第五話 現実世界

 目覚めると俺は現実世界に戻っていた。

 隣で寝ていたはずのセリカも当然いない。

 あれは夢だったのか?

 それにしてはあまりにもリアルな夢だった。

 異世界での出来事は全て鮮明に思い出せる。


「蓮、起きなさい! 学校に遅刻するわよ!」

「分かった分かった、今行くよ」


 リビングに行くと白米と味噌汁、ベーコンエッグがテーブルに並んでいた。

 テレビには朝のニュースが映っており、前日に起きた事件を報道している。


「神奈川県在住の高校生が行方不明になっています。 ここ数日の行方不明者は合計12人となりました。 これらの事件には何かしらの関連性があるものとみて警察は捜査しています」


 物騒な事件だ。

 まあそれはどの世界でも同じことなのだろう。

 俺もつい昨日異世界で殺されかけたわけなんだから。


「そういえば昨日から今日にかけて何か変わったことなかった?」

「あんたのアニメを見る音が大きくてなかなか寝れなかったことかしら」


 母は嫌味ったらしい顔をして言った。

 逆に言うとそれだけという事はいつも通りの日常と言うことなのだろう。


「はい、食べたら着替えて歯磨いて学校に行ってくる! 遅刻しちゃダメよ!」

「分かった分かった」


 準備を済ませ、家を出る。


 異世界で得たことといえば、能力スキルだ。

 目を閉じて空間転移テレポートした時の感覚を思い出す。

 行き先は学校の隣の公園の茂みの中をイメージする。


 目の前と目的地が糸でつながる感覚がする。

 目を開けるとそこには異世界と何ら変わらない転移穴ポートホールが出現していた。


「ははっ、夢じゃなかったのかよ」


 思わず笑みが溢れる。 現実世界でも会得した能力スキルは使える。

 転移穴ポートホールを通り学校に向かうが、移動時間が実質ゼロなので登校時間よりだいぶ早く着いてしまった。

 この時間じゃまだ登校している生徒はほとんどいない様だ。


 教室に着くと1人の生徒が勉強していた。 玲奈だ。


「お、おはよう」

「おはよう〜」

「えらい普通だな、俺がこんな時間に登校したというのに」

「あ、確かに! テレポートでもして来たのかな?」


 う、鋭い。 これが女の勘ってやつか?

 異世界に行ったなんて話したら引かれるだろうし、とりあえず異世界と能力スキルの話は秘密にしておこう。


「もうすぐテスト期間だからな、早めに勉強しに来たんだよ」

「いつも赤点の蓮が勉強か〜 何か良いことでもあったのかな?」

「そ、そんなことはないぞ。 さあ勉強勉強」


 どうしてこう的確に言い当ててくるんだろう。


 そこからまたいつも通りの日常が再開した。

 授業中はずっと窓の外を眺め、昼休みの間は机につ突っ伏して寝る。

 これがいつもの俺のルーティーンだ。

 そんなルーティーンを終え、下校しようとした時だった。


「ちょっと待て」


 声をかけて来たのはクラスのトップ陽キャ太田唯斗おおた ゆいとだった。

 金髪イケメン、運動神経は抜群、勉強は……まあそこそこという陽キャが陽キャたり得る全ての要素を兼ね備えた人間だ。


「お前、早坂とよく一緒に下校してるけどどういう関係だ?」

「え、幼なじみだけど」

「お前みたいな陰キャと早坂が一緒に帰るのは似合わないからやめろ」


 なるほど、こいつ玲奈に気があるんだな?


「悪いけど俺から玲奈を誘ったことはないぞ、あいつが着いてくるだけ」

「な訳ねーだろ! 陰キャの分際で生意気言うなよ」

「はいはい、すみませんでした。 じゃあ俺も忙しいので帰りますな」


 その瞬間だった。

 太田は俺の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。 

 俺を睨みつけるその目は完全にキレていた。


「一回ぶん殴んないと分からない様だな」


 昨日といい今日といい、暴力的な現場に居合わせることが多い。

 昨日と同じく能力スキルを使うしかないみたいだ。

 相手は高校生だし、ちょっと意識が飛びかけるくらいにするか。


「……(高速振動バイブレーション!)」

「うっ……」


 俺を掴んでいる太田の手が緩む。

 その隙を逃さず俺は太田の手を払い除け、走り去ろうとした。

 だがしかし、走り去ろうとしたその先には玲奈がいた。


「蓮、太田くん、何してるの?」

「ああ、これは….」

「さ、さっき共通の趣味をきっかけに仲良くなってな!」


 嘘だろ?

 さっきまで俺をぶん殴ろうとしていた奴が俺に肩を回し、ニコニコと喋っている。


「共通の趣味? ってことはアニメ?」

「えっ」


 太田が困惑している。


「(お前アニメしか趣味ねえのかよ!)」

「(YES!)」


 玲奈に聞こえない様に俺に話しかけてくる。


「ああ、そうアニメ……」

「そうなんだ、蓮は友達いないから仲良くしてあげてね、じゃあね!」


 玲奈は俺たちを置いて帰っていった。


「どうする、俺を殴るのか?」

「いや、こんな事になったら殴りにくいわ……」


 気まずい時間が過ぎていく。

 何か話題を…… あ、そうだ。


「玲奈が好きなら告白してみればいいんじゃないか?」

「そんな簡単に言うなよ、学年のマドンナだぞ、高嶺の花すぎるだろ」

「そういうお前もイケメンで陽キャだろ、いける気がするけどな」

「そ、そうか?」


 太田の鼻の下が少し伸びる。


「なんかお前思ってたのと違うわ。さっきは殴ろうとして悪かった。 これを機に友達になろう!」

「お前玲奈と接点持つために言ってるだろ!」

「そ、そんなわけ! まあいい、今日から俺らは友達だ! 唯斗って呼んでくれ! 宜しくな、蓮!」

「よ、宜しく…… 唯斗」


 展開が突然でよく分からないが、俺に陽キャの友達ができた。


「じゃあまた明日な! 今度カラオケでも行こうぜ!」


 唯斗は俺を残して帰っていった。

 この数分間の出来事に気疲れしながら家に向かって歩いていると、先に帰ったはずの玲奈がいた。


「蓮、さっき太田くんに殴られそうだったでしょ」

「いや、話が盛り上がって自然と距離が近づいたっていうか……」

「嘘! あの人私が好きだからって周りに手出すのは感心しないわね」

「あ、好かれてるっていう自覚あったのか?」

「そりゃね、目線見てれば大体分かるわよ」

「ほうほう、大した性格だこと」


 相変わらず俺の前と他の人の前では態度が違いすぎる。


「でも唯斗もイケメンだし悪くないんじゃないか?」

「顔は嫌いじゃないんだけどやっぱ性格かな〜、もっと控えめな人が良いっていうか」

「気が強い者同士がくっつくと常にケンカする事になりそうだしな」

「え、なんか言った?」


 玲奈が俺を睨む。


「まあとにかく、蓮に友達ができたっていうのは良かったわ! でもまた何が手出してきそうだったりしたら言ってね!」

「はいはい、ご心配ありがとうございます」

「あ、今日も昨日と同じくらいの時間に寝る予定?」

「そうだけど、なんでそんな事聞くんだ?」

「まあまあ、気にしない気にしない〜! じゃあまた明日!」


 疑問を隠しきれない俺を置いて玲奈は帰っていった。

 俺は帰宅後、いつも通り怠惰の限りを過ごし、就寝した。

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