父さんの浮気相手?


 「……睦月先生の奥さんに先生と別れて欲しいと言いに来たのです」


 目の前に座る女子高生、彼女は昔、姉さんが着ていたものと同じ制服を着ている。つまり、父さんが勤めている学校の生徒であり、燕 姉さんの後輩なんだろう。


 そんな彼女がうちを訪ねてきてこんな物騒な話をし出した、何でうちを知ってるの?と聞いたら「……先生の帰りを尾行したのです」と言う、ちょっとヤバいなこの子。表札は『鳴海』だけど睦月先生が玄関を普通入ったのでここだと確信して訪問したらしい。母さんも姉さんも不在で良かった気がする。母さんが聞いたら黙って不機嫌になるだろうし、姉さんが聞いたら山にこの子を埋めに行くことになるだろう。


 「……えーと、とりあえず君の名前は?」


 と、目の前の俯いている女の子に名前を聞いた。


 「あっ、失礼しました、山東さんとう 里菜りなと言うのです。貴方は睦月先生のお子さんですか?」


 と山東さんが聞いてくるので「そうだよ」って言ったら


 「……そうですか、それでは私のことはママと呼んでくれて構わないのです!」


 と表情を変えずに言った……あぁ、これは相当ヤバいタイプの女の子なんだなと認識した。


 「……とりあえず、今日は誰もいないのでお引き取りを……」


 と、言ったのだがその子は引き下がらないので、流石に自宅で二人っきりになるのは不味いと、近くの喫茶店に移動して対面して話をしている。


 「それにしてもなんでいきなりうちの両親に別れろなんて言いに来たの?」と尋ねたら


 「……睦月先生が好きなのです……だから結婚したいと思ったのです……」


 と山東さんは俯きながらこちらの目を見ずにそんな告白をした。なんて言って良いかわからないが……思春期特有の年上に憧れるというやつなのか?それなら俺もめちゃ共感できる。


 「……でも、父さんは君と結婚するなんて事を言ってないだろう?」


 と聞いたら、山東さんは口先を尖らせて


 「……でも、私は睦月先生といつもお食事をするような仲なのです」と言い出した。


 俺がマジか?という顔をしたら、山東さんは横を向いて


 「……学校のお昼休みに」とあっさり白状した。詳しく聞いたら、お友達のいない山東さんを見かねた父さんが「……悩み事があるなら相談にのるぞ?」と昼食をとりながら話を聞いてあげてたようだ。


 「……睦月先生は優しいから好きなのです、先生に会うためだけに学校に行っているのです……」


 それだけを言って彼女は黙って下を向いてしまった。ここまで思い込みの激しい子はなかなかいないが似たようなことは以前にもあった。父さんは学校の特定の生徒からやけに慕われる。いじめられっ子だったり、学校に馴染めない子だったり……そういう生徒に関わって悩みを聞いてあげることが父さんの教師になった理由のようだ。


 昔、父さんが教師になりたいと母さんに言った際に


 『……蛍、俺は教師になりたいんだ。苛められている子や、学校に馴染めない子、そんな子ども達の側に立ってあげたいんだ……だから、もしかしたら他の教師や親御さんと対立して……定年まで勤めること無く教員人生が終わってしまうかもしれない……そうしたら蛍にも迷惑をかけてしまうかも……それでも良いか?』


 と母さんに尋ねたら、母さんは


 『……先輩、一番初めに先輩に救われた私が反対なんてするわけないです、何があっても先輩の味方ですから……大丈夫、もし先輩のお仕事が無くなっても私が支えますから』


 と母さんは笑顔で父さんの背中を押したらしい。そうして父さんは教師になって……自発的に街を見回りに行ったりしている。いじめられっ子も懐くが、父さんの場合はちょっと悪そうなタイプも恐れること無く関わるので一目置かれているらしい。姉さんはそんな父さんの勤めている学校にわざわざ進学したのでそんな事を詳しく教えてくれた。


 目の前の山東 里菜さんを眺める、下を向き俯いて黙っている通り、内向的な子なんだろう。そんな彼女にどんな話をするべきが考え


 「……山東さんは趣味とかあるの?」


 そう尋ねたら彼女は俺の方を見て、少し恥ずかしそうに


 「……ゲームしたり、アニメ見たり……」と言うので


 「へー、何系のゲームするの?俺はね……」と山東さんの趣味から会話を広げようとした……


 最初は聞いているだけの山東さんも、次第にコクコクと頷き始め、最後には


 「……タヌキは悪徳です!なんでゲームの中で借金を返すために働かなくちゃいけないです!もう島には行きたくないです!……でも何故か島を訪れてしまうのです!私はどうしたら良いのです!?」と叫んでいた。


 喫茶店で山東さんと向かい合って会話が弾んでいたら、喫茶店の窓の外に幼馴染みの衛藤 玲楓の姿が見えた気がしたのでそちらに目を向けたら……誰もいなかった。気のせいかな?能面のような表情をしていたのも気のせいだろう。


 「……こんなにゲームのお話ができて楽しかったです、ありがとうございましたです」


 山東さんは俺の目を見て笑顔で笑った、笑顔は可愛らしいんだから笑っていたら学校でもお友達ができると思うよ?と伝えたら


 「か、可愛い……そ、そんなことはないのです!も、もう帰るのです!」と慌てて席を立った。


 「し、失礼します!あっ!?そう言えば、貴方の名前を聞いてなかったのです!」


 と山東さんが顔を赤くして聞いてきたので名乗ったら


 「は、創さんですね!覚えたです!……それじゃ、またです!!」


 と、手を振って帰っていった、彼女が飲み食いした分を支払いもせずに……

 仕方ないので俺は領収書を貰い、父さんに請求することにした。父さんに山東さんの話をしたら


 「……山東が訪ねてきた?悪い子じゃなかっただろう?ちょっと変わってるってクラスでも浮いてる子なんだけど……変わってるってのは個性だと俺は思う、それを否定しちゃいけないと思うんだ。でも創が話し相手してくれて助かったよ」


 と多めにお小遣いを貰えた、ラッキー。


 後日、父さんは学校で山東さんと会ったときに


 「……睦月先生、やっぱり先生とは年が離れすぎているので結婚できないのです!ごめんなさいです!新しい恋が見つかってしまったのです!」


 と、一方的に言われ「何の話だ?」となったらしい、他に好きな相手が見つかったのだろう。良かった良かった……



 ……という訳なんです。本当に父さんには困ったもんだよねー、ははは……


 神宮寺家に呼び出された俺は道場の床に座布団も敷かず正座させられ、仁王立ちした玲楓と月香さんと二階堂さんに囲まれながら、何故、喫茶店に知らない女の子と一緒にいたかを説明させられた。


 ……はは、何で三人とも能面のような表情をしているのかな?今日は無事に帰れるかわからないよ、父さん。



 

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