第27話 参謀総長・柳井義久〈6〉

 帝国暦五八五年 一一月二六日  〇六時三〇分

 官舎


 伯爵公邸でワインを飲んだ翌朝。今日はいよいよ、敵襲来の前日。まだ出仕までには時間がある。私は自前のワークステーションを立ち上げると、一通のメールに目を通していた。ローテンブルク探偵事務所の所長、エレノア・ローテンブルクからのものだ。宿舎の自販機で購入していた缶コーヒーを飲み終えるタイミングを計ったように、出迎えの運転手が部屋まで来てくれたが、今日はいつもよりも一時間以上早かった。


「参謀総長閣下、伯爵が私邸にお連れするようにとのことです」

「私邸に? 伯爵閣下はお体の具合でも?」

「それが、朝食を共にしたいとのことで」


 ここに赴任して三ヶ月を超えたが、これも初めてのことだった。状況を把握しきれない私を尻目に、リムジンは郊外にあるという伯爵の私邸へと向かった。



 〇六時四二分

 ピヴォワーヌ伯爵邸


 政庁ビルの仕上がりからして、旧世紀フランスの宮殿のようなものだったから、おのずと伯爵邸もさぞ荘厳なものだろうと思って来てみたが、さほどイヤミに感じないのは、趣味の良さを反映してのものだろう。


 どんなに華美でも、センスが悪ければそれまでのもの。この惑星に来たときから感じていたが、さすが五〇〇年近く惑星開発をしてきた一族は、その辺りの知識も豊富なのだろう。帝国植民惑星の都市計画も担うだけあって、市中の導線にも工夫が凝らされていたが、ここに来てようやく、その点が理解できた気がする。


「柳井様。我が主人の突然のお呼び出しにお応えいただきありがとうございます。当家の執事を務めておりますリゼルーと申します」


 私の父くらいの年齢の老執事は、折り目正しい、まさに執事という概念がえんふくを着て歩いているような人物だった。


「オデット様は随分あなた様のことをお気に召しているようで。主人がお客様をお呼びするのは珍しいことです」


 これだけの屋敷に人を呼ばないのも、もったいないような気がした。ただの一般庶民の感覚では推し量れない何かがあるのだろう。大方あの伯爵閣下のことだから、客を呼ぶより自分が赴くほうが早い、という理由だろうが。


「それは何よりです。この商売、嫌われては務まりませんから」


 屋敷の中も品良くまとめられており、皇統貴族の模範ともいうべきものだった。ただ、屋敷の規模に比べてメイドの数が少ないのが気にかける。伯爵家ともなれば家族の世話も含めて、それなりの人数が動いていておかしくないものだが。


「そういえば、無礼を承知でお聞きしますが伯爵にご結婚の予定は……」

「先年大旦那様……先代のピヴォワーヌ伯爵家当主、シャルル様が亡くなられてからは、その気もないご様子で」

「そうでしたか……本来ならば亡くなられたお父上が、伯爵としてこの惑星を統治する予定だったのでは?」

「はい。本来ならば喪中であるところ、オデット様は気丈に振る舞われて……」


 伯爵は今年で三〇になろうというのに婿も取らず、ということは、当主としての責務を一心に背負い込んでいるのではないかと、部外者ながら心配になる。帝国皇統に連なるということは、婿取りも当主の義務となるだろうが、伯国領主となればそれも後回しにせざるを得ないのだろう。


「こちらでございます」


 あまりお目にかかれない、ヴィッカーサウザン星系名産のアイアンウッドでできた扉が開かれると、開放感のある食堂が目の前に広がっていた。


「すまんな。昨日の今日で朝も早くから呼び出して」

「伯爵閣下のお呼びとあっては、来ないわけにもまいりません」

「いつも宿舎の朝食では飽きも来ようと思ってな」


 伯爵はすでに着替えを済ませており、いつものスーツ姿だったが、さすが貴族だけあって自分の実用一点張りの軍服姿とは雲泥の差がある。果たして閣下が胸に付けているループタイの宝石一つで、普段私が着ているつるしのスーツなら何着分になるものか。


「まあ座って話そう。閣議にはまだ時間がある」


 着席すると同時に、メイドが料理を運んでくる。主菜副菜とサラダにパンは一つのプレートにまとめてあり、貴族とは言え合理性を求める辺りは、惑星開拓を司る一族としての性質なのだろう。

 その後、戦術の話や茶飲み話をしつつ、朝食は穏便に終わると思われた。しかし、メイド達が紅茶を用意して食堂を出て行くと、伯爵の声のトーンが二段階ほど低くなった。


「さて……わざわざ茶飲み話でここに呼びつけたのではない、ということは察しているだろうが」


 茶飲み話にしては物騒だった。


「昨日話し忘れたことがあるのを思い出した……作戦統帥の立場にある者として、君には知っていてもらわねばなるまい。我がピヴォワーヌ伯国が、何故こんな辺境宙域のただ中に成立したか」


 それは私がここに来ることが定まってから、常に気にかけっていたことだった。先刻目を通したローテンブルク探偵事務所の調査資料と、私の推測の答え合わせになるだろう。


「ピヴォワーヌ伯国は、始めはもっと帝国中央に近いところに置かれる予定だった。しかし、私の父や陛下の周囲、あとギムレット公が、これに反対した」


 帝国を大きく分けると、地球を中心とした一〇〇〇光年ほどの球状の宙域が本国、その周囲の有人惑星系を中核とする領邦が取り囲む。そのさらに外を、大きく東部と西部、そして天頂方向を北部、天底方向を南部として、帝国の軍管区が取り囲む。帝国建国時、領邦までが帝国の版図だったことを考えれば、人類の生存権拡張は、かなりのハイスピードで行われたことが分かる。


「ピヴォワーヌ伯国には、東部辺境のくさびになってもらわねばならない、ということですか?」

「察しが良いな。ではこれも気づいているだろう。帝国第一二艦隊ともあろうものが、賊徒の艦隊にやすやすと敗退するわけがない」

「帝国軍はわざと敗退して見せた……いや、むしろこちらに針路を取るように仕向けた」

「帝国東部軍としては我が伯国は目の上のコブのようなものと見えたのだろう。あそこのホーエンツォレルン公と我がピヴォワーヌ伯爵家は、代々犬猿の仲でな」


 軍管区の長には帝国皇統が任じられるのが通例で、現在の東部軍管区司令官はオットー・リリエンベルグ・ホーエンツォレルン元帥。現在の皇帝バルタザール一世の義理の兄にあたるお方だ。そのホーエンツォレルン元帥がピヴォワーヌ伯爵家と不仲というのも、フロイライン・ローテンブルクの資料には書かれていた。帝都で公爵殿下からも同じようなことを聞いていたが、元帥と伯爵家、公爵家の間に何があったのか。


「ゴシップ誌の類いをあさればいくらでも出てくる。この因縁は一〇〇年以上続いているのだぞ? 何でも我が伯爵家とギムレット公爵家の先々代と、ホーエンツォレルン元帥の父親が私事でけんが耐えなかったそうでな」

「……しかし、いかな貴族の家同士の確執とはいえ、東部方面軍がピヴォワーヌ伯国を意図的に見捨てたとは言い切れません」

「現状はな」


 ティーカップの中身を一息に飲み干した伯爵は、さらに続ける。


「これまで帝国は、東部方面軍を中核として辺境惑星連合との戦いを続けてきた。しかし、帝国本国はこれを是としていない。端的にいえば東部方面軍を信用していないのだ」

「東部方面軍は、設立から三〇〇年。その間ずっと、辺境惑星連合との戦いの最前線において、その侵攻を阻み続けてきたのです。それがご信用できない、と?」


 一〇年少々とは言え、東部方面軍で文字通り命をかけて任務に当たっていた人間として、今の言葉は看過できなかった。しかし、私の僅かばかり非難じみた視線にも、伯爵はまったく動じない。


「柳井、君のいうとおりだ。だが、こうもいないか? 辺境――東部軍管区で生まれ、東部軍管区で死んでいく人間には、帝国とはそれすなわち東部方面軍のことである、と」


 ゾッとするような、それでいて本質を突いた言葉だった。そもそも、東部軍管区は行政の長も、形式にとはいえ司令官であるホーエンツォレルン元帥が務めているし、その先代もそうだ。年始をはじめとする各種行事には元帥や行政庁、あるいはそれに類する高級将官や官吏が列席する。各段階の教育機関の入学・卒業式には東部軍管区文化教育局の局長や参事官などが参列するのが良い例だ。


「実態の見えぬ抽象的な帝国中央政府、いや、皇帝ではなく、東部方面軍こそが、辺境の臣民にとって、よほど帝国と呼べるものだと仰るのですか?」


 いっておいて私は、その感覚を肌身にしみて理解していた。私は東部軍管区で一〇年軍人を務めていたが、帝国中央政府や軍司令部に比べれば、軍管区政庁の高級官僚や東部軍の将官のほうが見知っている。中央の一般的なニュースより、軍管区内部の取るに足らないうわさばなしのほうが耳に入りやすい。一般市民にしてみても、自分の住む惑星のニュースが大半を占めるだろう。


「確かに東部方面軍は、辺境宙域の賊徒討伐を行う一種の暴力装置だ。だが、それによって不利益を被る人間はどれだけいる? 辺境の賊徒と共に蜂起した連中を、一般市民はどう思っている? ただの現実の見えていない夢想家達ではないか? 東部軍を敵視する理由が、辺境の人間にはない」

「それはそうですが……だとしても伯爵閣下は何を仰りたいのです。東部軍管区が蜂起して、帝権の所在を脅かすとでも? しかも、東部の臣民はそれを許容するというのですか」

「そうだ、といいたいが、私は分からん。帝国本国には、本気でそう考えている人間が少なからずいるということだ。辺境がそれぞれに軍事政権を樹立するようなことになれば、帝国は崩壊だ。本国軍と領邦の戦力が束になっても、辺境全ての鎮圧となれば戦力が足りん」


 私は目の前のティーカップに目を落としていた。このあと私はどう二の句を継ぐかということを考えていたが、どうにもうまく考えがまとめらない。


「皇帝陛下もそうお考えなのでしょうか?」

「陛下の御意に従って、私はこの地を統治している。これだけでは答えとして不足かな?」


 私の問いかけに、伯爵は先ほどとは打って変わった砕けた調子で答えて見せた。


「私のいうことを話半分に聞いてもらうのも構わない。だが、口外はするな。これはピヴォワーヌ伯国領主としてでも、伯国防衛軍大元帥としての要請でもない」

「一個人として、私を信頼なさるということですか」

「私は信頼していない人間を自分の家に入れるほどの度量はない」


 こんなことを他の人間に話せば、どんな顔をするか分からないが、ピヴォワーヌ伯爵の名を傷つけるわけにもいかないだろう。


「……そこまで仰られては、私も口外するわけにはいきませんね。柳井家の家格では、誓約の保証として不足でしょうが、これは誓って」

「それを聞いて安心した。では政庁へ向かうとしよう」



 〇八時〇二分

 政庁ビル 防衛軍 大会議室


「ここまで我が軍は、敵への小規模な妨害行動にのみ終始してきました。現時点で、戦艦二、巡洋艦九、駆逐艦以下補助艦艇併せて二〇隻を撃沈、もしくは大破に追い込みました」


 この防衛作戦もいよいよ最終段階ということで、伯爵以下政府閣僚も集まった御前会議と相成った。グリポーバル参謀の報告に、会議室の一同はホッとしたような空気を漂わせていた。私はベイカーに目配せして、この場の空気を締め上げることにした。


「しかし、コチラも巡洋艦一隻、駆逐艦五隻を失いました。いよいよ本土決戦というわけですね、参謀総長」


 ベイカーの言葉に、一瞬浮かれていた閣僚達は再び緊張の度合いを増す。敵戦力の漸減というもくは達成したが、それでも敵戦力は、我々の数倍。安心などできない。上座の伯爵はといえば、驚きもせず、緊張もせず、泰然とした雰囲気を漂わせていた。伯爵は私邸での私服から、防衛軍大元帥としての軍服に身を包んでいた。


「敵艦隊がこのラ・ブルジェオン近傍宙域に現れるのは、約二四時間後とみています」


 事前に計算していた敵のピヴォワーヌ星系到達は、私が到着した時点での敵の到達予測日時はとうに過ぎている。これも二二回行った奇襲攻撃と補給船団への攻撃のおかげだが、いよいよそれで茶を濁すわけにはいかなくなった。一ヶ月ほど時間を稼いだとはいえ、それだけの時間で艦隊戦力が劇的に増大するわけでもなく、将兵が歴戦の強者になるわけではない。相変わらず第一二艦隊に動きはなく、指導将校からの悲痛な報告が連日私のメールボックスに届いている。近衛艦隊の動きも、まだ議論に決着がついていないとベイカーが報告してきていた。私にとっての頼みの綱は、やはりアスファレス・セキュリティ艦隊にしかなかった。


「残り二四時間……アスファレス・セキュリティ艦隊の所在地は?」

「今頃は超空間内ですから正確な現在位置はつかめませんが、三〇時間ほどで到着する予定です」


 このときのアルテナ部長の連絡は極めて簡素で、到達予定時刻と一言『騎兵隊を待っていろ』とだけ記されていた。


「つまり、六時間耐えきれば、我々の勝利、ということか」


 伯爵の言葉に、居並ぶ閣僚達もうなる。その六時間というのが問題だった。小難しい方程式を持ち出すまでもない。明らかにこちらが劣勢であり、瞬時に戦線が瓦解する確立が高いためだ。


「六時間……現有戦力で真っ当に防衛線を構築しても二時間持たせられればいいほうでしょう。そこでです。敵を第三衛星の工業衛星都市群に誘い込みます」


 ラ・ブルジェオン第三衛星クリゾンテームは、ラ・ブルジェオンの重力圏ギリギリの軌道を周回している衛星だが、優良な鉱床が数多く存在していたことから、ピヴォワーヌ伯国の重工業の中心地となっていた。


「どうするつもりだ?」

「これを占拠すれば、敵はラ・ブルジェオンへの橋頭堡きょうとうほを確保することができます。そこに隙がある」


 いかに優勢な敵勢力とはいえ、惑星を攻め落とすにはそれなりに時間がかける。部隊の補給のための資材や安全な後方宙域も確保しなければならない。その点、クリゾンテームの資源と位置は最適だ。私の考えを知っているのは、伯爵とベイカー、それにグリポーバル参謀だけだ。私は居並ぶ閣僚達の頭頂部にクエスチョンマークが出そろうのを待ったようなタイミングで、スクリーンの映像を切り替えた。


「敵が接近したら、ここに配置された国営燃料廠を動かし、敵艦隊に突入させ起爆。周囲二〇万kmくらいを派手に吹き飛ばしてくれるでしょう。これで敵の何割かは撃破できるかと」


 帝国の軌道都市は、基本的に移動を前提として設計される。超空間潜行すら可能な大出力の機関を備えた軌道都市なら、誘導機雷代わりに使えると私は考えた。中でも私が選んだのは、巨大な粒子加速器で艦艇用の反物質燃料や光子魚雷の弾頭にじゆうてんされる反物質燃料を生成する国営燃料廠だった。この作戦に難色、というよりも拒否反応を示したのは財政相のシモン男爵だった。


「あそこは我が国の重工業の中心地だ! そこを破壊すれば、今後我が国の経済が悪化するのは明白ではないか!」

「あの設備は惑星開拓初期から使っている。減価償却も終えておるし、何なら今回の侵攻を撃退して見せれば、帝国政府からの援助で再建もできよう」


 残り少ない頭髪がかき乱されるほどくびを振った彼に、伯爵が助け船を出した。しかし、伯国の貴重な財産を吹き飛ばす私の案を、大して驚きもせずに受け入れてくれた伯爵の度量に、私は感謝しなければならない。


 本来、私はこの星系の独立、ここに住む市民の安全、そして財産の保全を確約すべき立場にあるのに、その財産をいの一番に破壊する。これは軍事指揮官としては無能の証明といっても良いだろう。しかし、何度もいうことになるがこの星系の防衛軍の戦力は、その理想を実現させるには圧倒的に不足していた。


「シモン、そう落ち込んだ顔をするものではない。柳井、そうであろう?」

「男爵閣下。ここは曲げて作戦をお認めいただきますように。私の身命をかけ、この国を守り通しますゆえ」


 ふと、私は帝国貴族階級とそこに連なる人々の、どこかロマンチックな関係性に思いをせていた。本来であれば、こういった事柄は人間性とはほど遠い、経済、軍事の双方をてんびんに乗せた上で議論すべきことなのだが、ここでは、俗な言い方をすれば、義理と人情によってことが進むのである。まあ、別に貴族に限らずとも、人間と関わる以上、義理と人情は常に付きまとうのだが。


「参謀総長がそこまで仰られるのであれば、私はもう何も申しません」

「では続けます。敵はこのラ・ブルジェオンの周辺に浮上してくるはずですが、第一衛星シャンピニオンと第二衛星セルマンの軌道の都合上、首都星付近の重力場はかなり複雑です」


 私はグリポーバル参謀に準備させていた首都星付近の重力場の状況を、スクリーンに映し出した。第一衛星は一〇〇〇キロメートル足らず、第二衛星も四〇〇キロメートル程度と小ぶりだが、その質量から来る重力場は、超空間潜行からの浮上時に無視できない影響を及ぼす。悪くすれば浮上地点が数十万キロメートルとずれ、大気圏に突入したり、惑星地殻内に浮上することになる。


「敵もある程度は把握しているでしょうが、浮上時の誤差を少なくするためにも、ラ・ブルジェオンとその衛星の重力影響圏からかなり距離を取って浮上してくるはずです」


 本来であれば、敵は大戦力を生かした速攻を企図して、我々の艦隊の極至近距離に浮上したいところだろう。速やかに降下揚陸戦を開始し、短期決戦に挑む。これが犠牲が少なくて済むし、スマートだ。ただし、それは理想論であり、実戦ではこうもいかない。


 私はかつての軍在籍中、いくつかの惑星降下揚陸作戦を支援、もしくは自ら部隊を指揮して地上戦を行ったが、そのいずれもが、遠距離でのれつな艦隊戦の末、辛くも勝利してからの降下だった。つまり、端的にいえば時間がかかるのだ。


「通常空間を進んでくる艦隊に対しては、戦艦隊による長距離砲撃が効果的です。また、シャンピニオンには我が軍の防空師団が置かれています。軌道上の艦隊、防空師団、戦闘衛星による十字砲火が実施できれば、重畳この上ありません」


 私の説明を、閣僚達は黙って聞いていた。先ほどの決意表明が効いているのだろう。


「静止衛星軌道はじめ、ラ・ブルジェオン周囲にはセマンスやジェルムⅣといった開拓初期に使われた資源衛星の残骸がまだ残されていましたので、これを分割し、配置しています」

「即席の陣地というわけか」


 私の説明に、首相が感心したように頷いた。


「長時間持つ物ではありませんが、砲撃の直撃は避けられます」


 ここまで説明して、私は改めて閣僚一同を見渡した。


「防衛軍参謀総長として申し上げます。勝ち目のない戦いなどではございません。むしろ我々は、有利ともいえる状況を、確立しつつあります」

「参謀総長、六時間持ちこたえる確証があるということだな?」

「はい」


 伯爵の言葉に即答したものの、その自信というのは高度一〇〇〇メートルに張られたピアノ線の上に置かれたコップのようなもので、ちょっとした外乱があればあっけなく地に落ち砕け散る。その外乱というのも、ちょっとしたもので構わない。


「閣下、敵に降伏なさるおつもりはないのですか?」


 ここで突然、とんでもないことを言い出した閣僚がいた。ルルー農工相だ。


「産業基盤を破壊し、防衛軍兵士に死地に赴けと仰るより、敵にここを明け渡すほうが、犠牲は少ないのではありませんか?」


 なるほど、確かにそれも一つの選択肢だ。というより、私はその意見が出ることを恐れていた。今現在、帝国の代理人たる者は私とベイカー、皇帝から伯国領主を任ぜられた伯爵くらいだから、ともすれば降伏に傾きかねないとも考えられる。私や伯爵を辺境惑星連合に差し出せば、自分達の立場はあんされるかもしれない等と考えても不思議ではない。


「ルルー! 君はなんということを!」


 首相のリリュー子爵が声を荒げるが、それに対して農工相も負けてはいない。


「リリュー子爵、あなたこそどうなんだ! 伯爵と参謀総長に全ての責任を押しつけ、星系首相としてなんら実権を発揮していないではないか! そこの参謀総長と呼ばれている男にしても、本質的には帝国本国の代理人に過ぎないのですよ!? 帝国本国は、我々のような辺境の国々が疲弊し興廃しようと構わんといっているに等しいではありませんか! ダルキアン長官は病床に伏せっておられ、この国難に際して情けないことこの上ない!」

「私を侮辱するのは構わん。だがリリューや柳井、ダルキアンを侮辱するのは許さん! ここは我が領地、彼らを任命したのは私だ! ルルー、君は私をこそ批判するべきだ!」


 伯爵の言葉に、さすがのルルー農工相も言葉を失っていた。だが、農工相を批判することはできない。勃興間もない国に、敵の大艦隊が攻めてくる。一般人であれば誰でも同じような発想に至ることは避けられないのだから。


「私とて皇統、そしてこの領邦の初代領主。むざむざ賊徒共に明け渡しなどするものか。諸君の覚悟のために、私はあえてここで決定を伝える。私の決定は、いうまでもなく徹底抗戦だ」


 これまでにない強い口調の伯爵に、会議の参列者は腹をくくった。私にはそのように見えた。


「しかしそれは、この星に住まうものを戦渦に巻き込むものではないと断言する。すなわち、防衛軍は敵の地表降下を許すな。私からの命令はこれのみだ。あとは現場の諸君らに任す」


 それは軌道上の艦隊が撃破され、敵が降下揚陸作戦に移った段階で、地上戦は行わずに降伏するという決定でもあった。ピヴォワーヌ伯国が歴史の古い国であれば、地上戦を含む徹底抗戦でもいいが、まだ新興国であるからこそ、国民感情を配慮した決定というわけだ。


「はっ!」

「身命にかけても、ラ・ブルジェオンの地を奴らに踏ませはしません!」


 グリポーバル参謀と参謀次長のベイカーが力強く答え、伯爵の目線は私に注がれた。私はあえて無言で頭を下げ、決意表明とすることにした。



 〇九時三九分

 ラ・ブルジェオン宇宙港


「柳井。私の同行は許可できぬとはどういうことだ」


 宇宙港のロビーには政府の主要閣僚と伯爵が、私達の見送りに来てくれた。閣議で覚悟を決めたとはいえ、閣僚達の目には、一抹の不安が見て取れた。防衛艦隊が決戦に赴くとなれば、思うところはあるのだろう。伯爵は我々との同行を望んでいたが、それでも私は伯爵に地上残留を強要しなければならない理由があった。


「全軍、全市民への降伏を命令なさる権利をお持ちの方が、地上に残っておられないと困ります」


 伯爵の決定は、あくまで宇宙空間においての戦いは徹底抗戦を貫くというものである。考えたくはないものの、私の立てた作戦でまったく敵を迎撃できず、もしくはアスファレス・セキュリティ艦隊の到着前に敵が強襲降下作戦を開始したならば、即座に降伏するというものだ。軍司令長官がいなければ、いくらその方針を伝えておいたとしても、血気盛んな若手将校達が独自に迎撃作戦をとるかもしれない。もしくは、市民の中にパルチザンに身を投じるものが出るかもしれない。それを抑えるための布石でもある。


「君がいくのに、私が地上でのんびり構えていられると思うのか?」


 確かに私は部外者だ。しかしここまでやらせておいて、ここで部外者扱いされるのも心外だ。この三ヶ月、私はピヴォワーヌ伯国政府と些か深く関わりすぎたのかもしれない。宇宙空間ならまだしも、地上での決戦は、都市に与えるダメージが大きすぎるし、奇跡的に地上戦で勝利できても、それは一時的なもの。制宙権を帝国が取り戻すまで、敵はいくらでも地上戦力のてんができるのだ。


「伯爵、我々はあくまで時間稼ぎをしにいくだけです。うちの騎兵隊が到着次第、すっ飛んで逃げ帰ってきますからご安心を」


 冗談めかしていってはみたが、果たしてその余裕が残っているかは、実際の戦いをしてみなければ分からない。


「伯爵、前線に出るだけが大元帥……責任者の役目ではありませんよ」


 そういった自分はどうなのだと、自問自答しそうになっていた。詮無いことだ。今この瞬間は、戦線維持のための方策でも考えているほうがよほど良い。長官達と、見送りに来た市民達に敬礼をしつつ、私は軌道上の艦隊へと向かうべく、機上の人となった。



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