第5話 注文打ち
「そういえば、私をお待ちしていたと聞きましたが。」
そうじゃと父は膝を打った。
「竹千代も齢は十となろう。もうすぐ元服じゃ。」
「元服の時に腰にする刀をこの彦四郎に注文しようと思ってな。そのためには職人に竹千代の人と形をみてもらうべきかなと。」
「誠にありがとうございます。」
竹千代は破顔した。
元服とは簡単に言うと大人と認められるということである。
「先ほども申した通り、彦四郎は修行の旅に出るのでな。刀は帰ってきてからという事になるが。。。」
「あまり長い間修行に出られると困るぞ。竹千代の元服は二三年の後であるためにな。」
父はにやりと彦四郎の方を向いていった。釘を刺したのであろう。
「承知いたしました。」
彦四郎は苦笑いした。
その後、竹千代の方に体を向け。
「それでは竹千代様、申し訳ございませぬが立ち上がってこちらを向いてもらえますか。」
「大体の背格好を頭の中に止めおきたく存じまして。」
竹千代はすくっと立ち上がった。既に悠に五尺を超えている。同世代の者と比べても大柄であり、既に大人と同じくらいに大きい。
元服する頃には父を超しそうだ。
「なかなか立派な体格をしておいでですな。いずれ五尺八寸いや、それ以上の偉丈夫となりましょう。」
竹千代は照れ臭そうにしたが、まんざらでもない気分である。
「お背中を見させてもらいます。」
竹千代は彦四郎に背を向けた。やにわに
「失礼をば」
といいつつ彦四郎は肩や背中、腰のあたりを順番に掴んだ。
齢は十でありながらも、既に大人の体格である。ただし、背は高いがまだ筋肉は背にあうほど追いついてなく、華奢な感じは否めない。
まだ線が細いのである。
なので、触られると細いことがばれてしまうためあまり好きではない。
「成程」
と彦四郎は得心をしたように呟き、触るのをやめた。
「いやはや、十の齢とは思えぬ躯ですな。それ相応の刀を打つ必要がありそうです。」
「ありがとうございました。」
彦四郎が礼を言うや、竹千代は再び座り込んだ。
褒められているのだが体を触られた事は余り良い気味ではなく、僅かに無愛想になった。
「用はこれで終わりでしょうか?」
つっけんどんに彦四郎に尋ねた。
竹千代の不機嫌さを気づいた信忠は間に入るように
「彦四郎は正三郎が作った儂の刀を見たことあるか?」
「いえ、ございません。今お持ちの太刀でしょうか。」
「そうじゃ、一度後学のために見るが良い。」
おもむろに納刀したまま、彦四郎の前に差し出した。
彦四郎は立ち上がりざまに「失礼致します。」と言いうやいなや、うやうやしく刀を受け取った。
刀を鞘から抜き放ち眼前に構えた。
竹千代は父の腰に納刀された刀ばかりみているが、実際に鞘から抜かれた抜き身の刀をこのように近くにみるのは初めてである。
刀を見たときに評価する言葉はまだ良く分からないが、切れ味は凄い物をもっていそうな印象を受けた。
刀身の中ほどには大きく波打っている模様が見える。反りは少なく真っすぐなように見える。地金は、鉄なはずなのに真っすぐ刀身にそって木の板のような模様も見える。
言葉では表せないが数打ち物にはない凄みを感じた。父の刀を近くで見、今日、初めて刀が美しいと感じた。
武器に美しさは必要なのかどうかは、良く分からない。戦の戦力としては壊れてもいいのでたくさん持っている方が良いように思う。
竹千代は知らず知らず、前のめりに刀剣の方に近寄って行っていた。刀に魅入られたとでもいうのであろうか。
彦四郎は刀の向きを変え、別方向から見始めたとき、ようやく竹千代は我に返り元いた場所にもどった。
「どうじゃ、彦四郎。師匠の作った刀は。」
しばし、沈黙の後
「見事な仕事であり、見よう見まねで作れるものでは無いと思います。」
と、真剣なまなざしで刀を見ながら言った。
「ありがとうございました。」
納刀し、父に刀を返した。彦四郎はやや上気した顔持ちでいた。若干興奮したのだろうか。
「これでいよいよ修行の旅の目的もはっきりしました。師匠の作る刀と同じ、いやそれ以上のものを作りたいと存じます。」
「その意気じゃ。」
父は励ましの言葉をかけた。そろそろ父との面会も終わりだろうと思い、竹千代は確認したいことがあったので口に出した。
「そういえば、師匠から許された名乗りはなんというのでしょうか。」
彦四郎は
「師匠と同じ、村正と名乗るつもりでございます。」
と答えた。
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