エピソード4 児童刑務所 リーダー:ミズノト
「「きょうのリーダーだーれだ!
じゃんけんぽん!!」」
掛け声に合わせて、4人の少年少女が手を出した。
パーの中に、一人だけチョキ。
「ああっ。やった、かった!
やっとぼくがリーダーだぁ。」
ミズノトが嬉しそうにチョキを掲げる。
負けた三人は不服そうに少年を睨む。
「ミズノト、あたしに変われよ。」
メゾッドが、ミズノトにすごむと、
「いや、オレサマにかわれ。」
アーサーも争うようにミズノトを脅す。
「お前きのうリーダーだったろ」「うるせえ」とか言いあうのを、ミズノトは慌てて止めようとする。
「えっ、や、やだよ」
「は?」
2人の鋭い目つきで睨まれて、ひえと声を上げる。
「ぼ、ぼく、ずっとやりたいことがあったもん
ぜったいかわらない!」
ミズノトは涙目で、チョキを大事そうに引き寄せた。
「そ、それに、アーサーもメゾットも」
「ド」
「メゾッドも“リーダーのいうことは?“」
メゾッドは舌打ちしてから、
「“絶対”だろ。
はぁ、わかったよ」
不満そうな態度は変わらないが、納得はしたようだ。
「それで、きょうはなにするの?」
年上たちの会話を黙ってみていたフレアが聞く。
すると、ミズノトはハッとしてからうつむいて、
「あのね、ぼくがここにいるあいだに、あの子に好きな子ができてたらどうしようっておもったら、とてもこわくて……。だってもう一か月だよ!」
「あーはいはい」
メゾッドがいつものようにミズノトの話を流す。
「で、オレサマたちがきょうすることは、なんなんだよ?」
アーサーが聞くと、ミズノトは顔を上げて、宣言した。
「“ここのそとに出る”!!」
「「おおー!!」」
フレアとアーサーが歓声を上げた。
フレアはぱちぱちと小さな手を叩いている。
「おもしろそー!」
「ジャマするやつはオレサマがなぐり殺してやるー!」
ワクワクする2人と違い、メゾッドは興味がないようだ。
「それ、おもしれぇの?」
メゾッドが頭を掻く。
「お、おもしろいかちがうかじゃなくって、ぼくがやりたいからするの」
「じゃああたしはしない。めんどくさい」
ぷいと背を向けてしまう。
オロオロと焦るミズノト。
「で、でも、メゾット」
「ド」
「そとにでるとき、メゾッドがだいじにしてたもの、ぜんぶとりかえすならいっしょにきてくれる?」
ミズノトが最後まで言う前に、メゾッドはふりむいた。
「言ったな」
額がくっつくくらい近づいて、睨まれる。
「い、いった。」
「命かける?」
「いのちかける!」
ミズノトが答えた瞬間、
「よっしゃ!じゃあやろうぜ!!
で、作戦は?」
変わり身の早さと見たことないくらい輝いた目に、くらくらしていたミズノトが、元に戻る。
「あるよ。
えっとね、まえにメゾッドが話してくれた」
「ド」
「え?」
「え?」
「え?」
消灯時間を過ぎて。
「……せーのっ」
わあああああっと4人が一斉に奇声を上げる。
しばらくして、隣の部屋から「うるせえ!」などの声が上がり始める。
それに対してアーサーが怒声をあげると、応戦するようにメゾッドとフレアも声を荒らげる。
そのうちメゾッドとアーサーが殴り合いの喧嘩を始め、ミズノトが泣き、フレアはそれを見て大笑いし始めた。
「おい、ミズノト!
これでほんとにショクインが来るんだろうな!」
メゾッドにつかみかかりながら、アーサーが怒鳴る。
その声に肩を震わせ、ミズノトはしくしく返事をする。
「たぶん……」
「はあ?“たぶん”?」
イラっとしてミズノトに殴りかかる。
ミズノトはそれから必死に逃げながら、弁解する。
「で、でも、まえにメゾット」
「ド」
「メゾッドがはなしてくれたはなしのとおりなら、くるはずなんだ」
消灯時間後の夜中、喧嘩の声だの泣き声だので、騒いでいたらショクインが来たという話。
それと同じように声を上げ、ショクインが来たところを倒して、鍵を奪い、外に出る。
それが今回の作戦だ。
「いくらまってもこねぇじゃねぇか!」
「ううう」
アーサーの怒鳴り声に、ミズノトが縮こまった時、
ドンドンドン!!
鉄の扉が外から何度も叩かれた。
「おい、黙れ!!
夜中にギャーギャーうるせえんだよ!」
職員が怒鳴る。
しかし、声は止まないどころか、さらにボリュームが上がる。
「黙れっつってんだよ!
ぶっ殺すぞ!」
ショクインが怒鳴りながら、扉の鍵を開けた。
「いまだ!」
途端、ショクインに、4人の子供がとびかかっていた。
不意の出来事に、ショクインは目を見開いた。
しかし、ショクインはアーサーの頭をつかんで投げ、メゾッドとフレアを蹴り飛ばし、ミズノトを殴り飛ばした。
メゾッドが話した時よりも、戦闘能力が高く乱暴なショクインの様だ。
やり返されたことが頭に来たアーサーとメゾッドが何度も殴りかかる。
が、はじかれたり、カウンターを受けたり、ショクインにダメージを与えられない。
アーサーが流れる鼻血を乱暴にこする。
「ガキのくせに、大人に歯向かってんじゃねぇよ」
ショクインは薄ら笑いを浮かべ、
鈍い音がした。
少しの静寂の後。
ショクインがぐらりとよろめいて、倒れた。
立っているのは、レンガを持っているミズノト。
レンガにはショクインの血がついている。
「ミーくん、それどこにあったの?」
フレアが聞く。
「なかにわのはしっこにあった。
ブキにつかえるかなって」
へへへと小さく笑う。
「オレサマが1人で殺せたし!ジャマしてんじゃねーよ!」
気に入らないアーサーが、ミズノトに逆ギレする。
「ご、ごめんなさい……」
「一番やられてたくせに」
メゾッドがアーサーを馬鹿にする。
「は? やられてないし。ホンキだしてなかっただけだし。オレサマがホンキだせば、こいつなんか1びょうだし」
「はいはい、すごいでちゅねー」
「あ?ぶっ殺すぞ」
「それよりもさあ」とアーサーの話を無視して、メゾッドがショクインを見下ろす。
「こいつ、動かないようにした方がいいよな?」
メゾッドが、頭を踏みつけ、ぐりぐりと動かす。
「そ、それはかわいそうだよ。
あと、はやくいかないと……」
ミズノトが止めようとするが、
「あー!そうだな!
やられたぶんやりかえそうぜ!」
「フ―ちゃんも、フーちゃんも!」
残りの二人はそれに加担して、頭を殴ったり蹴ったり、髪をむしったり。
しばらくしたい放題していたが、
「あきた。もういこうぜ」
唐突に終わった。
3人が扉の外に出ていくのをみて、ミズノトは慌ててショクインのズボンから鍵をとって、あとを追いかけた。
窓のなく、無機質な扉ばかり続く暗い長い廊下を進む。
ミズノトは怖くなって泣いてしまっている。
最年少のフレアも強がっているが、目に涙がたまっている。
そんな2人を気にしていないのか、アーサーとメゾッドがずんずんと先に進んでいく。
進んだ先、何本もの廊下が集まっている中央についた。
見張り台があったが、空っぽ。
まっすぐ行けば建物の出口。そこから中庭を通ってゲートを開けば外に出られる。
しかし、メゾッドとの約束を守るために、ショクインの部屋にむかった。
メゾッドの話だと、夜中ショクインは1人らしいから、好きなだけ物をあされる。
鍵を使って、扉を開けると、
ひょろっとしたショクインがスマホをいじっていた。
「おい、メゾッド! おまえ、ショクインは1人だけだって言ってたじゃねぇか!」
アーサーが毒づくと同時に、気弱な職員が、
「うわああああああああああああ!!
だだだ、脱走者だ!」
警察、警察呼ばなきゃと、焦ったのか持っていたスマホを放り投げて、備え付けの電話をプッシュする。
「ケーサツってなに?」
とフレアが聞くより先に、危険を察知したメゾッドがショクインに殴り掛かった。
ショクインは吹き飛んで、すぐに意識を失ったが、電話は既につながっていたようだ。
メゾッドが乱暴に電話を切る。
「ねえねえ、ケーサツってなに?」
フレアが再び聞くが、メゾッドは無視して、壁際の段ボールをあさる。
ミズノトもアーサーも、ケーサツが何かよく知らないから答えられない。
「ねーえー、ケーサツってなーにー?
ねーねーねー」
フレアがしつこく聞くと、メゾッドが「ああっ、うっせぇな!!」と怒鳴ってから、
「あたしらをここに連れてきたやつらのことだよ!
わかったら、あたしの荷物探せ! ケーサツ来るだろ!」
「ケーサツくるとどうなるの?」
「またあの部屋に入れられるんだよ!
話しかけてくんな!」
「ショクインといっしょなの?」
メゾッドは完全に無視を決め込んで、イライラしながら自分の荷物を探す。
しかし、どこにもない。
そもそもこの部屋にある段ボールのものはすべてショクインの物のようだ。
「くそっ、ねぇじゃねーか!!」
怒りのままに椅子を蹴とばす。
「も、もしかしたら、すてられちゃったのかな……?」
ミズノトが震えた声で呟くと、メゾッドがミズノトにつかみかかった。
「ぁんだと!?
お前があるっつったからきたんだぞ!」
「ご、ごめんなさい……」
「うるせえ! 死ね!」
メゾッドが握りこぶしを振り上げる。
「や、やめてよ! やめてってば!
り、“リーダーのいうことは”!?」
泣きながら、ミズノトがジタバタする。
「は? 知るか」
思いっきり、左ほおを殴った。
「いたい! いたいよぉ」
ボロボロと涙がこぼれるが、メゾッドはお構いなし。
「たすけて! たすけて!」
アーサーやフレアに助けを求めるが、2人ともさほど興味がないらしく、宝探しに夢中だ。
「うるせえっつってんだろ!」
メゾッドが乱暴に床に叩きつける。
ミズノトはしばらく痛さにもがいていたが、這いつくばるように逃げる。
床に、ナイフが転がっているのが見えた。ショクインの物だろう。
急いでつかんで、メゾッドに向けた。
メゾッドの動きが止まる。
「きょうは、ぼくがリーダーなんだ。
だから、ぼくのいうことを、きけ!!」
その声を聞いた3人の背筋が凍った。
はっきりとした殺意のこもった声。
メゾッドを見据える目は、先ほどの潤んだ弱気な目ではない。
ナイフの刃先は確実に急所をとらえている。
「ぼくは、早くここから出て、ショウトくんに会いに行かなきゃいけないの。
きょうりょくして」
メゾッドよりもはるかに真実味のある殺意。
「じゃないと、殺す」という声が聞こえてきそうな。
しばらく固まっていたが、
「わ、わかったよ」
メゾッドが恐怖を隠すように、伸びをする。
それによって、あとの2人も、ぎこちなく動き始める。
ほっとしたミズノトは、そのナイフを鞘に入れて、
「じゃあ、好きなものもって、ここからでよう。
ケーサツがくるかもしれないんでしょ? メゾッド」
話を振られたメゾッドはビクッと肩を震わせてから、「お、おう」と返事して、再び荷物をあさり始めた。
警察が来ないうちに急いでゲートをでた。
おのおの、自分が気に入ったものを上着のポケットに詰め込んでいる。
文句を言っていたメゾッドは、ショクインのバッグまで使って、一番たくさん物を持って出た。
さすがは、強盗の罪で捕まっただけに、欲深い。
フレアは上着を引きずりながら、戦利品で遊んでいた。
マッチ、ライター、どれも火が出るものばかり。
外に出たらまた、大規模な“火遊び”がしたいのだろう。
アーサーとミズノトは一番身軽で、それぞれ使い慣れた道具を1つ。
アーサーは、鉄パイプ。
ミズノトはナイフ。
忘れてはいけない。
彼らは立派な犯罪者だ。
5日ほど、森の中を歩いて行って(途中、何度かパトカーが走っていくのが見えた)、ようやく、街にたどり着いた。
はじめは、風呂か、ごはんか、そもそもそれはどこに行けば手に入るのか。
4人ができるだけ人目のないところを選びながら歩いていくと、
「あ! お前ら!」
1人の男子に指を刺された。
高齢の女性がかけより、子供を叱る。
「こら、お前なんて言わないの。
それに、あの子たちに話しかけてはだめよ。」
「ごめんなさい、おばあちゃん!」
「いい子ね、エディ。
ほら、こっちにおいで」
「うん!」
おばあちゃんと子供は手をつないで帰っていった。
男の子は、去り際に再びこちらを振り向いたが。
「けっ、なーにが「ごめんなさい、おばーちゃん!」だよ。
キモチワリぃ。」
アーサーがさっきの少年の真似をする。
「アハハハハ! 似てる似てる!」
「もう一回して、もう一回して!」
4人が路地裏でたむろしていると、
「気持ち悪くて悪かったね」
大通りの方から、声がした。さっきの少年だ。
「なんか用? “おばーちゃん”。」
メゾッドが挑発すると、ほかの3人が声を上げて笑う。
少年は一瞬顔をしかめてから、
「お前ら、山の上の“子供刑務所”からきたんだろ。
おばあちゃんが言ってた。」
「おばあちゃん」という単語に再び声を上げて、ひとしきり笑ってから、
「そーだよ」
誰ともなく答えた。
「怖いだろ。おばあちゃんに言ってきたら?」
「お前らが怖い? そんなわけないだろ」
メゾッドの挑発を、鼻で笑う。
「それよりも、僕も遊びにまぜてよ!
僕、ハーロンって言うんだ。」
「ハーロン?
でもさっき、エディって呼ばれてなかった?」
ミズノトが聞くと、ハーロンはふふっと笑った。
「それは偽名だよ。
僕は、詐欺師なんだ」
「サギシって?」
フレアが聞くと
「人をだますのがとくいな人のことさ。
僕は子供が欲しいおばあさんの子供になって、お金をだまし取るのが得意なんだ。
まだ一度もバレたことが無い。
警察にもつかまったことがないんだ。すごいだろ!」
えへんと胸を張ると、フレアとミズノトはおおー!と声を上げた。
「わかった! じゃあきょうから、ハーロンも、なかま!」
フレアが宣言した。
「じゃあ、まずは僕の家できがえたらどうかな。
女の子の服はないけど」
ハーロンが提案すると、フレアが「まってまって」と止める。
「きょうのリーダーはミーくんだから、ミーくんがいうんだよ!」
「リーダーって?」
首をかしげるハーロンに、ミズノトが答える。
「一日のたいちょうさんだよ。今日のリーダーは、ぼく。
リーダーの命令はどんなものでも絶対まもらなきゃいけないんだ。」
「へえ、面白い遊びだね。」
リーダーのミズノトが4人の前に立って、手を腰に当てて宣言した。
「“今から、ハーロンのいえにいって、きがえます”!」
“それから、ハーロンと、あそぶ”!
いいですね?」
「「はーい」」
一斉に返事をする。
「“リーダーのいうことは?”」
「「“絶対!”」」
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