第1話 課長・柳井義久

 帝国暦五八二年七月〇四日 一三時三五分

 アルバータ自治共和国 首都星アヴェンチュラ

 静止衛星軌道付近

 護衛艦エトロフ 艦橋


 護衛艦エトロフは、アスファレス・セキュリティ株式会社に所属するタランタル級重コルベット。今となっては骨董品に近い帝国軍の護衛艦だったものだ。私こと柳井義久は少し前から、この艦に乗込み、四隻の護衛艦で構成される部隊の長として、帝国辺境宙域に赴任していた。


『方位二三四、仰角六〇度より加速して接近する物体あり。高速質量弾と推定。着弾まで三〇秒』


 艦載レーダーの警告メッセージが流れ、艦橋内に緊張が走る。とはいえ、私を含め、艦橋にいるのは四人しかいない。


「お客さんだぞホルバイン」

「分かってる、対砲撃防御。防御幕展開」


 このエトロフの艦長ヴェルナー・ホルバインと、砲雷長アウリス・ニスカネンは長とは付くが部下も居らず、艦の戦闘機能は彼ら二人で完結しているといっても過言ではなかった。


「柳井課長、治安維持艦隊への通報を発しますか?」


 通信士のジュリアン・カネモトは艦橋内では唯一の平社員。とはいえ、通信士という肩書きの割に、索敵や艦の事務などもこなすというから、それなりの重責を担っている。どこかのタイミングで昇進させられれば良いのだが。


「頼む。まあ艦隊が来る頃には、連中は逃げおおせているだろうが……」


 星系自治省は、アヴェンチュラのような自治共和国を管轄する省であり、その職域は国土省、内務省、財務省、国税省、帝国非常事態省などと重複する部分が多い。そんな彼らは自前の艦隊でもって、帝国辺境の治安を守っていると公言してはばからないのだが、どうにも動きが遅い。今度も辿たどく頃には全ての出来事が終わっているだろう。


 普段のとおり、普段の場所、普段の連中。惑星アヴェンチュラに住む人々は、大多数が皇帝陛下を崇敬し、自治共和国の住人としての義務を果たす人達であったが、一部の反帝国主義者はそれを良しとせず、こうして帝国船籍の貨物船や輸送船に襲い掛かる。低軌道ステーションを出発してわずか二時間。これほど惑星に近い場所でもでてくるのだから、手に負えない。


 正規ルート以外で売買される闇兵器、帝国軍や我々のような民間軍事企業からの強奪品を駆使して戦う彼ら反帝国主義者達だが、こちらは小なりといえども帝国政府認可のれっきとした正規の民間軍事企業だ。宇宙にはびこるチンピラ共とは違う……とは言いがたい面もあるが、事実、今行われている戦闘は命のやり取りとはなり得ず、単なるルーチンワークに過ぎない。


 唯一変化があるとするなら、省力化のために導入された戦闘支援システムは、我々の頭の上から高速で近付きつつある質量弾の存在を認めていながらも、それに対する対処は我々人間が下すことになっており、狭苦しい護衛艦に詰め込まれた我々に若干の選択権を与えてくれている。


『着弾まで二〇秒』


 帝国公用語の標準イントネーションで発せられる警告は、無味乾燥だ。着弾すればこのエトロフなどは内部構造までズタズタにされるだろうに、このシステムの音声からはそういったものが感じられない。まあ、感じられたところでどうなのだ、とは思うが。


「防御幕展開完了」


 艦外カメラで捉えられた防御幕は高分子ポリマーで構成されており、漆黒の宇宙空間に巨大なゲル状の防御帯を形成して高速質量弾の運動エネルギーを相殺する。古典的だが物理法則にのっとった確実な防御法だ。


「高速質量弾、第一群着弾、第二群の一部が船団に向かいます……一四号と一六号に直撃。二隻喰われました!」


 カネモトの報告を聞いたホルバインのため息、さらにその前の砲雷長席のニスカネンの舌打ちが聞こえた。これで今回もクライアントからのペナルティは確定した。無人の輸送船だから人員の被害こそないものの、積み荷の希少鉱物類やら、輸送船そのものの被害は否めない。


 質量弾自体に炸薬さくやくは詰められていないが、すさまじい運動エネルギーによって並の装甲を貫いて、内部構造をズタズタにすることくらいは造作もない。着弾した質量弾によって操船不能になった輸送船は船団を離れていく。あとから航路保安局に連絡を入れて、処理を頼まねばなるまい。私は余計な仕事が増えたことを認識しつつ、護衛艦エトロフの狭い艦橋に、ねじ込むようにして設置されたモニターに目を向けた。


「他艦の様子は」

「護衛艦クナシリ、シムシルも防護幕を展開中。アライドが加速して発射母艦に向かいます!」


 カネモトの報告に、私は隊内無線にマイクを繋いだ。


「全艦、あくまで攻撃に対する防御のみに専念しろ。追撃は不要だ」

『何故です柳井課長! 敵は撃ってきているんですよ!』


 護衛艦アライド艦長のガンボルトは、画面の向こうで私を睨み付けている。戦意旺盛なのはいいが、こちらの指示も聞いて貰わなければ、ただの猛獣にすぎない。


「命令だ。それに敵の発射母艦の装備も、戦力も不明だ。重コルベットの四隻程度でどうこうなるものでもない。今は迎撃にのみ専念してくれ、頼む」

『そこまでおっしゃるなら仕方がないですが……』


 不服そうな顔のまま、ガンボルトは軽く敬礼をして通信を遮断した。


『高速質量弾、第三波接近。着弾まで二分』


 既に敵艦は船団からの離脱軌道に入っている。追撃はないだろう。


「ホルバイン、船団を潜らせよう」

「しかし課長、燃費は悪くなりますし、アヴェンチュラの航路局からの行政指導が入りますよ?」


 エトロフ艦長のエドガー・ホルバインは難色を示した。確かに惑星アヴェンチュラに近いのだから、いつもよりも燃費は悪化するし、超空間潜航の際に生じる重力震が、付近一体の通信状況を著しく悪化させる。クライアントのみならず、アヴェンチュラ自治政府からも、このエリア内での超空間潜航は官民問わず自粛が求められていたが、何しろこちらも命が惜しいし、輸送船が沈められるより私一人が自治政府から小言をいわれるほうが大分マシである。


『高速質量弾、第三波接近。着弾まで一分』

「良いから潜航開始だ。それにこれは攻撃に対しての正当な回避行動だ。これ以上沈められるとペナルティが増えるばかりだ」

「はっ」


 輸送船団へ超空間潜航の開始コマンドが送られると共に、輸送船が暗闇に溶け込んでいくように潜没を開始する。淡い星間ガスの航跡を引きながら、輸送船は徐々に通常空間から高次元空間へと遷移していく。エトロフはそれを見届けながら、追いかけるようにして高次元空間への遷移を開始する。


 砲撃が船体の周囲を通過していくが、その頃には完全にエトロフの船体は高次元空間へと沈み、目的地であるコローニア・ガーディニアへの針路を取った。


「今回もかなり落とされましたね」


 艦長のホルバインは、エトロフの乗組員の中でも若年だが、人心掌握術にけていて部下からの信望も厚い。ここに着任して日が浅い私の理解者でもある。


「いつものことだ。どうせガーディニアに戻れば、クライアントと航路局からのつるげだよ」

「心中お察しします」


 言葉通りに沈鬱な表情をしているホルバインから目をらし、先に食堂で待っているから、各部署の長を集めてくれと指示を出してブリッジを後にした。



 超空間内

 護衛艦エトロフ 食堂

 

 護衛艦エトロフは、かつて帝国軍で運用されていたタランタル級重コルベットを改装したものだ。艦種としては比較的古く、艦体容量は駆逐艦以下、フリゲート並といったところで、専用の会議室を割り当てるほどの余裕はなかった。そこで、食堂の一角が、部署長を集めての会議で使用されるのが常だ。


「先の戦闘では敵部隊に奇襲を受けたわけだが、このことについて何かあるか」


 私が問いかけると、部署長達は一様に暗い顔をする。私が赴任してからというもの、幾度となく繰り返されてきた出港直後の奇襲攻撃に対して、アスファレス護衛艦隊は対応が後手後手に回っていて乗組員達は疲弊しきっていた。これが本国の本社で報告書を読む以上の疲弊ぶりだったと気付いたのは、二ヶ月前に着任して早々の船団護衛のときだった。


 いくら相手が戦力に劣るとはいえ、今回の戦闘でも単純な電磁砲による攻撃が多用されるだけに、対抗手段も特に限られてくることが船団護衛の被害が中々減少しない理由だったわけだ。


「敵は、民間船に偽装して接近してきます。我々がいくら対応策を練ったところで、本質的にこの惑星の分離主義者達が音を上げない限り、攻撃は続くでしょう」


 沈黙を破ったのは、やはり艦長を務めているホルバインだった。彼の言葉に応じて、室内のそこかしこで議論が始まる。


「じゃあ、本社に頼んで艦隊を動員。連中を一掃すれば良いだけじゃないか。所詮は少数派。掃討部隊を組織すれば根絶やしにすることだってできる」


 攻撃的な意見を出してきたのは砲雷長を務めるニスカネン係長だ。彼もまた、同じ係長で艦長を務めるホルバインとほぼ同年代ではあるが、よく艦を統率している。特に艦隊司令官としての役回りも演じていたホルバインに代わって、エトロフが正常に運行されているのは彼の手腕によるところがあったが、彼はきっぱりとした性格、言い換えれば短絡的な性格だった。こうした複雑な情勢下にある任地では中々納得がいかないこともあるのだろう。


「ニスカネンのいうとおりでもある。しかし、我々がクライアントから受けているのは、あくまでアヴェンチュラ衛星軌道上にある小惑星鉱山からの資源をコローニア・ガーディニアに届けることであり、極端なことをいえば、アヴェンチュラ自治政府からの要請がない限り、どんな政変があろうと、革命が起きようが我々に対処の必要はないのだ」


 私の言葉に、なんとも納得がいかないというような雰囲気が流れる。確かに、仕事を円滑に進めるためには目の前の敵の排除はもっともなことだろうし、単に襲われるだけの戦いよりもよほど人間の闘争心を満足させるものだ。


 そして私にとっても、自分自身の言葉は納得がいかないものだった。帝国民間軍事企業は、帝国に住まう人々の生活を、自社の業務を通じて守ることが企業倫理として定められているのではないか、と。


「我々が今やるべきなのは、どうやってこちらの被害を減らすかだが、既に答えは出ている」


 つまるところ、護衛対象船舶に比べると護衛艦の数が少なすぎるのが目下最大の問題だった。


「私は君達の力を高く評価しているつもりだ。だからこそ、私は私の職責で本社に増派を要請しているし、君達の安全を最大限に考慮して護衛作戦の遂行を指揮するつもりだ。その辺りだけは十分理解しておいてほしい。それでは解散」


 三々五々部屋から退室しきったところで、最後まで残っていたホルバインに声をかけた。


「ホルバイン、ご苦労だった」

「また船を沈めてしまいました」

「君の所為ではないさ。この陣容でできることなんて知れている。どのみち、護衛任務というのは受け身の仕事だ。相手が現れてからのことになるのだから」


 それでも、ホルバインの表情は晴れなかった。幾度となく辛酸をめさせられている相手に、悔しさはもちろんあるのだろうが、それ以上に徒労感にさいなまれているようだった。成果が上がらないと本社とクライアントから突き上げられ、部下達からは積極策を取るべきだといわれ、更にいえば、無言の圧力を自治政府からもかけられている。私が来たことによってその負担を軽減できたとはいえ、彼自身の責任感は変わることはない。


「護衛部隊は金食い虫だといわれ続けてきました。ここに来てから、毎日のようにです。初めて護衛艦艦長としての辞令を受けたとき、私はうれしかった……でも、先代達と同じように、利益の上がらない仕事をしている。そしてそれをなじられ続ける」


 ホルバインが弱音を吐くのは、そう珍しいことではない。ただ、部下の目の前では決してそうしたことを吐露しない点は艦長としての彼が、他の同期と異なる部分だろう。だからこそ、隊司令不在のアルバータ星系派遣部隊が成績は悪いにせよ統率の取れた行動を続けられたのだ。


「会社の仕事は、確かにそれを単体で見たときに利益が上がっていないように見えるかもしれないこともある。護衛は、見た目も成果も派手ではない」


 資源輸送をおろかにしては軍隊はおろか文明は滅ぶ。私自身、かつて軍務に付いていた頃にいわれ続けたことだ。 しかし、実際にはありとあらゆる資源は手元に降って湧いてくるように思っている人が多いのも事実であり、裏方の護衛部隊という職業が理解されないのは当然だろう。


 特に、民間軍事企業は商売なのだから派手さがなければ目を引かない。大規模な艦隊を揃えて各星系にプロモーション活動を行うのも、作戦を受注して利益を得るためであり、その主役は大型高速の巡洋艦や、それ一つが巨大な街のような補給艦だったりするわけだ。


 このエトロフを始めとする護衛艦には、対空兵装こそ充実していても、人目を引くような巨大な砲もなく、見た目の壮麗さもなく、ただただ実用一点張りなだけだ。


「だがなホルバイン、君は決して無駄なことをしているわけではないのだから、胸を張っていろ、そうすることが、君の部下達、いや、これからの護衛隊の士気を高めることになる」

「……そう、でしょうか」


 そういって顔を上げたホルバインは、少しだけ表情が明るくなっていた。

 部下のメンタル管理も仕事の内、と心の中では思いつつも、この部下に対して肩入れがすぎるのではないかと自問自答していた。


 最前線に出されてどこか不貞腐ふてくされていた私には、彼のような若い社員の心意気を見ているとどこか気持ちが良いものだ。


 せめて彼のような若手が、将来に希望を持てるような職場にするのが私の役目なのではないだろうか。単に目先の数字に目がくらんで、本当に必要なことを見失っていたのではないだろうか。


 いずれにせよ、私にとってこの最前線の任地はいつの間にかかなり魅力的な職場へと変わり、私自身、彼ら若い世代から学ぶことはまだまだ多いと感じていた。


 戦闘後の会議を終えた私は、自室へ戻ろうと通路に出る。ドアから出ると、今年入社したばかりなのだろう若い整備員が通りかかる。小さな艦だから、着任してぐに全員の名前は覚えたものの、通路ですれ違う顔も、食堂で顔を合わせる顔も覇気がない。


 そして、私の顔を見て皆一様に気まずそうにするのは、私が本社から派遣されたお目付役に近い立場と思っているのだろう。自室へ戻って書類を整理しようとしていると、ふとまだ本国にいた頃のことを思い出した。

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