皇帝陛下の懐刀――帝国宰相・柳井義久

山﨑 孝明

案件01~アルバータ自治共和国における船団護衛業務

プロローグ

 人類が地球から、生活の場を宇宙に移しはじめて一〇〇年。二四〇四年四月一〇日。


 人類第二の故郷となった火星で、とある事件が発生した。


 火星の自治独立を旗印に、火星の恒久都市が連合を組み火星共和国を自称したのである。


 火星最初の恒久都市メリディアン市の市長であるアーサー・ランドルフ・パーシヴァルが首相の座につき、補佐官アドルフ・ライヒェンバッハが主導し、火星自治共和国内の8つの恒久都市――マルティフローラ市、フリザンテーマ市、ヴィシーニャ市、ヴィオーラ市、ピヴォワーヌ市、パイ=スリーヴァ=バムブーク市、リンデンバウム市――により『地球連邦からの離脱』『地球連邦との対等な外交・貿易条約の締結』『メインベルト帯における採掘権の分配』などを地球連邦政府に求めるエリシウム宣言を採択したが、これは事実上の火星独立宣言だった。


 当時の地球連邦政府は、火星圏とその後方に広がる資源小惑星の支配権を失うことを恐れ、火星共和国の要求を拒絶。連邦政府に対するはんらん勢力と認定した。これが後の世に言われる火星独立戦争の始まりである。


 当時、弱体であった連邦政府宇宙軍は先制攻撃としてオリンポス山麓に広がる火星圏最大のコロニーであるメリディアン市の中核、メリディアンコロニーに核パルスエンジンを据え付けた小惑星を落下させ破壊することにした。

 

 しかしこれは連邦宇宙軍内部の良識派から火星側へ情報がリークされていたため火星側は避難を進めており、都市は壊滅したものの死者は一〇〇名にも満たなかった。

 

 これにより反連邦感情はヒートアップ。自治共和国政府は火星の自治独立という御旗と共に、無差別大量殺戮を企てる連邦政府首脳部を倒すという大義名分の元に挙兵。当時地球連邦宇宙軍が駐屯していた火星第二衛星ダイモスを攻撃した。


 これがいわゆる第一次火星沖会戦として知られる戦いであり、人類史上、初めての宇宙空間で行なわれた大規模戦闘である。


 この時点での連邦宇宙軍は違法採掘者や密輸業者、麻薬密造プラントなどへの臨検が主任務であり、配備されていたのも現代で言うところのカッターやコルベットに分類される小型艦で移乗攻撃アボルダージュを行なうこととされていた。搭載兵器はミサイルが主で、これに近接防空火器としての機関砲を装備していた。

 

 これに対する火星自治共和国軍は大小様々な作業船舶に、物資輸送に用いられる電磁加速式のカタパルトを改造した砲を搭載しており、質量弾による遠距離からの砲撃戦を展開。結果として連邦政府宇宙軍が大敗し、火星圏からの全面撤退を余儀なくされた。


 これに勢いづいた火星自治共和国軍は翌年二四〇五年の火星と地球の再接近にあわせて地球本国まで侵攻。本国の警備部隊などはアウトレンジから砲撃を行なう自治共和国軍の敵になり得ず、月面ティコクレーターの連邦宇宙軍基地、地球周辺のラグランジュ点に浮かぶ資源衛星群、軌道エレベータ低軌道ステーションを次々に陥落させ、最終的に二四〇五年九月二〇日、連邦首都アムステルダムを始め、ニューヨーク、モスクワ、北京等の連邦政府中核都市への降下作戦を行なうと警告した。


 実際には降下作戦開始の二時間前に連邦政府は降伏。二ヶ月の交渉期間を経て、エリシウム宣言の全面受諾を含むウィーン条約を締結し、人類初の宇宙戦争は幕を閉じた。


 ここに、人類史上初の、地球外に首都を置く国家として火星共和国は成立した。この時を境に火星メリディアンコロニーの悲劇を忘れまいと、生まれ故郷でもある都市の名前を、パーシヴァルは自らの名として、アーサー=メリディアン・ランドルフ・パーシヴァルと名乗った。しかし火星共和国の成立が、パーシヴァルの最終目的ではなかった。パーシヴァルが目指したのは、人類統一政体の確立。それはかつて、数多あまたの野心家達が夢想した人類帝国に他ならなかったのである。


 腐敗した連邦政府を解体再編成し、地球帝国建国を現実のものとするため、パーシヴァルは火星自治共和国首相としての肩書きと共に、地球連邦共和党上院議員としての立場を用い、連邦政府議員の懐柔工作を開始した。


 地球各国家群の垣根を取り払い、宇宙へ向け進出する人類としての統一された政体である連邦政府のこうまいな思想は、光速の壁により早くも崩壊の一途をたどっていた。人類は太陽系の火星からメインベルト帯までの領域で、その小さな生存圏を完結するにとどまっていたのである。


 地球の環境破壊は技術革新により歯止めをかけられていたが、増加する人口を養える許容量には上限がある。既にその限界にさしかかりつつあった連邦各地では、犯罪率の増加、労働争議の多発、政治の腐敗が横行し、もはや手の着けようがない状態を呈していた。


 火星独立から一五年。パーシヴァルは連邦政府大統領選挙に出馬。これまでの工作が実を結び、圧倒的な得票数で連邦政府大統領に就任した。ここまでは、通常の筋書きである。


 当時、連邦政府大統領の権限執行には連邦議会下院の三分の二以上、上院の過半数の承認が必要とされていたのだが、連邦政府非常大権を用いることでこれらを凍結し、大統領の判断のみで諸政策を実施可能となっていた。また、発動こそ連邦議会での議決が必要だが、発動期間の制限は存在しないなど、制度的に不完全な面があり、パーシヴァルはこれに目を付けていた。


 太陽系各所の諸問題に対する発展的解決という名目と、大統領就任二期六年を経ても衰えない圧倒的な支持率を背景に、大統領として三期目に突入したパーシヴァルは非常大権を発動すると共に、司法、立法、行政の三権を掌握した。二四二〇年三月一〇日。火星自治共和国にてエリシウム宣言が調印された日と同じ日に、である。


 連邦市民達の多くはこれに同意した。いや、むしろ熱烈な歓迎と狂信的な信頼でもって、この判断をたたえた。


 連邦市民達の大多数は、このような強力な指導者に飢えていた。破綻しかけていた連邦経済を再建し、連邦政府主導による強力な市民福祉の拡充。これらを持って、パーシヴァル大統領の計画は、ほぼ最終段階を迎えたことになる。


 非常大権発動から五年。西暦にして二四二五年。


 連邦首都のウィーン北東部への移転と再開発の発表。それと共に発布されたある宣言が、連邦議会を、いや、地球、火星、太陽系に住まうあらゆる人間を狂喜、あるいは恐怖させた。


ぜいじやくな連邦政府という組織の再生を行うには、現状の仕組みそのものがあしかせになることは、賢明な連邦市民の方々には明らかであると考える』


『私、アーサー=メリディアン・ランドルフ・パーシヴァルはここに、連邦政府の解体、再編成を宣言する』


『しかし、私は親愛なる連邦市民の方々に対し申し上げる。再編成後、そこにあるのは今までの地球連邦ではない!』


『人類はより遠くへ生存圏を広げ、より繁栄する』


『それを実現するために、私はここに懇願し、報告し、実行に移す』


『すなわち、生きとし生ける全ての人類は地球帝国臣民として、さらなる拡大と発展を遂げる! 私は初代皇帝として、その実現に心血をささげるものである!』


 後世、メリディアンⅠ世の皇帝戴冠宣言と呼ばれる演説は、今日までに至る人類繁栄の始まりとして記憶されることになったのであった。


 それから五〇〇年余。帝国の版図は拡大を続け、現在は帝都地球から半径一万光年ほどをその生存圏として、繁栄を極めているのである。


 

 学び直す地球帝国史-建国編-(講論社講論ビジネス新書)より抜粋

 


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 帝国暦五八二年七月〇四日 一一時〇四分

 地球帝国東部軍管区

 アルバータ自治共和国

 惑星アヴェンチュラ 高軌道停泊エリア


「課長、何をお読みで?」


 手にした本の文章に意識を持って行かれていた私は、部下からの呼びかけで現実世界へと意識を引き戻した。


「よくある歴史書の真似事をしたペーパーバックだ。やれやれ、景気のいいことこの上ない」


 私こと柳井義久は、帝国民間軍事企業、アスファレス・セキュリティ株式会社の運輸部課長という役職を賜り、メリディアンⅠ世の時代よりも広大な版図を持つに至った帝国の東の端、アルバータ自治共和国という小国にいた。


「ともかく、全ての準備は完了しており、いつでも全艦出られます」

「よろしい、全艦抜錨、発進」


 私の仕事は、このタランタル級重コルベット――つまりは対空護衛艦――を四隻使って、三〇隻からなる輸送船団を目的地に送り届けることだった。



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 帝国民間軍事企業とは、帝国民間軍事企業法に定められた民間企業の形態である。

 

 古くから紛争地帯での戦闘行為や、依頼主の護衛などを生業とする民間軍事会社(PMC)が多数存在しており、帝国では帝国暦二年に帝国民間軍事企業法により、国防省が主要株主となる一種の半官半民、軍の業務委託先として制度が整備された。人類が生活圏を宇宙、特に月以遠の深宇宙に広げた以降は民間軍事企業も営業範囲の拡大の一途を辿っている。


 特に、辺境惑星連合を自称する賊徒の版図に近い辺境宙域では、帝国軍に代わって帝国臣民の生命と財産を保護する役割を期待されている。


 なお、独立系の民間軍事企業の他、重工業系メーカー、金融機関、運輸企業などが自社の船舶や人員物資の警備のために子会社やグループ企業として民間軍事企業を保有する場合もある。


 現代用語の必須知識(ビジネス・ユーティリティー社)より抜粋


 

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