーヒーを一息に飲み干し、レポートの残りに取りかかることにした。


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【おわりに】


 このレポートは筆者である一介の軍事企業社員による妄言が数々積み重ねられて出来たものだが、一応現場を見てきた人間の所感であることは言うまでもない。

 

 近年、皇統会議拡大派の指示により帝国統合参謀本部においては東部辺境の水際防御から、FPU勢力圏への大規模侵攻を研究しているという情報もある。これは軍人としては当然のことであると信ずるが、一方で複合戦略、新たな帝国国防圏の策定、心理的侵襲など、従来の考え方に囚われない議論が深化することを、祈って止まない。


 星系自治省にも数度に渡り触れたが、同省の機能の硬直化は、いずれ辺境宙域の崩壊に結び付く。治安維持艦隊のような目に見える戦力よりも、情報分析能力をより強化すべきであろう。


 本稿は情勢レポートであり、東部軍管区の防衛戦略については軽く触れるのみとなったが、筆者は各宙域の中枢宙域の防備を厚くし、帝国辺境から帝国領内へと敵を引きずりこみ撃破する縦深防御を取りつつ、周辺宙域からの増援でこれに対処する機動防御を組み合わせるほうが、結果として中枢宙域と安定宙域の防衛に寄与すると共に、軍経済についても負担を減ずるものと確信している。今後、帝国東部軍管区がいかなる防衛戦略を取るかは筆者の与り知らぬものではあるが、注視しておくべきと書き加えておく。


 以上。


 以下、参考文献・データ――

 

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 二三時四九分

 支社長室

 

「こんなものか」


 必要な図表、参考文献・データの添付終えた段階で、文書エディタの自動校正機能が全ての確認を終えたことを示した。柳井は近衛軍様式の情報保護を施したレポートを、超空間回線経由で近衛軍総司令部の皇統公爵近衛軍司令長官宛に送付した。


 柳井は腕時計に目を落とす。二三時四九分。このレポートがいかに超空間経由のタイムラグ無しで届くとはいえ、公爵が目を通すのは翌朝のことになるだろう。


「公爵殿下の茶飲み話のネタくらいにはなればいいのだが」


 柳井は呟くと、端末を休眠状態に切り替え、事務所の施錠をして自宅への帰路についた。



 一二月二一日 〇九時四五分

 近衛軍総司令部

 司令長官執務室


「ふっ……あっはっはっはっはっは!」


 メアリー・フォン・ギムレット公爵近衛元帥は東部軍管区から昨晩のうちに届いていたレポートを見て、腹を抱えて笑っていた。とてもではないが民衆には見せられない狂態である。


「やっぱり私が見込んだだけのことはあるわ。賊徒の連中に惑星開拓肩代わりさせようなんて、私でも考えなかった。それに連中の惑星に心理戦を仕掛けろだなんて、彼、地味に見えて案外大胆ね」

 

 公爵はようやく落ち着いた様子でコーヒーカップに口をつけたが、口元には相変わらず笑みの残渣が残っていた。 


「殿下のお眼鏡に適う男でしたか」


 公爵の傍らに椅子を持ってきて、同じレポートを個人端末で読み進めていた近衛軍の士官は安堵した様子で、同じくコーヒーカップを傾けていた。


「ええ。あなたの同期というから期待していたけれど、これなら合格だわ」

「ありがとうございます。それを聞けば柳井も喜ぶでしょう」

「そうかしら? あなたの同期なんでしょ? 多分眉間にしわ寄せて苦虫噛みつぶしたような顔をするに違いないわ」


 近衛士官はそれを聞いて控えめな笑みを浮かべた。


「でも、それがお好みなのでしょう?」

「言うわね。事と次第によっては不敬罪でしょっ引いてあげたのだけれど」

「それは恐ろしいことですね」


 現役近衛司令長官皇統公爵からのジョークを、近衛士官は苦笑い一つだけで切り抜けた。


「ところで、東部軍管区といえば、ローテンブルク探偵事務所からのレポートも届いております」

「ふふ。仕事が早い人は好きよ。あのフロイラインも中々やってくれそうね。義久とフロイラインへの報酬支払いについては、近衛の機密費から出しておいて」

「そのように取り計らいます」

「よろしくね、アリー」


 アリーと呼ばれた女性はアレクサンドラ・ベイカー准将。近衛軍司令長官である公爵の副官である。彼女は柳井と国防大学で同期であり、共に肩を並べて東部軍兵站本部で働いた縁がある。


 近衛司令長官に就任したメアリー・フォン・ギムレット公爵は、二〇人ほどの高級参謀を品定めした後、彼女を副官に任命した。


「……この仕事、受けて正解だったわね。しばらくは退屈しないで済みそう」


 公爵は残ったコーヒーを飲み干すと、今度はフロイライン・ローテンブルクからのレポートに目を通し始めるのだった。

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