第2話
立派(に飼いならされた可哀想)な社会人である俺が、髪が薄くなったくらいで仕事を休めるはずもない。ニット帽を目深に被り、泣く泣く家を出た。安物のスーツに黒いニット帽という組み合わせは、なかなかにあやしかったらしい。街行く人々は、距離を取りつつも、いつ刃物を振り回し始めても即座に動けるように、俺の動向を伺っているようだった。俺の繊細な心は酷く傷ついた。だったら帽子を取ればいいじゃない、そう思った人も少なくないだろう。だが俺は、頭皮で風を感じるという現実に耐えられなかった。考えてみてほしい。あれは、日々少しずつ去って行く髪と共に、徐々に受け入れていくものである。一晩でツルンとなった俺が受け止められるはずもないのだ。
何とか会社に着いて、仕事を始める準備をしていた俺に、部長からお呼びがかかった。俺はもちろん帽子を脱いでいない。風はないが、ここは会社だ。一度ハゲ認定されたら、もう後はない。だから俺は絶対に脱がない!いつになく強気で別室にいる部長のもとに向かった。
「なんだね?そのニット帽は。」
「いやぁ、あのですね……。」
無理だった。強気イコール強い態度というわけではないのである。
もう、どうにでもなれっ!!
この色々とあり得ない状況は、意外と俺にダメージを与えていたらしい。あっさりと折れた心を嘆きながら、俺は帽子を脱いだ。
「ほう……。」
部長は顎に手を当てて言うと、俺の肩に優しく叩いた。
「事情は理解したよ。まあ、わたしに任せなさい。」
そう言って部長は、皆が仕事をしている所に向かった。
「皆、聞いてくれ。守屋君は頭を怪我したらしい。帽子を被ることはわたしが許可したから、あまり質問して困らせないように。」
そして、俺にサムズアップをすると部屋を出て行った。
た、助かった……!部長があんなにいい上司に見えたのは初めてだ!
このときの俺は予想もしていなかった。部長に仲間意識を持たれていることも、ちょくちょくハゲ談義を持ち掛けられるようになることも。そして、もう一人部長以外にもハゲを知った人物がいたことも。
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