第28話 決戦!ラ・ブルジェオン沖会戦〈1〉

 帝国暦五八五年 一一月二七日 〇八時一二分

 ラ・ブルジェオン 静止衛星軌道

 防衛軍艦隊総旗艦 ジャンヌ・ダルク 艦橋


 超空間潜行は、通常宇宙空間における物理法則を無視したものだが、実用化からすでに時間が経っており、距離に応じた移動時間は正確に計算できる。だからこそ、長期戦に備えて、過度の緊張をしている将兵の緊張は解いておくべきだと考え、宇宙に上がった私が最初に指示したのは、き総員の休息だった。


 その後、艦隊首脳部を集めた作戦の最終確認などを行い、私自身も作戦開始までの数時間仮眠を取っていたが、敵襲来予想時刻を知らせる警報音が鳴り響いたとき、私は艦橋にいた。


「全艦に達する、こちら参謀総長。総員、手を休めずに聞け」


 本来ならエマール提督辺りがやるべき作戦開始前の訓示だが、エマール提督からの強い希望もあって、私が代理で行うこととなった。


「もう間もなく、敵艦隊が我々の眼前へ出現する。事ここに至り、私は精神論や、ありきたりな訓話を流すことは避けたい。総員、作戦に従い、落ち着いて対処するように」


 極めて事務的な内容となったが、ここで全将兵に対して長々と訓示をする気にはなれなかった。どんなにありがたい話でも、戦闘となれば何の役にも立たないのだから。


「それでは提督、作戦通りにお願いします。敵主力がラ・ブルジェオンの重力圏外縁に浮上次第、全戦力を持ってこれの侵攻を阻止します」


 ラ・ブルジェオンの静止衛星軌道に布陣した艦隊各艦へは、すでに作戦伝達済み。本来であれば半年ほど準備期間を設けて、シミュレーションだけでも数百パターンの演習をしておきたかったが、さすがに三ヶ月でそこまでは整わなかった。

 しかし、私が来たときに比べれば、艦隊の統制はかなり高いレベルになっている。これには自分を押し殺して私の命令に忠実に動いてくれたエマール提督以下、艦隊首脳陣の尽力が大きい。


「重力波を検知、第二衛星軌道に何者かが浮上してきます!」

「当てが外れましたな。第三衛星を飛ばして、本星の攻撃に入るとは」


 これで、私が御前会議で話した作戦第一段は、完全に無力化されたかに見えた。エマール提督も落胆の色を隠さない。私としては別段予定外ではないのだが、それをここで言うのは避けた。どう見ても、責任追及を回避するようにしか見えない。


「迎撃計画を第二号に切り替えます」


 迎撃計画は時間と戦力の都合でそうパターンを増やすわけにも行かなかったが、敵が第三衛星に橋頭堡を築く第一号、第二衛星もしくは第一衛星軌道まで進出してくる第二号、強行突破を試みる第三号を徹底させるだけでも精一杯だった。


「重力波さらに増大!」


 続く報告に、弱気な顔をすぐさま戦闘態勢に戻したエマール提督は、索敵士官の声に一層表情を硬くした。


「全艦重力波反応方向へ指向! 全艦砲雷撃戦用意! 戦艦隊、重荷電粒子砲用意!」


 この報告に艦橋中の緊張が頂点に達した。エマール提督もすぐさま戦闘配備を発令し、艦隊を重力波の検知方向に向けて動かそうとしたとき、私は思わず口を開いた。


「艦隊は待機を継続! 観測を続けろ、敵の規模は!?」


 現代の宇宙船は理論と技術が完成して四〇〇年余、ブラックボックスといわれている超空間推進システムにより、超空間の航行を可能としている。SFでいうところのワープ航法なのだが、物理法則をねじ曲げ、重力場をかき乱す一連の動作は、超空間突入時と復帰時――通常空間での見た目から潜水艦になぞらえて潜行と浮上といわれているが、おびただしい重力波の放出が観測される。


 これを重力波センサーで方向、強度を推定すれば、物体の質量などをつかめる。つまり、今回の場合も、重力波を測定することで敵の正体を明らかにすることができるわけだ。


「参謀総長、もたもたしていたら敵に先手を取られる!」


 出鼻をくじかれたエマール提督は、私に非難の目を向けてくる。


「陽動とは考えられませんか? 小規模な艦隊でこちらの耳目を引きつけておいて、本隊が悠々と来るつもりでしょう」

「なるほど、それも道理だ。観測を続けろ」


 演習でも考慮に入れていたパターンだ。複雑な重力場環境でも安定して超空間から浮上できる質量の小さい艦艇がパスファインダーとなり、あとから本隊が先行部隊のデータを元により正確に、より惑星近距離に浮上してくるはずだ。


「敵艦質量推定、巡洋艦四、駆逐艦八、軽母艦一」


 艦体質量の軽い艦艇は、近くに重力源があっても浮上宙域のずれは少ない。せんぽうとして躍り込むにはもってこい。敵が戦闘の素人ではないのは明白で、帝国軍の広報がいうような、辺境の賊徒像とまるで異なることくらい、私でも分かっている。


 しかし、目の前に続々と現れることになる連中が全てそうだと思うと、このあとの対処を行う身としては気が重くなる。そもそも、先遣隊からしてこちらの二個分艦隊に相当するのだから。


「第一波は第一衛星の防空師団と、アスファレス・セキュリティ艦隊に任せておけ。観測の手を緩めるな。敵は惑星周辺の重力場の状況をより正確に把握しているぞ!」


 エマール提督の判断は速かった。軍事アカデミーを出たばかりで、無駄な深読みをしないのが幸いした。


「重力波反応、極めて大! 第二衛星軌道付近です」


 索敵士官の報告に、私は場違いな安心を覚えていた。これでまた小規模部隊だと、私の論説がいきなり崩れ、艦隊将兵に不審を抱かせてしまう。私がこれまでの経験を元にする限り、パスファインダーに二部隊を投入するほどではないはずだ。


「戦艦一二、巡洋艦八、駆逐艦三〇、戦闘母艦四、敵主力と思われます!」


 これまでの奇襲作戦のおかげで、敵艦隊の構成艦は損傷箇所に至るまで詳細にデータを収集できている。それらと照合しても、やはり敵は帝国領に侵入してきた艦隊で間違いなかった。


「ホルバイン、聞こえるか。防空師団と共同して、敵の第一波を抑えてくれ。無理に攻勢に出ることはない」

『はっ』

「ベルクール准将、敵を殲滅しようと躍起にならず、侵攻阻止に注力してください」

『承知しました』


 防空師団はシャンピニオン周回軌道の衛星砲台と地表の長距離砲台群、戦闘攻撃機をはじめとする航空部隊で構成されている。これに護衛艦隊の戦力が加われば、敵先遣隊を抑えるくらいはなんとかなるだろう。


「全艦、敵第二波に攻撃準備。敵艦隊の周辺重力波が落ち着き次第、攻撃を開始する」

「エマール提督、敵はまだ遠い。ここは間断なく敵に砲火を浴びせて、できるだけ遠くに留め置くことを考えましょう」

「参謀総長の判断を是と考えます。ただ、敵が損害覚悟で突き進んできたらどうするのです?」


 エマール提督の言葉に、私は一瞬回答に迷ったが、候補に出てきたいずれも適切ではなさそうだった。肩をすくめて『敵にも良識があることを祈りましょう』といってみたが、そのときのエマール提督の表情は、怪異なものを見るような目だった。おおのような時空間が急激にいで、シンと静まりかえった一瞬のあと、私は提督にうなずいた。


「重荷電粒子砲、撃て!」


 ピヴォワーヌ伯国の存亡を賭けた戦いは、超長距離艦隊戦のごく一般的なパターンで開始された。伯国防衛艦隊からは、帝国軍アドミラル級戦艦の誇る重荷電粒子砲。辺境惑星連合艦隊からは各種長距離艦砲が発射される。


 使う武器の性能はともかく、差し渡し一四〇万キロメートルにも及ぶ宙域で正対した艦隊同士が、亜光速で発射される荷電粒子ビームと、電磁射出される徹甲榴弾をばらまくだけの、芸のない野蛮人のような殴り合いだ。


「重荷電粒子砲の射撃効果測定出ました。戦艦二大破、巡洋艦三轟ごうちん、駆逐艦多数を撃破しました」


 現実はアニメや漫画のように甘くはない。艦首据え付けの必殺砲で敵艦隊をなぎ払うというのは、今の防衛艦隊には望むべくもない。


「……さすがこれだけの長距離だと、効果が出にくいですか?」


 エマール提督が拍子抜けした様子で私に聞いてくる。いかに要塞砲転用の火砲とはいえ、出力の点でそれらに及ばない。とはいえ、彼我の技術力に差がない以上、先手を取れたのは大きい。


「敵の前進をためわせる効果はありますよ……モンキーモデルでなければ、もう少し落として見せたのですがね」


 帝国本国と各領邦、自治星系の地位は対等というのはお題目であって、特に軍事面ではあからさまな差を設けている。特に顕著なのが他でもない、主力戦艦であるアドミラル級戦艦の重荷電粒子砲の出力である。正規艦隊仕様のアドミラル級戦艦であれば、もう少し敵を吹き飛ばせただろうに。


「敵とラ・ブルジェオンの相対位置に留意しつつ艦隊を展開。連中は背後に惑星があると激しい攻撃には出られない」


 高出力の艦砲であれば、惑星大気圏を貫いて地表への攻撃も可能だ。しかし辺境惑星連合のお題目は帝国の圧政に苦しむ全市民の解放なのだから、惑星市民に危機を及ぼすがごとき地表爆撃などできないはずだと考えた。


 つまり、位置取りこそ防衛艦隊が惑星を守っているが、私としては惑星を背後にすることで、敵の猛攻を防ごうという浅はかな考えだ。守るべき市民の命を盾にした卑劣な策と言っても過言ではない。


「我々は、あくまでアスファレス・セキュリティの増援が来るまで戦線を維持するだけ。敵を近づけさせないことに徹する。各艦、前に出すぎないように」


 静止衛星軌道に布陣した我々を、敵は正面から撃破する必要がある。敵は我々を避けて惑星の裏側から侵入しようにも、その間に我々が背後から攻撃し放題。となれば、目前の脅威は排除するのが確実な作戦遂行のために必要な作業だ。


「ちょっと消極的すぎない?」


 ベイカーは私や司令長官の指示を、各部隊に的確に伝達しつつ、私の指示の消極さを不審がっていた。帝国軍の戦術教本によると、敵を押し戻すために各高速艦艇は敵艦艇へ突撃を行い、後方から戦艦は火力支援を行いつつ前進し、戦線を押し上げることが求められる。しかしそれは、あくまでも戦力の潤沢な帝国艦隊だからこそできることで、我々のような弱小艦隊がそれを行うことは不可能に近い。


「まだ戦いは始まったばかりだ。敵の予備兵力があるかもしれん」


 敵の予備兵力は即、この作戦の失敗を意味する。その点についてあえて触れなかったが、かく今は時間稼ぎをする以外に取れる手段はない。


「戦艦ゼネラル・ヴォルテーヌより、突撃の具申が来ていますが」


「却下。敵艦隊が戦闘衛星の射程に入る。これと呼応して敵艦隊を十字砲火に誘い込みましょう」


 戦艦隊はこれまでのすうげつ、ずっと首都に留め置いていた。その反動で、血気盛んなのは良いとしても、今突っ込んでも重要な戦力をすり減らすだけだ。提督が答えるより前に、一分子でもそのような考えを抱かせないように、私はおおかぶせるようにして指示を飛ばしていた。



 一〇時〇二分


 戦闘開始からの二時間は、ただただ、戦力を徐々につぶしていく消耗戦だった。第一衛星の防空師団は、敵のせんぽうをよく抑えているが、これも時間の問題。敵主力はいよいよ犠牲をいとわずに攻勢に出る段階だった。


「重荷電粒子砲、撃て!」


 威力が低いということは、それだけ再発射までのサイクルも短いということ。すでに第四斉射までいったところで、敵は持久戦を諦めて、前進を始めた。


「提督、防衛ラインを下げましょう」

「そうですね。全艦、敵の動きに合わせて後退。防御陣地もタイミングを合わせろ。移動できないものは爆薬に点火」


 私の指示で、艦隊が徐々に後退を始める。度重なる敵の攻撃を受け止めてきた即席陣地もバーニアを吹かして移動していく。移動できないものは、艦隊の積めないミサイルなどを設置して爆破。少しでも敵の侵攻阻止に役立って貰う。


「グリポーバル参謀、周辺宙域に友軍は」

「帝国艦隊、アスファレス・セキュリティ艦隊ともに確認できません……帝国艦隊に救援要請は出し続けているのですが」

「こちらに急行しているのか、それどころではないのか、それとも――」


 無視しているのか、という言葉が喉仏まで出かかって飲み下す。そろそろこの場にいる全員が気づくだろう。帝国軍の動きが悪すぎる。そもそも、敵艦隊をピヴォワーヌ伯国領にまで侵入を許したこと自体、辺境警備の任に当る帝国艦隊の職務怠慢といってもいい。


 アスファレス・セキュリティ艦隊よりもよほど近くにいなければならない帝国艦隊が、これほどまでに無反応ということは、つまりそういうことなのだろう。


「巡洋艦ド・グラース、撃沈!」


 ブリッジに短く響いた報告が、一瞬空気を凍り付かせた。この戦闘始まって以来、初めての戦没艦ということになる。最初の襲撃作戦実施の前に顔を合わせただけの艦長の顔を思い出そうとしたが、ぼんやりとした輪郭を思い出すだけで精一杯だった。


「第一分艦隊の旗艦をル・テリブルへ移行。フェーブル中佐に打電!」


 編制表の次席指揮官も、名前と階級でしか記憶していなかった。


「参謀総長、やはり敵を押し戻すためにも、全軍の前進を」

「いけません。ここは堪えてください提督」


 今の段階での突撃は、いたずらに戦力を消耗させる。元々数が少ない上、巡洋艦を中心とした分艦隊と、戦艦四隻の動きを合わせるのは現在の防衛艦隊にとって不可能に近い。


 帝国軍のナンバーズフリートのように、ばくだいな量の戦力を持っていればいい。しかし防衛艦隊の戦力では、動きの速い分艦隊が敵艦隊につぶされ、残った戦艦隊も、包囲されてやはりせんめつされるのがオチだ。


 であれば、現状を維持して時間を稼ぐほうが、まだ現実的だ。


「戦闘衛星群、壊滅……!」


 元より機動力に劣る戦闘衛星は、敵の良い的だった。ここまでどうにか艦艇の数の差を埋め合わせてくれていたが、ここに来て、艦隊の火力のみで難局を切り抜けなければいけなくなったわけだ。


「本艦に照準波!」


 いよいよ旗艦も最前線。元々数が少ないから、旗艦だけ後方で督戦というわけにもいかないと判断していたが、万全の信頼を置けるエトロフⅡに乗艦しているときならともかく、ジャンヌ・ダルクでは若干不安を覚えた。


「シールド最大! 通常の砲撃ならしのげる!」


 艦長の声と共に、艦首方向で稲妻が束になったようなせんこうが走る。さすがモンキーモデルとはいえアドミラル級。敵艦の砲撃にも小揺るぎもしなかった。


「提督。本艦が前に出すぎているように思います。後退しますか?」

「下がったところで大して変わらんでしょう」


 提督は、じっと前を見据えたまま私に聞いてきた。この短い戦闘の間にも、彼は一端の最前線指揮官としての威厳を身に付けつつあるように見える。


「仰るとおりです。それよりも、そろそろ敵の高速誘導弾、電磁砲の射程圏内です」

「後退は不要。艦長、随時回避運動を頼む」


 それに、この艦が前に出ていることで、他の艦への攻撃は多少逸らせされる。それだけ長時間戦線を維持することにもつながる。



 一四時三二分


 しかし、ものには限度というものがある。確かに下がりすぎる必要はなかったが、周りの艦艇が徐々に後退するにつれ、いつのまにかジャンヌ・ダルクだけが突出した形になった。


「提督、本艦が殿を務めるのは構いませんが、これ以上は……」

「もう少しだ!」


 提督は傷ついた味方艦を下がらせるのを優先していたために、自分の身の心配を忘れていたわけだ。さすがに私が急速後退を進言しようとしたとき、過負荷に耐えかねたシールドジェネレーターが、警報音と共にシャットダウンされた。


「シールド消失!」

「最大戦速! 面舵一杯、下げ舵一杯! デコイ、チャフ、フレア、防御幕! ばらまけるものは全部ばらけ!」


 誰かの報告に、私はほとんど脊髄反射で叫んだ。艦長より先にそうに関する指示を出したのは越権行為も甚だしいが、装甲など飾りでしかない先代エトロフに乗り込んで、ホルバインの指示を聞いていたからこういったときの対処は骨身に染みついていた。あとで艦長にはびると共に、ウイスキーの一杯でもおごらせてもらうとしよう。現代戦闘艦にいくら装甲が施されていようが、それは惑星間塵やスペースデブリなどの衝突に対する最低限のものであり、荷電粒子ビームや超高速で飛来する質量弾に対しては無力、いや装甲で受け止めるのはほぼ不可能だ。


「やりますな、参謀総長。一隻お貸しして、指揮を執ってもらいたいものです」


 艦長はこんな状況にもかかわらず、にやりと笑って見せた。歴戦の船乗りからの及第点の評価に私は内心ホッとしていた。


 淡い空色の高分子ゲルの防御幕が展開し、質量弾を防ぎ、おまけ程度には荷電粒子ビームの減衰効果を発揮するが、それでもまだ足りない。デコイやフレアにしても、すでに光学照準でこちらを捉えているであろう敵艦隊に対しては効果が限定的だ。直撃を受け、艦全体に激しい衝撃と、けたたましい非常ベルの音が鳴り響く。


「被害報告!」

「右舷第三対空砲群沈黙! 第三艦橋大破! 右舷通信アレイ全損!」

「右舷機関出力、急速に低下! 第一二区画から三一区画までは非常動力に切り替わります!」

「敵砲弾、直撃コース!」


 断末魔の叫びのような対砲レーダーのアラート音に、さすがの私もこれまでか、と観念するに至った。この戦闘の事実上の指揮官として、功成らずして万骨枯るというわけだ。


 しかし、待てど暮らせど――実際には一秒にも満たない時間だったが――、一向に自分の身体が対消滅爆発に巻き込まれるような気配がない。


「何者かが、本艦至近距離に浮上。砲撃の盾に……」


 戦闘で発生したチリやガスを派手に励起させながら、二〇隻近い艦艇がジャンヌ・ダルクの前面に浮上した。レーダーを見れば、さらに同数の艦艇が近傍宙域に現れたのが分かる。


「識別照合、センチュリオン級重戦艦。アスファレス・セキュリティのものです」


 量産型の艦艇とは言え、長い就役期間のうちにそれぞれの艦に個性ともいうべき差異が出る。増設した対空レーザー砲台の位置、装甲板の補修痕、そして増設した艦首の連装重荷電粒子砲から、それがアスファレス・セキュリティ第一艦隊旗艦ロパトカのものであることが分かった。


「戦艦ロパトカ……」

『騎兵隊の到着よ! 間に合って良かった。柳井、いえ、今は参謀総長閣下とお呼びすべきかしら?』


 見慣れた顔と声は、今まさに喉から手が出るほど欲しい増援を引き連れた騎兵隊隊長の顔だった。


「もう六時間経ったのか……」


 帝国軍にいたころに買っていた腕時計の針が指し示している時間を見て、無限のように感じたこれまでの時間を考えていた。たったの六時間でこれだ。我ながら実戦に出るタマではない。


『アスファレス・セキュリティ第一艦隊、第二艦隊統合司令官、フェリーネ・アルテナです。ピヴォワーヌ伯国防衛艦隊の指揮下に入り、これを援護します』

「部長、お待ちしていましたよ。アスファレス・セキュリティ第一、第二艦隊は防衛艦隊主力と共に、敵艦隊の迎撃に当たってください。しばらく正面は任せます、その間に防衛艦隊を再編成させます」

『了解、参謀総長殿。精々あなたの采配、見させてもらいましょう』


 しかし、軍事企業の人間というのは、正規軍の人間に比べて些か緊張感に欠けるように見える。戦闘が軍務でなく、仕事として日常生活の一部になっているからこそだろう。これでようやく、戦力差が拮抗きっこうした。まだやりようはある。私は残った集中力を動員して、この局面を打開する方策を考えようとしていた。


「参謀総長、これでなんとか抑えきれそうですね」


グリポーバル参謀の顔にも、いくらか余裕が見えた。アスファレス・セキュリティ艦隊には、ロパトカ以下戦艦級には重荷電粒子砲があり、これも帝国ナンバーズフリート配備艦に比べれば出力は半分のものだが、それでも敵を押し戻すには十分だった。


「そうだな、艦隊を再編する」

「参謀総長! 第三衛星軌道に何者かが浮上してきます! 敵第三波、第四波です!」

「……考えたくなかったパターンか」


 ベイカーとの間で考えていた敵の作戦計画には、いくつかのケースを想定していた。その中でも敵が後方に予備戦力を隠し持っているケースは、私としては外れて欲しいものだった。


「戦艦隊回頭、四時方向敵第三波、第四波出現方向。重荷電粒子砲用意」


 エマール提督の指揮を聞きつつ、私はこのあとの戦闘の推移を、暗澹たる気持ちで想像していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る