大学編 第18話
俺の下宿している『草壁荘』は野郎ばかりが住んでいる野獣の巣窟だが、その中には大学でもある意味で有名な『三変人』が棲んで、いや住んでいる。
一人目は、本人は大学の医学部に九年以上通っている、「俺はベテラン医師だ」と言って憚らない穂積という先輩。それは普通に留年を重ねているだけだろう、何浪かしてまでようやく入ったらしいのに……ご両親に謝った方が良いと思う。見た目は無精髭を生やし、山に棲む熊みたいな風貌の男だ。怪我をしたアパートの住人を無料で診察してやっている有難い仁医だと本人は言っているが、やっていることはどう考えても無免許医師なのではないか?有名な漫画の無免許医師じゃないんだから俺は絶対にこの人の診察は受けないと決めている。因みに部屋の中には大人の男性が好む本や映像作品で溢れているある意味とても健康的な男性だ。
二人目は、大学生の筈なんだが大学に行っている姿を見たことがない、かといって単位を諦めてアルバイトに励みお金を稼ぐような大学生らしさもなく、良くアパートの外でシャボン玉を吹いているのを良く見る自由人みたいな、男性だが腰ぐらいまである長髪を靡かせた先輩、宇佐川という人だ。定期的なアルバイトをしていない筈なのにたまにフラっと出掛けてはどんな手段かわからないが大金を持って帰ってきて皆に奢ってくれる大変に有難い人だが、借金もあるらしくやってきた借金取りに根こそぎ持っていかれるために手元には残らんようだ。
三人目は、話しているのを見たことも、声を聞いたこともない小柄な先輩、渡貫という人だ。まったく喋らないにも関わらず何故かこの先輩の言いたいことがわかってしまう、視線と指差しとで意図を伝えてくる不思議な人だ。学校にはきちんと通っているらしいがどうやって講義の発表などこなしているのかさっぱりわからない。それだけなら害の無い大人しい人物なのだが酒が入ると豹変する。酔っぱらうと猿のように顔を赤らめて直ぐに全裸になる、本当に頭脳が猿に退化して脱衣しまうのかもしれない。この前なんかそのままコンビニに酒の追加を買いにいこうとしたので布団と紐でぐるぐる巻きにして拘束した。司法試験合格を目指しているらしいが先に猥褻物陳列罪で逮捕される気がするな。
今日はひとつ部屋の中、そんな変人な先輩方と俺はとあるブツを囲んでいる。
「……部屋を暗くして何を入れてあるかわからなくする闇鍋ってのは聞いたことがあるが、本当に真っ暗な鍋ってなんだこれ?」
「……これは食えるんですか?」
「……」
ちょうど宇佐川さんにお金がある時だったので食材を買ってきて作ってくれたらしいが、この真っ黒な鍋はどうしてよいかわからない。
「……睦月、先に行け」
「……はい」
仕方ないので先に箸を伸ばす、中身は普通の肉やら魚やら野菜が入っているようだ、色は真っ黒だけど。
「……いただきます」
とりあえず口にしてみたら、う……美味い?
「イカスミ鍋だよ、大丈夫だからー、皆も食べてよー」
調理した宇佐川さんがそう言ったので残りの二人も箸を伸ばし、食事を始めた。
「いや、確かに美味いんですけど……」
「……」
「そうだよな、普通に作れば良いのになぁ」
とりあえず鍋の安全を確認し、食事をしながら飲もうと、穂積さんが取り出した日本酒の瓶を見て、渡貫さんが嬉しそうにする。
「……そういえば、この前、睦月君が女の子を連れ込んでいたねー」
「何っ!?なんだと宇佐川!!睦月っ、それは確かか!?」
「……あー、連れ込んだというか、やって来たというか?」
この前、蛍と水無瀬さんがやって来たことを宇佐川さんには見られてしまっていたらしい。
「しかも、二人もー、ふふ、睦月君もやるなぁ」
「な、な、なんと!どっちも睦月の女か!?なんて羨ましいっ!」
「違いますよ?片方は彼女ですが、もう一人は彼女の友人です」
「どっちが彼女さんー?」
「可愛い方です」
「……時折、睦月君もポンコツになるねぇー、彼女さんが関わるとかなぁ。それじゃ、背の高い方と低い方ならどっち?」
「小柄な方です」
「ふぅん、彼女さんは同じ大学なんだねぇー、以前、見たことあるよ。でも、もう一人は多分違う大学の子かなぁ?勘だけど」
「そうなんですか?宇佐川さんが見たことなかっただけでは?」
「あー、睦月。宇佐川のこういう勘はまず外れないから」
「……」
「えっ?渡貫さん、調べてみようかって?どうやって?」
「あー、睦月。渡貫はそういう調べものは得意だから」
「……」
「渡貫さん、それじゃ、水無瀬って名字の学生が学内にいるかだけでも調べてください。あとは不要ですから」
渡貫さんは黙って頷いた、その話はそれで終わり、後は穂積さんのエロビデオの話と宇佐川さんの競馬の話が主な話題になった。
そんな会話の中、頭の片隅で先程の話を思い出す。水無瀬は悪い奴じゃないってわかっているから深い理由を知りたいとは思わないが、なるほど水無瀬が神出鬼没なのは学生という身分じゃなかったから色々な場所で見かけたのかもしれないと納得した。
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