転校
あれから三日後の月曜日、今日は夏休み二日前なので午前中で学校が終わった。
まだ梅雨が明けずじめっとした空気の中、僕はいつものように踊り場へと向かっていた。
着くと、いつも通り星田が椅子に座って本を読んでいた。
「いやぁ、今日は早く終わったんだし部活も早く切り上げようって、あれ? 内宮はまだ来てないの?」
いつもなら星田と同じクラスで一緒に来ているはずなのに、内宮はまだ来ていなかった。
「ああ、内宮なら。転校したらしいよ」
「……え?」
「だから転校したんだって、今日学校来てなくてさ。帰りのホームルームで担任が、転校しましたって言ってさ」
突然の事に理解が追いつかない。
けれど本から視線をずらすこと無く淡々と言っている星田から、嘘をついているわけではない事がわかった。
「……う、嘘だろ」
しかし、気持ちとは裏腹に僕の口からは出てきたのはこんな言葉だった。
「誰がそんな嘘つくんだよ。俺がか? 先生がか?」
星田はイラついているのか、僕を睨め付ける。
「な、なんでいきなり。そういうのって前々から連絡があったりするもんでしょ」
「俺もよく分からないよ。さっき伝えられたばっかだしさ」
「先生はなんて言ってた?」
「内宮君はご家庭の事情で引っ越すとか、先生もいきなりの事で驚いているとか」
「それだけ?」
「あぁ、後あまり広めるなとか。内宮の家に行ったり、連絡したりもするなとか」
「なんで?」
「だから、俺にも分からないよ……」
「……なんで、あいつは僕らに何も言わなかったんだ?」
――動揺しすぎて、現実味がない。
なぜいきなり? 何も言わずに? もう会えないのか? 友達だったよな? これはもしかして事件か!
様々な考えが頭の中を巡る。
「よし、じゃあ聞きに行こう」
唖然としていた僕に、星田は本を閉じ声を掛ける。
「誰に? 何を?」
「とりあえず先生に詳しい事情」
星田は立ち上がると、お前も行くぞと顎で階段をさした。
「そんなすぐに引っ越す訳ではないだろ。とりあえず住所でも聞いて突撃してやろう。それにあいつには一言と言わず十言ぐらいグチグチ言わないと気が済まない」
職員室に着くなり、星田はなんの躊躇いもなく入っていく。僕もそれに続いた。
「失礼します。将棋部の星田と天野です。
そう言うと、奥の方にいた若い男性教員が気づいて手招きしてきた。
「どうした?」
三組の担任なので、星田と先生からはあまり緊張した様子は感じられなかった。
「内宮君について詳しいことを聞きたいんですけど……」
星田がそう言った瞬間優しそうだった先生の表情が硬くなった。周りも一気に静かになり、空気が重くなる。
それに気づいた宮崎先生は……場所を変えるか、と立ち上がった。
先生に案内され職員室の隣、会議室に通された僕らは先生と向かい合ってパイプ椅子に座った。会議室が教室よりも大きいこともあって、あまり落ち着かなかった。
「それで、何を聞きたいんだ」
そうは切り出したものの、先生の語気は何も聞くなといっているような強いものだった。
「内宮君はなんで、いきなり転校したんですか?」
しかし星田はそれにビビらず腰を少し浮かしながら、強い口調で聞き返す。
「だから、家庭の事情だって」
「それが知りたいんです」
「それは……」
「だっていきな――」
「お願いします!」
星田がなにか言おうとするのを制して、僕は立ち上がり頭を下げながらそう言った。
「悔しいんです……。もしかしたら友達が悩んでいたかもしれないのに、それに気づいてあげることが出来なくて……」
これが僕の本心だった(本当に?)。
正直転校する事はどうでも良かった。しかしこんなにもいきなり、しかも何も言わずに。少なくとも職員室での空気を見る限り、ただの転校では無いことは一目瞭然だった。
もしかしたら内宮は、何か特別な事情があったのかもしれない。それで悩んでいたかもしれない。
しかし、内宮はそれを隠していた。いや、僕らがそれに気づいてあげること出来なかった。
変なことには首を突っ込むくせに、友達には何も出来なかった自分がとても惨めだった。
「だから、もう遅いかもしれないけど……でも、少しだけでも……」
はぁ、とため息をつくと
「……お前らは内宮がアルバイトしていた事知ってるか?」
いきなりそう言い出した先生に困惑しながらも、いえと答えた。
「星田は?」
「僕も知りませんでした……」
先生は大きく息を吐くと、天井を見ながら、
「俺は知っていた。あいつがかなり苦労していたのも知っていた。……だけどな、無理なんだよ。ダメだったんだよ」
「何がですか、内宮君がバイトしていたのが転校になんの関係が……」
意味が分からない為質問を続けようとした星田は先生に睨まれ、口を閉じた。
「――悩みに気づくだけじゃ意味がないって言っているんだ。助けられるだけの力がないやつはただ同情することしかできないんだよ。……いいからお前らはもう帰れ」
先生の姿がひどく寂しいものに見え、僕らは何も言う事が出来なかった。
この時僕は、先生の言っていた力というものが自分にはあると思い安心していた。それと同時に、その力がない先生をとても可哀想だと思った。
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