第79話
大学の共通入学試験が終わった。自己採点では足切りは免れたはず、二次の個別試験まで集中力を切らさず頑張りたい……と思うのだが一つ山を越えたことの安心感とたまには外で食べ気分転換したいと思ったので外出した。本当なら蛍と出掛けたいと思うのだが二学年の蛍は俺と違って普通に学校があるので一人で食事に行く……安くて美味いのは牛丼屋が無難かな。
そう思って街に出てチェーン店の牛丼屋に入ろうとしたら
「あれ?この前のおにーさんじゃん!」
……ナオに出会ってしまった。
「おにーさん、どこ行くの?一緒に遊ぼうよ!」
「……俺は彼女いるから君とは遊ばないよ。それにこんな時間に街を出歩いてて学校行ってないのか?」
そう言ったらナオは面白くなさそうな顔をして
「……おにーさんだってこんな時間に出歩いてるじゃん!」
理由を説明するのも面倒なので黙って牛丼屋に入ったら何故かナオもついて入ってきた。
「……俺はこれから飯を食うんだが?」
「……おにーさんと関係ない!私だってご飯食べるだけだもん!」
そんなことを言うので無視してカウンターに座ったら他にも席が空いているのにわざわざ隣に座りやがった。ナオが席に座ると……机の上にボリュームのある胸が乗った。これは見ては不味いと前を向き、ナオの胸から目が離せなくなっている店員に注文する。
「……牛丼大盛、卵、味噌汁でお願いします」
「……えーと、牛丼並盛と味噌汁と漬け物」
隣に座られても話すことないので黙って待っていたらすぐに食事が提供された。箸を手にして食べ始めたら隣のナオが話し掛けてきた。
「……おにーさん、この後はどこに行くの?」
「……帰るだけだ」
「……つまんない。ねぇ、私といいことしようよ、彼女さんには内緒でね?」
「しないから」
……黙々と食べていたら隣のナオは携帯を片手に何かメールを打っている。
「……食べないのか?」
「……いらない、おにーさんにあげる」
「……まじか」と思いつつ残すのはもったいないので無理矢理食った。
「……腹一杯だ、もう帰るから……」
俺が食った手前、ナオの分の代金も支払い店を出る。帰ろうとしたら……何故かナオがついてくる。
「……なんでついてくる?」
「……方角が一緒なだけだし!」
……いや、これは絶対ついてきている。自宅を知られるのは不味いと思うので何とか撒いて帰らなくては……どうするか。
携帯をいじりながらついてくるナオを走って振り切って帰ることも考えたが……腹一杯のこの状態で走るのは勘弁して欲しいなと考えていたら人気のない路地で
「おう!見つけたぞ!テメエ、俺の女によくも手を出してくれやがったな!」
と俺に男が絡んできた、隣のナオを見たら薄笑いを浮かべていたので……なるほどなと理解した。
「……なぁ、俺はこの子と何の関わりもないのだが……」
「……うるせぇ!ガタガタぬかしてないでさっさと謝罪しろ!」
そして謝罪には誠意を見せる必要があるだろ、慰謝料払えと騒いでいる。
「……馬鹿らしい、謝罪する必要もないな」
「なんだとテメエ」
俺が謝罪を拒否したら男が飛びかかってきたので……伸ばしてきた手を掴み投げ飛ばした。壁に当たった男は「グギャ」とか蛙みたいな声を出した。
「……テメエ、俺はな『××組』の者なんだ!こんなことして只で済むと思うな!ナオ!ちゃんと動画も撮ったんだよな?」
男が言ったらナオが「ちゃんと撮ったから!」と言う……面倒なことになったな……でも『××組』か……
とりあえず確認しようと携帯を取り出し電話する。
「……お久しぶりです、いや、なんか『××組』の名前を出す奴に絡まれたんですけど……あっ、そうですか?それじゃ待ってます……場所は……」
「……テメエ、警察にでも電話したのか?」
「……いや、違うぞ。とりあえずそのまま待ってな」
男はギャーギャー騒いだが飛びかかってもまた俺に投げられると思ったのか、ただ騒ぐだけだった。ナオは思っていた展開と違うのか少し落ち着かなくなっている。
「よう、坊主!久しぶりだな」
「龍崎さん、お久しぶりです。そう言えばこの前、俺の彼女がお世話になったみたいで……」
挨拶もそこそこに「この人なんですけど組の名前を出していたんですが……組員ですか?」と確認したら
「あ?こんな奴、知らねえぞ」
それじゃきちんと勝手に名前を使った謝罪と賠償をしてもらってくださいと龍崎さん達に預けた。
「……坊主、この女は?」
指を指され震えるナオに近寄り
「……動画は消させてもらう」
携帯を確認させてもらったら様々な男との情事の写真が残っていたのでそれも全て消した。
「……すまんな、手が滑って全て消してしまった。なぁ、全部消えた今がやり直す機会だと思うぞ?」
そう言って携帯を返した。龍崎さんは「……いいのか?」と聞いてきたがもう関わることも無いだろうとナオを置いてそのまま帰った。
ナオの携帯の中の写真は消えたが俺の頭の中のナオを抱いた昔の記憶は残っている……だから見逃したのかもしれない。以前の記憶を消してすべて蛍との記憶で埋め尽くせたら良いのに……と思いながら帰路についた。
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