第3話 エンシェント・クランを追え!〈1〉
巡航戦艦ワリューネクル メインブリッジ
「電磁砲斉射用意、照準は敵艦両舷、プラズマ
「電磁砲斉射用意、プラズマ榴弾装填、信管調定敵艦一二〇メートル、照準、敵艦両舷側」
「撃て!」
「発射!」
組み付けの甘い増設モニターやコンソールが振動する音、急激な回避機動に艦体が
「敵艦からも発砲、荷電粒子砲。着弾予測三秒」
コンピュータのような副長の声が告げ終わると同時に、進行方向のシールドが稲光のように輝く。敵艦からの荷電粒子砲が直撃したのだ。敵は最新鋭の高速戦艦。こちらのようななんちゃって戦艦とはワケが違う。並の戦艦級のシールドなら一発で飽和させて消し飛ばす程度は造作も無い。ただ、相手が逃げるのに集中しているから、砲撃が散発的になっているのが幸運だった。
「左舷シールドジェネレーター、緊急停止!」
航海長が叫ぶと同時に鋭い警報音が響き渡る。ブリッジの床が、艦体のアブソーバーで吸収しきれなかった衝撃で鈍く揺れる。前方には推進器からのプラズマ流を吐き出し、後部砲塔からありったけの砲撃をしてくる高速戦艦が見える。
アスファレス・セキュリティ所属、我らの愛すべきボロ船、巡航戦艦ワリューネクルは帝国本国軍第三混成師団所属のケージントン級高速戦艦エンシェント・クランを追撃中なのだが、ジリジリと引き離されている。地球から八・二一光年離れた赤色矮星ラランド22185の廃棄された軌道ステーションに入っていたのを見つけたものの、相手の逃げ足はこちらよりも優秀だった。
「誰だ遮断機設定したのは。構わないから再起動」
その指示に、航海長のバレストラ係長が顔色を変えてこちらを振り返るが、いつものことだと軽く流して指示を実行させる。航海長の不安げな声とともに、一度は消失した防御シールドが再起動される。
「機関部は何をしている! 速力上げろ。振り切られるぞ!」
「無理です。相手は帝国軍の最新鋭高速戦艦ですよ? 敵艦機関出力急上昇、超空間潜行開始します」
副長のハンフリーズは小柄な女性だが、見た目からは想像できないような、例えるならバターを牛刀で切り落とすような容赦無い口調が艦内でも好悪別れるところである。俺としては変な含みを持たされるよりよほど良いし、何より職務的に彼女のはっきりした物言いはかなり助かるものがあった。
「何をしている逃げられるぞ! ハイドリヒ艦長、もっと距離を詰めろ!」
私の席のヘッドレストにしがみついているのは、細面の
普段は本社にいるか第一戦略部旗艦に乗っているのだが、今回に限ってこの艦に乗り込んできたのは、やはり相手が帝国軍最新鋭の高速戦艦の一隻だからだろう。
俺ことアルブレヒト・ハイドリヒは、アスファレス・セキュリティ株式会社の巡航戦艦ワリューネクルの艦長を拝命している。役職は係長。企業の役職を帝国軍の階級に当てはめるなら、俺は帝国軍では中佐程度の仕事はしている――巡航戦艦といえども戦艦だ――から、クリモフ指導将校より立場が上でもおかしくないのだが、指導将校の立場は特例でその艦の最高責任者と同列に扱われるという規定がある。
ただし、運行中の艦艇の指揮権については、必ず本職の艦長が持つという点だけは守られている。とはいうものの、横からこうも怒鳴り散らされると鬱陶しいことこの上ない。こいつがパブの酔っ払いなら、まず間違い無くビール瓶でぶん殴っているところだ。
「指導将校殿は席についてください、揺れますよ! ハープーン発射! 総員対ショック用意!」
帝国軍の航路保安局がよく使用している対艦用の
届くのかと不安げな表情でこちらを見てくる航海長に、さっさとぶっ放せと命じる。艦底部に備えられたランチャーから射出された超硬合金製の銛は、狙いを外すこと無く敵艦の後尾に突き刺さった。同時に
「反転一八〇度! 最大推力! あちらの足を止めろ!」
姿勢が安定しない状態での超空間潜行は、艦体にかかる重力が一定しないのでかなりの危険を伴うので、必ず直進中に行うのが常であるから、こうしてハープーンで捕らえられた敵艦は身動きが取りにくくなる。
もちろん捕らえられた方も死に物狂いで銛を外して逃げようとする。先程から続いている砲撃もその精度を増しているし、作業艇を出してワイヤーを外そうとしているようにも見えた。釣りにたとえるなら、今まさに、船の上まで釣り糸をたぐり寄せようとしているところなのだ。ここでバラしてはつまらない。
「何をしている逃げられるぞ! ワイヤー巻き上げろ、敵艦を引き寄せるんだ!」
「あちらのほうがパワーで上です。このままだと銛ごと発射機が持って行かれます!」
ハープーンそのものは戦闘艦の装甲以上の硬度を誇り、ワイヤーも並大抵の攻撃で破壊することは出来ない。しかし、ワリューネクル本体に固定されたウインチとその接合部は別だ。このままだと、航海長の言うとおりにもぎ取られる。
「損傷は無いようにといわれていたがやむを得ん。主砲、敵艦推進器を狙え」
「了解」
「まて!」
「撃て!」
指導将校殿の悲鳴が聞こえた気がしたが、聞こえなかった振りをして発砲を命じる。艦体に備え付けられた主砲から砲撃が開始されたが、急な回避機動を取った敵艦の脇を擦り抜けていくだけだった。こちらはといえば、軽い艦体質量が災いして、敵艦の動きに振り回されて照準もまともに出来ない。
「チョコマカと動きおってからに。次で当てろ!」
「待てと言ってるだろう! 艦長!」
いよいよ敵艦に砲撃をしようとしたその瞬間、艦底方向から鈍い音がすると同時に、敵艦は勢い良く進みだした。
「艦長、ハープーンがもぎ取られました!」
航海長の悲鳴に、俺は思わず艦長席のアームレストを叩いた。
「くそっ、修理費いくらすると思ってるんだ。全部帝国軍に請求してやる!」
「敵艦、潜行開始」
「航路追跡! 絶対に逃がすな!」
「もうやってます」
「指導将校殿は黙っていてください! この辺りに逃げ込めそうな惑星系が無いか調べろ」
「それも、もうやってます」
超空間潜行は、通常空間に
しかし、それも大型のセンサーを積んでいなければ有効ではない。放たれるエネルギーの量が多すぎて、小さなセンサーしか積めない艦艇ではオーバーフローを起こしてしまうのだ。この巡航戦艦ワリューネクルには、近代化改修時に重戦艦級のセンサーを無理やり詰め込んでいたから良かったものの、標準仕様のセンサーだったら、行き先も追えずに任務失敗で終わっていたかもしれない。
今回の戦闘は、完全にこちらの負けだった。とんだ貧乏くじだ。なんでこんなことになっているのかと我と我が身を呪いたくなってくる。指導将校殿の小言を聞き流しつつ、俺は二日前、この任務を言い渡された時のことを思い出していた。
二日前
アスファレス・セキュリティ本社 第二戦略部オフィス
「運輸部の柳井課長、最近顔見てないわぁ、どうしたのかしら?」
「アルバータ自治共和国の現場に飛ばされたんですって。半年も前よ?」
「あらやだ、左遷?」
「本人たっての希望って運輸の部長さんが言ってたけど」
「
司令部のパートのおばちゃん達が朝から話題に出しているのは、うちの上のフロアの主である運輸部の人事異動の件だった。部署が違うので接点も無かったが、確かに本社の中間管理職の中では比較的洗練された人だったように思う。最近姿を見てなかったが、そうか、現場も現場、最前線も最前線に送り込まれちまったとは不憫な話だと他人事のように考えていた。
「係長はどうなんですか?」
「運輸部の話じゃないですか。俺には関係ないですよ」
そう楽観的にいられるわけでもなかったのだが、あえてここではいわなかった。確かに、人事異動など今更珍しいことではない。第二戦略部の配下、第三艦隊には係長――各所属艦の艦長級――が二〇名は居るが、今季に入って四人交代している始末。
しかも殉職ではなく、社内配置転換の一環と来たものだから、課長以下の役職者はピリピリしている。俺にしてから、いつまでここに居るのか分かったものではない……はずだったが、どうもあのじゃじゃ馬戦艦の艦長席から、俺を外すつもりが会社にはないらしい。
「ハイドリヒ係長、部長がお呼びです」
「げっ、なんだろうか……何が出るやら、だな」
部長の部屋へ行ってみれば、しかし事前に予想していた内容と異なることを伝えられ、思わず素っ頓狂な声を出していた。
「帝国軍の戦闘艦の
賊徒との戦いの最前線にいる第一艦隊や第二艦隊への配置転換も覚悟していたのだが、実際に言い渡されたのは、帝国本国宙域での作戦行動だった。しかし、それは正規のルートでの仕事ではなく、いわば裏ルートの仕事。しかも相手は帝国軍ときた。
「君はあの帝国軍が、自分のところの戦艦を盗まれたからと言って艦隊を馬鹿正直に動かすと思うのかね?」
リン・ドーファイ第二戦略部部長は俺のことをジトッとした目つきで睨み付けた。
「確かにそれも道理ですがね」
「対象艦は帝国軍のケージントン級エンシェント・クラン。二ヶ月前に進宙し、一昨日艤装が完了したところを奪われたとのことだ」
つまり帝国軍は地球という、いわば皇帝のバスタブとでも言うようなお膝元での出来事だけに、この情報を公式発表したくないということなのだろう。帝都防衛の第一艦隊はおろか、交通軌道艦隊を動かすだけでも、勘のいい軍事オタクやら三流ゴシップ紙、左巻き連中が騒ぐのが目に見えている。しかし相手が相手だった。部長が出した名前は帝国軍の最新鋭高速戦艦なのだ。
「高速戦艦じゃないですか。うちにあの艦とまともに撃ち合える艦なんてないでしょう?」
部長室のモニターに映し出された要目を見ただけでもげんなりする。原型になったアドミラル級戦艦の重荷電粒子砲を取り除き、機動力を大幅に向上させたのがケージントン級高速戦艦の特徴だからだ。ムダにでかい重荷電粒子砲がなくても、主砲は安心と信頼と実績豊富な艦政本部式荷電粒子連装主砲とくる。
「君は何を聞いていたのかね。拿捕だから正面切って砲戦を挑む必要は無い」
「こっちはそのつもりでも、向こうはどう出てくるか……出撃は、本艦だけですか?」
「あまり派手に戦力を動かすわけにはいかんのだ」
一隻で行って来いとは、つまりその後の増援も期待できない。
「できるかぎり無傷で回収してこいとの指示だ。
「……はっ。アルブレヒト・ハイドリヒ係長、巡航戦艦ワリューネクルにて、盗難高速戦艦の拿捕を行います」
「ああ、あと今回、君の艦には指導将校のクリモフ君が同乗するから」
その言葉は、ある意味任務の下達よりも俺の気力を
巡航戦艦ワリューネクル メインブリッジ
「全く、貧乏クジを引かされたもんだ」
「何かおっしゃいました?」
「なんでもない!」
「航路予測でました。予測ではグリーゼ832星系です」
この辺りの宙域は、小さな赤色矮星が幾つもある。それらは可住惑星がある星系に比べて監視網も緩いため、犯罪者達が潜伏場所に使うことがあり、今回もその例に漏れず、グリーゼ832は植民惑星も資源採掘拠点もない、帝国本国近傍宙域の空白地帯だった。このままいくと帝国を取り巻く領邦国家の宙域を経て、帝国辺境へと至り、単艦での追撃は現実的ではなくなる。
「本国軍からは、是が非でも本国宙域での拿捕を厳命されている」
地球帝国軍は、あまりに広大な版図と膨大な戦力を指揮統率する方策として、本国宙域以外の宙域を東西と南天、北天に四分割。それぞれに方面軍を置いている。つまり、本国宙域を抜けた逃亡艦は、方面軍や領邦軍の管轄で追撃を行う必要があり……まあつまりは、軍の縦割り行政の弊害を、俺たちはもろに食らっているということなのだ。ああ、厄介この上ない。
「こちらの損害は?」
「ハープーンがもぎ取られたくらいですな」
航海長の報告に、俺はうなずいた。ともかく、仕事を終えなければ話にならない。そして俺たちは、戦争のプロなのだから。
「いいだろう。こちらも後を追おう。潜行準備」
「潜行用意。全艦第二警戒態勢」
慌ただしく超空間潜行の準備が進むのを見ながら、艦長席に戻って手元のモニターに行き先の星域図を映し出す。薄暗い小さな赤色矮星の周囲にはニつの惑星が公転しているが、どちらも居住には適さない無人の惑星だ。
「どこに隠れているかは……砲雷長、どう思う」
「ワルのやるこたぁ、大体同じです。惑星や恒星の傍なら、自艦の電波や重力波を悟られにくいですから。さらに言うなら、適度に恒星に近い惑星の方を選ぶでしょう」
憲兵艦隊出身という経歴を持つ古参のコルガノフ砲雷長の言うことなら間違いはない。浮上座標の指示を求めてきた航海長に、俺は決定を伝えた。
「よし、浮上地点を第一惑星の第五衛星軌道上に設定」
「浮上座標、グリーゼ832第一惑星第五衛星近傍、軌道傾斜角〇度。予定潜行時間は四時間」
「休める者は直ちに休息に入れ」
潜ってしまえば浮上までは何もすることはない。たった四時間とはいえ貴重な休息時間だ。当直士官すら残さずブリッジ内は
巡航戦艦ワリューネクル 食堂
少ない休憩時間の間に飯を済ませてしまおうと言う乗組員で
「おっ、ハイドリヒもメシか。まったくお前も面倒な仕事を引き受けてくれたもんだよな」
「うるさい。俺だって好きでこんな仕事受けてるわけじゃない」
いかに開かれた空気とは言え、仮にも艦長に対してこんな軽口を
「でも、これが無事終われば特別休暇だろう? 羽根が伸ばせるってもんじゃないか」
「成功したらだろう?」
「艦長がそんな弱気でどうすんだよ」
それも道理だったが、何せ今回の任務の性質上、表沙汰にならない仕事だし、失敗した所でどうせ
「ハイドリヒ艦長はどこだ!」
また来た、と目の前の横井はランチの載ったプレートと飲みかけの牛乳パックを持って転進。俺だけが青筋を立てた指導将校殿の矢面に立たされることになった。
「次の浮上時、確実に我が軍の艦は確保できるのか?!」
どうやら戦闘中にどこかに頭をぶつけたらしく、大きな
「やってみないとなんとも」
「何!?」
思わず口をついてでた適当な返事に、指導将校殿は青白い顔が真っ赤になるまで
「やるからには全力を尽くすつもりであります!」
「必ず、取り戻すんだぞ」
「はっ! 全力を尽くします!」
威勢よく返事をしてしまえば、案外二の句が継げなくなるものである。クリモフは捨て台詞のように必ずだぞ、と付け加えてそのまま食堂を出て行ってしまった。
「怒られ慣れてるな、艦長殿」
「王さんに鍛えられましたからね」
「そうだったか?」
この機関長とは入社当時からの付き合いだ。新入社員時代にはスパナでぶん殴られたことも少なくないし、うるさい上司への対応方法も教えてくれたのだが、それが生かされているのだろう。
「ま、気楽にやるこったな。割に合わない仕事だろうが」
「おう、どうしたハイドリヒ」
「……お前の逃げ足の速さは相変わらずだな、横井」
ランチプレートを持ったまま、何食わぬ顔で戻ってきた同期の顔を見た俺は、ため息が堪えられなかった。
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