テーマ『料理による感情の動き』

排卵  久坂蓮




 真空状態で包装されたパールタピオカの封を切り、沸騰して泡をはきだす湯おもてにながしいれてゆく。大ぶりの杓文字でかき混ぜ、粒たちが浮かんできたら中火にし、タイマーをセットして指定された時間まで五分おきに攪拌かくはんをくりかえす。茹でおえて火をとめ、蒸らす。身のうちに染みついた動作なので、今ではいちいち思考をはたらかせる必要もない。ホールスタッフからかかってくる厨房用の携帯電話が鳴り、茶葉をしていたユミが手をやすめて応対する。ミルクティー、ナタデココ、牛乳四本。店舗に補充する材料がのべられ、私は冷蔵庫からそれらをとりだし台車にのせる。


 まかないに毎回タピオカドリンクを一杯持ち帰ってよいという文句に誘われてアルバイトの求人に応募したが、もう何か月も自分では飲んでいない。弾力と粘性をあわせもつキャッサバの加工物は、歯列矯正をはじめた歯では噛みきるのに苦戦するし、味をしみこませるために漬ける黒糖シロップや、甘さ調節にくわえる砂糖の量を知ってしまってからは飲むのが億劫になった。けれども一番の理由は、鍋の表面をおおうように浮きたってくるぶよぶよした球形の塊に、両生生物の卵を連想するようになったためだ。小学生のときテレビで、ヒキガエルの産卵を観たことがある。おびただしい数の蝦蟇がまが池にあつまり、しわがれた声が周辺に響いていた。オスが瘤のめだつからだで別の個体にとびかかり、背中におぶさる。動くものにみさかいなくとりすがるので、雌雄の判別をあやまってオス同士が交尾することもある。液晶一面にうつった生殖の場面が、精通をむかえたばかりの私にも訪れるであろう逃れようのない運命におもえて、昼間たべた給食を胃液と一緒にカーペットに吐いた。


 ナオトさん今日はタピオカどうしますか。みんな作りましたけど。制服のキャスケットをはずして髪ゴムをほどきながらユミがいう。私は要らないと返事をし、カップシーラーを濡れたふきんで拭いてゆく。

 あの、ナオトさんって、彼女さんと同棲してるんですよね。タピオカあげたら喜ぶとおもいますよ。

 すこしためらってから私は、彼女は甘いものが好きではないのだとこたえた。

 どんなひとなんですか。

 調理をしているときよりもはるかに頭をつかい、優しくて話があう、というさしさわりのない回答を私はしぼりだす。



 アパートに帰るとショウが出迎えてくれる。半袖のTシャツをぬいで洗濯機にほうり、ズボンをリビングの椅子にかける。ボクサーブリーフ一枚になった私にかれが近づき、背後から抱きしめられる。おかえり、と耳もとでささやかれ、生ぬるい吐息が鼓膜にふりかかる。ついで首筋に接吻をうける。スウェットパンツ越しに臀部に押しあてられる性器の状態から推察しても、興奮しているらしい。

 なあ、したい。

 疲れているし空腹でもあったが、まわされた腕をほどくほど強固な反対ができなかった。もうおれ風呂入ったから、ナオトもいってきて。うながされて浴室にむかう。

 蓮口をはずしたシャワーからぬるま湯をだし、水勢をよわめて肛門にもってゆく。直腸をきれいに洗わなければ性交のさい相手を汚してしまうことになるが、やりすぎると直腸より上の結腸にまで湯がはいり、便が下りてきてしまう。はじめは苦労したが、いまでは適切に洗浄をこなすことができる。私は、自分のからだでも男から快楽をひきだすことができると学んだ。前戯をすませ、充分にほぐされた私のなかにショウがはいってくる。痛いかとかれがきく。挿入された異物とその熱、容積を認識しながら、私は平気だとかえす。腰がうちつけられるたび、ねばついた流体がたてる音がする。気持ちいいよ、とかれが息を弾ませていう。

 ね、なかにだしていい。

 私たちが性行為をするとき、避妊具はつけない。悦楽をあたえることはできても、私に子どもをつくる能力はない。ショウは将来子育てをすることを望んでいる。だから、この関係にはいつか終りが来るのだろうとおもって、余計な期待はしないようにしている。それなのにかれの望みに毎回応じてしまうのはなぜなのか。必死にあきらめようと努めても心の奥深くで希望を捨てきれずにいるのかもしれない。精液がいきおいよく腸の粘膜にぶつかるのを私はだまってかんじている。


 翌日出勤すると厨房でユミが腹部をさすりながら三温糖を熱湯に溶かしていた。おなかが痛いのかとたずねると、力のない声でうべない、じつは、けさから生理がきているのだとうちあけた。私は突然のあけすけな告白に面食らったが、薬をもってきているのなら服用してしばらく休んでいるとよいとはげました。私には生理の痛みを体感することができない。うらやましくおもう気持も実際に経験したことがないからこそいだくのだろう。きょうも余ったタピオカを袋につめてくちを縛り、ごみ置き場にもってゆく。生ごみのブースに投げこみながら、これは排泄された私のにせの卵子なのだとおもった。




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