第22話 参謀総長・柳井義久〈1〉
帝国暦五八五年 九月一二日 九時二一分
ピヴォワーヌ伯国 首都星ラ・ブルジェオン
中央宇宙港
『ラ・ブルジェオン発、第三衛星クリゾンテーム行き連絡船の発進は予定通り――』
『外惑星向け下り航路は、現在封鎖中です。払い戻しは一二番窓口へ――』
『低軌道連絡便の発進時刻に変更が――』
ラ・ブルジェオン、旧名ローデンヌⅧは帝国でも珍しい、とある一族が独自に開拓を進めた惑星の一つで、私も実際に降り立ったのは初めてのことだった。地上の宇宙港も含めて、さすが帝国の領邦として堂々たる規模と格式のもので、私のような場末の民間軍事企業の人間には肩身の狭いものだ。
本国からワリューネクルが出発する直前、私はロージントン駐留の護衛艦隊にも出動を命じていた。ラ・ブルジェオン軌道上で合流し、簡単な指示を出しておいた私は単身、伯国運営の低軌道連絡船に乗って国立宇宙港へと降り立った。護衛艦隊を従えて降りるのも一つの手ではあったが、それではあまりに
「旅券と身分証明を」
さすが敵艦隊が迫っているとあって、入国審査窓口の係官も緊張した面持ちだった。この時期に本国から来る人間なんて怪しいと思うのが当然で、しかも素性の分からない軍事企業の部長程度では、工作員と思われても不思議ではない。
しかし、旅券と一緒に差し出した帝国政府発行、
「柳井義久閣下! こちらへどうぞ」
駆けつけてきた一団に大仰な敬礼をされた私は、脊髄反射で答礼を返す。空港の警備員かと思ったが、装備を見る限り、ピヴォワーヌ伯国防衛軍の士官のようだ。閣下と呼ばれるような身分ではないが、そうなっているのなら仕方がない。おそらく伯国領主用と思われる貴賓用通路から出た先には、これまた領主級でしか使用を許されないであろうリムジンが待機していた。
「よくお越しくださいました。私はピヴォワーヌ伯国首相のラシーヌ子爵リリューと申します。伯爵がお待ちです、政庁へご案内いたします」
一官吏ならともかく、首相自らのお出迎えとは仰々しすぎる。帝国政府か、帝国軍か、それとも本社のネーグリ専務やギュンター専務辺りが何か誇張をしているのだろうか、私への待遇が度を過ぎているように思えた。
「私のような一民間企業の人間にこれほどの出迎えとは。こちらからお伺いしたものを」
「いえいえ! 柳井様は我が伯国領主、アンプルダン伯が選ばれたお方。これくらいのことは当然でございます」
私としては、その伯爵様とは何の縁もないのだが、またいつものパターンで、よからぬ
九時五〇分
ピヴォワーヌ伯国中央合同庁舎
ロビー
「近衛少将相当官に対し、捧げーっ
ここまで大仰な出迎えがあるなら、やはり単身ではなく、随行の幕僚団でも従えていたほうが少しは様になっただろうかと思いつつ、
「今回、近衛艦隊からの依頼でこちらの軍事顧問を務めます、アスファレス・セキュリティ護衛艦隊司令部長の柳井です」
不安、興奮、苦悩、
「私がピヴォワーヌ伯国領主のオデット・ド・ピヴォワーヌ・アンブルダンだ。遠路はるばるご苦労だった」
ブロンドのショートカットは活動的な印象を相手に抱かせる。しかしまだ三〇代前半という年齢を感じさせない落ち着きは、低く落ち着いた声音がもたらしているようだ。この若さで領邦の初代領主になったのは、帝国史上初めてのことだろう。
「お目にかかれて光栄です。アンプルダンの名は、新興星系の開発の熱心さでよく存じております」
帝国でアンプルダン皇統伯爵家といえば、ギムレット公爵家と共に帝国の初期開拓時代におけるマルティフローラ星系をはじめとする惑星系の開拓で皇帝クラウディア一世に伯爵号を
「なに、先祖代々荒れ地をいじくり回すのが大好きなだけだ」
そうはいうものの世襲制ではないのが普通の省庁人事で、長年その地位を守り続けていたのは有能さあってのことだろう。そもそも帝国貴族には皇統貴族と帝国貴族の二種類が存在している。皇統貴族は帝国皇帝と領邦領主、親族血縁者、帝国に対し多大な功績があった者からなるもので、特に領邦領主、一部の重職にある者は皇帝選挙への出馬権を得られ、五〇〇年以上も帝国の象徴として君臨し続けてきたものだ。
一方の帝国貴族は、帝国や皇室に対して功労のあった者に爵位を授けていったもので、平民と比べても
「彼が防衛軍司令長官ジェームズ・ダルキアン。それと近衛艦隊から派遣されてきたアレクサンドラ・ベイカー准将だ」
驚くほど顔色の悪い司令長官は、私のほうを
「柳井……義久!? あなたなんでこんなところに」
驚きを隠せないのは向こうも同じこと。アレクサンドラ・ベイカーは私が
「なんだ二人は知り合いか」
「あ、いえ……」
「軍時代にいろいろと」
そう、彼女とはいろいろあった。
「ふむ……まあよい。昔話はまたあとにせよ。君ら二人には、軍中枢に入ってもらい、敵の迎撃指揮に当たってもらわねばならんのでな」
「はっ……!? アリー、いえ、ベイカー准将はともかく、私まで軍中枢に、ですか?」
「なんだ、ギムレット公から聞いておらんか。私は君を防衛軍臨時参謀総長として呼んだのだが」
「参謀総長?」
確かにギムレット公爵は役職の話まではしていなかった。しかし、あの公爵のことだ。細かい事情を
「まあよい。
私は伯爵閣下の一言に驚きを隠せなかったが、実情はあとで調べれば済むことだ。会議室には軍の制服組と背広組、それに首脳陣が詰めていたが、いずれの顔も、ぱっと見はあまり政治屋や軍人らしくないものだった。片田舎の商工会議所の打ち合わせ、そんな印象を抱かせた。会議室内はベイカーによる現在の状況確認に移った。
「現在このピヴォワーヌ伯国へ向けて、辺境惑星連合軍の艦隊が接近中。これに先立って帝国軍第一二艦隊が迎撃を行いましたが、撃退されております」
今度は私も驚きを隠せなかった。第一二艦隊といえば、帝国東部辺境の防衛を
「偵察の結果、敵艦隊は無人星系などに補給拠点などを構築しつつ、本星系へ侵攻すると思われます。到達は、およそ一ヶ月後。しかし我が星系の防衛艦隊は二週間前にようやく人員と装備が
ベイカーの説明は、当時と変わらず虚飾がなく、シンプルだった。
「だから、君達の会社に防衛任務を頼んだのに、僅かばかりの艦艇を
司令長官閣下は私を
「ダルキアン、ここで彼に
しばらくの間、敵の侵攻状況予測などが続いたあと、最後に防衛艦隊の戦力が告げられた。
「我が軍の戦力は、アドミラル級戦艦四、アムステルダム級巡洋艦六、ルーデル級駆逐艦一二、補給艦艇二〇、工作艦五。これに加えて第一衛星シャンピニオンの防空師団。軌道上の長距離砲搭載の戦闘衛星」
細かいデータが私の座席のモニターに投影されたが、数だけ見ればそれなりのものだった。
「数は
数だけなら、帝国軍の標準編成の艦隊の四分の一程度。しかし領邦の防衛軍だけあって、民間軍事企業のように中古艦艇で揃えることなく、帝国軍の現役艦種が配備されている。アドミラル級がいるなら重荷電粒子砲――帝国艦隊最大の火砲――があるから、少なくともアウトレンジで敵艦隊に先制の一撃を加えられる。あとはその戦力が張り子の虎でないかが問題だった。私の要請に、司令長官は渋々といった様子でうなずいた。
「今後の戦略の参考までにお聞きいたします。閣下はいかにして敵の攻撃をしのぐつもりだったか、方針をお聞かせ願えますか?」
「何!? 君は私の方針が信じられないのか!?」
机を
「そういうわけではなく、まだ閣下の方針を私は知りませんので」
「あ、ああ。そうだな……敵戦力に比して、我が軍の戦力は少ない。細かい戦闘を重ねては、こちらが消耗し尽くす。どこかで決戦を挑み、敵の侵攻する意思を
悪手とまではいわないが、それは全滅必至というべき作戦だ。それでもなお敵が侵攻を止めなければ、この星系は丸裸のまま攻め落とされる。かといって、私にはまだ状況判断の材料が不足していた。
司令長官の策について議論するのはあえて避けた。会議室には伯国政府の主要人物が揃っていて、ここで司令長官を批判しては、後々の彼の顔に泥を塗ることになるからだ。会議は一旦終わり、私はベイカーと共に防衛艦隊の視察に出ることにした。
一二時〇六分
ラ・ブルジェオン中央宇宙港
防衛艦隊総旗艦 ジャンヌ・ダルク
「味は及第点だな」
「艦の士気は食堂から。飯くらい
私とベイカーは、防衛艦隊総旗艦に用意された執務室で昼食を取りつつ、現状把握に努めていた。全ての艦艇が在泊していたわけではなかったので在泊中のもののみ視察をしたが、戦艦四隻、巡洋艦が三隻見回ったところ、私達が乗艦した時点で未だに各部署の練兵中といった様相で騒然としていた。
「ベイカー……再会を祝って酒の一献でも傾けたいところだが、仕事の話をしよう」
ハンバーグに山盛りのサラダ、スープにバケットで腹も膨れたところで改めて状況確認に移る。
「言いたいことは分かっているわよ。義久、堅苦しいのはよしましょう」
私よりも一足早く伯国入りしていたベイカーは、
「単刀直入に言えば……本当にこれで戦うつもりだったのか、というところか」
現状認識のための視察と、艦隊首脳部との顔合わせ、それに艦隊主任参謀のレポートを読んだ結論を、私は端的に言い表した。
正直見ないほうが気が楽だったと思いたくなる状況だ。防衛艦隊の司令官人事もまだ決まっておらず、参謀本部員の大半が民間軍事会社のアカデミーで速成教育を受けただけの、ほぼド素人。艦隊や陸戦部隊の現場には、元帝国軍人、軍事企業の転職組も多かったが、指揮を出す人間が圧倒的に能力不足で、これではまともに軍事組織として機能し得ない。設立間もないというより、設立前の準備期間のような状態だった。
「領邦ということで、本来近衛艦隊が派遣される予定だった。でも東部軍が近衛は不要、第一二艦隊が賊徒は撃退すると言い張ったけど、このザマよ。まったく第一二艦隊は
私が頼みの綱としていたアドミラル級戦艦は、いわゆるモンキーモデル。帝国軍最大最強の艦載砲である艦本式重荷電粒子砲は装備されているものの、出力は五割に抑えられている。かろうじて他の中小艦艇が帝国軍正規仕様だからいいものの、これではほとんど戦力などないに等しい。
「今のまま艦隊決戦に持ち込むという、司令長官閣下の作戦も無茶だ」
「ええ、すでに本人も気づいているはずよ」
「帝国軍からの資料では、閣下は少将経験者だろう? 艦隊指揮の経験がなくても、何らかの司令官職はしてきたはずだ」
帝国軍で少将のポストは、ナンバーズフリートならば二個戦隊で構成される分艦隊の統合司令官や艦隊の参謀長、各星系基地の司令官、
「それが、軍医少将なのよ」
「ぐんい? ぐんいとは、軍医か?」
「他に何があるっていうのよ」
軍医といえば、無論軍隊に所属する医者だろう。少将ともなれば、術式の技術もかなりのものに違いない。何故そんな人が、小なりとはいえ一軍の戦闘指揮を執る立場にいるのだろう。
「あなたも軍歴の半分は兵站本部の参謀でしょう? それが今じゃ近衛少将相当官。まあ、それはさておいても、防衛軍は人手不足で、まだ正式な編成が終わってない。建国準備期間に三年、建国して半年でこれよ? 笑っちゃうでしょ?」
つまり組織図上の空席を埋めるために、あくまで臨時の立場にあった彼が、この発足間もない伯国の国難に対処せざるを得ない状況になったのであり、それならあの追い詰められたような表情も理解できた。
「あなたの仕事は軍事のド素人の補佐、もしくは代行して軍事組織としてこの防衛軍を成立させること。これが第一弾ってとこかしら」
「何故帝国軍から人材を引き抜かなかった。軍の創設自体はもう少し前だろう」
帝国軍と領邦軍、自治共和国防衛隊、民間軍事会社は相互依存の関係で、帝国軍は国防大学校や各種専科学校を設けて人材を養成する一方、帝国軍だけでは領土の全てを防衛できないのだから、民間軍事会社にアウトソーシングするのが常だ。
「最近帝国軍もヘッドハンティングに厳しいのよ」
なるほど、確かに時間と金をかけて育てた将兵が、民間などに流出するのを帝国軍が手をこまねくわけがないと思っていたが、ようやく重い腰を上げて対処に乗り出したということだろう。そうでなくとも、最近は辺境がいろいろ物騒で、特に東部方面軍は警戒を強めているはずだ。司令部員などは現場と違って、帝国軍という巨大な組織を運営するプロフェッショナルであり、それらがボロボロと引き抜かれてはたまらないのだろう。
「とりあえず今の穴だらけの艦隊司令部を、形だけでもなんとかしよう」
そのとき、執務室のドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
「遅くなって申し訳ありません。艦隊主任参謀のグリポーバル少佐です」
少佐は、西部軍管区の第七艦隊で補給参謀を務めていたらしいが、出身がラ・ブルジェオンことローデンヌⅧだったことからこちらに移籍した経歴を持つ。低軌道に移動していた艦艇の練兵をしていたところを、地上に降りてきてもらったわけだが、まだ若い彼は疲れも見えない。
「グリポーバル参謀、君からのレポートは読ませてもらった」
「私は本職が兵站ですので、閣下から見て不明な点があればご指摘いただければと」
閣下などと大仰に呼ばれる筋合いも資格もないと思うのだが、目の前の参謀が兵站畑の出身と聞いて、同じ畑を出た身としては親近感が湧く。その点を差し引いても、グリポーバル参謀のレポートは簡潔に、防衛軍の現状と問題点がまとめられていた。
「いや、私は君より報告書を上手く書く自信はないよ」
「……もしかして、東部方面軍兵站本部で、参謀長副官をされていた柳井少佐とは、閣下のことですか? 国防大学校で閣下の論文を見ました。東部方面の縦深防御と兵站の流動的連携というタイトルで」
「あんたそんな小難しいもの書いてたの」
「ああ、もう一〇年以上も昔の話だが」
それは東部方面軍の士官が数年に一度提出を義務づけられていた課題としての論文だったはずだ。たしか帝国軍は領域での水際防御から、広大な領土内の奥へ奥へと敵を引きずり込み、敵戦力の漸減を図り、兵站はそれに対して旧来の、基地・拠点のみへの補給ではなく、動き回る艦隊・戦隊ごとに有機的に結合した補給体制を確立すべきだとか、偉そうに書いていた気がする。
「つまるところ、帝国東部方面を守るには、辺境惑星連合の領域と接する場所の防御より、領土内各星系の防御を固め、どこか一カ所を攻撃されれば、そこに周辺から援軍を集める……このほうが負担は少ないはずだ」
「それが今回、我が伯国が存亡の危機に陥っている遠因というわけですね」
「水際防御に固執しすぎだ。第一二艦隊なり、外縁部に展開した艦隊が抜かれれば、あとは僅かばかりの戦備しかない各星系の防衛艦隊のみが頼りだ……まあ、どちらの方式も
縦深防御を取れば、いくつかの星系は敵の手に落ちることも考えられる。あとで奪還すればいいということもあるが、余分な手間だ。水際防御で敵を追い返せるなら、それに越したことはない。だがそれは、現状の技術力だから可能なことで、より超空間潜行の技術が向上して、敵本国から帝国本国を直撃できるようなことになれば、水際の防御を固めたところで意味はない。
そんな論文を正規艦隊の軍人などが見れば、さぞ不愉快だっただろうとは思うが、どうせ誰も読むまいと思っていたものが、こうして若い参謀の記憶に残るものになっているのは、なんとも面はゆいものだ。
「まあ、ここで私などが戦術講義をしても仕方ない。地上にいる艦隊首脳部を司令部の適当な会議室に集めてくれ。一五〇〇から会議を始める。長官にもご出席いただく」
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