大学編 第75話


 以前、先輩は私のことを世界でいちばん可愛いと言ってくれていたのに、いつの間にかその座は目の前の若い女の子に奪われていた。


 「お父さんのプロポーズは星空の下で!?なんてロマンチック!!」


 そう私達の娘、鳴海 燕が主人の『可愛い女の子ランキング』でチャンピオンに誕生以来在位している。これは浮気なのかと考えなくもないが、私が選ぶ『可愛い男の子ランキング』も息子の創がナンバーワンなので主人に文句は言えなさそうだ。結局は二人とも親馬鹿だったということである。

 

 今は主人も創もお出かけしているので娘の燕と二人でお茶を飲みながら話をしている。


 「そういえばどうして私の名前は『燕』にしたの?」


 娘に自分の名付けの理由を聞かれたので、大学の時の親友の名前から貰ったことを教えた。


 初めての娘が産まれたときに、私が「つばめ」という名前はどうですか?と主人に尋ねたとき、最初、主人は少し困ったような表情をしたが


 「蛍がそうしたいなら良いと思うよ」


 と最後は納得してくれた。でもそのまま「つばめ」と名付けると「鳴海」と合わせて姓名判断してみたらあまり良くなかったので、漢字の「燕」に変えて『鳴海 燕』と名付けたのだ。私が「蛍」で娘が「燕」と一文字なのも母娘で似ていて良いかなと思ったし。


 主人が少し迷った気持ちもわかる、若くして亡くなってしまった友人の名前をつけることに抵抗があったのだろう。でも私は産まれてきた娘を見たときに何故か「つばめちゃん」と思ってしまったので仕方ないと思う。


 自分の名前の由来を尋ねてきた娘に正直に話したら怒るかもと少し悩んだけれど、それを聞いた娘は


 「私は気にしないよ?そんなこと気にしてたら全国の信長さんは皆さん燃え上がって夢幻の如くだよ!」


 と、よく分からないことを言っていたので大丈夫だった。うじうじ悩む私より娘は凄く大物っぽい。


 「そんなことよりプロポーズの話だよ!いいなぁ、私もお父さんに星空の下で流れ星を見ながらプロポーズされたい!」


 大学の親友の話から始まり、大学時代の終わりにプロポーズされたことを話したらメチャクチャ娘の琴線に触れたようでテンションがおかしくなっている、うちの娘はファザコンのプロフェッショナルなのだ。


 昔の話だが、中学生になっても主人と一緒にお風呂に入ろうとしたので、私が「もう一人でお風呂に入りなさい」と説得した。娘は泣いて凄く抵抗したが、主人が


 「もう燕も大人だからお父さんドキドキしちゃうんだよ。だから、もうお風呂は別にしような?」


 主人がお願いしたら渋々受け入れた、本当に困った娘だ。そして、なんで主人が娘にプロポーズすると思っているのだろう?


 「でもね、あの時は冬の寒空の下だったから本当にトイレに行きたかったのよ?お母さんはプロポーズは普通の場所が良いと思うわ」


 あの後ホテルに連れ込まれたとは流石に話さずに、あの日のプロポーズの駄目な点を指摘したら


 「お母さんったらロマンが無さすぎ!尿意なんて気合いで蒸発させればいいじゃないの!」


 娘はそんなことを言うが、うちの娘は尿意を気合いで蒸発できるのかしら?一体、うちの娘は何者なんだろう?そして蒸発する際に臭わないのかしら?と考えていたら


 「ただいま」


 主人が帰宅したようだ、私が迎えるより先に娘がさっと玄関に向かい


 「おかえりなさい、お父さん!今夜、二人で星を見に行こうよ!えっ?お母さんと創はって?お母さんは仕事があるって!創はゲームばっかりやってるから来ないよ!ねぇ、行こうよー」


 そんな娘の声が聞こえた、どうやら私と創を抜きの二人でお出かけを企んでいるようだ。本当にうちの娘ったら……


 「……仕方ない、頑張りますか」


 少し気合いを入れて原稿を夜までに進めようと思った。

 私も一緒に天体観測に出掛けられるように。

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