あの日の会話

葉月林檎

あの日の会話

「死にたい訳じゃないんだよ、

消えてなくなりたいだけなんだよ」


夕暮れ時の帰り道、君はそう言ってきた。


「友人には恵まれているし。

親だってまあまあ優しいし。

先生だって普通だし。

ネットでだって生きていけているし」


「だったら何で、」


僕は思わず言っていた。


君は少し悲しそうな顔をして、軽く息をついたんだ。


「何でかな、僕もわからないよ。

けど存在ごと消えてしまいたいんだよ。

死ぬのはいいけど勇気も出ない。

ナイフを持って自分を見ても

踏ん切りつかなくてさ、また机の上に置くんだ」


目の前にいるのに、

何だか消えてしまいそうで。


僕は君の服の袖を掴んだ。


「ほんとに、死にたい訳じゃないんだよ。

けれど生きていたい訳でもないんだよ。

みんなの記憶から消え去りたいだけなんだ」


君は何回も同じことを繰り返し言っている。

そんな姿を見て僕は何も言えなかった。


何か言えば、壊れてしまいそうだった。

まるで繊細な飴細工のようだ。


「頑張って、きたんだね」


君は僕の方に振り向いて、くしゃ、と笑った。

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