第4話 刀鍛冶
「只今、帰りました」
玄関先で竹千代は溌剌とした声を張り上げて館の中に入っていった。
玄関先で草鞋を脱ぐと、母が奥から現れた。
「竹千代殿、遅かったですね。父が奥の間でお待ちですよ。」
にっこりと微笑みかけてくれた。父も好きだが、母も同じように好きである。
母は貞淑というのであろうか、よく父のいう事を聞いていた。一番の理解者なのだと思う。
かといって寡黙で大人しい妻ではなく、海に近い額田郡寺津で育った母は、気の強い母であった。言いたいことはすぐに言葉にでるほうである。
その母が父のいう事は常にもっともと言うのであるから、尚の事父の事が好きになるのである。
「それと、お客様も御一緒ですので粗相のないようにね。」
誰だろう?父に来客とは珍しく領内で訪ねてくる者はあまり居ない。
着物の乱れを直し奥の間に向かった。
部屋の少し前から、父と聞きなれない声主の会話が聞こえてきた。談笑しているようである。
忍足とまではいかないが、足音を立てないようにそろりと近づく。
盗み聞きをするためではなく、あくまで会話の邪魔をしないでおく竹千代なりの気配りである。
部屋の襖の前に座り、
「竹千代です。ただ今帰りました。」
と帰宅の報告をした。
「おおっ、竹千代。待っておったぞ。入れ。」
すかさず、父の声が聞こえた。
襖をあけて、一礼したのちに部屋の中に入っていった。
座った場所は入ってすぐの所である。
父は竹千代より十は上に見える青年と対峙していた。
身なりは職人風の旅人といったところである。この辺りでは見かけたことはない。
しばしの沈黙のあと、
「こちらは勢州桑名で刀鍛冶をしている彦四郎じゃ。」
と紹介した。
父は竹千代に目線で自己紹介をするように促した。
「竹千代ともうします」
武家と言えば刀、刀と言えば武家と言っていいほどであるので刀鍛冶との関わり合いは深い。
注文打ちのみならず、数打ち物も多数所持したりと何かと言えば刀が大量に必要になるのである。
「この彦四郎は、師匠よりようやく名乗りを認められた新鋭の職人でな。その挨拶に来たわけじゃ。」
「お見知り置きを。」
彦四郎は竹千代に向かって一礼をした。
三河の大勢の武士は勢州桑名における作刀を所持している。古来よりの伝統を重んじている桑名の刀が武骨な三河武士に気に入られているようだ。
もとより立地的には最寄りの刀の産地が桑名なのであるから、出回っている刀の多くは必然と近場の産地作になるのは当然であろうとも思う。
「名乗りと言ってもまだまだ修行の身ゆえ、銘をきるのは満足がいく刀が初めて出来てからと考えてまして。本当の名乗り上げはまだまだこれからです。」
彦四郎は照れるように答えた。
「いやいや、彦四郎にはすでに数打物を頼んだりしているが、中々の腕前だとは思うぞ。」
戦となると多数の刀や槍、弓矢が必要になる。しかしいちいち注文打ちと呼ばれる優れた刀ばかりつかっていたら武器は尽きてしまう。合戦となると主力の武器は数打物と呼ばれる大量生産される刀を使うのだ。足軽などが振るう刀はこの数打物を貸与するものが多く、戦が無い時に刀鍛冶に大量に注文しておくようにしている。
「恐れ入りますが、未だ未熟者のため辞退させて頂くことを師匠と相談しましたら、各地の刀鍛冶と交流を深めよと言われました。まずは相模へ行きその技業を習うが良いとのことでしたので、只今より東国へ向かう道中であります。旅より戻ったその時こそ満足行く仕事が出来るだろうと。」
彦四郎は修行の旅が楽しくてたまらないといった様子だ。竹千代は少し妬みの感情を抱いたが、彦四郎の爽やかな感じがそれを薄くしてくれている。
「師匠は正三郎と言うのだが、代々松平と懇意でな。儂の刀も正三郎に注文し作ってもらったのじゃ。」
父は少し目線を上げ宙を見ながら懐かしそうに言った。
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