part 11
明くる朝の事だった。
「おいおいおい! 勘弁してくれよ! なんだって一体……。あ! あんた、そいつぁ商売道具なんで、すまないが丁寧に扱ってくれないか? でなきゃあせめて、その荷物だけでも持たせてくれよ」
アルコさんの声が村長の家の前で響いた。
一応アルコさんにも、おそらく兵士に囲まれるだろうとざらめさんが昨晩言っていたのだが、まさか自分も捕縛されるとは思っていなかったらしい。
どのみち、月明かりだけを頼りに暗い夜道を馬車で行くのは危険だったので、朝になるまで行動はできなかったのだが。
「なぁ、あんたらも俺が関係あると思うかい? 俺はどこからどう見ても単なる旅商人だ。王族に対して反逆するなんて、そんな事できるもんかい」
村長は渋い顔をして私たちを見ている。村人は誰も家に引っ込んでしまっていて、窓からちらちらと様子をうかがっているようだ。
私たちは三人合わせて、村長の家の前にあるスペースで十数人の兵士に囲まれていた。
「特にさぁ、このお鍋を背負った小娘を見てくれよ。こんな子まで捕まえようってのかい?」
アルコさんが額に冷や汗を浮かべながら、必死に逃げようと弁舌をふるっている。
が、兵士がざらめさんの罪状のみならず、アルコさんの罪状も読み上げると、がっくりと肩を落とした。その罪状とは、領地への不法侵入である。
確かに裏道を通っている以上、私たちに弁解の余地はなかった。単なる料理人です、なんて言葉が通じずに私まで捕縛されてしまった理由はこれだったのだ。
「あー……。なんか、ごめんね、二人とも」
「そうだね。こりゃあんまりだ。昨日の内に無理して逃げれば良かった。俺とした事が……」
「はい……困りましたね、これは……」
「シオンちゃんに至っては旅の始まりだったのに残念だったね。牢屋の生活は厳しいよ。さすがの俺も牢屋に入った事はないけどね」
「えぇ。牢屋なんか入ってしまったら、きっとそこには調理場がありません……」
「君はブレないねぇ」
後ろ手に縛られ、檻のような形をした馬車に三人合わせて乗せられる。ざらめさんの斧も含めて、私の持ち物もアルコさんの商売道具や財布も、全て一度没収されてしまった。
財布はとらなくって良いだろう! とアルコさんは激昂して抵抗したが、財布に何かを忍ばせている可能性を説明され、一応は筋が通っていると判断したのかおとなしくなった。
その眼力だけで殺してしまうかのような凄まじい視線をぶつけながら、ではあるが。
釈放という事になれば後から返すし、仮に牢屋に閉じ込められるような事になっても手はつけず保管しておくとの事で、私たちはその言葉を信じるしかなかった。
「あ、見えてきましたね。大きいですねぇ!」
村から出発して田園地帯を抜け、馬車はしばらくの間走り続ける。と、巨大な石造りの壁が見えてくる。
街を守るため、入口を残してぐるりと円形に囲む壁は巨大で、そんな大きな物を初めて見た私は、半ば興奮を抑える事ができなかった。
今がどんな状況かを、一瞬だが忘れてしまう。
「アルコさんは入った事がありますか? あの壁の中です」
「あぁ……あるよ。もっとも、あの壁の中は貴族様の住居と大きな店がほとんどだ。俺の主な活動場所は、外周の庶民が住む区画と、更にその外周にある貧民街だったけどね。それでも中にも一応は入った事がある」
「あの……。貧民街、という所でも私がいた村よりずっと良い暮らしに見えるんですけど……」
「言っちゃなんだけどシオンちゃんのいた所、あの辺は山奥すぎて、自給自足生活みたいな所だっただろうからね。……というか、あの辺りに人が住んでるような村なんかあったっけ? ルートとしてたまに通るけど、村らしい村なんかない山と森だけだったと思ってたよ」
「もう。ちゃんとありますよ。失礼しちゃいますね」
馬車でどこまで連行されるのか、そこまでは私たちも見当がつかなかった。
と言うのも、アルコさんは市壁の外周で取り調べを受ける事になるだろうと予測していたのだが、あれよあれよと街が近づいてくる内に馬車は市壁の入口に向かっている事がわかったのだ。
馬車の周りを囲んで護送する警備兵たちは、罪人との会話を禁じられているのか、何を聞いても一言も答えようとはしない。
「もしかして、壁の中も見れちゃうんですかね?」
雑多で活気のある街を、護送馬車の中からとはいえ眺める事ができた私は興奮気味に言ってみる。
馬車が通ると人々は道を空けるのだが、どっちを向いても人、人、人である。
貧民街も人は多かったのだが、どことなく淀んだ空気が全体を支配していた。それに対して壁に近いこの雑多な区画は、大小様々な建物が所狭しとめちゃくちゃに建設され、あちらこちらから人々の何かしらの話声が聞こえていた。
きょろきょろと見回してみれば、どうしても私には食材を扱うお店が目につく。さすがに怪物は置いていないのだが、基本となる野菜や調味料はここで買う事ができそうである。
「ひどいもんだねぇ……」
「何がですか?」
わくわくとした気持ちを抱えて喧噪を眺めていると、アルコさんがつぶやいた。
「街から活気がこうも失われてるんだから、ネーテ嬢の税政策に何か言う人がいても良かったと思うんだよ。ここがこんなんじゃ、旅商人が寄り付かないわけだ」
「………」
今私が見ているお祭り騒ぎを、活気のない、と言ってしまう事実に私は言葉を失った。心底驚いてざらめさんに視線を送ってみると、私の視線に気づいて応えてくれる。
「うん。前まではもっとうるさい所だった。今は人も全然歩いてない」
「なんてことでしょう……!」
私の村では年に数度の祭りでもここまで人は集まらない。
隣の村の人や、遠くに行った親戚が集まっても、決してここまでの人数に膨れ上がったりはしないのだ。それをこの二人は、あろう事かこの言い様である。
「ま、シオンちゃんがショックを受けるのもわかるよ。でも領主がミスをするってのは、こういう事なんだよ」
全く別の意味で私の反応を受け止めているアルコさん。冗談を言っている風もないので、どうやら本当の本当に街には活気がないらしい。確かに、物が売れず、物も買えず、という状況だとは聞いていたが、ここまで賑やかだと言うのにまだ足りないとは。
「えーと……。そ、そうですね……」
ははは、と乾いた笑いで返した私は話題を変えてみる。
「ところで、この外周の街には何十人くらいが生活しているんですか? すごく多いように思えますけど……」
「面白い冗談だね。ネーテ嬢に聞かせてやりたいよ。あんたの街は数十人しかいないように見えるぞ、なんて言えたらさぞ気分が良いだろう」
「え? あ、あぁそうですね。……あれぇ?」
「冗談はさておき、この街の規模ならそう大した人数じゃないよ。三百か四百じゃないかい? もう少しいるかな? でも市壁の中の人を含めても千人はいかないだろうね。貧民街を含めれば結構な人数になるだろうが、あそこは人数が把握しづらいから何とも言えないかな」
その説明を受けた時の私が、一体どんな顔をしていたかはともかくとして。
馬車は外周の街を抜けて、とうとう壁の入口に辿り着いた。
大きな大きな木製の門は鉄枠で補強されており、ちょっとやそっと何かをした所で壊れるようには見えない両開きの頑強な門である。
その門の側には門番の詰所があり、警備兵が一騎近寄り何事か事情を説明している様子が見えたと思うと、門はごとごと地面に響く音を立てながら、その片方半分だけが開いた。
半分だけでも馬車が二台は並んで抜けられる広さである。
「こ、ここがクーダッケの街!」
犯罪者として連行されている事はさっきから既に忘れがちだったが、ここにきて私は完全に頭からその事がすっぽ抜けてしまった。
何故なら、その町並みと言ったらもう、例えようがなかったのだ。二階建て、三階建ての美しい上に頑丈そうな建物がきちんと整列し、道は石畳に舗装されている。
区画整理のしっかりと成された景色は、それだけで芸術だと私には思えた。私の村ではどれだけ舗装された道でも土がむき出しなのが当たり前だったが、ここにきて私は本当に自分の村がどれほどひどい所だったのかを見せつけられた気分である。
「すごいですね……」
道行く人々もまた、貴族階級らしく綺麗で清潔な服を着飾って歩いている。
身なりの良い紳士が、宝石をはめ込んだ首飾りを首にかけた婦人と談笑しているのが馬車から見えた時、私は住む世界の差を強烈に感じた。
宝石だと一目でわかったが、私は生まれて初めて宝石というものを目撃した気がする。いや、村の村長の家に宝石と呼ばれている綺麗な石があったと思ったが、なんだか婦人の首にかかる宝石の方がずっと価値がありそうに見えるのだ。
「そう言えばシオンちゃんはこういうちゃんとした町を見るのは初めてかい? クーダッケ領では一番大きな中心の町がここになるわけだけど、君は王都を目指してるんだろう? 王都からしたらクーダッケ領は田舎だからね。王都の連中からしたらここも、とんだ山奥の田舎町って所だろう」
「なっ……」
世界の全ての贅沢がこの町にあるのでは、と思いかけていた私に、その言葉は深々と突き刺さった。
「アルコは王都に住んでたの?」
ぼうっとした顔でざらめさんが、興味があるのかないのかわからない表情で言った。
無表情なのでそう感じるが、今まで黙っていたのに急に言い出したという事は興味があるのだろう。昨夜の話からして、暮らしぶりはあまり良くなさそうだったが、ざらめさんも王都に住んでいたのだ。思うところがあるのかも知れない。
「俺は王都には住んでないよ。もちろん、商売をしに行った事があるから言ってるわけだけどね。何年か王都のはずれに住んだ事もあるが、中心の方にはほとんど行った事がない」
「ふーん」
「なんだい、聞いておいてその反応は」
きっとざらめさんが住んでいたのは、その中心の方とやらなのだろう。王城にいたというくらいだから、中心にあるに違いない。
どんな風景の場所なのかは全く私には想像がつかないが、きっと物凄い光景がそこには広がっているのだろう。何といっても王様が住んでいるくらいなのだ。
「シオンちゃん、クーダッケ邸があれだよ。見えてきた」
アルコさんがふと、視線を向ける。その先には、三階建てで、他の建物を三つか四つは並べただろう広さを持つ巨大な邸宅だった。
「地方の田舎領主だからね。わざわざ立派な城なんかには住んでないけど、この地域で考えたら結構良い暮らしぶりなようだよ。もっとも、俺たちなんかとは次元が違う事は前提だけど」
「へ、へぇ……そうなんですか……」
まったくもって、世界は広い。この調子では、既に怪物料理を完成させた人がいるかも知れない。いや、世間に広まって欲しいと願っているくらいなので、それはそれで良いのだが。
「あれ……? この馬車って……」
ざらめさんが何かに気づく。次いで、アルコさんも気がついたようだ。私もすぐに理解できた。馬車はどうやら、クーダッケ邸に向けて進んでいるのだ。
「単なる不法侵入で領主が直々に出てくるなんて……そんなわけないだろうな。なんか嫌な予感がするぞ……」
事の全てが終わった後に思い返せば、結論から言ってアルコさんの予感は当たったとも外れたとも言える事になる。
私たちはクーダッケ邸に連行されると、後ろ手に縛られたまま馬車を降ろされ、警備兵に誘導されるまま客間のような部屋に連れて行かれた。
この客間のような、というのは客間なのかどうか私には自信がないからだ。
何故ならその部屋は、落ち着いた赤の絨毯が敷き詰められ、品の良い調度品と飾ってある花、革張りの椅子とよく磨かれた石で作った卓のある、私にしてみると非常に豪華絢爛な部屋だった。雰囲気から客間なのだろうと何となく思ったのだが、何用の部屋なのかは全く想像ができない。
私の村では部屋そのものが一つか二つしかなかったのだから。
「あの……私はどうしたら……」
手を縛られたまま、床に膝まずく。
警備兵は乱暴に突いたり押したりこそしなかったが、もしも抵抗などしようものなら、いつでもねじ伏せられるよう油断のない視線を送ってきていた。
アルコさんをちらりと見れば、眉をひそめたまま静かにしている。こういった時にどうすべきなのか是非教えて欲しかったのだが、どうやら聞けるような状況でもないらしい。
「あ、来た」
しんとした空気の中で、ざらめさんが何でもないように言った。何が、と問うまでもなく、私たちの入ってきた扉とは反対の扉から恰幅の良い男性が現れた。
「……ふぅむ?」
一声唸ると、男性は部屋の中央に卓と一緒にある革張りの椅子に腰かける。
「……三人?」
男性が疑問を警備兵に投げかけると、警備兵は私とアルコさんが不法侵入者である事を告げた。すると、男性は軽く手を振ってため息。
「そのお嬢さんと男性は解放しなさい。不問にする」
そして解かれる手の縄。私とアルコさんの自由を確認してから、男性はそこでようやく名乗った。
「私は、メシオー・クーダッケ。前領主だ。二人には迷惑をかけたようだ。見た所、通りすぎるだけの旅人だろう。二人にこれからの話は無関係だ。帰ってくれて構わない」
メシオー前領主は、茶色のくせ毛を短く刈り込んだ壮年の男性で、仕立ての良さそうなしっかりした服を着ている。
高級そうな緑色のベストには金の刺繍で縁取りがされ、髭をたくわえたその姿は膨らんだお腹も相まって貫禄がある。
少しばかり疲れた目をしているが、力強い声には漲る生命力が感じられた。
「私の権限で不問にするので、堂々と門をくぐると良い。さぁ、お帰りのようだから玄関へ案内しろ」
それだけ言うと、言葉を受けた警備兵は私とアルコさんを部屋から追い出すべく立たせる。立たされた私は、思わず声を上げた。
「あ、あの、ざらめさんはどうなるんですか?」
「ざらめ?」
メシオー前領主は訝しげに私を見る。アルコさんの目が、余計な事を、と訴えている。
「あぁ。それってあたしだよ。あたしがざらめ」
私の言葉を受けて、ざらめさんが軽く答えた。
「……そうか。そう名乗っているのか」
メシオー前領主は何かに納得したように頷くと、それっきり口を閉ざす。私とアルコさんが部屋を出て行くのを待っている様子である。
メシオー前領主は私やアルコさんと先ほどから目も合わせないし、そもそも会話をする気そのものからして全く感じない。余計な私たちがいなくなった所で、ざらめさんに何かしら言い渡すのだろう。
普通に考えれば、この街の牢に入るか、王都へ連行されてそこで刑罰を受ける事になるはずだ。どう転んでも私にできる事はないのだが、このまま見過ごす事もまた、私は何かが違う気がしたのだ。
「ざらめさんは……どうして不問にはされないんですか?」
「シオンちゃん、やめときな」
アルコさんが小さな声で忠告してくれたのだが、私はメシオー前領主から目をそらさなかった。あくまで私たちは何の事情も知らず、同じ不法侵入の私たち二人だけが開放されてざらめさんだけが開放されないのは何故なのか、という点に対して私は問う事にしたのだ。
「君。不法侵入は不問に、とは言ったがまだ罪に問う事はできるんだが。人よりも自分の心配をした方が良い」
「ではざらめさんの処分や刑罰も、不法侵入罪相応のものになりますか?」
「………連れていけ」
「あ、ちょっとそんな!」
私とアルコさんは、メシオー前領主の上げた片手の合図だけで警備兵に連行されてしまう。
部屋から押し出すように突き飛ばされ、足がもつれる。
アルコさんのようなタイプならまだ話は違ったと思うのだが、メシオー前領主は私と駆け引きどころか会話をする気もやはりなかった。
確かに、私のような放浪の小娘が駆け引きに持ち込む材料など持っているわけがないのだから、メシオー前領主にしてみれば何の益もないので会話する必要すらない。ただ単純にそういう事なのだろう。
「ざらめさん!」
何を期待したのか、どんな答えが返ってくると思ったのか、自分でもわからないまま目を向けた。が、ざらめさんは無表情のまま、小首を傾げてみるだけだった。
「じゃあね、さよなら」
「ざ、ざらめさん!」
警備兵がとうとう私の腰に腕を回して引っ張り上げ、大人が野良猫でも追い出すように私は部屋からつまみ出された。
ざらめさんは無表情の中に、昨日見た寂しげな表情を滲ませていたような気もするが、確信は持てなかった。
部屋の扉がばたんと閉められると、警備兵は鍵をかけてしまう。防音素材がしっかりしているのか、中の話し声はまるで聞こえない。
「ちょ、ちょっと、放してくださいよ」
もう放しても良いだろう、と抵抗をやめて訴えると、やれやれと言った表情で私は解放された。警備兵はついて来いとだけ述べると、私とアルコさんを引き連れて長い廊下を歩きだす。
「いやぁ……はっは、まぁ、世の中こういう事もあらぁね」
「何を達観したような事言ってるんですか。ざらめさんは……」
「わかってるさ。彼女、反逆罪だろ? どうしようもないね。俺だって斧で脅されてなきゃ一緒になんかいないよ。一晩で情が移ったのかい? あの犯罪者に」
「………」
アルコさんのこの言い方はわざとである。
今まさに隣を警備兵が歩いているのに、ざらめさんの事を心配でもするような事を言っては、私まで共犯扱いで捕まってしまいかねないとアルコさんは判断したのだろう。私もそうなるだろうと思う。
アルコさんは、あたかも私たち二人はざらめさんに脅されて道中を共にしていたに過ぎない、という形で事を収めようとしていた。
不法侵入なのも、本来は領内に入るつもりはなかったのに脅されて無理やり、そうせざるを得なかった、という風にアルコさんは道中の馬車で警備兵に説明している。
「やや、それにしても良いお屋敷だこと。おっと、見逃しておくれよ。変な意味じゃない。商人として、目で見たものを値踏みするのは仕方ないだろ? あんたが隣にいて、妙な事をするわけがないじゃないか」
廊下に飾られた絵画や彫刻などを眺めながら、アルコさんはそんな事を警備兵に話している。
確かに兵の体は鍛えられていて、体格も大きい。アルコさんなど、その気になれば腰の剣でばっさりと両断されてしまうだろう。
「そう言えば、玄関にあった敷物。あれも良いものだろう? 専門じゃあないが、見ればわかるよ。そうそう、あの……」
廊下を一つ曲がって、玄関までたどり着いた時。
アルコさんが指した先にあった敷物の上に、誰かが道を塞ぐように腰に手を当て仁王立ちしていた。
「ごきげんよう! あなた方、止まりなさいな!」
甲高い声は、少女のそれである。
私よりも頭半分ほど背の低い彼女は、少しだけカールさせたふわっふわの長い金髪をなびかせ、青い瞳に高慢そうな自信を燃やしていた。
柔らかだが丈夫そうな服はいかにも貴族の令嬢らしく、瞳と同じ青色を基調とした、白レースの目立つものだ。私は、一目見ただけで少女がどこの誰なのか理解できた。
「私はネーテ・クーダッケ! 噂の不法侵入の料理人とはあなたかしら!」
彼女が一時的とはいえ現領主、ネーテ嬢。
外にあまり出ないのか、全く日に焼けていない白い肌が袖口から覗き、その細い指がまるで貫こうとするかのようにアルコさんを指した。
「あなた! お父様が不問にしたから良いものの、私は全くもって不愉快です! えぇ、えぇそれはもう!」
一見すると激怒しているようにも見えるのだが、彼女の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
いやしかし、それにしても声が大きい。
「何でも。見かけは若いのに、ものすごい料理人だって言うじゃない! お父様が不問にはしたけれど、だからって通行料を払わなくて良いなんて私は認めないんだから! もしも手持ちがないと言うなら、私を納得させるお料理を作って見せなさい!」
「えぇ……」
呻いたのはアルコさん。ネーテ嬢がアルコさんを楽しそうに睨み付けている事からして、どうにも料理人はアルコさんの方だと思っているらしい。
ちなみに警備兵は無表情で行く末を見守っているが、何ら動じていない所からして彼女は普段からこういう人なのだろうか。
「あの……」
「なぁに! 助手に興味はありません! 小娘らしく引っ込んでいなさい!」
凄まじい剣幕である。なので私ではなくアルコさんが口を開く。右腕を胸に当てて、すいっと頭を下げて一歩後退。
様になっているが、貴族を相手に商売もした事があるのだろうか。単なる旅商人なのに。
「ネーテ・クーダッケ様。失礼ながら、料理人は私ではなくこの娘の方でございます」
「はぁっ? じゃああなたは何なの!」
「私はこの娘が扱う食材などを補佐する商人にございます」
そこまで説明すると、ネーテ嬢は事態を把握したらしい。私に向かってずんずんと大股に歩き、私の真正面に立って好戦的な笑み。
「へぇ? いくら若いって言っても、あなた私と同じくらいじゃない! 本当にできるの? いい? 私は、そこらの料理人が作る食事には飽き飽きしているの。ちぃっとも私が食べたくなるような食事を出さないんだもの。お父様が解雇なさらないから我慢しているけど、私はもう限界なの!」
そして私を貫こうとするように、私の胸へ人差し指をびたりと向ける。
「だからあなた! 本当にものすごい料理人なら、私の昼食を今から作りなさい!」
「あぁ、たしかに」
ふと言ってしまった。
「……なにが、たしかに、だと言うの?」
「え、あぁいえいえ」
私は玄関の壁にある大きな柱時計にちらと視線をやる。
「もう、お昼だなぁと思いまして」
アルコさんが額にぴしゃりと手を当てた音が聞こえた。
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