第二章 大永二年 正月

第6話 三世代

 大永二年、正月のある日に父に奥座敷の方に来るように言われた。竹千代は十二歳になっていた。

 奥座敷は祖父道閲の隠居住まいであり、竹千代はあまり行くことが無かった。

 祖父とは折り合いがあまり良くなかったからである。

 家臣達からは祖父と竹千代は良く似ていると言われるのだが、あまり快くは思っていなかった。

 同族嫌悪とでもいうのであろうか。ただ単に幼いころから怖いといった印象なのだ。

 あまり、気が乗らない中であったが父もいるというので奥座敷に向かった。

 部屋に近づいて行ったが話声は聞こえず静かである。

 今日は、明朝から雪が降っており奥座敷にいくころには庭は真っ白になっていた。

 すっかり廊下は冷え切り、早く部屋に入りたかったので部屋前に到着するなり。

「竹千代です。失礼します。」

 と徐に声をかけて、襖を開けた。

 座敷の上座には祖父道閲、その右側にこちらを正面に向いて座っている父がいた。

「ようきた。ここへ座れ。」

 声をかけたのは道閲である。野太く人を威圧するような声であり、人を萎縮させる感じがする。

 竹千代は平常通り下座に座った。

「正月早々に話というのは、竹千代も十二であろう。そろそろ元服する頃合だと思うてな。」

「それと共に儂が預かっている安祥松平の家督をそなたに譲渡そうと思い、ここに呼びだしたのである。」

 道閲と父が順に話した。

 竹千代にとっては元服のことを言われたときは嬉しく思った瞬間だったのだが、その直後に何んとも言われぬ重圧を感じた。

 すぐさま、

「元服とは承知致しますが、家督を継ぐというのは未だ未熟故に難しいのでは無いでしょうか?」

 と返したが信忠は、

「儂も十四で家督を継いだのじゃ、そう早いというわけでは無いぞ。」

「未熟な事は分かっておる。ならばこそ、儂や信忠が輔弼する故に心配は無用ぞ。」

 道閲も賛成の意を唱えてる。この二人の意見が揃っているのは珍しい。というか少し気持ち悪い気もする。

「しかしながら、私にそのような才覚は御座いましょうか?」

 竹千代は幼少期より、嫡男という扱いを受け自分も周りも当然家督を継ぐという既定路線は心得ていた。ただ、実際その段階となるとやや不安がよぎったのである。道閲や信忠にこのように問うた理由は、改めて言質をとり自信をつけるためである。

「そんな事は分からぬ。分らぬがやらねばならぬのじゃ。」

 信忠は厳しい声で答えた。

「正直、儂が当主と言う立場がふさわしかったかは分らぬ。じゃが嫡男という者である以上、家督を継ぐべきであるし、ふさわしい人物になるよう努力を怠る事がないようにすべきじゃと思う。」

 竹千代ははじめて父の苦悩の一旦を垣間見た気がした。家臣達からあまり良い評判は聞かないが、父は父なりに努力していたのだろう。だが、家臣達からみれば過程はどうでもよく、見えてくる当主の姿のみが評価の対象であり、理想像なのだ。今の発言を聞くとやはり父はその他大勢が認めるような当主では無かったのかもしれない。本人も自覚をしているようだ。かといってころころと当主というものは変えるべきではないのだろう。血脈というしがらみがある以上は無限に交代が効くものではなく、次のものが前より優秀とは限らないものなのであろうと思う。残念ながら父は祖父よりも劣っていたようだ。どこがというのは竹千代にはまだ分らない。が家臣からみるとそれは明らかなのであろう。

 祖父は、

「信忠よそう卑下するものではない。お主はお主でやれるべきことをやっているのであろうと思うぞ。」

 と父を擁護するかの発言をした。意外である。

「恐縮ですが、家臣達から侮られていることは間違い無い。それに関して言い訳をする余地も無い次第故に。」

 どうも、竹千代が今まで煩悶していた事の一つは勘違いであったのかも知れない。



 

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