大学編 第19話


 大学の大講堂で講義が始まるのを待っていたら、教室の前の方に宇佐川さんが座っているのを発見した。あの人が普通に講義に出てるなんて随分と珍しいものを見てしまった、雨や雪どころではないものが降ってくるやもしれない。


 そんな宇佐川さんの前に一人のスーツ姿の女性がつかつかと近寄ってきてバン!と机を叩き


 「……宇佐川さん、貸していたものをきちんと返済していただきたいのですが」


 長い髪の美人といえば美人なんだが、性格のキツそうな美人が宇佐川先輩に詰め寄っている。以前もチラッと見たことがあるが、宇佐川先輩がお金を借りている所の借金取りのようだ。


 「ふへへ、そ、その……」


 「……なんですか?まさか返すお金がないとか言うんですか?」


 「い、いえ、きちんと……」


 そう言って宇佐川先輩が鞄から取り出した封筒は驚くことにどうみても帯封された額の札束が入っているような厚さに見受けられた。


 「あるんじゃないですか!それならきちんと返済に来てください!」


 「いや、その……ふへへ……」


 「もう、結構です。それではこちらが……」


 俺と宇佐川さんとその借金取りの女性以外の学生達は好奇な視線でそのやり取りをこそこそと話しながら眺めていた。


 ☆☆☆☆☆


 今夜は穂積さんに誘われて夜食を食べにラーメン屋に来ている。最近は増えてきた小綺麗なラーメンではなく、昔ながらの薄汚い方なので、とてもじゃないが女性を連れては来れないタイプの店なのだが、俺はこういう店が好きだ。

 穂積さんは温かいラーメンを食っているが、俺はつけ麺を選んだ。太い麺に醤油味のつけ汁、これが俺に口に合い、冬でも好んで食べていた。


 「穂積さん。この前、学内で宇佐川さんが借金取りに捕まってるのを見たんですが……あれって訴えようと思えば訴えられるんじゃないですか?あんな所まで来るなんて非常識では?」


 「まぁ、そうだな……」


 穂積さんは少し困ったような顔をして頭を掻きながらそう答えた。


 「借りる宇佐川さんも悪いっちゃ悪いけど、それでも学内にまでやって来て返済を迫るなんて非道いですよ。それにしても宇佐川さんは何で借金なんかしてるんです?借金してるはずなのに時々、大金を持ってたりするし不思議ですよね?」


 時々、奢ってもらう立場の俺が言えることではないのかもしれないが、もし、宇佐川さんが悩んでいるなら借金の整理などした方が良いのかもしれないとは思う。


 「そういえば睦月は知らなかったか?宇佐川の奴の金の使い道は専らギャンブルだ」


 「ギャンブル?それは最悪じゃないですか?仲間なら止めてあげた方が良いんじゃ……」


 「睦月。宇佐川のことは放って置いてやってくれ」


 穂積さんが真面目な顔でそんなことを言うので「何か理由があるんですか?」と尋ねたら、穂積さんは少し迷ってから話し始めた。


 「……ギャンブルの方は心配しなくていい、宇佐川は博打の天才だからな。時々、大金を持っているときは大方、競馬ででも勝ったときだろう」


 「博打の天才?そんな、本当に?」


 「あぁ、なんだろうな、俺には理解できないが一言で言えばそうだ。競馬なんかも一日の回収率は百パーを下回ったことがないとか聞いたぞ?」


 「……それじゃ、なんで借金なんかしてるんです?勝ったならきちんと返して、浮いた分で改めてギャンブルすれば良いじゃないですか?」


 「……それが宇佐川の病気さ」


 「……借金してしまう病気ですか?借金依存症とかですか?」


 「いや、お医者様でも草津の湯でも治せない方さ」


 「え?それって……」


 「あぁ、宇佐川の奴はあの借金取りの女に惚の字だからな。あの女に会う為だけに借金をしているのさ」


 「はぁぁ!?マジっすか?」


 あのボンヤリとした宇佐川さんが、あのキツそうな借金取りの女性を好きだなんて意外だった、だが、この前のきちんと受け答えもできない宇佐川さんの様子はその為だったのかと穂積さんの話を聞いて納得した。


 「会う為だけに借金って……それは不毛なのでは?宇佐川さんが普通に告白すれば良いのでは?」


 「告白を断られたらもう会えなくなってしまうからな、宇佐川の奴はそれが怖いんだろうよ」


 「……告白が上手くいくかもしれないじゃないですか」


 「……渡貫が調べたところによると、あの女性は一人娘を一人で育てているバツイチらしい。そして、現在、新しい恋人もいるようだ」


 「……それは」


 「睦月、宇佐川のことは放って置いてやってくれ、あの借金取りから追われているときだけは、彼女の頭の中に宇佐川という存在が認識されるし、好きな女が自分を必死に探し追いかけてくれる、あれが宇佐川の幸せなんだ」


 「……不本意ですが、わかりました」


 「大丈夫だ。宇佐川がおかしな額を借金しようとしたら止められるように、渡貫がきちんと見張っているから」


 そう言って穂積さんは追加で餃子を注文して俺に食えとお皿をまるごと渡してきた。宇佐川さんの件を黙っておくことの袖の下のつもりなのかもしれない。受け取った餃子を食べながら恋の形は千差万別だなと思い浮かべた。

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