大学編 第74話


 私の両親に婚約しますと報告するために二人で地元に帰ることになった。先輩が土産物売り場で


 「あれでもない、これでもない……」


 と、お土産を真剣に悩んでいたのが面白かった。うちの両親は食べ物で嫌いなものはないから、そんなに気にしなくても良いと思うんだけどな。


 お母さんには「報告したいことがあるので二人で帰ります」と事前に連絡をしたら


 『あらあら、おめでた?』


 そんなことを言うので強く否定をしておいた。そういうことはきちんとしてますから!


 二人で鳴海家の玄関の扉を潜ると、お母さんは


 「おかえりなさい」


 と出迎えてくれたが、お父さんは新聞紙を読みながら


 「いらっしゃい」


 と声をかけるだけだった。そんなお父さんの様子を見ながらお母さんはクスクスと笑っていたけど何が面白いのかな?


 お母さんの手作りの料理を四人で食べながら談笑する、談笑と言ってもお喋りして笑っているのは専らお母さんで、お父さんは黙って食事をしている。先輩は少し緊張しているようだった。


 食事を終えて、四人でテレビを見ている時に先輩が


 「……お二方にお話があります」


 そう話を切り出したので、私も先輩の隣に両親と向かい合う様に座った。お母さんはテレビを消してにっこりと笑っていたが、お父さんはムスッと黙ったままだった。


 「お嬢さんを僕にください」


 先輩が頭を下げてそうお願いしたのだが、お父さんは返事もせずに


 「……蛍の気持ちはどうなんだ?」


 と聞いてきたので、私も


 「お願いします、私達の結婚を認めてください」


 と伝えたら、お父さんは何も答えず


 「……睦月君、少し二人だけで外で話そうか」


 そう言って、先輩だけを連れて外に飲みに行ってしまった。私は「どうなるんだろう、お父さんは結婚に反対なのかな……」と心配していたのだが、お母さんは「ふふふ」と笑いながら


 「もう、心配しないの!お父さんはアレやってみたかっただけなんだから!」


 凄く面白そうに笑っていた。どうやらお母さんは私達の結婚に反対じゃなさそうで安心した。


 「ねぇ、生活の基盤は向こうになりそう?」


 「うん、先輩の職場が向こうだから」


 「……そう、それじゃ、赤ちゃんができたら私が手伝いにいってあげるからね。貴女の事だから自分だけこっちに戻ってきて出産とか考えてないんでしょ?」


 「そんな先の話を……」


 「えーっ、お母さんは早く孫の顔が見たいなぁ」


 「もう、でもお母さんの言うとおり向こうで出産すると思う」


 ……妻が妊娠中に旦那が浮気するのは良く聞く話だ、きちんと先輩の監視をしなくてはならないのでこちらに帰ってくることはないだろう。


 「ふふん、やっぱりね。それじゃ、お母さんが手伝いに行かなくちゃ!」


 「お父さんはどうするの?一人っきりになっちゃうよ?」


 「お父さんはほったらかしにしておけば良いわ、大人なんだから大丈夫よ」


 お父さんの扱いがちょっと雑で可哀想と思いつつ、きっとそんな時にお母さんが側に居てくれたら心強いのは間違いないのでお願いすることになるだろう。


 「お母さんにドーンと任せなさい。男なんてね、いざという時には役に立たないんだから!」


 そんなことを母は嬉しそうに言っていた。そんな風に母娘で話していたら


 「ただいま」


 と、眠っているお父さんを背中に背負った先輩が帰って来た。お父さんったら酔っ払って先輩に迷惑かけるなんて!


 「ふふ、蛍はお義父さんに似たんだな」


 そ、そんなことはないはず……と思っていたら


 「……お義父さんが俺達の結婚を認めてくれたよ」


 嬉しそうにそう報告してれたので先輩がお父さんを背負っているにも関わらず、私は先輩につい飛びついてしまった。

 先輩は私に抱きつかれながら「おい、ちょっと待ってくれ!」と、お父さんを背中から落とさないように踏ん張っていた。


 「あらあら、この子ったら」


 お母さんだけは呆れたよう言いつつも、とても幸せそうに笑っていた。


 ☆☆☆☆☆


 後日、先輩から私と両親に「婿養子になりたい」と話があった。『睦月』の姓を捨て、『鳴海』の姓になりたいということだった。私は反対したが両親は何も言わなかった。結局は先輩が


 「俺は蛍と結婚できれば名字に拘りはないよ。『睦月』の姓を捨てた方がいざというときにはこちらに戻ってきやすいからな」


 そう言われては駄目とは言えなかった、一人っ子の私は、もし両親の身に何かあればこちらに生活の基盤を移す可能性もあるのだから。


 こうして先輩は『鳴海』の姓になった。


 

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