第9話 アルバータのいちばん長い日〈4〉

 帝国暦五八三年九月二日 一〇時五九分

 巡航戦艦ワリューネクル 艦橋


「星系首相は、まだ決まっていないようだな」


 ワリューネクル艦長のハイドリヒは、手元のモニターで超空間回線経由のニュースを見ていたが、アルバータ自治共和国のニュースは昨日から更新されていない。


「官庁街が持ちこたえているのでしょう……艦長、時間です」


 ハンフリーズ副長の報告に、ハイドリヒは頭を戦闘モードへと切り替えた。


「砲雷長、久々に派手にやってくれ! 相手は辺境惑星連合のゴロツキどもだ」


 帝国標準時一一時〇〇分、アスファレス・セキュリティ艦隊は一斉に作戦要綱に従って行動を開始しており、巡航戦艦ワリューネクルは星系外縁に向かっていた。休息明けの若干のだるさは抜け、ハイドリヒは久々の戦闘に心が沸き立つような感覚を覚えていた。


「はっ。派手にやらせてもらいます」


 アルバータ星系に派遣されてからはまともな戦闘をしてこなかっただけに、ハイドリヒからの指示を聞いた砲雷長コルガノフは不敵な笑みをハイドリヒに返していた。彼もまた、今までの受け身の戦闘から、こちらから能動的な作戦を行えることに内心歓喜していた。


「敵艦隊集結座標付近です」

「緊急浮上! 通常空間へ浮上次第最大戦速、敵艦隊に突っ込むぞ! 砲雷長、射撃時機任せる」


 航海長のバレストラの報告とともに、ハイドリヒは命じていた。超空間から急速浮上を掛けたワリューネクルは、目の前の敵艦隊に対して急加速して突撃を開始した。アルバータ星系に満足な防戦能力が無い事をいいことに、辺境惑星連合艦隊は密集隊形のまま進行しており、全く戦闘を考慮していない陣形だったためにワリューネクルへの対応が出遅れた。


「敵戦力測定開始。敵艦隊、デリック級駆逐艦一二隻、クレスコ級戦闘母艦二隻、更にキレート級巡洋艦五隻、アドミラル級戦艦二隻」


 辺境惑星連合の艦艇には帝国側で暫定的につけられるコードネームがあるが、それに加えて聞き覚えのある戦艦のクラス名が聞こえてハイドリヒはハンフリーズに振り向いた。


「アドミラル級だとぉ? 本社からの情報には無かったぞ!」

「本社情報部のデータに穴があるのは毎度のことです」

「怯むな! どうせ二〇年前の旧式艦だ!」

「本艦は半世紀以上前の旧式ですが」


 アドミラル級は帝国艦艇史上最高の戦艦と呼ばれるほど信頼されるもので、対するワリューネクルの属するクルセイダー級は失敗作と名高い。


「逐一アップデートはしている! どこのスクラップ引っ張り出したか知らんが構わん、攻撃開始!」


 驚きもせずにデータを精査しているハンフリーズに舌打ちしたい気持ちを抑え、ハイドリヒは戦闘指示に意識を振り向ける。


「主砲、副砲、全門斉射用意……てぇっ!」


 一斉に放たれた荷電粒子の束と、電磁加速された三六センチ徹甲榴弾てっこうりゅうだんが敵艦の横腹を貫くと、瞬く間に護衛のフリゲート数隻が断末魔の爆炎とともに空の藻屑もくずとなった。


「機関停止慣性航行。針路このまま回頭九〇度、横滑りしながら敵艦隊の脇腹を串刺しにしてやれ! 艦首方向シールド全開! 後ろや横に構うな! 砲雷長、砲撃を戦闘母艦に集中、艦載機が出てくる前に叩き潰せ!」

「はっ。照準を敵母艦に集中します。ミサイル全門発射、続いて主砲、一番、二番、撃て!」

「艦長、敵艦隊に高エネルギー反応。反撃、来ます」

『艦首シールドジェネレーター、一番、三番、使用不能』


 艦首方向に集中されたシールドが、稲妻のような光を放つ。シールドと干渉した高エネルギー荷電粒子がモニターにノイズを出すほどだったが、幸い直撃は免れた。しかし、過負荷に耐えかねたジェネレーターが過負荷でダウンすると同時に、ハイドリヒは叫ぶ。


「シールドジェネレーターをケチるからこんなことになるんだ! 横井! 復旧急げ!」

『文句は帰ってから経理部に言ってくれぇ! 三分待て!』


 整備班長の横井の声がスピーカーから返ってきたが、それはハイドリヒの満足の行く回答ではなかった。


「遅い! 一分半だ!」

『あーったく! わーったよ!』

「航海長、聞いてのとおりだ。三分は何としても直撃を受けるなよ」


 もちろんハイドリヒも鬼ではない。航海長には三分と伝える辺りは、彼もまた現場の何たるかを知っていた。


「やれやれ、艦長も無理を言う」

「敵巡洋艦、駆逐艦、それぞれ三隻の撃沈を確認」


 敵の側面から舐めるように攻撃を加えたワリューネクルは、そのまま辺境惑星連合艦隊を通り過ぎるかに見えたが、ここでハイドリヒは、ワリューネクル独特の戦闘機動を行うことにしていた。


「航海長、ハープーン発射、一番近い艦にぶち込め。食らいついたと同時に機関再始動、最大推力」

「ハープーン、発射! 食らいついたと同時に機関始動、最大戦速! 総員対ショック姿勢!」


 ワリューネクルから放たれたもりは、すれ違いざまに戦闘母艦の艦尾に食らいついた。クレスコ級戦闘母艦の質量は五万トンに達するが、ワリューネクルはその半分にも満たない。ハイドリヒは打ち込まれた重合金製の銛と単分子ワイヤーを使って急激な方向転換を行ったのだったが、対する辺境惑星連合はこの突然の動きに対処が出来なかった。


「ミサイル全管攻撃開始! 主砲は目についた大型艦に集中攻撃!」 


 慣性制御が吸収しきれなかった重力加速度にシートからがされそうになるのを、アームレストをつかんで堪えながらハイドリヒは命じた。ワリューネクルの両舷のミサイル発射管から発射された対艦ミサイルが次々とフリゲートを沈めていくと同時に、大口径の荷電粒子砲の直撃を推進機関に食らった重戦艦が一瞬で消し飛ぶ。艦隊のただなかに侵入したワリューネクルに対して、独立惑星連合側は打つ手がなく、ただただじゆうりんされるだけだった。



 一一時〇〇時

 コローニア・ガーディニア近傍宙域

 護衛艦エトロフ ブリッジ


「全艦浮上しました。やはり敵主力はフリゲートのみですね」


 エトロフもまた、柳井の作戦に基づいてコローニア・ガーディニアの近傍に浮上していた。星系外縁の戦いの状況をこの時点で柳井達は知る由もなかったが、この宙域に展開している部隊の数は多くないはずだと柳井は踏んでいた。


「おそらく機動戦力は辺境惑星連合を当てにしていたのだろう。巡洋艦クラスが居たら厄介だったが、これなら問題ない」


 アルバータ自治共和国が経済的に余裕がない星系で助かった、と柳井は心の中で感謝していた。そうでなければ、このような作戦など、彼は立てられなかったのだから。


「敵ジブラルタル級に攻撃開始、戦闘力を奪うだけでいい。こちらの装甲は薄い、無駄なデブリを増やして傷をもらうな」


 柳井の指示とともに、この星系に来てから、数えるほどしか発砲していないエトロフの主砲である小口径の荷電粒子砲がここぞとばかりに火を噴いた。小口径とは言え、ジブラルタル級の装甲とシールドでは防げないと承知していたようで、直ちに回避運動に入り、エトロフ他アスファレス・セキュリティの護衛艦がガーディニアに近づくのを阻止することは出来なかった。


「港まで入ればとりあえずは問題ない。撃沈しようものならガーディニアごと吹っ飛ぶからな」


 たとえコルベットとはいえ、搭載している反物質燃料が漏れ出せば、ガーディアニアから半径一〇キロメートルほどの物質は跡形もなく消滅する。その程度のことは幼年学校を卒業したての子供でも理解できることだった。


「シムシル、アライド、クナシリが港湾へ突入しました。敵、歩兵部隊を確認とのこと」


 先行して浮上していた護衛艦が戦闘状態に入ったことを確認してから、柳井は次の命令を下した。


「港湾部の対応は任せておけば良い。こちらは手はず通り」

「……課長、本当にやりますよ? 良いんですね?」


 不安げな顔をしたホルバインに、柳井は表情一つ変えずに命じた。


「もちろんだ。こちらの戦力には限りがある。最大戦力をまずは落とさねばな」

「はっ、機関前進一杯。艦首ブロック要員は後部へ退避。カネモト、完了しているか?」

「確認済みです。隔壁、全て閉鎖済み」

「星系自治省のオフィスは上層区画の左翼側だ。通信ブロックと発電区画の間に舳先へさきを突っ込め」


 柳井の立てた作戦は、宇宙での戦闘を早期終結させるために短期決戦を企図していた。つまり、星系自治省のガーディニア司令部を直接制圧し、地上部隊も含めて動きを封じようというものだ。


 柳井は自分が星系自治省の司令部に連行された時、待機している人員の数と質をある程度見ていたから、エトロフ乗艦のザイチェフ以下ワリューネクル陸戦隊だけでも制圧可能と確信を持っていた。


 更に保険をかけて、ガーディニアの港口を護衛艦三隻で強襲し、戦力を分散させた上で中核部にエトロフを突入させれば、流血も時間も最小限で制圧が可能だと判断した。


「衝突する! 各員、衝撃に備え!」


 軍事拠点ではない宇宙ステーションであるガーディニアの外装は、エトロフの装甲強度でも十分突き破れるものだった。艦首とステーションの隙間から空気や構造材が吹き出していたのは一瞬で、外壁の中にじゆうてんされた高分子ゲルが素早くその隙間を塞いだのを確認して、柳井は次の指示を下した。


「艦首ハッチ開け! 陸戦隊は司令部を押さえろ。他は無視して良い……ホルバイン、ニスカネン、艦のことは任せる」

「何も課長がお出にならなくても」


 いつものスーツに、腰には拳銃をぶら下げた柳井に対して、ニスカネンはいさめようとするが、防弾チョッキとヘルメットをかぶせだしたホルバインを見て、これ以上は自分が口を挟む事ではないのだと自覚した。


「どうせ捕らえた星系自治省の部隊との交渉もある。アヴェンチュラでの作戦もあるし、ここでのんびりしている訳には行かんだろう……じゃあ、行ってくる」


 所用でコンビニに行ってくるとでも言うような調子の柳井の言葉に、残った三名はそれを見送ることしかできなかった。


「まったく、我らが課長は底知れないな。俺は今日、神棚の前で懺悔ざんげすることにするよ。事務屋だなんていって悪かった、とな」


 胸の前で十字を切って見せたニスカネンに、カネモトもうなずく。彼もまた、柳井義久という人間の評価を改めたのだろう。ただ一人、ホルバインだけは、自分の中の上司の評価は間違っていなかったのだろうと、うなずいていた。


 一一時三二分

 コローニア・ガーディニア

 治安維持軍司令部


「ステーション内は大体抑えました。非戦闘員と民間人は警察が誘導して、中層部に退避させてあります。治安警察が突入援護に来てくれまして、彼らは叛乱に加担しなかったようです」


 柳井が治安維持軍の司令部に到着した時点で、既にザイチェフは司令部を完全に制圧していた。運輸部の陸戦隊は、万が一の場合は船内に強行突入してきた敵を撃退するだけの力量は最低限備えているだけだが、第二戦略部陸戦隊、それも数々の死線をくぐり抜けてきたワリューネクル陸戦隊の実力は、柳井の計算以上だった。ほとんど無血開城に近い状況に、さすがの柳井も安心するとともに、あきかえっていた。


「しかし、いくらうちの陸戦隊が優秀と言ってもこれは酷い。ここまでもろいとは」

「先程捕虜に聞いた所によると、どうやらこのクーデターを起こす日程というのが、辺境惑星連合側の都合だったようです」

「なるほど、あちらも上に振り回されて大変だな……星系自治省のコールマン准将は?」

「こちらです」


 ザイチェフが柳井を連れて司令室に入ると、星系自治省のスタッフ達が軒並み拘束されていた。柳井は、室内に銃痕が見当たらないのを見て、いやにあっさりと降伏したものだといぶかしんだが、これはザイチェフの調査の通り、クーデターを起こすには時機が悪く、星系自治省部隊も早々に戦意を喪失していた事によるものだった。


「だからこんなタイミングで蜂起したところで……殺すなら殺せ、どうせすぐに帝国艦隊が俺達を焼き払いに来る」


 その場に座らされていた星系自治省准将、コールマンは自決する間もなくザイチェフらの手によって捕縛されていた。柳井はその姿を見下ろしながら、いつもの営業用の表情を作る。


「私はそれを望んでいない。最悪の事態を回避するために協力を願いたいのですよ、准将」


 柳井の言葉を聞いたコールマンは、目を見開いていた。何を言っているのか理解できないという様子の准将に、柳井はその条件を伝えた。


「地上の星系自治省部隊の動きを止める……部下も含めて、身の安全を保証するというのか」

「私は民間企業の課長です。信頼あってこそ出来る仕事ですから」

「……分かった」

「それと、星系外への通信解除は私の合図があるまでこのままで」

「何?」

「帝国軍に今の段階ですべてを知られる訳にはいきません。もっとも、ここに帝国軍の情報部が何の情報網を持っていないわけではないでしょうが、少なくともリアルタイムの情報ではなくなりますし」

「分かった」


 ザイチェフに連行されるコールマンが、全星系自治省部隊の戦闘停止を命じたところまで見届けて、柳井は残りの仕事をシムシルのパンに任せ、エトロフに戻った。



 一二時一二分

 巡航戦艦ワリューネクル ブリッジ


「敵艦、最後の一隻です」

「全く張り合いのない連中だ。半数はこちらの攻撃で驚いて逃げるわ、味方をほっぽって何やってるんだか」


 ワリューネクルの襲撃に、初めは戦意も高かった辺境惑星連合艦隊も、機動力をかして襲いかかるワリューネクルに戦意を喪失し、戦闘開始から一時間程度経過した時点で各個に戦線を離脱しはじめた。


 これにより戦線は崩壊、まるでイワシの群れにサメが突っ込んだような戦いが繰り広げられた。ワリューネクルがフリゲート八隻、戦闘母艦二隻、戦艦一隻、巡洋艦五隻を平らげた頃には、残るは二隻のみという有様で、所詮烏ごうの衆だったかとハイドリヒはいきを吐きたくなるのを堪えていた。


「こちらもそれなりにボロボロですが」


 ハンフリーズの言葉に促されるようにして、ハイドリヒは視線を上げた。ブリッジの天井付近からぶら下げられたモニターには、損害報告のリストであふれかえっている。幸い戦死者が出ていないのが救いで、この作戦終了後に廃艦というエトロフのことを笑っていられる状況ではないことをハイドリヒも認識していたが、それよりも笑いたくなるのを堪えられなかった。


「はははっ! ここまで壊せば、よもや中古部品とは行くまい」

『今度こそ新品に交換だぞ!』

「ついでに主砲も機関も新品にな!」

『レーダーもな! コルチャーク複合研究廠のレゲンダあたりを!』

「そういう事を言ってるから、毎回中古部品なんじゃないですか」


 バレストラ航海長は、ハイドリヒと横井の言葉を聞きながらぼやいていた。


「で、残りの二隻のヤル気は」

「アドミラル級戦艦の最後の生き残りは退避準備中と言ったところでしょうか。駆逐艦が一隻、突っ込んできます」


 砲雷長の報告に、ハイドリヒは顎の無精髭を撫でた。


「ふん、殿軍ってところか、殊勝なものだ……投降勧告は」

「していますが、聞いてないでしょう」

「分かった……主砲、撃て」


 ハンフリーズの返事を聞いたハイドリヒの指示で右舷主砲が火を噴き、一撃で駆逐艦を消し飛ばしたのと同じくして、アドミラル級の戦艦はかへと潜行を開始した。追撃して追いつける距離ではないし、この場を離れるわけにも行かなかったので、ハイドリヒは特に追撃指示を出さなかった。


「艦長、エトロフから通信です」

「ということは、星系内の通信封鎖は解除されたか。課長の方もくやったようだな」

『こちらエトロフ、柳井だ』

「敵の艦隊は何とか追い払いましたがね」

『ご苦労だった。こちらは今からアヴェンチュラの地上に降りる。ワリューネクルはそのまま、アヴェンチュラの低軌道ステーションに入ってくれ』

「了解……次は地上か。あの人がどんな口八丁でこの混乱を畳むのか、見ものだぞ」


 ハイドリヒは本社の事務屋の優男かと思っていた上司が、意外なやり手だったことに気付いて奇妙な感覚を覚えていた。あの二枚目の顔の下には何が隠れているのだろう。できれば拝みたくないものだ、と祈りながら。

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