16 3トリオ

 それからあっという間に門田さんが辞める金曜日は訪れた。


 残り少ない門田さんとの時間で私は多くのことを学んだ。ゴミ捨て場の位置、お客様へのお茶の出し方、回覧書類の作り方、それと男性社員との関わり方。


 ゴミ捨て場は駐車場の一角にあって、出せる曜日は月曜日。ゴミは分別して出す。お客様には高級な方の茶葉を使ってお茶をつくり、失礼しますといって右の方に出す。急須に余ったら自分で飲んでもいい。回覧書類はコンパクトに作り、重要度によって部の回覧か課の回覧かに分ける。分からないことがあったら、他の臨時さんや近藤さんに聞くのが一番。間違っても課長トリオには聞かない方がいい。


 課長トリオは、よく機嫌の悪くなりあたりにまき散らす課長と、それにこびへつらうチーフ、そしてその部下の「おばさん男」だ。その3人は課長の機嫌によって動いているので、何か聞いても前と言っていることが違うことなんてざらだし、タイミングが悪ければ八つ当たりされることもある。門田さんはこの3人とは関わらない方がいいとどの仕事を教えるときよりも真剣な顔で私に言った。


 金曜日の17時00分。業務終了のチャイムが鳴る。すると、全員がいきなり立ち上がった。


 私もつられて立ち上がると、課長が口を開いた。


「今日で臨時職員の門田さんが退職となります。門田さんには去年の2月から観光課において臨時職員として我々のサポートをしていただきました。それに感謝を…」


 我々の仕事のサポート?たしかに仕事内容は職員のサポートだったが、門田さんはだれより一生懸命仕事をしていたし、責任感を持っていた。飲み会では盛り上げ役だったし、業務改善のお願いを課長に進言もしていた。職員のストレスのはけ口になっていたのも門田さんだったし、コピー機の不調を直すのはいつも門田さんだった。


 たった1ヶ月だったが門田さんのいつもの姿が目の前を流れた。何があっても笑顔で出社していた門田さんの仕事を「我々のサポート」の一言で表現されたのがとても悔しかった。


 門田さんはそんな私の胸の内を知ることなく、花束を抱えながら

「お世話になりました。ありがとうございました。」と笑顔で最後の挨拶をした。


 立ち上がるみんなから盛大な拍手が送られる。課だけでなく遠くの他の課からも拍手が聞こえる。清水さんや今井さん、大家さんが走り寄って門田さんにプレゼントを渡す。


 門田さんは「我々のサポート」などという課長の言葉に全く目もくれなかった意味が分かった。門田さんは自分で自分の仕事を認めていたのだ。誰に認められる必要もない。けれど、その仕事はこうして門田さんへの拍手の渦を巻き起こし、いくつもの信頼のつながりがこうして人を呼び寄せていた。


 かっこいい。県庁に来て何度この人にこの言葉を思い浮かべただろう。


 来週から門田さんはいないが、私は私なりの「かっこいい」を作り上げていかないといけない。そんな決心をしていると、「おばさん男」が私に、


「このあとは臨時のみんなで飲み会でもするの?」と聞いてきた。


すると、吉岡さんが近づいてきて「そうなんです!」という。


臨時のみんな?たしか近藤さんや他の女性職員、男性職員も合わせてみんなで門田さんの送別会をやると吉岡さんに聞いた。


「おばさん男」はさらに

「へえー…。俺もいっちゃおっかな~。どこでやるの?『城郭』?」と聞く。

そうだ。そこが会場だと聞いている。


しかし、吉岡さんは

「いやあ~。まだ決まってないんですよ~。」という。


「おばさん男」は吉岡さんと何度か似たようなやり取りを繰り返した後、

やっと「まあ楽しんで。」と食い下がった。


吉岡さんは笑顔でその場を収めた後、私の腕を引っ張って廊下へ出た。

そしてひそひそ声で

「あの3トリオはめんどくさいんで呼んでないんですよ。だからなんか聞かれてもごまかしておいてください。」と人差し指を立てて口に近づけた。


なるほど、そういうことか。


 会場に着くと、たしかに3トリオは誰もいなかったが、観光課のその他の職員や臨時職員、以前観光課だった職員などたくさんの人が集まっており、門田さんの人望を思わせた。


 臨時職員さんたちとかたまって飲みながら、3トリオを思った。


 にぎやかな酒の雰囲気とはうらはらになぜか心は少し寒かった。

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