第六話 ヘアーカット

 朝目を覚ますと、少し古めかしい木造りの天井が視界に入る。

 どうやらまた俺は異世界に来てしまったらしい。

 これまでの経験から察するに、夜眠りにつくと世界が切り替わるみたいだ。

 意識的には24時間フル稼働している気持ちだが、身体自体はしっかり睡眠できている様で寝不足感は無い。


 それはそうとさっきから違和感がある。

 俺のベッドはこんなに狭かったろうか。

 恐る恐る掛け布団をめくると、そこにはセリカが潜りこんでいた。


 その瞬間、入り口の扉が開いた。


「おはよ〜! 気持ちの良い朝だね〜! ——むむっ、これはこれは失礼しました」

「違う、勘違いだ! 俺は何もしてない」


 タイミングが悪すぎる。

 これじゃ殺人現場にナイフを持って立って犯人じゃありませんと言っている様なものだ。

 まず何故シエラはノックもせず入ってきたのか。

 一応我々はお客さんということを忘れないでほしい。


「——むにゃむにゃ、あれレンさんが何で同じベッドに?」

「俺が聞きたいよ! 連れてきた時はそっちのベッドに寝かせたからな!」

「セリカちゃんも寂しかったのかな〜? まあまあ良いじゃないか! 人間ハグするとストレスが軽減するらしいし!」

「俺は変な誤解をされる方がストレスだ!」

「あ、夜中にトイレで起きたのは覚えてるので、帰りに違うベッドに入っちゃったのかもしれないです」

「なんだ〜、わざと同じベッドに入ったっていう方がウチ的には良いんだけどな〜! あ、朝食ここに置いとくね。 じゃあ失礼しました〜!」


 嵐の様に現れたシエラは去っていった。

 俺的には若干の気まずさを感じるが、朝食を食べながら今後の行動方針について相談することにした。


 まず昨日シエラが言っていた情報をおさらいする。

 王は空間転移テレポートできる人間を王都に召集しており、召集された人間は音信不通になる。

 そしてこの世界にはかつて、世界と世界を繋ぐ能力スキルを持っている人間がいたらしい。

 現世への戻り方については、寝れば戻れることがわかったため、そこまで焦る必要はない。

 問題は空間転移テレポート持ちの方だ。 セリカの両親がどうしているのか調べなければ。


「王様の話なら、都の首長さん達なら何か知っておられるのかもしれませんけどね。 王様から都を任されてるくらいですから!」

「確かに話を聞けるなら本望だ」

「それならまずレンさんは身嗜みを整えた方がいいかもしれませんね! その服装と髪型では追い出されちゃうかもしれません!」


 確かに俺が今着ている服は麻布の様な素材でできた正直言って少しみすぼらしい服だ。

 髪型も伸びきっており、前髪が鼻までかかっている。


「シエラも昨日紹介してくれるって言ってたし行ってみるか」

「私も街の散策がしたいので着いていきます!」


 ベッドを軽く整えた後、1階に降りる。


「シエラ、昨日言ってた話なんだけど」

「ああ、髪切りに行くのね! 地図書いてあげるからちょっと待ってて!」


 そう言うとシエラはカウンターの下から紙を取り出して地図を書き始めた。

 どうやら午前中はバー部分は営業していないらしい。


「ほれ、ここだよ! 早く髪切ってイケイケになってこい!」

「髪なんて切ったところでそんな変わんないと思うけどなあ」

「変わるさ! それとさ、多分今日は良いこと思うよ〜〜!」


 シエラが意味深に笑う。

 良いこと? 何が起きるんだろう。

 そんな疑問をよそに、俺とセリカは地図に書かれた場所に向かった。


「じゃあ俺は髪を切ってくる。 王都の兵士を見かけたらすぐに身を隠すんだぞ!」

「分かりました! 怪しまれない様に散策してきます!」


 そう言うとセリカは街の市場の方に歩いていった。


「さて、髪なんて切るの何ヶ月ぶりなんだろう、お邪魔しまーす」

「いらっしゃい。 その髪を見るに今日はカットでいいかな?」

「はい、髪型はお任せで。 みすぼらしく見えない様にお願いします」

「お任せあれ。 じゃあそこの席に座って」


 指定された椅子に腰掛ける。

 店員は長髪ブロンドヘアーのやたら色気のあるお兄さんだ。

 身長が高く、少なくとも180cmはある。

 現実世界の美容室と大きな差はなく、鏡の前に大きめの椅子が置いてある。


「じゃあカットするよ」


 そう言うと俺の髪の毛がフワッと浮き上がった。

 まるで見えない刀で斬られている様にザクザクと髪が切られていく。


 “能力吸収スキルドレイン発動 風刀ウィンドブレードを会得しました”


 よし、この能力スキルも吸収できた。

 風刀ウィンドブレードっていう能力スキルなのか。


 10秒ほどカットした後、突然猛烈な風が頭に吹き付ける。

 目を開けるとスッキリとした頭になった自分が鏡に写っていた。

 顔の半分を覆っていた前髪が上がり、顔全体が見えてしまう。

 なんだか落ち着かない。


「これで良しと、仕上がりはどうだい?」

「あ、ありがとうございます、いい感じです」

「なら良かった、大分雰囲気変わったからね。 周りの目も変わると思うよ」


 店員は優しい笑顔でこちらを見つめている。

 そうだ、ついでに空間転移テレポートについて聞いてみよう。


「すみません、一つお伺いしたいんですけど」

「何だい? 知ってることなら答えるよ」

空間転移テレポートっていう能力スキルを聞いたことありますか?」

「うん、知ってるよ」

「本当ですか!? 最近空間転移テレポート持ちが王都に連れて行かれてるっていう話は聞いたことありますか?」

「それは知らない方が身のためだと思うな」


 直前まで優しかった店員の雰囲気が、俺の質問を境に冷たい雰囲気に変わった。

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