第4話 エンシェント・クランを追え!〈2〉

 赤色矮星グリーゼ832星系 

 第二惑星EP492 第五衛星軌道上

 巡航戦艦ワリューネクル ブリッジ


「まもなく通常空間へ浮上します。EP492第五衛星軌道、惑星からは死角です」


 昼飯を済ませてブリッジに戻ると、丁度超空間から通常空間へ浮上する時間だった。


「プローブを出す。全艦第二警戒態勢」


 超空間から通常空間に出る瞬間の敵艦を狙って待ち伏せを行うことは、ごく一般的な戦術だ。かつに飛び出せば何があるかわからないので、通常空間の様子を探ることができるプローブを先行して超空間から浮上させるのが必ず行う手順だ。


「プローブ、通常空間へ出ます。回線強度二九」


 艦橋のメインモニターに映しだされた映像は、かなりノイズが入っていたが、データ解析を掛けて補正をかければ、おおよその状況を把握するのに苦労しない程度にはなった。


「敵艦発見。第一惑星軌道上です」


 最大望遠に画像処理を加えると、全長六〇〇メートルを超す戦艦が、無防備に横腹を晒していた。


「ビンゴだ! さすが砲雷長」

「いやぁ、マグレでさぁ」


 照れ隠しに口笛を吹いている砲雷長だが、手応えを感じているに違いない。敵のセンサー類の強度からして、こちらが星系内に浮上しても気が付かないだろう。


「よし、浮上する。重力バラストブロー」


 惑星系が形成された時の残りカスのような、いびつな衛星をいくつも従えているグリーゼ832の第二惑星。その一番外側に位置する衛星の裏側にワリューネクルを浮上させた。


「対空監視を厳とせよ。盗難戦艦の様子はどうだ」

呑気のんきに衛星軌道を周回中。周辺に対しての警戒が全くと言っていいほど認められません。パッシブはともかく、アクティブセンサーの反応などは一切ありません」


 対空監視のデータを一瞥いちべつした副長は、呆れた様子だった。これが複数艦の分艦隊や戦隊規模ならまだしも、単艦でこれほど無警戒なのは、まともな軍事教練を受けた人間の行動とは思えない。


「ならば一気に攻勢に出て拿捕するべきだ!」


 いつの間にかブリッジに戻ってきていたらしい指導将校殿の迂闊な発言に、ブリッジ内の空気がよどむのを感じた。


「火力と防御力は相手が上です。正面から撃ち合えば、我々はシールドを貫徹することもできません」


 言葉をつまらせた指導将校殿に畳み掛けるのは、当面の戦闘行動に口出しをさせないための先制攻撃だった。こちらの言葉に圧倒されたのか、とりあえず指導将校殿は大人しく自分の座席に戻る。


「しかしそれにしては動きが迂闊だ。どこかに味方が伏せてるのか?」


 敵の動きがあまりに油断しきっているので、伏兵が居てそちらに監視を任せているのではないかという疑念を抱いてみたが、それなら先の戦闘中にこちらを挟撃して、エンシェント・クランを逃がすのを援護させるだろう。


 それに味方を外惑星軌道、内惑星軌道、星系の上面下面などに配置するのがセオリーだ。もしそうされていれば死角は減るはずだから、こちらの動きを読めていないはずがないし、こちらのセンサーに一切反応がないというのも、伏兵の存在確率がゼロに近いことを示している。


「航海長、どう出るべきかな」

「敵が機関の冷却を終えるには、まだ時間があります。もう少し様子を見てみては?」


 そしてどのみち、我々も同じように機関冷却のために時間が必要だ。つまり、ここで敵を逃すと、次こそ捉えきれない恐れがあるということでもある。


「艦長、ここはクリモフ指導将校の言うとおり、一気に距離を詰めるべきでは?」


 発言の主は、副長であるハンフリーズだった。確かに現状では、このまま時間を浪費するだけ。奇襲攻撃を掛けて敵の拿捕を試みるというのも道理だ。しかし艦と人命を預かる俺としては、むざむざ正面切って撃たれに行くわけにも行かない。


「機関アイドリング出力で固定。衛星表面に着陸。無線封鎖を実施、レーダー、センサーの発振も厳禁。各部署の長と主任級までの社員は大会議室へ」


 二一時四六分

 巡航戦艦ワリューネクル 大会議室


 ワリューネクルの原型艦であるクルセイダー級巡航戦艦は、戦艦としては最小クラスの船体でしかないが、かつては巡洋艦や駆逐艦を従えた戦隊旗艦としての運用も考慮されている。


 その名残が、二〇人は同時に座れる大会議室だ。元々は戦隊司令部艦橋としてのものだった。もっとも、司令部艦橋と航海・戦闘艦橋を分けることは非効率だと判断され、近年の旗艦対応戦艦では重装甲帯の中に広大な艦橋を一つ設けて、しかもそれ自体が脱出艇として機能するようにしているのだが……などと、誰に説明するわけでもなく、普段なら乗員用の談話室に使われている会議室に入る。


「まったく。戦闘前に片付けくらいしておけというんだ」


 俺は一番上座の席に座ろうとしたが、椅子の上には読みかけの週刊誌、机の上には飲みかけのコーヒーとスナック菓子が並んでいるのを見て頭を抱えた。今更か? 今更整理整頓週間とか幼年学校のような標語を艦内中に貼り付けねばならないのか?


「艦長、全員揃いました」


 皆も思い思いに席の周りを片付け終えて着席していた。掃除の問題は後回しだ。まずは目の前の仕事のことを考えるべきだろう。


「現在本艦は、帝国軍ケージントン級高速戦艦エンシェント・クランの拿捕命令を受けているが、敵艦の性能は、本艦のはるか上だ。まともに戦えば勝ち目はない。そこで、ここにいる全員で何か良い知恵を出してみようと思う。たんなき発言を期待する」


 砲雷長、航海長、副長、副長、機関長、それに俺と指導将校殿、主任級社員が三名の計一〇名が詰めた会議室。予想通り、いの一番で発言を始めたのは指導将校殿だった。


「あの戦艦は何が何でも取り戻してもらう、こんなことをしていないで早く突撃するべきだ!」


 もうそのセリフは聞き飽きた、とばかりに眉をひそめた航海長と機関長を手で制して、俺は罵声を浴びせたいのをなんとかこらえて口を開く。


「指導将校殿。それは分かっています」

「分かっているのなら」

「こちらが沈んだら、元も子もありません。大体、民間軍事企業の巡航戦艦が、こんな帝国の防衛識別圏内で沈んだら、どう発表するおつもりで?」

「そ、それは、帝国の軍事企業の戦艦は強いからして、盗人ぬすっとごときに負けるはずは……」


 ここで情報は改竄かいざんされて発表されるとでも言ったら、処分を覚悟で拘束して営巣にでもぶち込んでやろうかと思ったが、指導将校殿にはそんな事、思いもつかなかったらしい。


 帝国艦隊は最強無敵、その制御下にある軍事企業も勇猛果敢という対外的な文句を唱え始めた指導将校殿は放っておいて、本題に移る。


「……我々に取れる手段は、そんなに多くない」

「確かに。至近距離での砲撃戦に持ち込んで、敵艦の推進器を破壊して、降伏勧告をするか、あるいは……」


 その砲雷長の言葉を引き継いだのは、艦内警備といざというときの戦闘要員として配置されている陸戦隊隊長のワシリー・ザイチェフだった。


「艦体に傷をつけずに拿捕するなら、白兵戦が一番手っ取り早いでしょう。艦長、揚陸艇を出させてください」

「この距離で出ても、敵の良い的だ」


 しかし私のこの回答は、陸戦隊長には予想通りの展開だったようだ。


「そこで、本艦を陽動として、敵艦の意識をこちらに引きつけた上での陸戦隊投入を具申いたします」

移乗攻撃アボルダージュか……いやしかし……」


 陸戦隊長の意見自体は至極尤もつともで、移乗攻撃そのものは、最近の実施例は少ないとはいえ、例がないわけでもない。しかし、それを単艦で実施するとなれば話は別だ。揚陸艇を護衛する小型艦艇は居ないし、もし万が一、本艦が撃沈されれば陸戦隊も含めて全滅は必至だ。


「そんなリスクの高い作戦は許可できない。最悪この艦を」

「構わん実行だ」


 しばらく黙っていた指導将校殿が突然口を開いたものだから、俺は思い切りそちらをにらみつけていた。


「作戦の決定権は艦長である自分にあります。指導将校殿は黙っていてください」

「貴様のように日和見では、事態は好転しない。時に大胆な決断も指揮官には必要なのだ!」

「それは決断ではなく自棄やけとか無謀というものです!」

「何だと貴様、たかが軍事企業の係長風情が!」

「なにを言うか指導将校風情が! クリモフ、ここは俺の艦だ! 黙って見ていろ!」


 売り言葉に買い言葉という言葉にさわしい醜い応酬は、このあと五分ほど繰り広げられたが、ハンフリーズ副長のせきばらいで中断させられた。


「お二人共、いろいろと思うことはあるでしょうが、ここは議論をする場であって、お二人の感情をぶつける場所ではありません」

「分かっている! 貴様らのような会社艦隊に、こんな任務を頼んだのが間違いだった」

「帝国軍の要らん面子をかなぐり捨てればこんなややこしい事態にならずに済んだものを」

「艦長」

「……確かに陸戦隊長の意見具申は、現状最も有効なものだと思う。しかしどうする。機関出力を上げればあっという間に気づかれるぞ。例えば、機関出力を上げず、最小推力で敵ににじり寄るというのはどうだ?」


 私の言葉に応えたのは、航海長の右腕のそうしゆ、アルレッキーノ主任だった。


「しかしそれは、敵に逃げる時間を与えるようなものです。ゆっくり近づいていては、鼻先で逃げられかねません。それよりも、やはり最大推力で一気に距離を詰めるべきではないでしょうか?」

「しかし、詰めている間に砲撃されたらどうする、揚陸艇もろとも見つかれば、作戦は失敗だ」

「だからといって、ここで取り逃したら、再捕捉は難しいぞ。本艦の戦闘物資もそう潤沢ではない。防衛識別圏を抜けられたら……」


 整備班長の横井、主計科のゴードン主任がそれに続く。停留していた空気が、一気に動き始めた。とは言うものの、結局のところ遠距離からいかにして敵艦に近づくのかということが問題となり、早々に堂々巡りとなっていた。そこに一石を投じたのは、主任級の中では一番若い砲雷科のシャクルトンだった。


「あの、超空間潜行で、敵艦ギリギリまで接近することはできないのでしょうか?」


 その発言を真っ向から否定したのは、航海長だった。


「こんな惑星近傍で、しかもたかだか四〇〇メートル程度の戦艦の至近距離に? 無茶むちゃだ。惑星の引力に引き寄せられて、惑星中心核に突っ込むことになる」

「……待て、艦隊が一斉に超光速潜行に入る際、陣形維持の為の誘導装置があったな」


 数十隻からなる艦隊が、相互に連携がとれる程度の距離で行動させるだけなら難しくはない。しかし超空間潜航となれば話は違う。通常空間への浮上時に同一座標に複数の艦艇が現れたら、その場で核融合でも起こして即席の花火になる。


 それを防ぐために、帝国艦では浮上座標の調整を行うための質量センサーなどを組み合わせたシステムが搭載されていた。


「確かに陣形一括制御のシステムが使えるかもしれませんが、単艦行動の艦では切るのが常です。敵艦がシステムを停止させていたら」

「ダメでもともとだ、調べよう。あとの問題は、これだけの惑星近傍空間での超空間潜航の精度だな」


 惑星近傍空間での空間のゆがみ方は、その惑星の質量に応じて変化する。それほど大きくない惑星でも、超空間潜行の精度には多大な影響を与える。しかも悪いことに、この惑星は幾つもの衛星を従えているから、周辺重力場の関係はかなり複雑になる。


「精度については、機関出力を上げて、超空間滞在時間を短くすることで対応できるだろう」

「最短何分程度まで行けるんです? 機関長」

「この距離なら通常二分だが、半分程度まで縮められるだろう」

「一分か……航海長、その場合の精度は?」

「概算で、最大二万メートルといったところでしょうか」

「敵艦の軌道は?」

「現在高度五万一千メートル」


 概算とはいえ、航海長の計算なら問題無いだろう。最大限浮上空間がずれたとしても、大気圏に突入したりすることはなさそうだった。


「……やってみるか。敵艦への強行接舷」


 危険を伴うだろうが、それだけに敵の意表をつくことは出来る。行くしか無いというのが、この部屋の中での共通認識になった。


「敵艦への突入方法は? 陸戦隊長、どうする?」

「バーナーで焼き切るか、もしくは砲撃で穴を開けてもらうかですな」

「それでは危険過ぎる。これを使え」


 指導将校殿が差し出したのは、一枚のメモ用紙だった。


「エンシェント・クランの全ハッチの緊急開放パスだ」


 それは、帝国軍でもかなりの高位の機密に属するものだ。そもそもこれがどこかから流出したからこそ、エンシェント・クランは盗まれたのだが。


「指導将校殿……それは確か、艦の最重要機密で、外部には」

「構わん。あの艦は何が何でも取り戻さなければならない。そのためには些細ささいな事だ」


 指導将校殿の殊勝な態度に、思わず俺や砲雷長、航海長も顔を見合わせた。


「か、勘違いするな! ここで失敗となっては、取り返しがつかんからな!」


 やはり、普段の指導将校殿だったかもしれない。


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