もう一つのエピローグ①
高校時代の後輩の
『今度、結婚するんです。その前に会えませんか?勿論、二人っきりとかではなく、私の婚約者も連れていくので鳴海先輩に心配しないでとお伝えください』
とメールがあり、「どうしようか?」と蛍に尋ねたら「……行ってきて良いですよ」と珍しい事を言う。他の女性に会うのを心配し嫌がる蛍にしては珍しいと思いつつ、蛍が構わないならと
「わかった、今度待ち合わせして話をしよう」
と返事をした。
待ち合わせの喫茶店に行くと高校時代の面影を残してはいるがすっかり大人の女性に成長した草下部と俺の知らない男性がいた、この男が草下部のフィアンセなんだろう。
「草下部、久しぶりだな」
「……お久しぶりです、先輩は鳴海先輩と結婚されたと聞きました、おめでとうございます。先輩方にお変わりはないですか?」
俺も蛍も変わりなく元気でやってると挨拶して、草下部の婚約者を紹介されたら……
「……それじゃ、僕は少し席を外すから……積もる話でもしてください」
と草下部のフィアンセは一礼して席を立った。その姿を見送ってから
「……なかなかのイケメンじゃないか、でも意外だった……てっきり市井と結婚するのかと思っていたから」
と口にした途端、草下部は信じられないという驚きの目で俺を見て
「……先輩はどうしてそんな事を言えるんですか?」
と不機嫌そうに言う。
「……いや、高校時代もいつも一緒にいただろ?幼馴染みだって言っていたじゃないか、幼稚園の頃からおままごとして遊んでいたって聞いたぞ」
「……私と紫音は先輩が思っていたような彼氏彼女の関係なんか一度もなったことないですよ……全然、わかってなかったんですね……」
「……先輩、幼稚園の頃のおままごとは紫音がやりたいって言うから私は付き合って遊んであげていたんです」と草下部が言う。俺には草下部が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
「……そういえば肝心のその市井は今、どうしてるんだ?」と聞いたら
「……音信不通なんです」と言う。今どこで何をしているのかわからないから俺なら知っているかと草下部は連絡してきたらしい。
「……俺はただの高校時代の先輩だぞ?草下部が連絡とれないのに俺がとれるわけないと思うのだが……」
と言ったら草下部は少し考えて……関係あると思えない話題に変える。
「……先輩、高校時代に調理実習で作ったお菓子や作ってきたお弁当を先輩に食べていただいたことがありましたよね?」
「あぁ、あったな。草下部は案外、料理が上手いんだなって思ったよ」
草下部は怒ったような、悲しそうな表情で
「……先輩、あれは紫音が作ったものなんです」
そんな事を言う……
「……そういや市井は料理が上手かったな」
一度、大学の時に泊まりに来たときに作ってくれたのを思い出して草下部に話すと
「……し、知らなかったです。紫音が先輩の所に一人で行っていたなんて……」
と言ってから何かを決意したような顔をして
「……先輩、これから話すことは先輩は知っておくべきなんじゃないかと……紫音の親友だった私が思うから話します、先輩に何も届いていなかったなんて悲しすぎるから……」
そう言って一度、テーブルの上の紅茶を飲んでから
「……紫音は
と思いがけないようなことを告白する。その草下部の言葉を聞いて最初は理解できなかった。
でも「市井紫音は男だろ?冗談はやめてくれ」とは言えなかった、草下部の表情が真剣だったから。
俺の戸惑う顔を見て草下部は言う。
「……正確には
そうして、草下部は市井が修学旅行にも行けなかったことや、男子トイレでも個室しか使えなかったこと等を話してくれた。理由は修学旅行だと男同士で風呂に入ったりするから、男子トイレで個室しか使えなかったのは、立って小便をする際に隣に男子が立つのが恥ずかしかったから。
「……知らなかった」
と俺が言ったら
「……そんな紫音が恋をしたんです、自分を助けてくれた男の人に……」
と言って俺を見る。まさか……
「……私はそんな紫音の秘めた恋を応援してた、私も紫音も報われぬ恋だろうとわかってはいたけれど……」
だから、市井が作ったお菓子やお弁当を持ってきたり、一緒に勉強をしたり、連絡先を交換したのか。
「……先輩には鳴海先輩って彼女ができた、それでも紫音は先輩のことが好きで……バレンタインのチョコも渡したでしょ?」
バレンタインのチョコ?そんなのは貰ってないぞと言ったら
「……バレンタインに渡すことはできなかったんです。だから引っ越しの時に渡したはずです」
……そう言えば引っ越しの車中で食べたのは確か……チョコレートだった……
「……それじゃ、大学生の時、夏休みに一日だけ泊まらせてくれって来たのは……」
「……私にも内緒だったのは……最後に思い出が欲しかったのかもしれないです」
……だから市井は俺の裸を見て顔を赤くしながら俺の背中を流したり、蛍との遠距離恋愛のことを尋ねたりしたのか……と、あの日のことを思い出しつつ
草下部の言葉を聞いて
「……気づいていなかったのは俺だけだったのか?もしかして蛍は市井の心が女の子だって知っていたんじゃ?」
蛍は市井のことを必ず『市井さん』と呼び、『君』付けで呼ばなかった。そして蛍の漫画には……
「……鳴海先輩はすべてわかっていたと思います、でも言わないでくれたんだと……」
……蛍はわかっていた、草下部が俺に恋愛感情なんてないことに。だから今日も行ってきて良いと言ったんだ。
「……先輩、なんで先輩は紫音の気持ちに気づかなかったんですか!?あんなにアプローチしていたのに……なんで……」
泣きそうになっている草下部、何で俺が市井の気持ちに気付かなかったのか……勿論、市井が男だということが念頭にあったからだろう……でもそれ以上に……
「……草下部、その……これは恥ずかしいから誰にも言わないでくれ、蛍にもな……」
と言ってから草下部にだけ告白する。
「……今、思うとな、実は……俺は高校三年、あの時が初恋だったんだ。自分の初恋に戸惑い、その事で精一杯で……市井の気持ちに気づいてやれる余裕が無かったんだよ……」
あの時、鳴海 蛍という女の子に初めて恋をして夢中になっていたのだ。
あの時まで、死に戻る前の年数を足しても恋なんてしたことが無かった。子どもの頃はそんな心に余裕のある家庭じゃなかったし、学生時代は腫れ物みたいな扱いで人と関わらず、卒業したら堅気じゃない生活で荒み……ただ、性欲を発散するだけに女を抱いていた。
俺の言葉を聞いて草下部は吹き出した。
「せ、先輩、本当ですか?初恋なんて早ければ幼稚園児や小学校でするものですよ?」
「わ、笑うなよ!」
と俺が言うのだが、草下部はひとしきり笑ったら
「……はは、先輩、それじゃ仕方ないですね。私は先輩を許します」
「……先輩、初恋が実って良かったですね」と草下部は優しい笑顔でそう言ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます