第5話 エンシェント・クランを追え!〈完〉


 二二時三五分

 巡航戦艦ワリューネクル メインブリッジ


「総員、本艦はこれより超短距離超空間潜行を行う。普段の潜行より短時間で短距離だが、艦体負荷は機関出力が高い分大きいから、注意するように」


 いつもよりも緊張感の増している気がするブリッジでは、超短距離の超空間潜行の準備が進められていた。潜行に入れば、いやおうなしに重力波が放たれるから、敵がいくらボンクラぞろいでも、こちらが居ることを察知できるはずだ。


 まともな情報解析を行えば、それがごく短距離を移動するために行われた潜行だということもわかる筈だし、出力波形から、巡航戦艦ワリューネクルが追いかけてきたということも分かる。


「艦長! エンシェント・クランの信号を捕捉! 奴ら、この陣形一括制御の方は気づいていないようです」

「よし、これで誤差がかなり減らせるはずだ」

「全艦潜行準備整いました。衛星の影から出次第潜行します……出ました! 針路クリア!」

「よし、潜行開始!」


 機関出力がアイドリングから潜行時に使用される最大出力に上げられと同時に、ブリッジ内に警報音が鳴り響いた。


「惑星方向より強力なレーダー波を検知! 気づかれました!」


 すでに機関出力と放射されるエネルギーパターンも解析に掛けられ、自分たちを追撃していた巡航戦艦だとすぐに気がついているはずだ。こちらの動きを読み切れていないだろうから、いかにこちらが意表を突くかが勝利の鍵だ。


「さっさと潜れ!」


 この距離ならまだどちらも射程圏外。小型戦闘艇なども展開していないからそれほど慌てる必要もなかったが、敵に状況把握の時間を与えればこちらが不利になる。


「潜行完了」


 ジリジリとした時間が流れる。別に戦闘経験が少なくないわけではないが、何せあまり前例のない戦闘行動だからいつもよりも緊張感がある。腕時計の秒針の音さえ聞こえそうなほど静かで、一分という時間が無限のように思えた。


「艦長、まもなく予想浮上宙域です」

「緊急浮上開始」


 いつもより遥かに早い浮上速度は、艦体にかなりの負荷をかけている。艦首から艦尾まで響く艦体の軋み音とともに、すでに遮光シャッターを上げたブリッジの窓の外の風景が、見慣れた宇宙空間に戻っていく。


「敵艦、一一時方向、距離ニ〇〇〇メートル」

「減速! 制動噴射全開!」


 せいぜい敵艦から一万メートル程度の所に浮上できれば良いと思っていたが、実際の浮上地点はそれより遥かに近い場所だった。制動用のスラスターが全力噴射されると、重力制御装置で抑え込めなかった減速Gがブリッジ内を襲うが、席から放り出されそうになるのをシートベルトがなんとか押しとどめてくれた。


 ワリューネクルは元々巡洋艦や駆逐艦、無装甲の非戦闘艦との戦闘を前提とした武装が施されているから、これほどの至近距離でもまだ砲撃戦が可能だ。一方のエンシェント・クランの方はといえば、ケージントン級高速戦艦が一撃離脱を信条とした設計だから、単発火力の大きな砲を積んだは良いものの、その取り回しが難しい。


 もし今ここでワリューネクルを撃とうものなら、爆沈するこちらの余波に巻き込まれるだろう。


「制動噴射終了。敵艦との相対速度、秒速一〇メートル。敵艦との距離、あと一二〇メートル」

「右舷スラスター噴射二秒、横っ腹にぶつけるつもりで行け!」


 窓いっぱいに広がるエンシェント・クランの姿に、思わず俺の横のシートに座る指導将校殿が腰を浮かす。それと同時に、艦全体を揺さぶるような激しい震動が襲い、指導将校殿は床をゴロゴロと転がっていった。


「……止る前に立つからだ」

「接舷完了。艦体固定、アンカー射出」

「陸戦隊、行け!」

『了解』


 舷側のエアロックから、強襲機動用の推進器を背負った陸戦隊員達が飛び出していく。エンシェント・クランはといえば、さしたる抵抗もしてこない。


「警戒を厳に。敵艦からの反撃に留意。艦内総員、丙武装」


 宇宙空間での移乗攻撃は、かつて地球の海上で行われていたものと異なり、お互い簡単に刺し違うことが可能だし、乗り移る方も乗り移られる方も逃げ場など無いのだから、自棄になった敵が逆移乗を掛けてくることも十分有り得る。それに備えて、大した装備はないとはいえ、ひとまず俺は艦内に残った全員に武装を命じた。


 とは言うものの、艦内で重火器は使えないし、そもそも非戦闘員が大半を占めている状況だから、配備できるのも拳銃程度だ。ブリッジクルーも艦橋内のロッカーから取り出した拳銃を確認していた。


「……まさか自爆したりはしないだろうな」


 指導将校殿の縁起でもない一言に、思わず言い返そうとしたがそれは控えた。陸戦隊長からの指示と報告が流れ続ける無線に今は意識を集中したい。


『こちらザイチェフ。ただいま機関区の制圧を完了。艦内はもぬけの殻です』

「何だと?」

「どういうことだ?」


 俺と指導将校殿は、思わず顔を見合わせていた。まさか艦を放棄したとも思えないが。


『あー、艦長? ブリッジの制圧に向かった部隊より、ブリッジ内に六名、犯人を見つけたとの事です。艦内には、そいつらだけです』

「分かった、そちらへ行く……指導将校殿も来ますか?」

「本当に制圧完了か?」

「そのようですが……エアロックつなげ」


 二二時四六分

 高速戦艦エンシェント・クラン 左舷居住区


「艦内の爆発物などのチェックは?」


 エアロックからエンシェント・クランの中に入ると、本当に陸戦隊が突入したのかどうかわからないような、れいな艦内だった。硝煙の匂い一つしない。


「完了しています。艦長、一体誰がこんな事をしでかしたと思います?」


 陸戦隊長は、拘束された犯人達の元へ俺を案内してくれた。そこで俺は、今回の仕事の疲れが一気に肩にのしかかってくるのを感じた。


「こんな連中に、帝国本国のドックから戦艦一隻を強奪されたというのか」


 こんな最新鋭艦でなくても、艦載AIの支援さえあれば、一人で星間航行を行うことも難しくはないとはいえ、独房に詰められた連中の姿を見て、俺は驚いた。一番若いのは、どう見ても初等教育を終えたばかりであろう子供、上はとっくに退役年齢を過ぎて居るであろう老人だった。


「これが、犯人だと?」

「指導将校殿、これは一体」

「ふん……これを見ろ」


 指導将校殿が手にした電紙ディスプレイに映しだされていたのは、帝国辺境地域、現在分離独立運動が活発なアルバータ自治共和国への航路図だった。


「賊徒共だ。まったく、連中にしてやられたというわけだ」

「こんな連中が本国から戦艦を盗み出せたのですか?」

「軍内部に協力者が居るに違いない。その辺りは、本国に戻ってから調査が進められるだろう」


 おりの中の犯人たちは、こちらに向けて恨めしそうな、あるいは敵意丸出しの表情をしている。


「正規乗組員が、高速艇でこちらに向かっている。それが到着すれば、君達の仕事も終わりだ」

「そうですか……この艦、どこへ持っていくつもりだったんでしょうね」

「最終目的地は、アルバータ自治共和系のアヴェンチュラ。丁度この会社が護衛任務を請け負っている場所だな。何の因果だろうか」


 確かに、あの星系は帝国からの独立派がテロ行為を繰り返している。しかし、そんなところへ帝国軍の高速戦艦一隻を持ち込んだ所でどうなのだろうか。いや、使い方次第では十分役立つはずだ。


 社内月報を見ている限り、あの星系での護衛任務はかなりの苦境に立たされているというし、高速戦艦など放り込まれれば、本社としても艦隊の投入を決断せざるを得ない。アルバータ自治共和国は全体的には親帝国だが、近年の情勢を見ていると、いつ帝国を離反しても良いように準備を進めている節も有る。


 万が一、アスファレス・セキュリティがアルバータ星系を放棄するような事になれば、それは現実のものとなるだろう。


「……どうもきな臭いことになってきた。君達も、油断は禁物だぞ」


 指導将校殿は、そう言うと後のことは興味が無いといった素振りで独房を出て行った。


「ザイチェフ、艦内警備は頼む。まだどこかに隠れているやつがいるかもしれない」

「はっ!」


 俺はその足で、エンシェント・クランのブリッジへ向かう。特に戦闘らしい戦闘が行われなかったせいか、こちらも小綺麗こぎれいなものだった。ブリッジの中も、取り立てて散らかる事もなく、おそらくドックから持ちだした時から大して変更もされていない。


 ただ、独房にいた犯人たちが持ち込んだのだろう、故郷の写真や家族の写真が残されていた。おそらく決死の覚悟だったのだろうが、これを盗み出して、星系に戦乱を巻き起こすことは、本当に彼らの望むところなのだろうか。俺はそんな疑問を抱きながら、ワリューネクルへと戻った。



 二三時〇一分

 巡航戦艦ワリューネクル メインブリッジ


「艦の損害状況は」


 ワリューネクルのブリッジに戻るなり、不機嫌そうなハンフリーズの横顔が見えたので聞いてみたのだが、やはり結果はさんたんたるものだった。


「右舷推進器整流ノズル破損、超空間潜航機関にも若干の不調が見られます。地球へ戻ったら整備が必要です。左舷シールドジェネレーターもだいぶ無茶をさせたので、オーバーホールでしょう。艦底部のハープーン発射機はもちろん、各部にガタが来てます。接舷した側のセンサー群にも破損が多数」


 何せ零細貧乏企業だ。ワリューネクルのような旧式巡航戦艦なら帝国軍払い下げの中古品を搭載しようとするに違いない。そうなると、性能が落ちる恐れはあるが仕方ない。


「だろうな。主計長に報告を上げておいてくれ。どうせ全額通るとは思えんが……しばらく休む。何かあったら知らせてくれ」


 そのまま不満顔のハンフリーズを置いて、艦長室へ戻る。ブリッジの真下、直通通路で三秒間。駅前マンションもびっくりの好立地と言えるが、それがありがたいとは感じたことはない。


 戦艦とはいえ巡航戦艦だから、さして広くないスペースに押し込まれた民生品のベッドが、唯一艦長室の艦長室たる威厳と格式を表しているようだった。軍用ベッドよりは寝心地が良いそこへ体を放り投げるようにして横たわるが、そうした途端にドアのチャイムが鳴らされる。


「誰だ?」

『クリモフだ』

「……お入りください。鍵はかけていません」


 寝転がっていた所を体を起こし、儀礼的に直立不動で敬礼はするものの、服装は勤務中とは思えない姿だから、何とも格好はつかないものだった。


「おお、休憩中だったか。すまんな」

「いえ……何かご用でしょうか」

「今回の任務、ご苦労だった。無茶も言ったが、これで帝国軍の面子は守られ、辺境での無用な戦火拡大を防げた。礼を言うよ」


 差し出された右手を、俺は思わずまじまじと見つめてしまった。げんそうな指導将校殿の顔を見て、ハッとなって手を握り返す。


「自分も、いろいろと言い過ぎました。申し訳ありません」

「何、お互い仕事だからな。私も謝罪を」


 案外、仕事中とそれ以外ではギャップの有る人間なのかもしれない。部屋から指導将校殿が出て行くと、あれが戦闘中も、ほんの数分の一でいいからああいう態度で居てくれたらと思わざるを得なかった。



 アスファレス・セキュリティ本社 第二戦略部


「やあ、ハイドリヒ。先日はご苦労だった」


 あの後、約束通りの一週間の長期休暇を終えた俺は、始業前のパートのおばちゃん達と談笑する間もなく出社するなり部長に呼び出されていた。


「今度の任務とは」

「うん、実はアルバータ星系に派遣中の運輸部の護衛隊から、増援要請があった」

「……帝国辺境部は第一戦略部の管轄では?」

「第一戦略部に、余剰艦などない」

「……で、何故なぜ自分が」

「クリモフ指導将校が君を強く推していたのでね。君ならば困難な状況でもなんとか出来ると」


 その瞬間、余計なことをしてくれたものだと叫びたくなった。ありがた迷惑というか、なんというか。


 いや、むしろこれは、先日の高速戦艦拿捕の件に絡んでいるのではないだろうか。俺やワリューネクルのクルーはアルバータ星系での何らかの動乱が起きる危険性について知ってしまった。


 今の時点では何もないが、今後何らかの展開が起きた時、それらのことを知っているのは厄介だと思われたのではないか。だとすると、あの指導将校殿は中々ずる賢い面も持っているのではないだろうか。


「君達は運輸部の柳井課長の指揮下に入ってもらう。第二戦略部の部員として粗相が無いように」

「……はっ、巡航戦艦ワリューネクル、アルバータ星系において運輸部指揮下に入ります」

「ああ、それとワリューネクルの改修作業は再来週には完了する。それまでまっている報告書を処理しておいてくれ」


 艦に戻ってこの命令を伝えると、長期休暇明けの気怠けだるい艦内空気が一層淀んだ気がしたが、にもかくにも俺とハンフリーズ以下幹部は報告書やら稟議書りんぎしよやらの処理を済ませつつ、それ以外のクルーは艦補修作業を手伝いつつ、二週間後ワリューネクルは、地球から遠く離れてアルバータ星系を目指した。



 アルバータ自治共和国

 コローニア・ガーディニア 中型艦用桟橋


「第二戦略部所属、巡航戦艦ワリューネクル。艦長のアルブレヒト・ハイドリヒ係長です。本艦は現時点を持ってアルバータ星系派遣部隊指揮下に入ります」


 アルバータ星系の銀河通商航路の拠点コローニア・ガーディニアにたどり着いたのは、地球出立から二日後の事だった。すでに桟橋ではアルバータ星系派遣部隊の運輸部の柳井課長が、部下を引き連れて待っていてくれた。ワリューネクルも相当なオンボロ艦だが、アルバータ星系派遣部隊の護衛艦は、旗艦のエトロフを始めとして、やはりオンボロ艦の寄せ集めだった。見慣れない人が見たら、スクラップヤードと勘違いされるかもしれない。


「アルバータ星系派遣部隊司令の柳井だ。遠路はるばるご苦労だった……まさか巡航戦艦をしてくるとは思わなかったが」


 ワリューネクルのすすけた姿を見上げた柳井課長の姿は、ともかくちぐはぐだった。ワリューネクルといい勝負だ。首から上と下の印象が違いすぎる。その違和感の犯人は、言うまでもなく我らがアスファレス・セキュリティの制服に違いない。三つ揃いでも着て帝都のエリート官僚でございとかならしっくりくる顔だ。


「厄介払いか、はたまた口封じか」


 俺の言葉に、柳井課長が首をかしげるのを見て、忘れてくださいと付け足しておいた。


「そうか、まあ良い。ハイドリヒ、よろしく頼むよ」


 柳井課長の差し出した手を握り返して、俺たちは次の仕事について話をすることになった。


「そうだ。せっかく戦艦クラスが来たんだ。ワリューネクルの会議室を使わせてもらおうか。エトロフの狭い食堂を占領するのもそろそろ限界でね」


 まさか旗艦もこちらに移すと言わないだろうか。社内での柳井課長の評判はおおむね好評だが、先日のクリモフ指導将校を乗せた一件以来、俺は自分より上の人間が同乗する状況を出来れば避けたかった。


「ああ、旗艦はエトロフのままだよ。心配しなくていい」


 こちらの内心を読み取られたのか、そもそもそのつもりだったのか。まあここでの任務がどれくらいになるかわからないが、やれるだけのことをやるのが会社員だ。艦長としての責任感を奮い立たせて、俺は課長達をワリューネクルの会議室へと案内する。先の見えない護衛任務が始まろうとしていた。

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