第99話


 駅で電車の到着を待つ、こんなに今か今かと待ち遠しいのは初めてだ。

 何時着の電車に乗ってますという連絡を貰っているので降車してくる乗客の中から目的の人物を探すために目を皿のようにする。


 「……蛍!」


 「……先輩っ」


 降りて近付いてきた蛍を見つけ声をかける、そしてお互いに歩み寄り、目と鼻の先になった時には思わず抱き締めてしまった。


 「せ、先輩っ、皆が見てます」


 「……俺達のことを知ってる人なんかこの街にいないよ」


 「……もう、先輩ったら」


 そう言う蛍も大人しく抱き締められたままでいる。


 「……久しぶり、蛍は少し大人っぽくなった気がする」


 今日の蛍は花柄のワンピースを着ている、少し髪も伸ばし顔立ちが以前よりほっそりと感じられ大人っぽく見えた。


 「……先輩はちゃんとご飯食べてますか?少し痩せてませんか?」


 蛍は相変わらず母親のように俺を心配するので少し苦笑いをした。


 そんな挨拶もそこそこに蛍の手荷物を持ってあげ、移動を始める。今日という一日は凄く短い、少しの時間も無駄にはできない。夏休みになって蛍が日帰りで遊びに来るというので会社も休みをいただいたのだ。


 「……蛍、何処に行きたい?」


 どこでも蛍の行きたい場所を案内しようと聞いたら


 「……先輩のお家を見てみたいです」


 と言う。「何にもないアパートだぞ?」と言いながら移動して案内する。昔、住んでいたアパートより小さく汚いアパートに到着し、扉を開ける。


 「……お邪魔します」


 と入った蛍は部屋中を隅々まで見ている……何故だ?と考えて思い付いたことを聞いてみる。


 「……なぁ、蛍。もしかして俺が女を連れ込んでないか疑ってないか?」


 「……ソ、ソンナコトナイデスヨ」


 ……図星だったようだ。


 「もう、蛍は相変わらずだな……」と思って背中から抱き締めて


 「……俺には蛍だけしか見えてないのに」


 と言ってキスをしようとしたら扉を叩く音がする。


 「……こんな一番大事な時に誰だ……!?」


 と扉を開けたら


 「おう、遊びに来てやっ……え!?」


 神宮寺がやって来た……何で朝から酒持ってくるんだ、こいつは!?


 「……先輩、どちら様ですか?」


 と部屋の奥の蛍が尋ねてくるので大学の同級生の神宮寺だと紹介し、神宮寺には俺の恋人だと蛍を紹介した。


 「せ、先輩がお世話になってます……」


 と蛍が頭を下げたら「あ、え、こ、こちらこそお世話になってます、わ、悪い、邪魔したな!」と言って神宮寺は慌てて逃げるように帰った。


 「……先輩、私、何かしちゃいましたか?」


 神宮寺の様子を見て蛍が気にしているが「……神宮寺はああいう奴なんだ、気にするな」と言ってさっきの口づけの続きをしようかと思ったが……やっぱり駄目だと思い出した。


 「……蛍、外に出よう」


 「……先輩、何処に行くんですか?………………せっかくの二人っきりなのに……」


 残念そうな蛍の耳元に口を寄せ小声で


 「……蛍、このアパートは壁が薄いんだ、蛍の可愛い声が隣の奴に聞かれてしまう」


 そう囁いたら蛍は顔を赤くして頷いた。以前、蛍と過ごしたアパートは叔父さんの所有物で俺以外住んでなかったから……いくらでも蛍と睦事できた。ここではそうもいかないので……


 初めて二人でラブなホテルに真っ昼間から入った。蛍は「……先輩、なんでホテルの場所を知ってるんですか?それにこういうホテルのシステムを何で知ってるんですか?」とジト目をしていたが「蛍が来たときの為に調べておいた」と半分嘘をついて……


 蛍と仲睦まじく楽しんだ後、今は二人とも裸で抱き合ってお話を楽しんでいる。それにしても久々の実戦でゴールまでのタイムが縮んでいたらと心配したが日頃の蛍の写真を見ながらの自主トレのお陰で蛍に「情けない」と思われる時計ではなかったと思う。これは男としての見栄だ。


 「……先輩、学校の成績も上がってます。先輩がいないけど、私、頑張ってるんですよ……もっと褒めてください」


 「……偉い、蛍は頑張りやさんだ。来年、一緒にこの街で学生をしような?」


 「……先輩のいない学校で、先輩に会えない街で……頑張ってるんです……もっともっと褒めてください……」


 蛍が俺の胸板に顔をくっ付けて「寂しい」とアピールしてくるので抱き締めて蛍の頭を撫でる。


 「……いつまでもこうしていたいのに……」


 この建物を出なくてはいけない時間と蛍が帰りの電車に乗らなくちゃいけない時間が迫ってくる。


 「……帰りたくないです」


 「……俺だって帰したくない……でも」


 「……はい」


 手を繋ぎ蛍のご両親へのお土産を選び……蛍が電車に乗るところまで見送りにきた。向こうの駅にはご家族が迎えに来てくれる予定なので安心だ。


 「……蛍、これ」


 小さな箱を手渡す。


 「……なんでしょう?」


 「ふふっ、交際一周年記念のプレゼントだ」


 「今日だってこと、覚えててくれたんですね!」


 蛍は嬉しそうに受け取ってくれた。中身は透明な箱に入った小さなくまのぬいぐるみ……子どもっぽいかなとも思ったが蛍なら喜んでくれそうと選んだ。


 「……蛍、冬に行けたら今度はこっちから会いに行くから……」


 「……先輩、無理しないでくださいね?……でも会えたら嬉しいです……」


 扉が閉まり動き始めた電車の中の蛍が窓の向こうで小さく手を振る……


 俺も手を振り、去っていった電車を見送る。

 ……先程までの浮かれた気持ちから一転して、寂しい気持ちを抱き一人の部屋に帰った。


 

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