part 17


翌朝の事である。

何故かまたしても朝食を作らせてもらえなかった私は、ネーテと朝食を共に食べた後、荷物をまとめてクーダッケ邸の玄関に立っていた。


「では、私は一度お宿に戻りますね」


ぺこんと頭を下げて、ネーテに一時別れを告げると、ネーテが手配した馬車が現れた。


歩いて戻るつもりだったのだが、考えてみても特に断る理由もないため馬車には乗せてもらった。

だがさすがに遠慮のひとつもした方が良いかと思った私は、明日の迎えの馬車を手配しようとするネーテに断りを入れた。


だってそもそも、一緒に馬車に乗って王都に行くかどうかも私は承諾していないのだから。これで迎えを頼んでしまったら、まるで行く事が決定しているみたいではないか。


もっとも、ネーテは既にその気でいるようだが。


「では、また明日。出発は正午なのだから、それまでには来なさい? ちゃんと旅支度も整えてね」

「うーん……。まぁ、とにかく正午までには来ます。ざらめさんの事もあるので」


ぱかぽこと蹄が石畳を鳴らし、馬車が動き出す。


少しだけ窓から身を乗り出して、私はもう一度言ってみる事にした。言うだけならただなのだ。


「あの、ネーテ。ざらめさんの事なんですけど……」

「なあに?」

「保釈金とかっていうのは……」

「何度も言うけど、あきらめなさい」

「そうですか……」


やはりダメか、と肩を落とした所で馬車からネーテの姿が見えなくなった。

ふぅとため息を吐き出してから、私は揺れる街並みを眺めながら考える。


まず、アルコさんが街を出ると言っていたのが明日だ。

ざらめさんの護送も明日である事から、どうやら明日には竜が通りすぎるというのは、この街ではもう当たり前のようだ。


何せ毎年の事だそうだし、そう言うからにはきっと九割九分そうなのだろう。

そして明日にはざらめさんが王都へ向けて護送され、アルコさんも行商を再開する。


私はアルコさんの馬車に乗って、各地を見ながら王都を目指すのか、それともネーテと共に一直線に王都を目指すか選択を迫られている。


だがどちらを選んだ所で、ざらめさんが解放される事はない。


もし二人の内、どちらについて行くかと問われたとしたなら、それはアルコさんだ。


ネーテは何か勘違いしているが、私は確かに王都を目的地としてはいるが、王都に行く事そのものが目的ではない。


私はあくまでも、様々な怪物を調理して食べたいから旅をしているのであって、王都に行けばより料理をおいしく作る参考になるものがたくさんあると思ったから、それだけの理由で王都を目的地にしているに過ぎない。

いざ王都に辿りついたとしても、今度は王都で学べるだけ学んだらすぐに別の目的地を作るつもりだ。


そう考えると、アルコさんにくっついて様々な所を渡り歩くのは好都合である。何より食材を扱っているので、各地の旬の食べ物にも出会えるだろう。


それにネーテと共に王都を目指した場合、王都から帰った後は間違いなくクーダッケ邸に召し抱えられてしまう。

断って旅に出る事も不可能ではないが、あの手この手でネーテが阻止するに違いない。


やはり、出発するとなるならば、ついて行くのはアルコさんだ。


「でも問題はそこじゃないんだよなぁ……」


だがしかし、そう。ざらめさんがいないと、だめなのだ。彼女がいないと色々と、何というか、とにかくだめなのだ。

もし街を出るならどちらの馬車に乗るか、という話をしている状況ではない。

彼女を救うための方法について考えなくてはならない。


しかし現状、既に保釈を断られてしまっている。護送するというからには、馬車には護衛がついてもいるのだろう。合法的にも力づくにも無理そうだ。


力づくと言っても、その力を出すのはお鍋で武装した田舎娘一人なのだが。


「……八方塞がりです……」


馬車が市壁を抜け、宿に戻る。私は馬車から降りながら、弱音をはいた。


宿の入口で私を迎えてくれたのはアルコさんで、二階の窓から偶然私が戻ってくるのを見ていたと言って現れる。


「ふーん? 八方塞がりか。まぁとりあえずさ、お茶の一杯でも入れてあげるよ」


部屋に戻ると、私とアルコさんの荷物が昨日から戻ってきた事で一気に狭くなったように感じた。

私はベッドに腰掛けるが、クーダッケ邸の客間で寝た後ではやけに固く感じる。


「この前に仕留めた乙琴乃主。あれは川べりの村で運搬をお願いしててさ。あの日の内に干し肉にしてたんだけど、朝ご飯まだなら食べる?」

「いえ……お屋敷で朝食を頂いてきたので、別にいりません……」

「そう? じゃあ俺だけもらうよ。丁度さっき起きて腹が減ってたんだ」

「私……結局、何もできませんでした……。お料理すらさせてもらえませんでした」


「ふーん……。あ、料理と言えばさぁ、昨日の夜にシオンちゃんのマネして俺もあの黄金の肉を作ってみたわけ。えーと……豚カツって奴。油はもったいなかったけど、たまには贅沢の一つもしてみたくてね。乾燥したパンくずと、卵と、乙琴乃主の干し肉で。この宿の厨房を借りて作ってみたわけ。そしたら全っ然おいしくなくてさ。何がいけなかったのかね」

「そりゃあ……干し肉で作る物じゃありませんから……」


「あーなるほど。そういう事だったのか。残念だ。ほとんど保存用に加工しちまったからなぁ。まぁ生肉が残ってたって悪くなっちまってるし、どのみち食えなかったんだろうけど」


「あの、私の話も聞いてもらえます?」

「やだな、聞いてるじゃない」


ひらひらと手を振って、アルコさんは荷物の中からカップを取り出した。手近の水差しには冷たいお茶を入れていたようで、薄茶色がカップに注がれる。


私は差し出されるがままに受け取ると、静かに口をつけた。


「……薄味ですね」

「薄いとたくさん作れるからね」


部屋の備え付けの小机に何気なく腰かけたアルコさんは、そのまま脚を組んで頬杖。


「で、どうなってんの?」


その言葉で、ようやく私は昨日と今朝の出来事を話し始めた。ざらめさんの護送が明日である事、一緒に王都へ行く事を提案された事、それを断るつもりでいる事。……それとついでに、氷結晶の値段がいくらするのかも聞いてみた。


「……きみは行く先々で新しいトラブルを持ってくるね……」


一通り聞いた後、アルコさんは疲れたような目で言った。そして頭をがしがしと掻いてから、自分の分のお茶をカップに注ぎながら続ける。


「とりあえず、氷結晶は無理だよ。サンビシテ山から採った石だろう? 例えだから気を悪くしないでほしいけど、仮にシオンちゃんを奴隷にして売っ払ったって、輸送費にもなりゃしない。それくらいの物だよ。あのお嬢さんは税金で何を買ってんだか……」


「あぁ、やっぱりあの石はネーテの石を見せてもらうしかないのですね……」

「欲しいの? きみも女の子だったんだねぇ。装飾品には使えない観賞用らしいけど、ただ煙が出て涼しいだけの石をどうして欲しがるのか……。女の欲しがる物はいつだって値が張るし、男には価値がわからない物ばかりなんだからもう」


「そ、そんなんじゃありませんよ……。だって、もしもあの石があったらって想像して下さいよ。どれだけ素敵だろう、とは思いませんか?」

「いやいや、いらないって。そもそも氷結晶なんて輸送費がほとんどで現地の相場じゃ……っと、話が脱線してしまった。えーと、ざらめちゃんの護送が明日なんだって?」


ぐいー、とカップのお茶を一息に傾けたアルコさん。


「何ていうか……そうだなぁ、うーん……」

「助ける方法はありませんか?」

「ない事も……ないけど、シオンちゃんは冗談みたいな話も鵜呑みにして実行しちゃいそうだから言わない」

「えぇ!」


「もうまともな方法じゃ助けられないよ。保釈金ですら冗談みたいな話なのに、ここから助けるなんて無理だね。それこそ、冗談でもなきゃ助ける方法はないよ」


まるで、まともじゃない方法ならば助ける事も不可能ではないような言い方である。


「アルコさん。もうわかってますね?」

「言っておくよ。冗談でもない限りは助ける方法はないからね」

「では気分の沈んでいる私に、冗談を聞かせてもらえませんか?」

「ふーむ……。そうだなぁ、それなら……」

「いくらですか?」

「あらら。察しの良い事で」


私は懐の財布から銅貨を数枚ほど掴んで、小机の上に置いた。


「……人を一人救う情報の対価にしてはケチりすぎじゃないかい?」

「何言ってんですか。そんな情報ならいくらでも出しますが、単なる冗談にはこれで十分です」

「俺はまだお代がいくらになるか答えてないんだけどな」

「そこまで言うからには、さぞ抱腹絶倒必至のとっておき面白ジョークなんでしょうね。くすりとも笑えなかったら、ネーテに言って詐欺の罪で捕まえてもらいますから」

「おっと……。そう言われちゃたまらんね」


お手上げ、というポーズをわざとらしく作ってみせるアルコさん。


そんな事はどうでも良いので、早く言って欲しい。どうせ初めから言う気ならば、いちいちこんな問答をするのは実にもどかしくてならない。

アルコさんは私とのこういったやり取りを楽しんでいる風なのが腹立たしい。


「はいはい、すいませんね……。そんな目で見ないでくれよ。じゃあとっておきの冗談を披露するから、よく聞いておくれ」


新しいお茶をカップで飲みながら、アルコさんは話し出した。


「明日、シオンちゃんはネーテ嬢と一緒に王都行きの護送馬車に乗るんだ。そして馬車はおそらく北門から王都へ出発するだろう。南側は竜がいるわけだしね。で、街から十分に離れたら、ちょっとした行動を起こして護衛の気を引く。そしたらその隙に脅された事にでもして、ざらめちゃんの枷を外して逃がしてしまおう。さぁこれでざらめちゃんは解放され、シオンちゃんも単に脅されただけなので罪には問われず、次の日にはもうクーダッケ領を後にしてのんびり王都への旅路に戻れる。どうだい?」


何気ない風に、そんな事を言っている。


「冗談にしては程度が低すぎませんか……? まず、護衛の兵士がものすごく強そうなのはアルコさんだって見たじゃないですか。あんな人たちの気を引けるとも思えませんし、ざらめさんの枷を外す方法もわかりません。だって、鍵はきっと護衛の人が持ってます。最後に、ざらめさんはその場で開放されて、それでどうやって逃げ切るんですか?」


「んー……」

「もう。こんな事なら、さっきのお金も返して下さいよ」


「どうやって気を引くか。どうやって枷を外すか。どうやって逃げ切るか。その三点がどうにかなるような冗談なら、もう少し高値で買ってくれるかい?」


「………何だか商人というよりも、単にお金に執着しているだけの人な気がしてきました……」

「あっはっは。俺は金に執着しているから商人になったんだよ」

「だから商人は嫌いなんです……!」


私はお財布から銅貨をもう数枚引っ張り出して、小机に叩きつけるように置いた。


「ナイスアイディアじゃないと、承知しませんよ?」

「単なる冗談にこんなに払うなんて、シオンちゃんも酔狂な事だねぇ」


アルコさんが私に、ざらめさんを助けだす計画を淡々と話し始めた。


その内容は荒唐無稽というか、普通に考えたら全てが上手く行くとは到底思えないし、一つでもダメだったら失敗に終わる、非常に難易度の高い内容だった。


特に、それをこなすのが私というのが何よりの不安要素である。


「失敗しても恨みっこなし。ざらめちゃんがこうなったのは、半分以上は自分から捕まったからなんだからね。もし失敗して助けられなくても、彼女がシオンちゃんに文句を言うのは筋違いだね。俺には何の得があって、頼まれたわけでもないのに領主様を相手に罪人を助けようとするのかわからんが……。まぁとにかく、やるかやらないかは別の事。何てったってこれは冗談の話だからね」


「……ちなみに。今の冗談の中にはアルコさんも登場してますけど、もしこの冗談が現実の話になったその時はどうするつもりですか?」

「どうもこうもないね。どう転んでも俺だけは損しないようになってるんだから。まぁ、それだけに協力の手間は惜しまないよ」


だから商人は嫌いなんです。と私は締めくくった。

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