14 地下へ

 弁当を食べ、午後の仕事をしていると門田さんに

「林さん、ちょっと手空いてる?」と声をかけられた。


 この数日間で、手が空く=すぐにやらないといけない仕事はない状態だということを学んだ私は、大丈夫です!といい、明日までにやればいい仕事を横に置いた。


 門田さんに手招きされ廊下へ出る。そのままエレベーターに乗り、地下へ行く。


 じめじめした倉庫に入ると、そこには大きな大きな段ボール箱が積まれていた。大人が3人は入りそうな箱が8つはある。


 なんだか不気味だなと思っていると、

「これだけは伝えないとと思ってたんだけど、なかなかその時がなくて。」と門田さんが神妙そうに話す。そして、周りをキョロキョロと見渡しながら、誰もいないよね…とつぶやき箱を開けた。


 中をのぞくと、ぎょろりと何かが光っている。薄暗くてよく見えない。近づいてみると、赤く染まった頭が入っていた。


 門田さんは大きな頭を両手で抱きかかえ、こちらを向いた。


「これ知ってる?ナストマン!」


 知らない。なんだこれは。真っ赤な縦長の顔に紫のヘタがついている。門田さんはその着ぐるみの頭部を床に置いて、箱の底の方に入っているナストマンの衣装を取り出しながら、うちの県ってナスとトマトの生産多いでしょ。一位ではないけど。と説明を加える。


 ナスとトマトの生産量が多いなんて聞いたことはなかった。生産量1位ではなくても、作ろうと思ったら作れるものなのだなと、着ぐるみ業界が不法地帯であることを思い知る。


 嫌な予感がし、他の箱を開けてみると、カボチャにピンクの耳がついている。それはね、カボトン!という門田さんの声に、でしょうね!と思う。


 次の箱には濃緑の頭部が入っていた。緑が濃すぎて、黒で書かれている目や口の区別がつかない。

「アボカドン…」そうつぶやいた私に門田さんは親指を突き立てる。アボカドの生産は99パーセントメキシコのはずだ。そしてきっと残りの1パーセントもうちの県ではない。自由すぎる。


 だが、国語科教師を目指している身、言葉遊びでは負けたくない。かかってこい。


 門田さんは、段ボールから飛び出る緑の葉をつかみ引き抜いた。出てきたのは大根や人参ではなく、真っ黄色の頭部。歯も黄色く粒粒としている。

「ほうれんコーン!!!」

 門田さんの親指がまた高く突き立てられた。心なしかさっきよりもほうれんコーンの歯が多く見える気がする。きっと彼も嬉しいのだ。


 門田さんによって次の箱から頭部が半分出た瞬間、私は叫んでいた。

「パンプリン!!!」

 ハロウィンでよく見るジャックオーランタンの形に切り取られたカボチャはプリンのように額を境に茶色と黄色に分かれている。ちょっとかわいい、そう思ってしまうのが怖かった私はすぐに次の着ぐるみを出すよう門田さんに懇願する。


 門田さんは私の願いを聞き入れ、箱の中から頭部を一気に引きずりだす。それは玉ねぎのような形の白い頭部に、唐辛子のようなものが張り付けられている。


 わからない。ニンニクンか、ガーリックンか?いや、でもじゃああの唐辛子は何なんだ。頭を抱えるが分からない。


 見かねた門田さんが口を開く。

「ペペロン。」


 ペペロン…!完全に私の負けだ。






チーン と音が鳴る。





 2人のエレベーターは気まずかった。こちらからは何を話せばいいのかわからないし、門田さんも何か話そうかと思っているようだったが、結局何も話し始めなかったので、頭の中でエレベーターの行く先を想像してしてしまった。何がペペロンだ。でもいつか門田さんとあんな風に仲良く話せるようになれたらな。


 エレベーターを降り門田さんについていくと、吉岡さんと行ったのとはまた別の倉庫があった。すごく大きい。チラシやポスターのようなものからロープ、カッパ、ハサミなどいろんなものがごちゃごちゃと置いてある。


「汚いよねえ。よくここからものを取ってきてって頼まれるから、案内しとこうと思って。」と私に笑いかける門田さんは次に驚きのひとことを放った。


「わたしも来週までで勤務期間終了だし、林さんにも教えなきゃいけないことたくさんあるね。」


 来週までで勤務終了?自分の耳を疑ったが地下の反響でそれは聞こえすぎるくらい聞こえた。ということは、私は門田さんの代わりの採用だったわけで、ということはその次の週からは私が門田さんの仕事を全部引き受けるということか。無理だ。まだわからないことばかりで右往左往しているのに、どうしよう。


 パニックになり必死で考えている私の視線はどうやら前方の大きな箱を注視しているように見えたらしい。門田さんが、あ、これ気になる?と箱から引きずり出したのは、全然しらない歴史上の偉人を模した着ぐるみの頭部だった。


 




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