第100話
『先輩、夏休みに一日だけ先輩のお家に泊めていただけませんか?』
そんなメールが高校の後輩の市井から届いた。
「市井、一人だけだよな?雑魚寝になるけどそれでも良ければ構わないぞ」
と返信したら
『ありがとうございます、お願いします』
とすぐに返信があったので市井が家に来ることに決定した。男同士だし、そんなに気を使わなくて良いだろうとは思うが一応、掃除をして迎える準備をした。
日中は仕事があったので夕方以降に待ち合わせて俺の家に帰ることにした。駅で市井を待っていたら
「先輩!お久しぶりです」
と少し背が伸びた市井がやって来た。相変わらずの童顔美少年だが夏休みだからか髪を伸ばして後ろで縛っている。
「市井、久しぶり。元気そうだな」
「はい、先輩こそ、お元気そうで」
俺があの街を離れるときに見送りに来て泣いてくれた後輩だ、積もる話もあるがまずは腹ごしらえと近くのファミレスで食事をする。
「そういえば、草下部はどうしてる?元気か?」
「……百ちゃんですか?元気ですよ……百ちゃんのこと気になりますか?」
と聞いてくるので
「いや、別に気になるわけじゃないが……市井と草下部はいつも一緒のイメージだから」
「……そうですね、幼稚園の頃から一緒におままごとしてましたからね……」
元気な草下部が大人しい市井を強引におままごとさせている図が頭に浮かんだ。
「……市井も大変だったんだな……」
「何がですか?」
市井は不思議そうに首をかしげる、髪も長いし、そんな姿は女の子みたいだ。
そんな近況を聞いている内に蛍の話になった、学年は違うが蛍とも会えば話すというのでどんなことを話すのかと聞いたら
「……鳴海先輩とお話するのは先輩のことですよ」
俺のことを話題に?悪口とか言われてたら凹むな。
「……鳴海先輩がどれだけ先輩のことを想っているかわかります、本当に先輩は愛されてますよ」
市井は少し俯いてそんなことを言うので俺も照れて横を向いて「……そうかい」としか言えなかった。
食事を終えて俺の家に向かう、小さなアパートだが男二人、夏なら風邪を引かずに寝れるだろう。
「これから風呂を入れるから、少し座って待っててくれ」
と言ってから浴室に行き湯船にお湯を入れ始める。市井と話をしていたら風呂の準備ができたようなので
「お客様の市井から先にどうぞ」
と言ったのだが
「……先輩が先に入ってください」
どうしても俺が先に入るように言うので仕方なく俺が先に入ることにした……もしかして汗臭かったのかな俺……
脱衣場で服を脱ぎ、浴室でまず身体を洗っていたら
「……せ、先輩、お背中を流させてください……」
と市井が顔を赤くして扉を開けてきた。何で皆、俺が風呂に入っていたら扉を開けてくるんだろう?
「……そんな背中を流す必要なんてないぞ?それに市井、あついんじゃないか?顔が赤いぞ」
「いえ、泊めていただくので感謝の気持ちです!」
……そんなことを言って譲らないので仕方なく立ち上がって背中を向けた。
「……はぅぅ、先輩の……」
男の裸を見ても楽しくないだろうに……市井は嬉しそうに背中を洗ってくれた。
「……ありがとうな、俺が出たら市井も入ってくれ」
「……はぃぃ……」
変な声を出した市井が扉を閉めて出ていった後、しばらくしてから浴室を出る。
「お先に。市井も風呂どうぞ」
「……は、はい」
そそくさと浴室に向かう市井を見送り、寝床を用意する。
「……お待たせしました……」
Tシャツにショートパンツの市井が出てきたので冷たい麦茶を用意する。
「ありがとうございます」
水分を摂り、少し話をしたら明かりを消して二人横になる。
しばらく冷蔵庫の作動音などしか聞こえない暗闇の部屋の中
「……先輩、もう寝ちゃいましたか?」
と市井が声をかけてきたので
「……まだ、起きてるぞ」
と返事をする。市井もすぐには眠れないようだ。
「……先輩、聞いても良いですか?」
と話し始めたので「なんだ?」と答えたら
「……先輩、鳴海先輩との遠距離恋愛ってどうですか?やっぱり近くに恋人がいないと……気持ちって離れていっちゃうものですか?こっちで新しい出会いがあったらとか……考えますか?」
と市井から恋愛の質問をされた。市井も恋愛について悩んでいるのかもしれないと真剣に考えて……
「……俺の場合でしか答えられないけど、遠距離だからって気持ちが離れたりはしないな。もう、俺の心の何処かに蛍が住みついてる感じなんだ……もし、知らない女が俺を誘惑してきても『先輩、浮気は駄目ですよ』って俺を叱る蛍の声が聞こえる気がするから浮気なんてできないよ」
そんな俺の話を市井は黙って聞き
「……つまり、先輩は鳴海先輩を変わらず愛しているってことですよね」
と言う一言には
「……そうだな」
と肯定した。
「……先輩と鳴海先輩の間に入り込む余地なんかなさそうですね、本当に羨ましいカップルです……」
市井はそう言って「ありがとうございます、おやすみなさい」と俺を背にして横向きになったので
「……おやすみ」と言って俺も目を瞑った。
翌朝、俺が起きたら市井は先に起きていて朝御飯を作ってくれていた。
「勝手に使ってごめんなさい」
「いや、助かるよ。市井は料理が上手だな……」
ご飯を食べて一緒に家を出る。俺は仕事だが、市井は観光をしてから地元に帰ると言う。
「……先輩、ありがとうございました。良い思い出ができました」
「……そうか?ただの雑魚寝で泊めただけなんで、申し訳ない気もするが……」
「……いえ、先輩。ありがとうございました、お元気で……」
そう言って市井は手を振って去っていった。何故か少し寂しそうな表情をしていたように見えた。
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