第24話 参謀総長・柳井義久〈3〉
九月二〇日 一五時〇〇分
政庁ビル三階
防衛軍総司令部 参謀総長執務室
威力偵察から帰ってきた私は雑務を進めつつ、一つ頭の痛い問題を解決するときが来ていた。
「お久しぶりです。クリモフ指導将校」
通常の肩章より大きな指導将校専用のものを付けた痩せぎすの男。彼の名前はアレクセイ・クリモフ。帝国軍の大尉、いやこの前昇進したから少佐だ。帝国民間軍事企業には帝国軍指導将校、有り体にいえばお目付役が配属される決まりになっている。帝国正規軍でも配属されているが、どちらにせよ面倒な人種であることには変わりない。アルテナ部長の予告通り、一週間で彼はラ・ブルジェオンに到着した。
「道中大変だったのではないですか?」
「すでに辺境各地で戦闘が開始されていますから。
私としては、彼の到着は遅れれば遅れるほど、何ならピヴォワーヌ伯国での戦いが終わってからでも良かったのだが。
「柳井部長。ことここに及んでは、我々は伯国の防衛に心血を注がなければなりません。私も微力を尽くすとしましょう」
彼は今、帝国の友邦たる伯国の防衛任務に軍人としての使命感に燃えているようだが、正直彼が防衛軍中枢に入ると万事が遅滞する。すでに作戦大綱は決めているが、それをかき回されるわけにはいかない。どうにかして追い払う必要があるだろう。
「同志指導将校のおかげで、第一、第二艦隊の動員もスムーズだったと聞いています」
私も、アスファレス・セキュリティに再就職してから何度か指導将校乗艦の艦で指揮を執っていたが、基本的に彼はおだてに弱く、自尊心をくすぐられると御しやすくなる。
「いえ、私はなにも。社長の英断あってこそではないですか。もちろんそれには、常日頃から帝国の領土を守らんとする、軍事企業としての本分を説いて回っていた私の活動の成果、といなくもないですが」
彼ほど熱心な指導将校は珍しい。何せ現在、指導将校といえば軍人にとっては貧乏くじ。出世の王道からは外れたものだからだ。部隊の福利厚生、カウンセリングを始めとして雑務の大概は指導将校に押しつけられる。しかし、彼はこの仕事に生きがいを感じているようだ。ただ、その熱意が向けられる方向と結果としての行動は、民間軍事企業の人間にとっては邪魔になりがちなのだ。
「そうでしょう。あなたのような指導将校の鏡のような方は、私も帝国軍にいたころには見かけなかった」
「最近は指導将校を単なるお目付役や小うるさい風紀委員のよう捉える向きもあるといいます。本来あるべき指導将校としての本分を貫いておれば、そんなことはいわれないのですよ。うん」
大きくうなずく彼の笑顔に確証を得た私は、本題を切り出すことにした。
「そこで指導将校にお願いがあるのですが。あなたにしかお願いできないことです」
「柳井部長には、アルバータ星系を守り抜いてもらった貸しがある。私が役立つというなら」
「第一二艦隊の動きが不可解です。どうもピヴォワーヌ伯国へ向かっている艦隊の戦力を過小評価しているのでは、と」
帝国軍が意図的に出兵を渋っているのでは、などといったら指導将校には逆効果だ。ここは帝国軍を心配する風を装うべきと考えた。そもそも、敵と最初に交戦した第一二艦隊からの情報提供は『他の宙域の防衛作戦の影響で』最低限しか貰えていない。まさかあの第一二艦隊の情報部ともあろうものが、いくらなんでもそこまで追い詰められているとは思えず、私が第一二艦隊を信用していない理由はまずそこに起因していた。
「なんですって? 第一二艦隊ともあろうものが」
「第一二艦隊、
「ううむ。確かにそうかもしれません」
指導将校の反応を見るに、これでこちらの作戦は九分九厘成功したものと見て間違いない。
「そこでです。先日敵艦隊へ威力偵察を仕掛けました。指導将校殿にはこのデータをもって第一二艦隊司令部のあるオストラントへ出向いていただきたいのです」
「いやしかし、私がここを離れては」
「防衛軍の人間がオストラントへ出向いても邪険にされるでしょうし、私もここを離れられません。帝国軍指導将校であるあなただからこそ、頼めることです。どうか、このとおり」
私が頭を一つ下げるくらいで、彼をピヴォワーヌ伯国から遠ざけられるなら安いものだ。何なら土下座まで考えていたが、軽く頭を下げた時点で、指導将校は
「柳井部長! 頭を上げてください、私でよければその役目、引き受けましょう」
「ありがとうございます! では高速艇の準備が整っています。指導将校もこちらに来られてまだ時間が経っていないが、まあともかく、ことは一刻を争うのです。頼みましたよ、同志指導将校」
私が敬礼を送ると、しゃちほこばった指導将校は足をもつれさせるようにしながら駆けだしていった。私は悠々と机の電話を取り上げ、宇宙港にオストラント行き高速艇の優先発進要請を出した。
「いい性格してるわね、あなた」
私の横で黙ってことの推移を見ていたベイカーが、
「指導将校はここにいても単なる邪魔者だ。だが、これで第一二艦隊を動員できれば、彼の功績は私より大きいものになる」
「彼に説得工作をさせるつもり? 見た感じ、向いてなさそうだけど」
「グライフ提督は、指導将校が一人わめき立てた程度で動くタマじゃない。それに、グライフ提督が動こうとしても、それを阻害する人間がいるかもしれない」
「……東部方面軍総司令部? ホーエンツォレルン元帥が?」
中央はともかく、帝国辺境は軍政の色が濃いのが伝統で、行政、軍事の長として帝国軍元帥が着くこと慣例となっている。現在東部方面軍管区を治めるのは、現皇帝バルタザールⅠ世の弟であるオットー・リリエンベルグ・フォン・ホーエンツォレルン元帥だ。
「彼が司令部で騒げば、噂になる。帝国軍はピヴォワーヌ伯国を見捨てようとしているのでは、と。下級将校や下士官兵卒達が動揺すれば、いずれにしろ動かざるを得なくなるさ」
とはいえ、これはあくまで希望的観測で、基本的にはピヴォワーヌ伯国防衛艦隊とアスファレス・セキュリティ艦隊の戦力だけで、ここを守りきる算段を付けなければいけないのが私の立場だ。
「それはそうと、そろそろ御前会議のお時間よ、参謀総長閣下」
「そうだった。資料はできているか?」
「はいこれ」
昔からベイカーの作る資料には無駄がなく、今回のように情勢が不利なときは、
参謀総長執務室と同じフロアの会議室にはすでに防衛軍司令部のメンバーが待ち構えていた。私とベイカーはいわゆる
一五時二一分
第三会議室
「敵主力の現在位置はここ、赤色矮星RDF4892。ここから五〇〇光年ほどの距離です」
「よくここまで細かい位置が分かったわね。あなたのところの艦?」
「いや、治安維持軍の辺境警戒網から敵艦隊の現在位置を逐次通報してもらうことにした」
「星系自治省がよく動いたわねぇ。帝国の領邦とはいえ、自治星系の案件以外では動かないと思った」
星系自治省は、帝国の自治星系を統括している省庁で、今頃辺境の動向を警戒しているだろう。独自の治安維持艦隊も持つが、フリゲートやコルベット主体の陣容では、艦隊戦の増援としては力不足。しかし、辺境にあまねく広がる警戒網を利用しない手はない。
「ちょっと星系自治省には貸しがあってな」
実をいうと、アルバータ星系の自治政府首相を
「これにより、敵艦隊への襲撃もより精度高く行うことが可能だ。そして、想定される現時点での本星系到着日時は……」
「あと一ヶ月……参謀総長、防衛艦隊の戦備が整うのはどのくらいか」
相変わらず顔色が悪い司令長官が、こちらを睨んでくる。ひょっとして私が軍にいたころ、何か不興でも買っていたのだろうか。
それは後々詮索するとして、超長距離超空間潜行を行う艦艇は、定期的に浮上して機関の冷却と整備点検が必要になる都合上、一度で目的地に
「敵は一ヶ月でここまで来ますが、我々の準備が整うのに、最低でも二ヶ月。そこで、敵の侵攻阻止が目下の課題になります」
私はベイカーに目配せすると、作戦案をスクリーンへと映し出す。
「確かに防衛艦隊は練度不足ですが、軍事企業などで勤務経験がある艦長もいます。これらを整理し編成しなおして敵侵攻ルート上に配置し、漸減作戦を展開します」
私とベイカーが立案したのは、敵艦隊の侵攻ルート上に幾重にも小部隊を伏せ、反復攻撃を仕掛けるというものだった。つまり、散々批判しておいた戦力分散を行うことになる。
「しかし、各個撃破される危険があるのではないか」
さすが軍医少将であっても、そのくらいのことはすぐ見抜くだろう。もちろん、私とベイカーもそのことは予測済みだった。
「交戦時間は一斉射分。つまり三〇秒程度に限定します」
いくら帝国領内に侵入したとは言え、敵も常に戦闘態勢を維持しているわけではない。なるべく会敵する恐れのない宙域で浮上し、整備、休養を行う。そこを襲撃するわけだ。
戦闘の流れは、先日の威力偵察と同様にしたが、これなら長期戦になれていない防衛艦隊の人間でも、なんとかなるはずだった。
「それではまともに敵を撃破できないではないか」
「参謀総長の作戦は、つまり敵へ嫌がらせをしようというものです」
ベイカーの補足は端的であり、そして余計な一言だった。とはいえ、私がこの作戦の要旨を説明するなら、同じ表現になる。
「嫌がらせ!?」
会議室がざわつくのも無理はない。栄えあるピヴォワーヌ伯国防衛艦隊の初実戦は嫌がらせからスタートするのだから。配下であるはずの参謀本部のスタッフも狼狽えているのは、さすがに根回しが不足していただろうが時間が足りない。分艦隊には敵との安全距離を確保しうる最小限の距離で超空間から浮上、以降最大加速で突進し、敵が迎撃態勢を整える前にとんずらするわけだが、誰だってこんな案を見せられれば動揺するだろう。
「また、帝国領への侵攻となれば、揚陸兵や補給物資を満載した輸送艦隊が随伴しているはずです。これに対しての襲撃も、アスファレス・セキュリティ護衛艦隊を用いて行います」
これにより敵艦隊の意識を侵攻以外にも向けさせ、戦力を分散させようという腹づもりだ。ホルバイン達は船団護衛のプロフェッショナルなだけに、嫌らしい攻撃をしてくれるだろう。敵に対するストレスは計り知れないはずだ。問題は、果たしてこの策に敵が乗ってくれるかどうかだが。
「しかし、そうすると本土の防衛は……」
「第一衛星シャンピニオンに配備された防空師団と、軌道上の戦艦四隻、防衛衛星と地上兵力だけになります」
私の説明にコルベール国防大臣は――この伯国では珍しい、爵位を持たない閣僚だ――不安げにこちらを見やる。ただし、これに対してはエマール提督に事前に言い含めておいたのが功を奏した。
「敵が辿り着くまで、本土にどれだけの部隊を配備しても無駄ということです」
提督のいうとおり、というか私もベイカーも始めから割り切っていた。敵が遊撃隊でも組織して、本隊に先駆けて奇襲攻撃を仕掛けてくるならそれまでだが、そんなことまで考えていては何もできない。敵が小細工を弄さず、正攻法で攻めてくることに賭けなければ、作戦立案もままならないのだから。
「時間を稼いでいる間に、アスファレス・セキュリティの第一、第二艦隊もこちらへ来ます。また、近衛艦隊、第一二艦隊など帝国軍本隊の増援が来れば、多少敵が数を揃えてきたところで、恐るるに足りません」
私の断言が果たしてどれほど真実味を与えられたかは不安なところだが、ともかく私が立案した作戦は実行に移されることになった。
一五時五一分
参謀本部オフィス
「参謀総長! やはり小官らは閣下の方針に反対です!」
作戦会議の後、参謀本部オフィスに入った私に本来の防衛軍参謀達が詰め寄ってきた。
「理由を聞こうか」
手近な椅子を引き寄せて座ってから、足を組んで殊更に余裕ぶってみせるが、彼らの同意を得られないと私が独断で各部隊に作戦伝達することになるし、細かい防衛計画の立案もおぼつかなくなる。グリポーバル参謀のような物わかりのいい人間だけでないことは最初から覚悟していたが、こうも反抗的だと手に余る。
こういう手合いに弱みを握らせれば、あとが面倒だ。四の五の言わずにこちらのいうことを聞いてくれるくらいでないと困る。
「このような消極的抵抗のみで、敵部隊の侵攻阻止が出来るとはとても思えません!」
「なぜ、そう思うのかな」
「なぜ!?」
「クラレンス中佐、君は私とベイカー准将の立案した作戦を批判するのだから、当然その理由を述べられるだろう」
「それは……」
「我の戦力が敵侵攻部隊に対し劣勢な場合、敵本隊への攪乱、後方支援部隊に対して攻撃をしかけて行動を遅滞させることは帝国軍作戦綱領にも述べられているとおりだ。それに対して君はどのような代案を用意できるのか、と聞きたい」
「……ありません。残念ながら」
「確かに私の作戦は君達には消極的に見えるかも知れない。しかし、ただ勇猛に敵艦隊の前面へ躍り出るだけが戦争ではないのだということを、覚えておいて欲しい」
これは私が兵站本部に居たころ、幾度となく聞かされてきた言葉だった。私としては敵の補給線に負荷を掛けることは、彼我戦力差をおいても優先事項だった。
「諸君、確かに私は民間軍事企業の人間だが、この国を守らんとする意志は当然持っている。諸君らも同様だろう。もう少し信用してほしいものだな」
一六時〇五分
参謀総長執務室前
参謀本部オフィスから自室に戻ってきた私を、防衛艦隊の戦艦艦長のうち、三人が待ち構えていた。
「柳井参謀総長! 我々にも出撃させてください!」
戦艦ゼネラル・ヴォルテーヌ艦長のシルヴァン・シュヴィヤール大佐は、半年前まで民間軍事企業にいたらしい。彼は艦長としての能力には問題ないのだが、些かマッチョな思考ルーチンを持っていて、降下揚陸兵団の大隊長辺りがお似合いだ。
「出撃は認めない。我々には一隻たりとも使い潰せる艦はないし、今回の作戦について、戦艦の速力では足手まといになるだけだ」
「閣下は、子飼いの部下しか信用なされぬのですか!?」
戦艦ゼネラル・ドゥネーヴ艦長のレジーヌ・セルトン中佐は、元々帝国軍が派遣していた駐留艦隊から引き抜かれた艦長だ。それだけに彼女の批判は痛烈だった。確かに先の強行偵察にも、私はエトロフⅡとワリューネクルを使った。批判は予想済みだったが、反論はあえて避けた。彼らの能力が不足しているのは、彼らのせいというより、伯国の置かれた状況と、帝国軍の硬直化した軍政によるものだからだ。
「くどい! 戦艦の火力は貴重だ。今すぐに使い潰すような
ただでさえ劣勢なのだから、苦しい戦いを繰り広げることになるのは明白だ。だからこそ私は根気強く、艦長達を落ち着かせなければならないのだが、どうしても口調が荒くなるのを抑えられない。
「たとえ四隻とはいえ、我々の火力なら敵艦の一隻や二隻は道連れにできます!」
戦艦ゼネラル・ミュズリエ艦長のディエール・デュドゥエ中佐はこの中で最若年の二八歳。血気盛んなのは結構なのだが、こちらとしては差し違えられてはたまらない。
そのとき、私に
「貴様ら、分を
「デュポール艦長……申し訳ありません」
ブレーズ・デュポール大佐は、防衛艦隊総旗艦ジャンヌ・ダルクを預かる艦長だ。戦艦艦長達の中では最年長の五四歳。防衛軍の中でも最年長で、エマール提督がジャンヌ・ダルク艦長だったころには、副長として彼を補佐していた。彼を提督に、という声もあったが、旗艦を預ける人間がエマール大佐では、私が不安だった。
「参謀総長のいうとおり。貴様らは戦艦の役割をなんと心得ている! 確かに戦艦を投入すれば、一隻や二隻どころか、一〇隻くらい道連れにしてもらわねば釣り合わない。今、短気を起こして突っ込んでいって何になる!」
デュポール大佐の言葉に、三人の艦長達は目に見えて落ち込んでいる。彼らも相当気が立っていたのだろうが、これで少しガス抜きができたと思いたい。さらに騒ぎを聞きつけたのか、エマール提督が自室から飛び出してきた。すっかり彼も、私の洗脳、いや、戦術方針を理解してくれている。
「参謀総長とデュポール大佐のいうように、今はまだ戦艦の火力を使うには早い。言葉を慎め」
エマール提督は初めて面談したころと打って変わり、私の命令に忠実だった。彼自身も前線に出たい気持ちはあるだろうが、それを押し殺してのことだ。彼自身は私の方針と真逆の、即時攻撃を是としているのが本心だろうから、一旦は統制が取れた艦隊の命令系統が崩壊する危険は常にある。
とはいえ、艦隊の指揮系統はエマール提督の下に私がつく形になっているが、防衛軍の指揮系統上では私がエマール提督の上に立つ訳で、この点は強引過ぎたと反省すべき点ではある。
「とにかく、出撃は許可できない。君達にはいざとなれば死に物狂いで戦ってもらうから、それまでは各自、いつ出撃しても良いように準備をしておくことを、私は懇願する」
なんとか若手艦長達を追い返したところで、デュポール艦長と目が合う。
「まあ、若いんですよ連中は。参謀総長もまだまだお若い。ま、連中がまた来るようなら教えてください。今度は
そういうと、デュポール大佐は悠々と通路の奥へといってしまった。ああいったベテランが少ないというのは、なんとも難しいものだ。
一六時五八分
参謀総長執務室前
細かい打ち合わせを終えたエマール提督が退室したとき、私は自分がもはや若手とはいない部類に入っていることを、改めて認識するしかなかった。肉体の疲れはともかく、精神的な疲れがすぐに回復しないのを実感していた。
「お疲れのようね、参謀総長閣下。若い子達の相手が堪えてるのかしら?」
彼女も方々の説得や懐柔で大忙しなのだろうが、私と同い年の彼女には、疲れはあまり見て取れない。出来が違うということだろう。
「彼らが祖国を憂う気持ちは十分理解しているが、ここで彼らに先立たれては、私は伯爵に顔を合わせることができなくなるからな」
「伯爵は義久のことを大層お気に召しているようね。あなたの命令となれば、納得するんじゃない?」
防衛軍としては小なりとはいえ、艦隊、陸上戦力、基地兵員などを合わせれば総兵力三一万五三四一名いる、司令部員は三〇〇人弱。その中で私の名前を呼んでくれるのはアレクサンドラ・ベイカーただ一人だ。もちろん他の人間がいるときか、
「
冷めたコーヒーを一口すする。防衛軍司令部の売店においてあるコーヒーは、普段会社で飲んでいるものよりも、少し酸味が強いように感じた。
窓の外を見上げれば、鉄納戸色の空に太陽光を反射する
「俺の顔になにか付いてるか、アリー」
椅子から窓の外を眺めていた私を、興味深げにベイカーが見つめていたのに気づき、気恥ずかしさを感じながら声をかけた。
「軍服が似合わないわねぇ、あなた。中央官庁にでも仕えてれば、もう少し自然だったろうに」
「よくいわれるよ。ただ、中央官庁だなんて大げさだ。精々、地方惑星の役所の戸籍担当だろう」
軍服が似合わない男といわれることは慣れているが、ここに来て再びいわれるとは、今後の身なりも考えなければならないのかもしれない。
とはいえ、今この服を脱ぐわけにもいかない。それからの数週間は、報告を受け、書類に判を押し、作戦に細かい修正を加えるだけの日々だった。
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