もう一つのエピローグ②


 「おねえさん、こんにちは!」


 娘と二人で公園に遊びにきて、ベンチに座っていたら。娘がこちらに近付いてきた白い帽子を被り、白いワンピースを着た美人に挨拶をする。


 「こんにちは、元気なお嬢さんですね」


 そう言った言葉を聞いて娘は少し不思議そうな顔をして


 「ママ!すこしあそんできていい?」


 と聞いてくるので「遠くに行っちゃ駄目よ」と言って娘から目を離さないようにする。


 「……お久しぶりです、鳴海先輩」


 そう言って彼女は私の隣に座る。


 「……市井さん、お久しぶりです。お元気でしたか?」


 市井さんは女性の装いをしていた。自らの心のままに生きていくことにしたのだろう。


 「……鳴海先輩、漫画の中で僕を女の子で描いてくれてありがとうございます、とても可愛い女の子で嬉しかったです」


 「でも結局、漫画の中でも好きな人はヒロインと結ばれちゃったんですけどね」と市井さんは笑う。


 私が描いた漫画でヒロインの相手役を奪い合うライバルに一年年下の女の子を登場させた……市井紫音さんは確かにそのモデルだった。


 「……『先輩』はお元気ですか?」


 と市井さんが尋ねるので私は黙って頷く。この『先輩』は私の主人の事だ。


 市井さんも『先輩』に恋をしていた。……そんなことは言われなくてもわかる、『先輩』を見つめる市井さんの瞳が雄弁に物語っていたからだ。


 「……草下部さんが市井さんのことを心配してたそうですよ?」


 そう言うと少し申し訳なさそうな、悲しそうな顔をした。


 「……僕がいると百ちゃんに迷惑をかけるから……」


 市井 紫音と草下部 百は女同士の親友だと当人同士は思っているが、他人の目で見てどう写るかといえば違ってしまう。これから結婚しようとする草下部の傍にいては草下部が心ない言葉を言われて嫌な思いをすると……市井は唯一の親友の傍から離れたのだ。


 「……鳴海先輩、一つだけ先輩に謝りたくて」


 そう言って学生時代の夏休みに一日だけ市井の心が女の子だと知らない『先輩』の所に泊まらせてもらったことを謝ってきた。


 「……そんなことがあったんですね」


 「……すみません、どうしても『先輩』のことが忘れられず……でも、逆に『先輩』がどれだけ鳴海先輩の事を想っているかを聞かされちゃって……何の告白もできずに帰りました」


 私が黙って聞いていたら


 「……僕は何で身体も女の子で生まれてこなかったんですかね……そうしたら無理だと思ってもきちんと告白をしていたのに……」


 と市井は顔を伏せて声を震わす。声に出さず泣く市井さんを撫でて落ち着くまで待つ。


 「……すみません、もう大丈夫です。……勿論、僕の身体が女の子だったとしても『先輩』と鳴海先輩の間に入る余地なんてなかったんですけどね……」


 そう言う市井さんに


 「……これからどうするの?」


 と聞いたら


 「……海外に行きます」


 と言う。


 「主人に会って行かなくて良いの?」


 と聞いたら


 「……会わずに行きます」と言ってベンチから立ち上がる。


 「……鳴海先輩、僕は『先輩』に恋したことに関しては後悔してませんから。例え……報われない、辛い恋でも……恋をしている時は生きている実感がありましたから」


 「……それでは、さようなら。お元気で」と彼女は去っていってしまった。


 娘から目は離せなかったけれど、市井さんの姿が見えなくなるまで目の端で見送った。


 市井さんの姿が見えなくなった頃に娘がこちらに戻ってきた。


 「ママ、どうかしたの?ないてるの?」


 娘が私の事を心配して聞いてくるので


 「ううん、大丈夫。なんでもないわ」


 と言って手を繋ぎ、「さぁ、パパが待ってるから帰りましょう」と立ち上がった。



 

 

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