第29話 決戦!ラ・ブルジェオン沖会戦〈2〉

 一六時三二分


 戦闘開始からすでに約八時間が経過。敵の増援は徐々に軌道を下げ始め、防衛艦隊もジリジリと後退を余儀なくされていた。ここまでなんとか戦線が維持できているのは、敵が思った以上に消極的で、戦線が全面崩壊しなかったためである。


「……辺境惑星連合の連中とは気が合いそうにないわ。こんな真綿で首を絞めるような戦術は趣味が悪い」


 ベイカーが吐き捨てるようにいうが、だからといって突撃されていたら今頃我々は宇宙のチリに成り果てていた。


「敵も一枚岩ではないんだろう。反帝国独立戦線、辺境解放同盟、革新連盟、汎人類共和国。今目の前にいるのがどのセクトか分からないが、あまり乗り気でないのかもしれない」


 私が上げた四つ以外にも、辺境には帝国の関知していない反帝国派の共同体があるらしい。辺境惑星連合に領域外縁を取り囲まれているから、現在のところ版図の拡大は一時的に中断しているが、ひょっとすると、我々が考えているよりも遙かに多くの人類が、辺境惑星連合の版図には存在しているのだろうか。だとしたら、我々が見ている敵というのは、ほんのごく一部なのではないだろうか。いや、今は姿の見えない敵におびえる時間はない。目の前にいる敵への対処だけでも手一杯なのだから。


「しかし、時間が経てば不利になるのはこちらです。アスファレス・セキュリティの増援があったとはいえ……」


 グリポーバル参謀の顔が、焦燥感で陰っている。それもそうだろう。こんな状況で焦燥感に押し潰されない人間がいるなら、よほどの勇者か変人、もしくは馬鹿だ。私だって、参謀総長などという要職でなければ、今すぐにでも放り出してどこかに逃げ延びたいところだ。


「巡洋艦ラ・セーヌより入電、我、航行不能。我、航行不能」

「駆逐艦ラトロア、ル・ボルドレ、総員離艦完了」


 これまでなんとか持ちこたえてきた艦隊も、徐々にその数を減らし始めた。ピヴォワーヌ伯国防衛艦隊に無傷の艦などすでに残っていなかった。


「防空師団の損耗率が三割を超えます! このままでは後方の敵第一陣が防衛線を突破します!」


 我々の後方を支え続けた防空師団は、ホルバイン達の支援があるとは言え損耗が激しい。元々防空師団だけでは機動部隊を相手にするのは分が悪い。グリポーバル参謀の報告への対処を考えようとするが、さらに警告音が鳴り響く。


「義久! 正面の敵が前進を始めた! これじゃあ長くは持たせられない」


 とにかく敵の戦力が膨大なのは、それだけで厄介だ。こちらが対応策を考える僅かな時間も与えてくれない。敵は圧倒的な戦力で、早い話がただ前進してくるだけでもこちらをせんめつできるのに、我々は敵が突出したところを瞬時に見極め、火力を集中させなければならない。


「敵の先鋒に砲火を集中! 重荷電粒子砲で蹴散らす!」


 砲身が焼き切れるのではないかというほど連射されている重荷電粒子砲だが、焼き切れようが爆発しようが、撃つしかない。


「敵小型艦艇多数、我が艦隊をかいし、惑星裏側へ回り込もうとしています!」

「第二から第六分艦隊を迎撃に!」

「閣下!」


 さすがこの指示には、グリポーバル参謀が悲鳴を上げた。の分艦隊の半数を振り向けるのだから当然だ。


「それでは前面を抑えられません! 左翼側の防衛戦が脆くなりすぎます!」

「アスファレス・セキュリティ第一艦隊と第二艦隊に押し戻させる! アルテナ部長、左翼側を!」

『はいはい! しかしちやをいうわね……』

「無茶でもなんでも、押し戻さなければこちらが潰されるまでです」

すがすがしいほどハッキリ絶望的なことをいってくれるわね。なんとかする!』


 なんとかするとはいってくれたものの、残る防衛艦隊と合わせても、敵の前進を押しとどめるには若干戦力が不足していた。


「参謀総長、エトロフⅡのホルバイン艦長より通信です」

「どうしたホルバイン。泣き言なら聞く耳は持たんぞ」


 ここ数年は親の顔より見ている気がするホルバインの顔を見た瞬間、私の心には場違いなあんかんがあった。


『部長は泣き言をいった程度では同情してくれませんでしょう? 防空師団の機動戦力を一度下がらせるべきでは? 防衛ラインを縮小する頃合いかと』

「そうだな。防空師団への指示はこちらから出すから、援護しつつ後退してくれ」


 私は正面の敵艦隊への対処をエマール提督とベイカーに任せ、後方の防空師団に後退の指示を行うことにした。砲台は人員の退避しかできなかったものの、貴重な空間攻撃機と制空戦闘機隊は引き上げることに成功した。



 二〇時〇〇分


「参謀総長。現在我が艦隊は三割の損害を出しています」

「……彼我戦力差で見れば致命的か」


 崩壊寸前の戦線を維持していたエマール提督も、さすがにろうこんぱいといったところか。艦隊の損耗率は二割だが、乗組員の疲労もピークに達している。何せ一二時間、ほぼ休み無しで動き続けている。むしろ一二時間も持たせられたのが奇跡のようなものだが、そろそろそれも使い果たす頃合いか。


「あの……参謀総長、お電話です。女性です」

「電話? 女性から? ここに?」


 グリポーバル参謀が、私に控えめに声をかけてきた。その言葉の意味が一瞬理解できず、私はオウムのように問い返していた。電話? 電話だと? この戦闘中の戦艦に電話? どうにも意味が理解できない。


「はい。本艦のET&T公衆回線へ」


 戦闘艦とはいえ、平時の連絡は公衆回線を介して行う。艦直通の電話番号も設定されている。しかし戦闘中にそれがつながるというのは本来あり得ないことだった。


『あー、良かった出てくれた』

「なっ……ロー……ロットマイヤーさん、何故ここが」

『まあ、その辺りは企業秘密ということで』


 フロイライン・ローテンブルク。いつも通り、外部との連絡には偽名のロットマイヤーを使っている。砂漠のような背景が見えるから、辺境惑星のどこかにいるのだろうか。艦橋のメインモニターに大写しになった彼女は、いたずらっぽい笑みを浮かべて見せた。


『大分お忙しそうですけど、要点だけ。辺境惑星連合の艦隊が、ここ数日次々と交戦宙域を離れてます。こちらの情報では、ラ・ブルジェオン侵攻艦隊と合流するんじゃないかと』

「規模は分かりますか?」

『あ、その辺りは助手から』


 フロイラインと入れ替わりに、彼女の助手のハンス・リーデルビッヒの姿が見えたが、どこの陸戦隊員かとすいしたくなるような重装備だった。


『連絡入れるのが半日遅かったぜ、エリーちゃん。柳井さん、差し支えなければ今の戦況をモニターさせてほしいんですが』


 私は真横で目を丸くし、状況について行けていないエマール提督に目線で問うた。何事か理解していない提督は、首を縦に振る以外の選択肢を選べなかったようだ。ET&Tの電話回線から彼の下へ送られたデータは、彼の首筋につながれた情報伝達ケーブルを通り、補助脳に流し込まれているらしい。


『あー、こりゃ大分苦戦してますな』


 僅か数秒で流し込んだデータをかみ砕いた彼の声は、苦み走っていた。ここ数十年の戦史を遡っても、これほど無茶な戦い方をしている例は皆無だろうから無理もない。


「ごらんの有様です。それで、敵戦力はどの程度ですか?」

『実際に見て確認したわけではないんで、正確かどうかはそっちで判断してください。敵侵攻艦隊は戦艦三〇隻を主力として、巡洋艦一二〇、戦闘母艦八〇、駆逐艦以下諸もろもろ含めて五〇〇、つまり総数八〇〇隻近い艦隊です』


 リーデルビッヒ氏の言葉に、艦橋中が凍り付いたように見えた。こんなことなら自室で受けるべきだったのに、かつだった。少なくともホルバイン達であれば、こういったメチャクチャな報告にも多少耐性があっただろう。


『これらは三日前から徐々に戦域を離脱。超空間潜航に入りました。前例にない長距離潜航のようで、データが荒いのが気になりますが……帝国軍の重力波センサー、校正してるんですか? こりゃあ民間軍事企業のが正確でしょう。ま、それはともかく、大体の方向はいずれもピヴォワーヌ伯国の方向です』

「なるほど……それらの到達時刻は?」


 敵の動きが鈍い理由は、ひょっとするとこれだったのだろうか。本隊が到着すれば、一揉みにできる。であれば、自分達が死に物狂いで抵抗を続ける守備軍を相手にする必要はない、と。


『先鋒とはもうドンパチやってるんでしょう? 日数と距離を換算したら、そろそろそちらに到着するでしょう。どこかで集まって、一気に攻め込むつもりだと思いますが』

「このお礼はいずれ形にして。恩に着ますよ、フロイライン」

『もう、その呼び方は止めてください……ご武運をお祈りします』


 電話が切れ、ET&Tの公衆電話待ち受け画面が映るモニターが、一瞬のノイズのあとに戦況を映し出す概況図に切り替わる。ブリッジ内の空調の音だけがいやに大きく響いていた。私はかつにこの電話をブリッジで受けたことを、死ぬまで後悔するかもしれない。もっとも、その瞬間は刻一刻と近づきつつあるように思えたが。



 二〇時一二分


「敵艦砲直撃! 右舷推進器大破!」

「右舷推進ブロック切り離せ!」

「主砲、一番、二番、使用不能! 本艦の火力は三〇%まで低下!」

『格納庫で火災発生! 消火作業に入ります!』

きの応急対応要員は格納庫へ!」


 いよいよこのジャンヌ・ダルクも、戦闘艦としての戦力を失い始めた。このままだと集中砲火で沈むことも考えられる。旗艦を移す頃合いかもしれないが、残った戦艦はほとんど同じような状況だ。つまり、現在この宙域に展開する敵艦隊を撃退したところで、次に来る敵の大艦隊に押し潰されることが確定したようなものだ。将棋でいえば、王将の周りの駒を全てられ、取り囲まれているも同然だ。


「参謀総長、参謀次長、内火艇の使用を許可します。直ちにエトロフⅡなり、アスファレス・セキュリティの艦に移乗し、離脱なさってください。よろしいな、艦長」


 エマール提督の声が、不意に私のを打った。しかしその内容は、私が承服しうるものではない。エマール提督だけでなく、グリポーバル参謀やブリッジクルー達の視線が、私に集中していた。それも、もし私がこの場を退去したとしても、とがめたり恨んだりしない。


「すぐに準備させます。格納庫、内火艇発進用意」


 艦長は淡々と準備を始めるが、チラリとこちらを見た目は、優しげだった。


「柳井さんとベイカー准将はあくまでここに軍事顧問として来られたのでしょう? 道連れにするわけにはまいりません」


 グリポーバル参謀の声はひどく優しかった。覚悟を決めた軍人だからこそ出しうるそれは、私にとって不愉快なものだった。そんなことは、私には断じてできない。するわけにはいかない。


「現在私は、ピヴォワーヌ伯国防衛軍参謀総長としてここにいます。それにエトロフに戻ったところで、死ぬ確率がほんの数パーセント低くなるだけです。退艦するならベイカーだけで十分です」

「ちょっと柳井!」


 連日突撃を具申してきた若手士官達にアテられたのだろうか。自分で言っておいて、なんと悲観的なことをいっている。


「あなたは我々と共に心中なさるおつもりですか!?」


 エマール提督の驚きはもっともで、本来私にそこまでの義理はない。


「そのつもりで作戦立案をしてきました。私の立てた作戦の結果で死ぬとなれば、いわば自業自得」


 自分でも意固地なものだとは思うが、それが筋というものだ。私が立てた作戦で、もう何百人、何千人と戦死者が出ている。もしこの国が守りきれたとしてもその命は戻ってこない。


「それに、敵が降伏を認めてくれたとして、惑星制圧後に首脳部の処刑を行うでしょう。その際に私がいなければ、私の下で働いてくれたあなた方がその役目を負うことになる。私にとって、それは不名誉なことです」


 言うなれば私は、死に場所を求めていたのかもしれない。軍にいたころ、部下の嘆願で銃殺を免れた身としては、そこで死ねなかったことを、悔やみ続けていたのではないか。果たしてその自己分析が当っているのかは、実際に刑に処される瞬間までは分からないだろうが、それはそれとして、受けた仕事が完遂できないという、軍事企業の人間として最悪の過失を犯した以上、その責任を取る必要もある。


「参謀総長。防衛軍の全戦力を持ってしても、敵艦隊を打ち破ることはかないますまい……だが、最終手段はまだ残っている。しかし、あなたはそれを許可なさらないでしょう」


 エマール提督が企図しているのは、つまり全艦特攻し、機関を誘爆させて今いる敵だけでも一掃しようということだ。反応炉を全開作動させた状態で自爆すれば、甚大なダメージを周辺空間構造に与え、敵を討ち滅ぼすことも叶うだろう。しかし、それはこの伯国が無防備になることと同義で、敵がさらに戦力を投入してくれば、間違いなく占領される。


「特攻など許可できません。あなた方には酷で、非人道的な言い方をしますが、このピヴォワーヌ伯国が陥落するということは、帝国皇帝の権威に傷を付け、敵の戦意高揚を手伝うようなものです。さらに後方の星系を危険にさらすことにつながる。だからこそ、我々は戦って戦って戦い抜かなければならないのです」


 軍を辞めた一時期、私は自宅で本をあさっていた。その中の本には、中世、まだ地球が数十もの国々に分かれ、互いに銃を突きつけて戦争に明け暮れていた時代のものもある。その中のある戦いで、現地部隊の指揮官は、無意味な突撃を禁止して、辛く苦しい籠城戦を採用した。敵軍の侵攻を破砕するのではなく、一日でも、一時間でも、一秒でもそこに敵を留め置き、自国への直接攻撃を阻止せんとするものだった。

 今まさに、我々はその覚悟で戦いに挑まなければならないのではないか。しかし、悔しいかなここは宇宙空間だ。身を隠す洞窟も、草も生えていない。亜光速で空間を突き進む荷電粒子と、秒速数キロで飛来する徹甲弾が飛び交う宇宙空間なのだ。


「戦艦ゼネラル・ヴォルテーヌ、撃沈……!」


 度重なる突撃の具申をしてきた艦長の顔を思い出す間もない、一瞬の出来事だった。四隻しかいない戦艦のうちの一隻が撃沈されたという事実は、艦隊内にいやおうでも悲観的な空気が充満する。アドミラル級戦艦でさえ、電磁シールドを突破されればこなじんに吹き飛び、跡形も残らない。そんな状況で、私は彼らをさらに苦しい戦いに飛び込ませようとしているのだ。

 我ながら救いがたい低脳だ。何が参謀総長だ、何が護衛艦隊司令部長だ。私は単に、その場その場で必要なことを行いつつも、大きな問題を先送りする能力があるだけではないか。私自身が問題を解決できることなどありはしない。問題を棚上げして、一時的に平穏に見えるようにできただけのことだ。


「提督! 第三衛星付近に大規模な重力波を検知。この規模は……!」

「来たか、敵の本当の本隊」


 さすがに大部隊を、全てこのラ・ブルジェオン付近に全て浮上させなかったようだ。フロイライン・ローテンブルクからの情報通り、過去前例のない大艦隊だ。無数のこうぼうが第三衛星の周囲にきらめく。あれらのごく一部だけでも、現在のピヴォワーヌ伯国防衛艦隊の戦力を優に上回る。


「柳井参謀総長! 早く離脱なさってください。どのみち我々の命運は尽きている!」

「……私はここで諦めるのをよしとしない。先ほどもそう申し上げたはずです」


 私は努めて悠然と椅子に座り直す。ここで死ぬにしろ生き延びるにしろ、ろたえていたのでは後世の戦史研究家辺りから、無能のらくいんを押されかねない。自分でいうならともかく、他人から無能呼ばわりされるというのは、私にとってはあまり心地よいことだとは思わない。それに、私を信頼してくれた伯爵への忠義もある。ここであっさり諦めるわけにはいかない。


「敵の動きは?」

「敵は燃料廠の接収を試みるようね」


 第一波から第四波までの敵は、おそらくピヴォワーヌ伯国防衛艦隊がここまで粘るとは思っていなかったのだろう。だからこそ橋頭堡を確保せず、直接殴り込みに来た。当初からの予定だったのか、あるいは長期戦を覚悟したのか、敵はようやく私の当初プランに乗ってくれたわけだ。せっかく用意したトラップを、発動させないまま敗戦を迎えるのは不本意だ。ベイカーからの報告を聞いた私は、手元の操作パネルで燃料廠の誘導プログラムを立ち上げた。


「燃料廠、機動バーニア点火。全艦対ショック、対閃光防御! 波に船を立てろ!」


 慣性制御が完全に作動したとしても、反物質燃料の点火はそれだけの破壊力を持つ。周囲の士官や下士官達のシートベルト着用を確認して、私も自分の腰のベルトを再確認する。燃料廠にある反物質燃料の量こそ、僅か数十キログラムに過ぎないが、それだけでもこの宙域で動いている両軍の艦艇を、フル稼働で数年動かすに足るだけのエネルギーを秘めている。


「燃料廠起爆!」


 強力な磁場と重力により拘束されていた反物質燃料は直ちに対消滅反応を開始。動力炉の中のような制御環境下での反応と異なり、ほぼ一瞬で全量が反応し尽くすから、放出されるエネルギー量も飛躍的に増大する。時空間構造を揺るがす激震に、数万トンの質量を持つアドミラル級戦艦でさえ木の葉のように揺さぶられる。


「敵戦力の三割を撃破!」


 敵の戦力は極めて膨大だ。突撃隊形を作り、一気呵成に乗り込もうとしていたのだろう。それがこちらの付け入る隙になったわけだ。安全バーを握りしめたままのグリポーバル参謀の報告に、ブリッジがどよめく。


「柳井参謀総長……」


 ぜんとしてこちらを見ているエマール提督に、私は極力普段通りを装って笑って見せる。


「ここで諦めては、栄えあるピヴォワーヌ伯国防衛艦隊の名が廃る。そうでしょう」


 敵に手袋は投げて見せた。敵がこれをどう取るかは自由だが、まさか尻尾を巻いて逃げるとは思えない。私は手近のコンソールからマイクを取り、何事かと見上げた通信士に全周波数に合わせるよう命じた。


『我がピヴォワーヌ伯国防衛艦隊は、賊徒にこの惑星をタダで明け渡すようなことなどあってはならん! 賊徒、いや、辺境惑星連合の諸君、我々は諸君らに比べれば遙かに劣る兵力しか持たない。しかし、我々は諸君らがこれらを全て打ち破らんとするならば、全力をもつてお相手しよう』


 私の演説に効果があったのか、敵の動きはまっているように見えた。それならこれだけの大言壮語をぶった甲斐かいもある。どのみち敵が突撃を開始した瞬間、全ての勝負は終わる。


「敵艦隊のほうが狼狽えているぞ! 砲撃を集中して戦力をそぎ落とせ!」


 エマール提督は、私の言葉に戦意を取り戻してくれたようだ。衝撃で床に落ちた制帽を被り直すと、座席を離れて各所に指示を飛ばし始める。


『無茶するわね、柳井参謀総長殿』


 先ほどの電話に懲りて、私はアルテナ部長の通信を自席のモニターで受信した。モニターの向こうのアルテナ部長が右耳を刺すジェスチャーをしたので、ブリッジのスピーカーに出力されていた音声を個人用のインカムに出力する。


「この上は近場の帝国軍が来るのを待つしかない。そうでしょう、アルテナ部長」

「あなたどうするつもり? まだ敵戦力は、無傷のものだけでも六割以上残ってる」


 すぐ横で私の会話を聞いていたベイカーの言葉に、私は返す言葉もなかった。アルテナ部長麾のアスファレス・セキュリティ艦隊も、もはや無傷の艦は存在しない。かろうじて撃沈こそ免れているものの、このままでは全滅も時間の問題だ。


『あなた、本当に救援が来ると思ってるの?』


 お前はバカじゃないのか、くらいのニュアンスを含んだ声を聞いた私は、今まで意識的に遠ざけていた可能性を、考慮するしかなくなった。つまり、帝国東部方面軍は本気でピヴォワーヌ伯国を見捨てたのではないか、ということだ。あとはギムレット公爵殿下の近衛だけが頼みの綱だが、これも東部軍の戦略に同意した皇帝陛下が派兵を取りやめれば、それまでの話だ。


「……可能性は低くない、と思いますが」

『今のアスファレス・セキュリティ現地指揮権を持つのはあなたよ。あなたが決死の覚悟で当たるというなら、それを拒否はしない』

「今は耐えるしかありません。敵増援の鈍さから見て、そう長期戦にはならないでしょう」

『長期戦にはならない、ね。確かにそうでしょう。敵が動けばこっちは一瞬で消し飛ぶ』


 アルテナ部長は、民間軍事企業が許容できる損害を超えてしまうことを恐れている。当然のことであって、それをとがめるようなはできない。むしろ私がここでアスファレス・セキュリティの主力を磨り潰せば、我が社は早々に倒産することも考えられる。


「万が一のときは、アルテナ部長はベイカー准将を回収し、第一、第二艦隊と護衛艦隊を連れて撤退してください。ベイカー准将を無事、帝都まで送り届けてもらわねばなりません」

『柳井!』「ちょっと義久!」


 辺りをはばかって、極力小さな声でつぶやくと、アルテナ部長の悲鳴がそれに覆い被さる。私はともかく、社有財産まで道連れにする必要はあるまい。


「……アリーを私の道連れにするような真似は、できない」


 かつて親しい仲であった女性を殺すには忍びない。我ながらこんな個人的な理由で彼女を逃がすのはエゴだとは思うが、そのくらいのわがままは許されても良いだろう、などと考えていた。


「あなた、本当に変わらないわね……バカじゃないの」


 些か批難じみた目を向けてくるベイカーだが、同時に私の本性が分かっているからこそ、彼女は呆れているのだろう。今私はバカ正直に、ピヴォワーヌ伯国防衛軍と命運を共にしようとしている。意固地なものだ。自分でもあきれかえる。敵の動きは鈍っている。何せラ・ブルジェオンの低軌道には多数の軌道工廠が配置されている。これらも機雷として使われるのではないかと疑心暗鬼になる。そう、それでいい。



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